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第1部 第63話

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メイから齎された、アッシュが起こしたとされる横領事件であるが、聞かされた当の本人のアッシュは、見に覚えもない話に対する策が思い浮かばず立ち竦んでいた。



勿論、この話を聞いた事務所の面々も驚きつつも対処の仕方を模索しだすが、名案は浮かばない。



「とりあえず、ケント以外の役場の職員に事実確認が必要なんじゃないか?」



ラドが途方に暮れかけるアッシュに向かって、そう提案すると、アッシュも素早くその提案に対して頷き肯定した。



「じゃあ、僕が様子見に行ってきますよ」



ラドとアッシュのやり取りを見て、ロビンがその動向を探ることに名乗りを上げたのだった。



「うん、すまない。助かるよ」



アッシュがロビンに詫び入るように願い出ると、ロビンも静かに頷き、事務所の外へ向かおうとした時、またしても、事務所に客人が現れたのだった。



「す、すみません」



小さな声だが、男性の声が事務所に響く。



男性は、「すみません。失礼します」と声をあげながら、事務所内へとどうやら入って来たようだ。



「あっ!」



アッシュらがいる事務所の中に、顔を現したのは、ロビンがこれから向かおうとしていた役場で働く職員の男性だった。



「せ、先輩、どうして?」



アッシュが尋ねてきた男性の姿を見て、声を掛ける。



そう、ここに尋ねて来たのは、先日、税金の追加徴収で役場に訪れた際に、窓口で、アッシュに色々と現状を教えてくれた先輩だった。



「良かった。会えて・・」



先輩は額に汗を浮かせ疲れた顔を見せてはいるが、アッシュの顔を見て、少し安堵した様子を見せた。



アッシュも、そんな先輩の姿を見て、慌てて、今しがたメイから聞いた話をする為に先輩の傍へ移動していく。



「先輩、丁度良かった。こちらも伺いたいことがあって、今から、代表で、ロビンへ役場に向かって貰おうかと思っていたところなんですよ!」



アッシュは、先輩の顔を見ながらそう話をし出した。



「も、もしかして、それって、お前の横領のことか?」



少し言葉を詰まらせながら、先輩がアッシュが聞きだしたい用件を先に言い当てる。



「あっ、はい。もしかして、先輩もそれで?」



アッシュの言葉に、先輩は首を縦に振ってきた。



その姿に、傍にいたロビンたちも驚きを見せだした。



「まさか、そんな・・・裏工作されたとかじゃなかったんだ・・ケント以外の役場の者が来たってことは・・・」



ロビンが驚き過ぎて、そんな事を言い出してきたので、アッシュは慌てて止めた。



「まて!裏工作はされている。今の言い方だと、私が横領したみたいじゃないかっ!」



「えっ?」



ロビンは返されたアッシュの言葉に首を傾げだしたのであった。



そんなロビンに、アッシュが呆れた眼差しを差し向けたのは言うまでもない。



「多分だが、今回の横領について、アッシュを「平民議員」の候補から引きずり下ろす為のものとして、ケントたちが仕組んだんだろうな。もみ消してやるって、アッシュの妹に、わざわざ言いに来たくらいだ。しかも随分前から動いてたのかもな・・」



ラドが、アッシュとロビンの二人を交互に見ながら、そんな説明をし出すと、



「そうか!良かった!さすが、ラドだね!」



ロビンは、事態について理解が出来たのか満面の笑みを浮かべ、安堵していた。



「お前なぁ、早合点し過ぎだろうが!」



一方、アッシュは呆れて、再び目を細めてロビンを見やる。



「それより、ケントがもう来たのか?」



ロビンとは違い、先輩の方は、ラドの話からますます深刻そうな顔をし出していた。



「ええ、家に来たので、私が応対したんですが、ラドさんの話の通り、候補を下りる事を条件に話がありました」



今まで控えていたメイだが、家を訪ねてきたケントについて、先輩への説明をかってでた。



「そうだったのか・・」



メイの話に、先輩の顔は尚も曇り出す。



「すみませんが、そちらはどうして、ここへ訪れたんですか?」



ラドが、今度は先輩へ話を向けて聞き出していく。



「あぁ、そうですね。実は、その横領なんだが・・・」



先輩はラドに問い掛けられて言葉を発し掛けるが、話だしたかと思うと言葉を途切れさせ、顔を下へ向け出した。



「例の税金の追加徴収の騒ぎがあったじゃないか、あの時、アッシュと顔合わせたこともあり、何か回避策がないかと、セフィたちの息がかかってない者で動きだしたんだ。所長が戻ってくるまで、少しでも被害を押さえたくて・・」



話が進み出す中で、先輩の顔色は尚も曇ってゆく。



「で、探ってる最中に、色々と出てきたんだ。私たちはその書類をかき集めて、それで、とにかくセフィたちを追い込もうと計画していたんだが・・・」



先輩は、ここで大きく肩を落として項垂れた。



「やられたんだな?」



ラドが、先輩が言葉を続ける前にそう口にした。



「ど、どうやら、探っているのを知っていたらしくて、敢えて、見つかる様に仕組んでいたようだ」



先輩は唇をぐっと噛みしめてから「すまん、アッシュ・・」と言い、頭を大きく下げたのだった。



役場では、税金の追加徴収が公示されてから、明確に、職員同士の溝が生まれたのだった。



今までも、それに近い動向は多少ではあったが存在はしていた。



だが、一つの派閥的な要素に近くて、互いが目線くらいでの牽制をするほどで、大きな対立などもなかった。



しかし、今回の騒動は、さすがに目に余る行為で、大きな犯罪の匂いもする。



本当に、今までのように見過ごしていいのかと、彼らは思う様になっていった。



そこに、頼みの綱である所長が予定を過ぎても帰宅しない。



そんな状況に、役場の誰かが、「所長、殺されていないよな?」と不穏な言葉を投げ掛けたのだった。



その言葉を皮切りに、セフィの派閥に属さない者が、ケントたちが主に関わる担当のところを中心に何か証拠をと探り出したのである。



「とにかく、何でも良い、怪しい書類や伝票などあれば押さえろ!」



そんな感じで動いていたら、あちらこちらから、ぽろぽろと書類や伝票が出て来たのだった。



「よくはわからないが、とにかく、あいつらの悪事に繋がるかもしれん」



そう言いながら、集まった書類や伝票を整理していた時だった。



ケントがニタニタしながら、背後から声を掛けてきたのは。



「あーぁ、辞めた人間の悪行を晒すことをして可哀そうに。これではアッシュは「平民議員」にはなれんな!」



と言いながら、高笑いをしたのだった。



「ど、どういうことだ!アッシュがって。お前たちがしているんだろうが!」



資料整理をしていた者がケントに向かって、大声で言い返すが、ケントは、それには一向に怯むことなくせせら笑う。



「俺たちのような優れた者が、誰が足の付くようなヘマをするんだ。バカな奴だな?」



「こ、これが!アッシュがした横領だと、何故わかるんだ!」



一人の職員が、怒りを露わにして手にした書類を掲げて、ケントに向き直る。



「わかるもなにも、俺に回ってきた書類の大半はアッシュが取り進めていたんだよ。お前らも知っているだろう?」



くくくっ・・と声を上げてまで、ケントは笑う。



「アッシュは知らないうちに、横領に加担していたんだよ!」



あははは・・・と最後は大きな笑いに変わっていく。



「可哀そうにな、職場の同僚らに不正を暴かれて、もう、アッシュはもう終わりだなぁ。あははは・・」



その日、夜の役場ではケントの大きな笑い声が響き渡り、その声に、書類をかき集めていた役場の職員たち皆が絶望に落とされたのだった。
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