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第1部 第57話

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トウの町から、エディとジルが王都を目指して旅立ってから、丸1日と半日ほどで彼らは王都の町へ到着をした。



本来、馬車でなら、3日や4日はかかる行程を二人は宿泊もすることなく移動してきた。



途中、ハロルド商会が定宿にしている宿で、馬替えなども行い、ひたすら馬を走らせてきたのだが・・・



「久しぶりの長距離だったから、足を引っ張ったかもしれないな」



目的地の王都に入った際に、エディがそう口にした。



「いえ、そんなことは、相変わらずの速度で着いて行くのに必死でした」



ジルが笑顔で返事を返した。



そんな二人は爽やかに笑い合う。



ロビンが見たら、蒼褪めそうな光景であるのだが・・



無事に王都に着いた二人は、とりあえず、ハロルド商会が所有するタウンハウスに赴き、そこで、エディはジルと一旦、別れることにしたのだった。



「お前も、王都にある寮で今日はゆっくりしてくれ。明日は、私も例の女の家に向かうので案内を頼む。あと、何か動きがあれば連絡を」



ジルに向けて、エディはこれからの予定とした指示を告げる。



「承知いたしました」



ジルは馬上に跨ったまま会釈を行い、エディの元から去って行った。



そんなジルの後ろ姿を見送り、エディはタウンハウスの門へと向かう。



門を警備する者が、エディの姿を目にすると、慌てたように駆け寄り門を開けた。



「若様、お帰りなさいませ」



門が開き、警備の者が頭を下げる。



「急な予定でこちらにきたんだ。連絡も寄こさず、すまない」



エディはそう告げて馬と共に邸内へ入った。



そんなタウンハウスの玄関先には、報せを受けた使用人たちが出迎えた。



「暫く、王都で所用があり滞在をすることになった」



「畏まりました」



タウンハウスの使用人頭である壮年の男性が頭を下げて答えた。



「で、ローサの様子はどうだ」



上着をメイドに預けながら、エディは使用人頭に尋ねた。



「若奥様は、こちらにいらした時よりも症状は改善されだして来られたかと思います。ここ数日、夜もお薬の服用もなく睡眠が取れてきているようです」



王都での様子については、手紙での報告はずっとされてはいたが、使用人頭から、改めて妻のローサの様子を伺い、エディは彼の答えに少し安堵した。



「先日は、若奥様のお姉さまがいらして外出もなされました。本日は、お部屋にて刺繍などされてお過ごしでいらっしゃいます」



使用人頭はローサの話を続けながら、二人の足はローサがいる部屋に向かっていく。



二人がローサの部屋に辿り着くと、使用人頭は一礼をし、エディをその場に残して静かに離れて行った。



「はい」



エディが軽く扉を叩くと、部屋の中からローサの小さな声が聞こえてきた。



その返事を聞いたエディは扉をゆっくりと開けた。



部屋の中では、椅子に腰かけ、刺繍に没頭しているローサの姿が目に入る。久しぶりに目に映る妻の姿にエディは動きが止まってしまう。



俯くローサは、最後に別れた日より、幾分か痩せたように見える。



別れ際も彼女はやつれていて、掛ける言葉に戸惑いが生じたほどだった。



あれから、少し、調子が上向きになって来ている話だったが、目の前にいる妻は、あの別れた日から幾日も経つが見たところ、状況には変化がなく見える・・



そんな思いを抱いたエディが言葉も掛けずに部屋の入り口で立ち尽くしていると、入室の許可を与えたのに何の言葉もないことに、漸く気付いたローサがゆるりと顔を上げて、部屋の入り口へ顔を向けた。



「えっ!?」



驚きで思わず、ローサは目を大きく見開き、この屋敷に居るはずのない夫の姿を見つめる。



「あ、あ、あの、どうなされ・・・」



ローサは驚きで言葉が詰まり、その場で動きを止めてしまう。



そんな妻の姿に、エディが漸く我に返り、慌てて、ローサの元へ駆け寄り、彼女の足元へ跪いた。



「体調はどうだ?急な用もあって来たのだが、君の事も、そのう、心配で・・」



「ご、ごめんなさい。ご心配、おかけして、わ、わたし・・・」



エディの言葉に、ローサは再び下を向きだし、小さな声で謝罪する。



そんな妻を、エディはぎゅっと抱きしめた。



「気にすることはない。私が君に気苦労を掛けさせたんだ。君が穏やかに暮らせるようにしていたつもりだったのに。私こそすまない」



エディはそう言いながら、ローサの長くて美しいブロンドの髪を撫でる。



そんなエディに対して、ローサはゆるく首を振り返す。



「ち、違います。私が至らなくて・・」



「ローサ、前にも伝えたが、子どものことは気にしなくていいんだ。子どもがいなくても私は構わない」



エディは、今度はローサの顔を覗き込むようにしながら告げる。



だが、ローサはエディの目を見れなくて、視線を逸らしている。



そんなローサの姿を見つめながら、エディは一つため息をついてから再び話だす。



「気にするな。別に、私たちに子が居なくても、ロビンのとこに子はいる、後継者としての問題は気にしなくていい」



「でも・・私と離縁すれば」



「離縁はしない!!」



ローサの返す言葉を聞き終わる前に、エディが大きな声で言い放ったのだった。



エディにしては珍しく感情を現した行動だった。



ローサもびくりと肩を震わせ驚き、目線を上げてエディを見つめた。



その見つめた先にあるエディは、苦し気な顔をして目元が少し赤くなっている。



「エ、エディ・・・」



ローサはそっと夫に手を伸ばし、彼の頬に触れる。



その時、ローサは初めて、夫であるエディも自分と同じように悩み苦しんでいたことを悟ったのだった。



「すまない、その大声を出して・・」



エディは自分の頬に伸ばされたローサの手を握り、口元へその手を移し口付ける。



「離縁はしない。出来ない。これからも、妻は君だけだ」



エディの言葉に、ローサは瞳から涙が零れだす。



ローサは、この王都に来てからは、周囲から齎されていた不愉快な視線や陰口からは解放され、一見、穏やかに過ごせるよう思えたが、ふとした時に、夫であるエデイの存在がないことに、寂しさを感じて堪らなかった。



もしかすると、最悪は「離縁」もと頭を過り、エディが居ないことにも慣れて行かねばならないと、自分に言い聞かせていたのだが、でも、どうしても夫を思い、傍にいないことが不安になり、寂しさが増すばかりだった。



だから、今日、夫を目にした時は驚きと共に、自分の気持ちから見せた幻覚なのではと思ったくらいだった。



それほど、エディとの再会は、嬉しくて信じられない思いだった。



だけど、現実に引き戻ると、自分たちにある問題の大きさを考えると、やはり、自分が清く身を引くのがいいのでは…と思えた。



だからこそ、夫エディから紡がれた言葉に、ローサは嬉しくて堪らなかった。



エディは自分を必要としてくれているのだと、そう受け取れる言葉にローサは喜び、涙したのだった。



「エディ、ありがとう。私もこれからもあなたをお慕い致します」



ローサの言葉を聞いて、ここで初めてエディの顔に笑みが零れた。



「ローサ、ありがとう」



そう言い合って、二人はこつりと額を合わせ、そして、エディはローサの手を引き寄せ抱きしめる。



その行動に返事をするように、ローサもエディの背に手を添えたのだった。

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