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5話
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物置の扉の隙間から月明かりが差し込んでいた。
そこにうずくまる光太の影は、小さく、やけに頼りなく見えた。
狐というものは、本来ならここで見捨てるのが正しい。
だが私は、気がつけばもう一歩も退けないところまで来ていた。
⸻
翌日、店の仕込みをしながら、母に話した。
「昨日の客のことなんだけど……裏に匿ってる」
「……あんた、何を考えてるんだい」
母はしばらく黙っていた。
「面倒事からは距離を置けって教えたはずだよ」
「わかってる。でも、一晩だけだ」
「狐は狐らしく生きなきゃいけない」
「……それでもだ」
母は深くため息をつき、野菜を刻む手を止めた。
「……わかったよ。あんたの決めたことなら」
「ありがとう」
「でも一晩だけ。明日には出ていってもらいな」
それが、母なりの優しさだと知っていた。
⸻
夜になると、あの二人組が再びやってきた。
「やあ、兄ちゃん。また会ったねぇ」
男たちはカウンターに腰を下ろし、笑いながらも目は笑っていない。
「今日は何を?」
「いや、飯はいらねえ。話だけだ」
私は内心で小さく息を吐いた。
「光太を見なかったか?」
「昨日も言っただろう」
「そうかい。でも、こっちは急いでるんだわ」
小さい方の男が、手元のコップを指で弾いた。
中の水が震え、店の空気も一緒に張り詰めた。
⸻
「このままだと、妹にも何が起こるかわかんねえからな」
その言葉に、私は微かに眉を動かした。
狐というものは、家族を害されると本能的に牙を剥く。
人間の妹じゃなくても、家族を守りたいという気持ちはわかる。
「何も知らないよ。本当に」
「そうかい……」
男たちは立ち上がり、去り際に言った。
「今夜のうちにあのガキを見つける。見つけたらどうなるか、わかるだろ?」
背中を見送りながら、私は無意識に奥歯を噛んでいた。
⸻
閉店後、千歳と涼太を集めて話した。
「光太はもう出ていくしかない」
「でも、兄さん……」
涼太の声は震えていた。
「出ていっても危ないでしょ?」と千歳。
「わかってる。でも、俺たちの店に置いておくのも危ない」
「兄さん……本当にそれでいいの?」
「狐は狐らしく生きる。それが母さんの教えだ」
言いながら、自分の胸の奥で別の声が囁いていた。
『それでいいのか?』と。
⸻
その夜、私は物置の扉を開けた。
光太は膝を抱えて座っていた。
「……ありがとう。でも、もう行くよ」
「行く先は?」
「……わからない。でも、ここにいるわけにはいかない」
私は小さく頷いた。
「わかった。じゃあ送っていく」
⸻
夜の裏道を歩くと、月が雲に隠れていた。
風が冷たく、葉擦れの音だけが耳に残る。
「怖いか?」
「……正直に言うと、すごく怖い」
光太の声は小さかった。
狐としての本能は、もうここで手を引けと叫んでいた。
だが私はその声を無視した。
⸻
曲がり角を抜けたとき、そこに男たちが立っていた。
「よお、兄ちゃん。ご苦労さんだな」
笑いながらも目は冷たい。
私は無意識に光太の前に立っていた。
「お前ら……」
「やっぱり匿ってたんだな」
男たちはゆっくりと近づいてくる。
「どけよ、狐野郎」
⸻
狐の尻尾は隠していても、本能までは隠せない。
私は小さく息を吸い込み、静かに言った。
「……いやだね」
男たちは顔をしかめた。
「何だと?」
「いやだと言ったんだ。俺は怠け者の狐だが、ここで黙っては引かない」
狐らしくない、とは自分でも思った。
けれど、その夜だけは尻尾が勝手に動いていた。
そこにうずくまる光太の影は、小さく、やけに頼りなく見えた。
狐というものは、本来ならここで見捨てるのが正しい。
だが私は、気がつけばもう一歩も退けないところまで来ていた。
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翌日、店の仕込みをしながら、母に話した。
「昨日の客のことなんだけど……裏に匿ってる」
「……あんた、何を考えてるんだい」
母はしばらく黙っていた。
「面倒事からは距離を置けって教えたはずだよ」
「わかってる。でも、一晩だけだ」
「狐は狐らしく生きなきゃいけない」
「……それでもだ」
母は深くため息をつき、野菜を刻む手を止めた。
「……わかったよ。あんたの決めたことなら」
「ありがとう」
「でも一晩だけ。明日には出ていってもらいな」
それが、母なりの優しさだと知っていた。
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夜になると、あの二人組が再びやってきた。
「やあ、兄ちゃん。また会ったねぇ」
男たちはカウンターに腰を下ろし、笑いながらも目は笑っていない。
「今日は何を?」
「いや、飯はいらねえ。話だけだ」
私は内心で小さく息を吐いた。
「光太を見なかったか?」
「昨日も言っただろう」
「そうかい。でも、こっちは急いでるんだわ」
小さい方の男が、手元のコップを指で弾いた。
中の水が震え、店の空気も一緒に張り詰めた。
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その言葉に、私は微かに眉を動かした。
狐というものは、家族を害されると本能的に牙を剥く。
人間の妹じゃなくても、家族を守りたいという気持ちはわかる。
「何も知らないよ。本当に」
「そうかい……」
男たちは立ち上がり、去り際に言った。
「今夜のうちにあのガキを見つける。見つけたらどうなるか、わかるだろ?」
背中を見送りながら、私は無意識に奥歯を噛んでいた。
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閉店後、千歳と涼太を集めて話した。
「光太はもう出ていくしかない」
「でも、兄さん……」
涼太の声は震えていた。
「出ていっても危ないでしょ?」と千歳。
「わかってる。でも、俺たちの店に置いておくのも危ない」
「兄さん……本当にそれでいいの?」
「狐は狐らしく生きる。それが母さんの教えだ」
言いながら、自分の胸の奥で別の声が囁いていた。
『それでいいのか?』と。
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その夜、私は物置の扉を開けた。
光太は膝を抱えて座っていた。
「……ありがとう。でも、もう行くよ」
「行く先は?」
「……わからない。でも、ここにいるわけにはいかない」
私は小さく頷いた。
「わかった。じゃあ送っていく」
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夜の裏道を歩くと、月が雲に隠れていた。
風が冷たく、葉擦れの音だけが耳に残る。
「怖いか?」
「……正直に言うと、すごく怖い」
光太の声は小さかった。
狐としての本能は、もうここで手を引けと叫んでいた。
だが私はその声を無視した。
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「よお、兄ちゃん。ご苦労さんだな」
笑いながらも目は冷たい。
私は無意識に光太の前に立っていた。
「お前ら……」
「やっぱり匿ってたんだな」
男たちはゆっくりと近づいてくる。
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狐の尻尾は隠していても、本能までは隠せない。
私は小さく息を吸い込み、静かに言った。
「……いやだね」
男たちは顔をしかめた。
「何だと?」
「いやだと言ったんだ。俺は怠け者の狐だが、ここで黙っては引かない」
狐らしくない、とは自分でも思った。
けれど、その夜だけは尻尾が勝手に動いていた。
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