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第42話 寝かしつけと謝罪
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かすかにベッドが沈む気配を感じ、目が覚めた。室内は暗く、香り蝋燭の揺れる明かりが壁をぼんやりと照らしている。
布団の中の空気が動き、エルド王子が隣に滑り込んできた。
「ん……。おかえりなさい……」
「悪い、起こしたか」
腕が首の下に潜り込んでくる。
スウミは目を開け、エルド王子のほうを向いた。あたたなか炎のあかりに照らされた顔は穏やかで、スウミはほっとした。イスレイ王子の話を聞いて冷たくこわばってしまった表情はもう消えている。優しい、愛おしいげな瞳でスウミを見つめてくる。
安堵の微笑みを返したスウミだったが、しかし、手で目隠しされてしまった。
「起きなくていい。眠れ」
「そう言われても……」
同じベッドに、それもすぐ隣に思いを寄せる相手がいて、しかも腕枕をされているのだ。意識せずにいられるわけがない。当然目は冴えてしまう。腕に触れる頬の熱さでそれをエルド王子も知っているだろうに、どうして無茶を言うのだろうか。
それに視線も感じる。寝顔を見られながら眠りにつくのは至難の業だった。
「眠れ……」
髪を撫でられた。やめてほしい、そんなことされたらますます眠れないのに。
「……ううん……」
スウミはすっかり弱ってしまった。
この部屋に監禁されて数日経つが、毎晩こうなのだった。
腕枕をされて、見守られながら寝なくてはならない。スウミとしては気恥ずかしくて眠るどころではなかった。せめて王子も寝てくれるならいいのだが、どうも一晩中起きているようなのだ。
「眠れ」
「あの、エルド王子も寝てくれませんか」
「俺は寝なくても平気だ。伝説野菜で体は強化されている」
そうなのだ。謁見の間の事件で、スウミが意識をなくしている間に、マノが伝説野菜を与えたようだ。おかげですっかり丈夫になったエルド王子は熱を出して寝込むこともなくなり、徹夜でスウミの寝顔を見守ることも可能となってしまったのだった。
――そういう目的で伝説野菜を食べてほしかったわけじゃないんだけどな……。
非常に困ってしまう。口からよだれを流している姿などを万が一見られてしまったらどうするのだ。うっかり寝言だって言うかもしれない。
「一緒に寝てほしいです」
目隠しされたまま訴える。
「俺のこといいから、眠れ。スウミの寝顔を見るのを楽しみにして、昼は仕事を片付けているのだぞ」
「そんなこと言われても……」
スウミは体の向きを変えた。エルド王子と向かい合う形になって、目隠ししようと追ってくる手を捕らえて、王子を説得にかかった。
「エルド王子。寝ましょう。私はたまにお昼寝してますからいいですけど、王子はまったく寝ていないでしょう?」
「スウミだけ眠れば良い。寝顔を見せてくれ」
「だから見られていたら寝れな……」
口づけされた。唇をついばむような軽いキスだ。それだけでも顔が熱くなる。
「やっぱりそうか」
「はい?」
「こうすれば瞳を閉じるから、ずっとしていればいつか寝るかもしれん。毎晩こうして寝かしつければいいんだな」
さらにキス。今度は長い口づけとなった。寝るどころか、唇は熱いし、顔に血が集まって、胸はドキドキする。完全に逆効果だ。
スウミは両手で王子の胸を押すようにして距離を取った。
「私は! エルド王子にも寝てほしいです。いくら野菜で強化されてるからって、何日もずっと寝ないなんて心配で……」
片手でスウミの手首をまとめられてしまい、またキスされる。舌を絡める動きが、だんだん熱を帯びてくる。
「寝てくれ、頼む」
「で……ですから、王子も寝てください」
湿った音を立てて唇が離れたが、顔は寄せたままエルド王子が小さくつぶやいた。
「不安なんだ。もし眠っている間に、俺がスウミを傷つけるようなことになったら……」
昏い瞳の告白が痛々しかった。その淡々とした声には苦しみが滲んでいるのがスウミにはわかる。もう大丈夫だと何度言っても、エルド王子は納得しようとはしない。
「じゃあ、隣の部屋で眠るというのはどうでしょう」
「それだと、何かあったときにすぐスウミを助けられない」
話をしながらも、キスはとまらない。時折せつなげな熱い吐息が頬に当たる。
「頼むから……。寝てくれないと、これ以上は我慢できなくなる」
「だから、寝てくれたらいいのに」
お互い同じことを言い合っている。
腕枕が取れた、と思ったら、エルド王子がのしかかってきた。一瞬、イスレイにされたことを思い出して、恐怖と嫌悪で背中がすっと冷えた。だが、優しくキスされて、体のこわばりが取れた。あのときのとは全く別の行為だと体が認識したみたいだった。ほっとしてゆるんだ体に、引き締まったエルド王子の体がぴたりと合わさる感覚に、心の奥までかっと熱くなる。
キスを繰り返しながら、エルド王子が切なげにささやいた。
「寝ないのが悪い」
服の上から腿を撫でられて、恥ずかしさと奇妙な興奮で震えた。
「だ、だめ、それ以上は……」
「やめてほしかったら寝ろ」
スウミはたまらず叫んだ。
「寝ます、寝ますから、エルド王子も寝ましょう!」
「……」
「……」
しばらく二人の乱れた呼吸音だけが室内に響いた。
「なんで寝ないんだ……」
指が強めに肌に食い込む。首の奥がぞくりと震えた。
「スウミは初夜は結婚後がいいのだろうなと思って我慢していたが、いいのか? 俺は今夜でも構わないが……」
下着に手がかかる。
「わかりました! 寝ます! おやすみなさい!」
スウミが降参してぎゅっと目を閉じると、エルド王子は深々と溜息をついた。
(今夜も絶対眠れない!)
数日が経過した。
あいかわらず部屋の外には出してもらえない。そろそろ仕事のほうも心配になってくる。社員たちには事情を知るビビカが説明してくれているだろうから、社長が失踪したなどという誤解は生まれないだろうが、春の返済計画もある。新年にはケブル支店立ち上げも予定しているのだ。なるべく早くエルド王子を説得して、戻らなければならない。
そう考えてはいるのだが、エルド王子はかたくなだ。毎晩キスで寝かしつけてきては、早朝には部屋を出ていってしまう。
どうしたものかと策を練っていた、ある日のことだった。
いつもより控えめなドアをノックする音に、スウミは身構えた。
「ど、どちらさまでしょうか……」
「僕だよ、イスレイだ」
そのとき胸に沸き上がった感情は怒りや嫌悪より恐怖が勝った。
「入ってこないで!」
考えるより先にそう口にしていた。
「入らないよ。わかってる。ここで話をさせてもらいたいだけ」
ドア越しに聞こえる声は、少しくぐもって聞きづらかったが、それでもドアに近づく気にもならなかった。
「……」
迷うような沈黙。
「僕は謝りたい。でも許してもらおうと思っているわけじゃないから、あなたは何も言わなくていい。ただ聞いてくれるだけでいい」
衣擦れと足踏みするような音がした。
「済まなかった」
おそらく扉の前に跪いているのだろう。低い位置から届く謝罪の言葉をスウミは黙って受け止めた。
「あなたをモンスターに襲わせたこと、あなたに乱暴したこと、その上、口にはできないようなことも……。それだけでなく、あなたの商売を邪魔しようと呪いを掛けさせたこともあった。パルナエから聞いたよ、呪いは解呪できたんだってね。本当に良かったと思う」
その声は少しも飾ったところがない、素直な気持ちがあらわれているようにスウミには感じられた。以前のイスレイ王子の人を小馬鹿にしたような声音とはまるで別人だ。
(それでもこの人がしたことは酷いことだし、私の恐怖心が薄れるわけではないけれど)
「全て僕が愚かだったせいだ。それが彼女を弔う復讐になると……。そう思い込んで、大変な罪を犯してしまった」
再び衣擦れがした。
「罪は償わなくっちゃいけないよね」
「どうするつもりなんですか」
スウミは思わず尋ねていた。
「サキは……あの呪術師は城の塔から飛び降りて死んでしまったのは知ってる?」
「ええ。でも詳しいことは知りません」
事件後すぐにここに閉じ込められてしまったスウミには、その後、何が起こったのかまるでわからないのだ。
「あいつは兄上に呪いをかけて、この島をめちゃくちゃにしようとした。呪いを解けるのは呪術師だけ。でも、この島には呪術師なんていない。死んでみせることで呪いを永遠にし、あいつの復讐は完成するはずだった」
しかし、ビビカがいた。ドラゴンであるビビカが助けてくれたから、エルド王子は正気に返ることができたのだ。
「僕も復讐を企てた者として、あいつと同じ最期を迎えるべきだと思う」
つまり自死を選ぶとイスレイ王子は言っているのだ。
「死ぬのが本当に償いなんでしょうか。それってちょっと勝手じゃないですか?」
スウミは思わずきつい声音で言い返していた。言い返さずにはいられなかった。婚約者を殺されたという話はお気の毒だと思うけれど、だからといって後始末は兄にまかせて逃げ出すなんて、腹が立つのだ。エルド王子に対してあまりにもひどい。
「イスレイ王子は第二王子でしょう。死んで終わりにするなんて無責任すぎます。国のために、もっとほかにできることがあるはずです。逃げないでください」
どこか投げやりな笑い声がしたが、すぐに声は力をなくして吐息に変わった。
「あなたの言うとおりかもしれないね。でも僕はもう……」
重く響く足音がゆっくりと遠ざかっていく。
スウミはドアに駆け寄った。
「パルナエさんを泣かせないで」
一瞬、足音がとまったが、すぐに歩き出し、やがて足音は聞こえなくなった。
その夜もエルド王子がやってきたが、イスレイ王子が部屋の前に来て謝罪したことをスウミは言わなかった。言ってしまったら、エルド王子の瞳を浸食している闇がますます濃くなってしまう気がしたのだ。
さらに数日が経った。
昼食の支度にメイドがやってくるとき、リオンが一通の手紙を持って同行してきた。
「スウミ様宛の手紙です。ビビカさんからですよ」
すぐに中を確認した。仕事で何かあったのかと危惧したのだが取り越し苦労だった。
それは呪術師に関する手紙だった。
島中を調べてみたけど、呪術師はいなかった、そう書いてあった。スウミが監禁されている間に、ビビカはスウミのために動いてくれていたのだ。目頭が熱くなった。さらに、もし新たに呪術師が島にやってくるようなことがあれば、ビビカが責任を持って対処する、だからセラージュ島はもう安全だとまで書いてあった。きっとエルド王子に監禁されているスウミを手助けするために、こういう文面を書いてくれたのに違いない。
その夜、スウミは興奮状態でエルド王子に手紙を見せたが「そうか。ひとまず安心だな」と言われただけで、監禁をやめる気はないようだった。
(さすがにドラゴンの言うことなら聞くかと思ったのに)
がっくりしたスウミであったが、ここであきらめてなるものかと、さらに数日かけて説得した。
「結婚の約束をするなら解放してもいい」
「監禁の目的が当初と変わってませんか」
「そうでもない。いや、むしろそっちが本題だ」
冗談を言えるぐらいにはエルド王子の心の傷も回復してきたようで、スウミは嬉しかった。
連日の交渉の結果、どうにかこうにか解放してもらうことができた。ケブル支店に行くと伝えたのがかえって良かったようだ。ケブルは北方の街だ。ランガジル大陸がある南方からは地理的に離れているし、人口もそれほど多くないから、王都に比べるとよそ者が紛れ込むのも難しい。
(ただ、騎士たちの護衛付きにはなっちゃったけど)
それが解放の条件と言われてしまっては、受け入れるしかなかった。
(さあ、借金返済もいよいよラストスパートだ。ケブル支店を立ち上げて、ばりばり稼ぐぞ!)
布団の中の空気が動き、エルド王子が隣に滑り込んできた。
「ん……。おかえりなさい……」
「悪い、起こしたか」
腕が首の下に潜り込んでくる。
スウミは目を開け、エルド王子のほうを向いた。あたたなか炎のあかりに照らされた顔は穏やかで、スウミはほっとした。イスレイ王子の話を聞いて冷たくこわばってしまった表情はもう消えている。優しい、愛おしいげな瞳でスウミを見つめてくる。
安堵の微笑みを返したスウミだったが、しかし、手で目隠しされてしまった。
「起きなくていい。眠れ」
「そう言われても……」
同じベッドに、それもすぐ隣に思いを寄せる相手がいて、しかも腕枕をされているのだ。意識せずにいられるわけがない。当然目は冴えてしまう。腕に触れる頬の熱さでそれをエルド王子も知っているだろうに、どうして無茶を言うのだろうか。
それに視線も感じる。寝顔を見られながら眠りにつくのは至難の業だった。
「眠れ……」
髪を撫でられた。やめてほしい、そんなことされたらますます眠れないのに。
「……ううん……」
スウミはすっかり弱ってしまった。
この部屋に監禁されて数日経つが、毎晩こうなのだった。
腕枕をされて、見守られながら寝なくてはならない。スウミとしては気恥ずかしくて眠るどころではなかった。せめて王子も寝てくれるならいいのだが、どうも一晩中起きているようなのだ。
「眠れ」
「あの、エルド王子も寝てくれませんか」
「俺は寝なくても平気だ。伝説野菜で体は強化されている」
そうなのだ。謁見の間の事件で、スウミが意識をなくしている間に、マノが伝説野菜を与えたようだ。おかげですっかり丈夫になったエルド王子は熱を出して寝込むこともなくなり、徹夜でスウミの寝顔を見守ることも可能となってしまったのだった。
――そういう目的で伝説野菜を食べてほしかったわけじゃないんだけどな……。
非常に困ってしまう。口からよだれを流している姿などを万が一見られてしまったらどうするのだ。うっかり寝言だって言うかもしれない。
「一緒に寝てほしいです」
目隠しされたまま訴える。
「俺のこといいから、眠れ。スウミの寝顔を見るのを楽しみにして、昼は仕事を片付けているのだぞ」
「そんなこと言われても……」
スウミは体の向きを変えた。エルド王子と向かい合う形になって、目隠ししようと追ってくる手を捕らえて、王子を説得にかかった。
「エルド王子。寝ましょう。私はたまにお昼寝してますからいいですけど、王子はまったく寝ていないでしょう?」
「スウミだけ眠れば良い。寝顔を見せてくれ」
「だから見られていたら寝れな……」
口づけされた。唇をついばむような軽いキスだ。それだけでも顔が熱くなる。
「やっぱりそうか」
「はい?」
「こうすれば瞳を閉じるから、ずっとしていればいつか寝るかもしれん。毎晩こうして寝かしつければいいんだな」
さらにキス。今度は長い口づけとなった。寝るどころか、唇は熱いし、顔に血が集まって、胸はドキドキする。完全に逆効果だ。
スウミは両手で王子の胸を押すようにして距離を取った。
「私は! エルド王子にも寝てほしいです。いくら野菜で強化されてるからって、何日もずっと寝ないなんて心配で……」
片手でスウミの手首をまとめられてしまい、またキスされる。舌を絡める動きが、だんだん熱を帯びてくる。
「寝てくれ、頼む」
「で……ですから、王子も寝てください」
湿った音を立てて唇が離れたが、顔は寄せたままエルド王子が小さくつぶやいた。
「不安なんだ。もし眠っている間に、俺がスウミを傷つけるようなことになったら……」
昏い瞳の告白が痛々しかった。その淡々とした声には苦しみが滲んでいるのがスウミにはわかる。もう大丈夫だと何度言っても、エルド王子は納得しようとはしない。
「じゃあ、隣の部屋で眠るというのはどうでしょう」
「それだと、何かあったときにすぐスウミを助けられない」
話をしながらも、キスはとまらない。時折せつなげな熱い吐息が頬に当たる。
「頼むから……。寝てくれないと、これ以上は我慢できなくなる」
「だから、寝てくれたらいいのに」
お互い同じことを言い合っている。
腕枕が取れた、と思ったら、エルド王子がのしかかってきた。一瞬、イスレイにされたことを思い出して、恐怖と嫌悪で背中がすっと冷えた。だが、優しくキスされて、体のこわばりが取れた。あのときのとは全く別の行為だと体が認識したみたいだった。ほっとしてゆるんだ体に、引き締まったエルド王子の体がぴたりと合わさる感覚に、心の奥までかっと熱くなる。
キスを繰り返しながら、エルド王子が切なげにささやいた。
「寝ないのが悪い」
服の上から腿を撫でられて、恥ずかしさと奇妙な興奮で震えた。
「だ、だめ、それ以上は……」
「やめてほしかったら寝ろ」
スウミはたまらず叫んだ。
「寝ます、寝ますから、エルド王子も寝ましょう!」
「……」
「……」
しばらく二人の乱れた呼吸音だけが室内に響いた。
「なんで寝ないんだ……」
指が強めに肌に食い込む。首の奥がぞくりと震えた。
「スウミは初夜は結婚後がいいのだろうなと思って我慢していたが、いいのか? 俺は今夜でも構わないが……」
下着に手がかかる。
「わかりました! 寝ます! おやすみなさい!」
スウミが降参してぎゅっと目を閉じると、エルド王子は深々と溜息をついた。
(今夜も絶対眠れない!)
数日が経過した。
あいかわらず部屋の外には出してもらえない。そろそろ仕事のほうも心配になってくる。社員たちには事情を知るビビカが説明してくれているだろうから、社長が失踪したなどという誤解は生まれないだろうが、春の返済計画もある。新年にはケブル支店立ち上げも予定しているのだ。なるべく早くエルド王子を説得して、戻らなければならない。
そう考えてはいるのだが、エルド王子はかたくなだ。毎晩キスで寝かしつけてきては、早朝には部屋を出ていってしまう。
どうしたものかと策を練っていた、ある日のことだった。
いつもより控えめなドアをノックする音に、スウミは身構えた。
「ど、どちらさまでしょうか……」
「僕だよ、イスレイだ」
そのとき胸に沸き上がった感情は怒りや嫌悪より恐怖が勝った。
「入ってこないで!」
考えるより先にそう口にしていた。
「入らないよ。わかってる。ここで話をさせてもらいたいだけ」
ドア越しに聞こえる声は、少しくぐもって聞きづらかったが、それでもドアに近づく気にもならなかった。
「……」
迷うような沈黙。
「僕は謝りたい。でも許してもらおうと思っているわけじゃないから、あなたは何も言わなくていい。ただ聞いてくれるだけでいい」
衣擦れと足踏みするような音がした。
「済まなかった」
おそらく扉の前に跪いているのだろう。低い位置から届く謝罪の言葉をスウミは黙って受け止めた。
「あなたをモンスターに襲わせたこと、あなたに乱暴したこと、その上、口にはできないようなことも……。それだけでなく、あなたの商売を邪魔しようと呪いを掛けさせたこともあった。パルナエから聞いたよ、呪いは解呪できたんだってね。本当に良かったと思う」
その声は少しも飾ったところがない、素直な気持ちがあらわれているようにスウミには感じられた。以前のイスレイ王子の人を小馬鹿にしたような声音とはまるで別人だ。
(それでもこの人がしたことは酷いことだし、私の恐怖心が薄れるわけではないけれど)
「全て僕が愚かだったせいだ。それが彼女を弔う復讐になると……。そう思い込んで、大変な罪を犯してしまった」
再び衣擦れがした。
「罪は償わなくっちゃいけないよね」
「どうするつもりなんですか」
スウミは思わず尋ねていた。
「サキは……あの呪術師は城の塔から飛び降りて死んでしまったのは知ってる?」
「ええ。でも詳しいことは知りません」
事件後すぐにここに閉じ込められてしまったスウミには、その後、何が起こったのかまるでわからないのだ。
「あいつは兄上に呪いをかけて、この島をめちゃくちゃにしようとした。呪いを解けるのは呪術師だけ。でも、この島には呪術師なんていない。死んでみせることで呪いを永遠にし、あいつの復讐は完成するはずだった」
しかし、ビビカがいた。ドラゴンであるビビカが助けてくれたから、エルド王子は正気に返ることができたのだ。
「僕も復讐を企てた者として、あいつと同じ最期を迎えるべきだと思う」
つまり自死を選ぶとイスレイ王子は言っているのだ。
「死ぬのが本当に償いなんでしょうか。それってちょっと勝手じゃないですか?」
スウミは思わずきつい声音で言い返していた。言い返さずにはいられなかった。婚約者を殺されたという話はお気の毒だと思うけれど、だからといって後始末は兄にまかせて逃げ出すなんて、腹が立つのだ。エルド王子に対してあまりにもひどい。
「イスレイ王子は第二王子でしょう。死んで終わりにするなんて無責任すぎます。国のために、もっとほかにできることがあるはずです。逃げないでください」
どこか投げやりな笑い声がしたが、すぐに声は力をなくして吐息に変わった。
「あなたの言うとおりかもしれないね。でも僕はもう……」
重く響く足音がゆっくりと遠ざかっていく。
スウミはドアに駆け寄った。
「パルナエさんを泣かせないで」
一瞬、足音がとまったが、すぐに歩き出し、やがて足音は聞こえなくなった。
その夜もエルド王子がやってきたが、イスレイ王子が部屋の前に来て謝罪したことをスウミは言わなかった。言ってしまったら、エルド王子の瞳を浸食している闇がますます濃くなってしまう気がしたのだ。
さらに数日が経った。
昼食の支度にメイドがやってくるとき、リオンが一通の手紙を持って同行してきた。
「スウミ様宛の手紙です。ビビカさんからですよ」
すぐに中を確認した。仕事で何かあったのかと危惧したのだが取り越し苦労だった。
それは呪術師に関する手紙だった。
島中を調べてみたけど、呪術師はいなかった、そう書いてあった。スウミが監禁されている間に、ビビカはスウミのために動いてくれていたのだ。目頭が熱くなった。さらに、もし新たに呪術師が島にやってくるようなことがあれば、ビビカが責任を持って対処する、だからセラージュ島はもう安全だとまで書いてあった。きっとエルド王子に監禁されているスウミを手助けするために、こういう文面を書いてくれたのに違いない。
その夜、スウミは興奮状態でエルド王子に手紙を見せたが「そうか。ひとまず安心だな」と言われただけで、監禁をやめる気はないようだった。
(さすがにドラゴンの言うことなら聞くかと思ったのに)
がっくりしたスウミであったが、ここであきらめてなるものかと、さらに数日かけて説得した。
「結婚の約束をするなら解放してもいい」
「監禁の目的が当初と変わってませんか」
「そうでもない。いや、むしろそっちが本題だ」
冗談を言えるぐらいにはエルド王子の心の傷も回復してきたようで、スウミは嬉しかった。
連日の交渉の結果、どうにかこうにか解放してもらうことができた。ケブル支店に行くと伝えたのがかえって良かったようだ。ケブルは北方の街だ。ランガジル大陸がある南方からは地理的に離れているし、人口もそれほど多くないから、王都に比べるとよそ者が紛れ込むのも難しい。
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