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第1部 第61話

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笑窪の女とジムラルが住まう王都の貴族街にある屋敷で、ジルと別れたエディたちは、役場の所長が捕らわれていると思われる場所へ向かった。



一つは、女がよく訪れるという娼館だ。



平民街にある娼館に、貴族の女が顔を出すのは異様である。



連れ立って来た部下の話では、どうやら、あの笑窪の女は、この娼館にて生活していた時期があるようだ。



ということは、あの女は貴族ではないことになる。



元貴族だったという者の中には、不幸な出来事から、時には、娼婦へ身を転じる者も確かにいるが、そのような者は、同じ娼館でも、高級な場に行きつくのが、通例である。



エディたちの目の前にある娼館のようなところでの出入りはほとんどない。



では、あの女は、誰か貴族の男かに見初められて、身請けされたということか・・・



ならば、その男が糸を引いていると言う事になる。



ここで、娼館に出向き、女について尋ねたとして、自分たちのような田舎の一商人に、そんな顧客の情報を話すことはほぼ無いと思える。



しかも、大物であればある程、そう簡単に素性は割れないだろうな・・・



エディは、昼間だというのに、娼館に出入りする客の様子を見つめながら、思考を巡らす。



「ここは人が多いな。確かに、人を隠すには紛れやすいが・・」



逆に、逃げやすさもありそうだ。



そう思い、エディは部下に、次の候補の場を案内させる。



次に訪れたのが、その娼館から割に近くにある賭博場だった。



こちらも娼館同様に、昼日中だというのに、人の出入りが多い。



部下の話だと、娼館同様に、客層は、平民ではあるがそれなりの収入がある連中だという。



どちらも、服装はそこそこ整っていて、見るからに、生活に余裕がある者が客層であるらしい。



まあ、平民街とはいえ王都に構える店だ。中央で職を得ている者をターゲットにする為、高級なイメージを作り上げているのだろう。



平民の中でも、金がある者に優越な気分をさせ、金をむしり取る手口かと、エディは賭博場を眺める。



「どうします。次へ行きますか?」



部下の言葉に、エディが軽く頷き、賭博場も後にする。



次に向かったのは、貴族街にある小さな家だ。



「ここは?」



エディは、家の前に佇み、部下に問い掛ける。



「例の女の知人の家のようです。准男爵の爵位がある者のようです」



「准男爵?」



エディが部下の言葉に耳を疑う。



「はい、准男爵だとここの住人は周りに告げているようです」



エディの驚く言葉に、少し戸惑いを持ちながらも、部下は自分の得ている情報を伝える。



「准男爵と聞いて、周りは理解していたのか?」



エディは疑問が振り払われず、部下に質問を繰り返す。



「まあ、私が情報を集めた者たちは、主に、この辺りで働く下働きの者であまり爵位についての知識がないようで、皆、見聞きしたことをそのまま話してくれたんですが。ただ、話を聞いた使用人の中には、自ら、家の主に『准男爵』を名乗る者について話した者もいて、その際に、主より、『そんな爵位はあるはずがない!』と激怒された者もいたようで・・・」



その部下の言葉に、エディは「やはりな・・・」と頷いてみせる。



准男爵・・・こんな爵位は、今のビスタ国には存在しない。



昔は、確かに、准男爵や騎士爵といった爵位は存在していた。



どちらも、戦争が盛んだった時代に、平民で兵役された者が、戦争の最中で挙げた功績を称える為に作られた騎士爵。



そして、戦争で商人などの平民が、金での支援や才を発揮して国に貢献したなどから授けられるのが、この准男爵である。



准男爵などは金で地位を買ったと言われるくらいのもので、正当な青き血を持つ貴族にとっては軽蔑に値する価値のない爵位だ。



そんな騎士爵も准男爵も後継にも与えられない一代限りの爵位で、本当の意味で名誉だけの爵位にしか過ぎないもの。



だから、こんな戦争もないこのビスタ国では存在はしない訳で、きちんとした知識がある者からしたら、この准男爵と名乗り、貴族街で住んでいるなどと聞けば、憤慨するのも当然と言える。



「もしかすると、あの女も、准男爵を与えられているのか?」



ここにきて、エディがふとあの女についても同じ目線で捉えてみる。



「ありえますね・・」



部下も、エディの言葉に頷き返す。



「ありもしない爵位を与えて、平民を駒にしているということか?」



トウの町の追加税収もだが、平民に今は無き爵位を与えたりできる人物・・



一体、どんな人物があの女の後ろにはいると言うのだ。



エディは巨大な陰謀が隠れているのではと、この場に来て感じ取る。



「あっ、出てきました」



部下の声に、我に返り、エディたちは、准男爵が住まう家の向かいにある木に身を顰める。



家から出てきたのは、若い男であった。



「あれが、例の、准男爵か?」



エディが男を見つめながら、そう部下に尋ねると、部下は小さく「はい」と答える。



どうやら、青年の准男爵は出掛けるようである。



馬に跨り、家を出ていく姿を確認してから、エディは准男爵の家へ近づく。



家には窓が何箇所か存在するがカーテンが引かれ、中は確認出来ない。



「いつもどこか外から中が見れないかと伺っているんですが、カーテンが遮り、中は見えずで」



部下は、緊張した面持ちでエディに伝える。



「使用人はいるのか?」



「はい、知る限り二人ほど見かけます」



エディは、部下の言葉を聞いて思案する。



そして、部下に向き直り、「ついて来い、正面から当たるぞ」といい、准男爵の家の玄関先に向かう。



「か、会頭、ど、どう動かれるんですか?」



部下は、玄関へ向かうエディに驚きながら、質問を投げかける。



「商人らしく、この家に商売の話を持って行く。隙を見て、所長がいるか探すぞ」



小さな声ではあるが、しっかりと意志が伝わるほどのものだった。



部下はエディの言葉に従い、着ている身なりを手早く整える。



「いくぞ」



エディが再び声を掛けて、部下を引き連れて、准男爵の家の玄関に向き直る。



そして、部下は、その姿を見てから、家にある呼び鈴の紐を引いたのだった。

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