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4 号泣してみよう
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一日の流れは、毎日ほとんど変わらない。
朝目覚めて食事をした後は、家事をする父の邪魔をしないように、一人で積み木遊び。
積み木の種類も多くなくすぐに飽きてしまいそうなものだけど、これはこれで今後に向けて役に立つはず、と黙々と手を動かす。
当面の目標は言葉を覚えることと身体を思うように動かせるようにすることで、この遊びの中で手の力や器用さが身につけられたら、と思うのだ。
いろいろ奮闘努力の末、ようやく何とか寝返りとお座りはできるようになった、という現状だけど。それだってたびたび思うに任せず失敗に終わる、という体たらくだ。
とにかくも辛抱強く、努力を続けるしかない。
この積み木遊びもその一環、と集中する。
それでもやっぱり赤ん坊の身体の情けなさ、すぐに空腹と眠気が何処やらから降りてくる。
そうした不興の訴え何種類かについて、声や動作を区別して伝える試みを続けた結果、いくつかはかなり父に理解されるようになってきていた。
「わうわう、わあーー」
それ用の発声をして、胸から腹を撫でてみせる。空腹を訴えるしるしとして、ここのところ父に伝わるようになっているはずだ。
思った通り、加熱して冷ましたヤギ乳が用意される。
――成功、成功。
父の大きな膝に載せられ、食事をさせてもらう。このところはすっかり慣れて、何とも落ち着き幸福なひと時だ。
満腹すると、積み木遊びに戻る。
こうして身体を動かしているうち、いつの間にかお昼寝に入っているのが常だけど。
この日は、変わった出来事があった。
ドンドンと賑やかに戸が叩かれ、外から開けられる。
父より若いだろうかと思われる男二人が、そこから顔を覗かせる。
見覚えはない。と言うより、意識がはっきりしてから父以外の人間を見るのは初めてだ。もしかすると記憶を持つそれ以前に、見かけたことくらいはあるのかもしれないけど。
「××××」
「××××、××××!」
男たちの口から出ているのは、何らかの挨拶か。
父からの返しがやや強くなっているのは、「子どもが驚くだろう、もっと静かにしろ!」とでも言っているのかもしれない。
二人は、恐縮っぽい顔で頭をかいている。
そんなやりとりの後、三人は土間で作業を始めた。木の枝なんかで、何か作っているらしい。
残念ながらこちらの視点が低くて、大人たちの手元がよく見えない。
興味を持っても仕方ない、ということで積み木に目を戻す。
そうしているうち、意識が消えていた。
いつものように昼寝に入り、父が寝床に運んでくれたのだと思う。
目が覚めると夕方で、客たちはもういなかった。
父だけが残り、ときどきしているように愛用の大剣を持ち上げて熱心に手入れの最中らしかった。
そんな男たちの訪問は恒例になったらしく、三日ほど続いた。
一緒に土間で何かを作っていたり、外に出て家の前で何か活動をしていたりするようだ。
ちらり手に持つものが見えたところでは、どうも製作物は弓矢のようだ。とすると、外でその試射をしているのだろうか。
家の前からは、時おり大きな喚声が聞こえてくる。屋内では赤ん坊を憚って抑えていた声を、思い切り解放しているのかもしれない。
そんな新しい習慣を過ごして四日目。朝食の後あたしは父に抱き上げられ、厳重に毛皮で身をくるまれた。
どうも、外に出るようだ。
この意識に目覚めて、初めてのことだ。
父も毛皮などを着込み、大剣を腰に、弓を手に持っている。背中にも何やら荷を担いだようだ。
そうしてまた抱き上げられ。
めでたくあたしは、外に連れ出された。
陽が、眩しい。
地面に、雪が融けかけているようだ。
頬に、風が冷たい。
父とともに向いた方向に、いくつか平屋石造りの家がぽつぽつ見えている。ここが小さな村落らしいと、初めて認識する。
大股で歩き、父はその一軒に入った。
「××××」
「××××」
中に向けて、朴訥な声をかける。
それに、明るい声が返された。
そこそこ広い一部屋に毛皮が敷かれ、女の人が二人と子どもが五人、とりどりに座っている。
――何の集まりやん?
何処か呑気に見回していると。
ひょい、とあたしは父から女の人に手渡しされた。
――え、え?
突然の事態に、呆然と頭がついていけず、声も出ない。
抱きとり、軽く揺すって、その女の人は父に声を返した。
「××××」
「××××」
小さく手を挙げ、父は出ていく。
女の人二人が、見送りらしい声をかける。
――え、ええ?
まだ呆然と、あたしは全身硬直。
わけの分からない思いが、頭に渦巻く。
――置いて、いかれた。
父に、見放された?
いや、そんなはずはない。
ふつうに考えて、何か用事があって出かけるに当たり、信用のおける村の女性に子どもを預けた、ということだろう。
頭の中の冷静な部分は、そう分析して衝撃を抑えようと試みる。
しかし残った紛れもない赤ん坊の思考は、そんな納得をしようとしない。
とにかく、いつも離れない父の存在が遠のいて、不安で不安で堪らない。何とも説明のしようもない恐怖、恐慌のようなものが、ごわごわと全身に染み渡ってくる。
「ひ、ひ――」
「あら、××××」
「ひぇぇーーーーん」
ほどなく、あたしの中で爆発が起きた。
泣き声と涙が、堰を切って。
自分でも制御できないほどに全身が震え、身をよじって。
「ひぇぇーーーーーーん」
「あらあら、××××」
「ひぇぇえええーーーーーーん」
慌てて女の人が立ち上がり、揺すり抱き歩いてあやしてくれるけれど。
全身全霊であたしは泣き続けた。
本当に、自分でもどうしようもない。言ってみれば、赤ん坊の本能のままに。
両手両足を全力で踏ん張り、振るい。
何をどうしようとも、自分では抑えようがない。父親の温もりしか知らない乳児として、当たり前だろう。
頭の中で必死に止めようとする働きはあるのだけれど。そちらだって、この境遇に納得しているわけではない。
剣と弓矢を持って、父が出かけていった。
それから考えて、狩りか何かの用事だろう。ここにいる子どもの人数からすると、他にも同様の同行者がいて、託児の場になっているのかもしれない。
努めてそう考えようとはしてみても、断定できるわけでもない。他の可能性だってある。
父はこの村の人にあたしを譲り渡して、一人遠くに旅立ったのかもしれない。父が肌身離さず持ち歩きそうに大切にしているものは、あの大剣だけだ。他のものには未練を残さず、ここを立ち去ったのかもしれない。
意識がはっきりしてからの数ヶ月だけを顧みても、ただただあたしは父にとっての厄介者だ。何もかも世話を受けることしかできず、いつ愛想を尽かされても何の不思議もない。
思い起こしてみればいつも家の中での父は仏頂面、笑顔などほとんど見たことがないじゃないか。
男一人での子育てなど、たいへんなだけに決まっている。ずっと辛抱してやってきたものがぷつんと切れたとして、何の不思議もない。
嫌われた。
見放された。
一人、置いていかれた。
そんな思いが、今は確信のようになってあたしの頭に渦巻く。
言葉の一つも使えないのだから、誰に問い糾すもできず、自分で思い煩う他なく。
とにかくどうかしようにも何の術《すべ》も持たず、全身全霊で泣き続けるしかないのだった。
「ひぃぃえええーーーーーーん」
「あらあらあらあら」
困り顔の女の人は、しばらく抱き揺すりながら歩き回ってくれたけれど。さすがにあたしの泣き声に最初の勢いが少し緩んだところで、毛皮を厚く敷いた上に座らせた。
絹を裂くよう、というほどではなくなったにせよ、喘ぐような息継ぎを挟んで泣き叫びは続く。それを放置と決めたらしく、女の人は一旦離れていった。
その仕打ちに対してかさまざまな不満の集積か、もうわけ分からないまま吼え泣きが続き。いつの間にか、意識が遠のいていた。
朝目覚めて食事をした後は、家事をする父の邪魔をしないように、一人で積み木遊び。
積み木の種類も多くなくすぐに飽きてしまいそうなものだけど、これはこれで今後に向けて役に立つはず、と黙々と手を動かす。
当面の目標は言葉を覚えることと身体を思うように動かせるようにすることで、この遊びの中で手の力や器用さが身につけられたら、と思うのだ。
いろいろ奮闘努力の末、ようやく何とか寝返りとお座りはできるようになった、という現状だけど。それだってたびたび思うに任せず失敗に終わる、という体たらくだ。
とにかくも辛抱強く、努力を続けるしかない。
この積み木遊びもその一環、と集中する。
それでもやっぱり赤ん坊の身体の情けなさ、すぐに空腹と眠気が何処やらから降りてくる。
そうした不興の訴え何種類かについて、声や動作を区別して伝える試みを続けた結果、いくつかはかなり父に理解されるようになってきていた。
「わうわう、わあーー」
それ用の発声をして、胸から腹を撫でてみせる。空腹を訴えるしるしとして、ここのところ父に伝わるようになっているはずだ。
思った通り、加熱して冷ましたヤギ乳が用意される。
――成功、成功。
父の大きな膝に載せられ、食事をさせてもらう。このところはすっかり慣れて、何とも落ち着き幸福なひと時だ。
満腹すると、積み木遊びに戻る。
こうして身体を動かしているうち、いつの間にかお昼寝に入っているのが常だけど。
この日は、変わった出来事があった。
ドンドンと賑やかに戸が叩かれ、外から開けられる。
父より若いだろうかと思われる男二人が、そこから顔を覗かせる。
見覚えはない。と言うより、意識がはっきりしてから父以外の人間を見るのは初めてだ。もしかすると記憶を持つそれ以前に、見かけたことくらいはあるのかもしれないけど。
「××××」
「××××、××××!」
男たちの口から出ているのは、何らかの挨拶か。
父からの返しがやや強くなっているのは、「子どもが驚くだろう、もっと静かにしろ!」とでも言っているのかもしれない。
二人は、恐縮っぽい顔で頭をかいている。
そんなやりとりの後、三人は土間で作業を始めた。木の枝なんかで、何か作っているらしい。
残念ながらこちらの視点が低くて、大人たちの手元がよく見えない。
興味を持っても仕方ない、ということで積み木に目を戻す。
そうしているうち、意識が消えていた。
いつものように昼寝に入り、父が寝床に運んでくれたのだと思う。
目が覚めると夕方で、客たちはもういなかった。
父だけが残り、ときどきしているように愛用の大剣を持ち上げて熱心に手入れの最中らしかった。
そんな男たちの訪問は恒例になったらしく、三日ほど続いた。
一緒に土間で何かを作っていたり、外に出て家の前で何か活動をしていたりするようだ。
ちらり手に持つものが見えたところでは、どうも製作物は弓矢のようだ。とすると、外でその試射をしているのだろうか。
家の前からは、時おり大きな喚声が聞こえてくる。屋内では赤ん坊を憚って抑えていた声を、思い切り解放しているのかもしれない。
そんな新しい習慣を過ごして四日目。朝食の後あたしは父に抱き上げられ、厳重に毛皮で身をくるまれた。
どうも、外に出るようだ。
この意識に目覚めて、初めてのことだ。
父も毛皮などを着込み、大剣を腰に、弓を手に持っている。背中にも何やら荷を担いだようだ。
そうしてまた抱き上げられ。
めでたくあたしは、外に連れ出された。
陽が、眩しい。
地面に、雪が融けかけているようだ。
頬に、風が冷たい。
父とともに向いた方向に、いくつか平屋石造りの家がぽつぽつ見えている。ここが小さな村落らしいと、初めて認識する。
大股で歩き、父はその一軒に入った。
「××××」
「××××」
中に向けて、朴訥な声をかける。
それに、明るい声が返された。
そこそこ広い一部屋に毛皮が敷かれ、女の人が二人と子どもが五人、とりどりに座っている。
――何の集まりやん?
何処か呑気に見回していると。
ひょい、とあたしは父から女の人に手渡しされた。
――え、え?
突然の事態に、呆然と頭がついていけず、声も出ない。
抱きとり、軽く揺すって、その女の人は父に声を返した。
「××××」
「××××」
小さく手を挙げ、父は出ていく。
女の人二人が、見送りらしい声をかける。
――え、ええ?
まだ呆然と、あたしは全身硬直。
わけの分からない思いが、頭に渦巻く。
――置いて、いかれた。
父に、見放された?
いや、そんなはずはない。
ふつうに考えて、何か用事があって出かけるに当たり、信用のおける村の女性に子どもを預けた、ということだろう。
頭の中の冷静な部分は、そう分析して衝撃を抑えようと試みる。
しかし残った紛れもない赤ん坊の思考は、そんな納得をしようとしない。
とにかく、いつも離れない父の存在が遠のいて、不安で不安で堪らない。何とも説明のしようもない恐怖、恐慌のようなものが、ごわごわと全身に染み渡ってくる。
「ひ、ひ――」
「あら、××××」
「ひぇぇーーーーん」
ほどなく、あたしの中で爆発が起きた。
泣き声と涙が、堰を切って。
自分でも制御できないほどに全身が震え、身をよじって。
「ひぇぇーーーーーーん」
「あらあら、××××」
「ひぇぇえええーーーーーーん」
慌てて女の人が立ち上がり、揺すり抱き歩いてあやしてくれるけれど。
全身全霊であたしは泣き続けた。
本当に、自分でもどうしようもない。言ってみれば、赤ん坊の本能のままに。
両手両足を全力で踏ん張り、振るい。
何をどうしようとも、自分では抑えようがない。父親の温もりしか知らない乳児として、当たり前だろう。
頭の中で必死に止めようとする働きはあるのだけれど。そちらだって、この境遇に納得しているわけではない。
剣と弓矢を持って、父が出かけていった。
それから考えて、狩りか何かの用事だろう。ここにいる子どもの人数からすると、他にも同様の同行者がいて、託児の場になっているのかもしれない。
努めてそう考えようとはしてみても、断定できるわけでもない。他の可能性だってある。
父はこの村の人にあたしを譲り渡して、一人遠くに旅立ったのかもしれない。父が肌身離さず持ち歩きそうに大切にしているものは、あの大剣だけだ。他のものには未練を残さず、ここを立ち去ったのかもしれない。
意識がはっきりしてからの数ヶ月だけを顧みても、ただただあたしは父にとっての厄介者だ。何もかも世話を受けることしかできず、いつ愛想を尽かされても何の不思議もない。
思い起こしてみればいつも家の中での父は仏頂面、笑顔などほとんど見たことがないじゃないか。
男一人での子育てなど、たいへんなだけに決まっている。ずっと辛抱してやってきたものがぷつんと切れたとして、何の不思議もない。
嫌われた。
見放された。
一人、置いていかれた。
そんな思いが、今は確信のようになってあたしの頭に渦巻く。
言葉の一つも使えないのだから、誰に問い糾すもできず、自分で思い煩う他なく。
とにかくどうかしようにも何の術《すべ》も持たず、全身全霊で泣き続けるしかないのだった。
「ひぃぃえええーーーーーーん」
「あらあらあらあら」
困り顔の女の人は、しばらく抱き揺すりながら歩き回ってくれたけれど。さすがにあたしの泣き声に最初の勢いが少し緩んだところで、毛皮を厚く敷いた上に座らせた。
絹を裂くよう、というほどではなくなったにせよ、喘ぐような息継ぎを挟んで泣き叫びは続く。それを放置と決めたらしく、女の人は一旦離れていった。
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