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第2章 ミニョレー伯爵領
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「あ……」
「部下に命令しなさい。あの子をここに連れてこいって」
「あ、あ……」
「早く!」
一歩、アルムが足を踏み出した。
それだけで伯爵は身を震わせ、顔を仰向けた。
真上のバルコニーがあった場所、窓からやや年輩の男が心配そうに覗いている。
ずっと、話は聞いていたようだ。
「つ、連れてこい!」
「畏まりました!」
男はすぐに、窓から顔を引っ込めた。
残された伯爵は、腰を抜かしてただ震えるばかり。
その後ろに脚を押さえて蹲る小男は、「『調理』加護――何で――」とさっきからぶつぶつ呟いている。噂に聞く加護の学者で、気になって仕方ないということのようだ。
アルムは伯爵から目を離さず、じっと不動で立ち続けている。
その後ろに護衛然と立つグウェナエルに、ジョスランは小声で問いかけた。
「グウェナエルは、知っていたのか? あの切断っての」
「ああ」
「いつから」
「小母ちゃんと初めて森に一緒に行ったとき、教えてもらった」
「ああ、あのとき二人で後に残ったものねえ、もう少し練習するって」
フラヴィが少し高い声を上げた。
前から目を離さないまま、アルムが声を入れた。
「小僧だけには知っておいてもらわなきゃ困るからね」
「そうか、ほとんど一緒に闘うんだものな」
「いざというときは、大剣の動きに合わせて切断しなきゃならないのさ」
「なるほどな」
言われて、ジョスランはさまざまなことが納得される思いになった。
これまでいろいろな場面でアルムは、自分と小僧で何とかすると言っていたが、それは本当に自信があっての発言だったのだ。
どんな魔獣に襲われても、最後の手段で切断ができる。まず絶対の確信が持てていたのだ。
そもそも最初に、本当に必要なのは担いで運んでくれる人手だけ、と言っていたが、あれも掛け値なく本心だったろう。
領都まで移動するに当たって、車の引き手だけを雇って森迂回の半月以上かかる行路を選択する手もあっただろうが、まったく話題にも載せなかった。それも森を抜けることができる自信があったから、迷いなく最速の方法をとったのだろう。
フラヴィも同様なことを考えてか、しきりと頷いている。
「山猫も蜥蜴も、それでやったんだあ」
「そうさ」
「さっきの牢屋の格子も?」
「そうだよ」
「だよねえ。おかしいと思ったもの」
そんな会話を交わすうち、本館の出入口に動きがあった。
さっき三階の窓にいた男が、小さな子どもの手を引いて出てくる。服装からして、執事のようだ。
白金色の髪の男の子は、上品な顔立ちをしている。
こちらを見て、その口が「え、姉様」と動いた。
しかしジョスランたちがそれを理解する前に、執事の手が妙な動きをしていた。
背後から小刀を掴み出し、抱き寄せた男の子の首に当てたのだ。
「閣下を解放しなさい。さもなければ、この子の首を斬る」
「小僧、ドン!」
「おう!」
執事の声が終わらないうちに、アルムが叫んだ。
即座に、グウェナエルが動く。前に立つアルムの背に片掌を当て、力強く押し飛ばしていた。
アルムの小さな身体がよろけ、前に転がる。
ごろり一回転するや横倒しになって、離れた執事を睨み。
次の瞬間、執事の持つ小刀の刃がポロリと落ちていた。付け根から切断されたのだ。
続いて、執事のズボンがずり落ちた。腰紐を切られたらしい。
当人が狼狽する隙に、手を振り払って子どもが駆け出した。
落ちかけたズボンに足を取られて、執事は追うこともできない。
「姉様!」
「ランベール、あのお姉さんの傍に行ってなさい!」
「はい!」
アルムに駆け寄りかけた男の子は、素直にフラヴィの方へ向かった。
それとすれ違って駆け出し、グウェナエルは一気に執事の前に立ってその顎を蹴り上げた。
グア、と呻いて仰向けに倒れ、男はそのまま動かなくなった。
すぐ振り向いて、大男はアルムに手を貸して立たせる。
アルムはずっと、伯爵から目を離さない。
「済まない、強すぎたか」
「いやいいよ、あたしの脚じゃあんなに速く動けないからね」
聞いて、ようやくジョスランは成り行きを理解した。
最初の位置では、執事までアルムの切断が届かない。
それでグウェナエルが突き飛ばすことで、一気に距離を縮めたわけだ。
あの位置がおそらく、執事にも伯爵にも届く距離なのだろう。
戦闘職でない執事は咄嗟の事態に合わせて動けず、なすすべなく小刀を切断されたということらしい。
これもアルムとグウェナエルで、合図を決めていた連携なのか。
「さてそれじゃあ用事は済んだ。帰らせてもらおうかね。客への礼儀だ、伯爵閣下は領都の出口まで送っておくれよ」
「な、な――」
「勝手な動きをするんじゃないよ。あたしから距離をとろうとしたら、五体の無事を保証しないよ。貴族当主の殺害は大罪になるからできればやりたくないんだけどね、それでもあんたが構わないというなら手段は選ばないよ。あたしが知る限りじゃ、誘拐された貴族の跡取り奪還のために別の貴族を殺傷した場合、中央からお咎めなしになった例が過去にあったようだしね」
「う……」
「それでも足を挫いたのかね、歩きにくそうだから頭、肩を貸してやってくれないかい」
「ああ、分かった」
「姉ちゃんは安全が分かるまで、周囲の監視を頼むよ」
「分かったよ」
若夫婦が頷く。
グウェナエルは指示されなくても黙って、背にしていた背負子を下ろして変形を始めていた。
「部下に命令しなさい。あの子をここに連れてこいって」
「あ、あ……」
「早く!」
一歩、アルムが足を踏み出した。
それだけで伯爵は身を震わせ、顔を仰向けた。
真上のバルコニーがあった場所、窓からやや年輩の男が心配そうに覗いている。
ずっと、話は聞いていたようだ。
「つ、連れてこい!」
「畏まりました!」
男はすぐに、窓から顔を引っ込めた。
残された伯爵は、腰を抜かしてただ震えるばかり。
その後ろに脚を押さえて蹲る小男は、「『調理』加護――何で――」とさっきからぶつぶつ呟いている。噂に聞く加護の学者で、気になって仕方ないということのようだ。
アルムは伯爵から目を離さず、じっと不動で立ち続けている。
その後ろに護衛然と立つグウェナエルに、ジョスランは小声で問いかけた。
「グウェナエルは、知っていたのか? あの切断っての」
「ああ」
「いつから」
「小母ちゃんと初めて森に一緒に行ったとき、教えてもらった」
「ああ、あのとき二人で後に残ったものねえ、もう少し練習するって」
フラヴィが少し高い声を上げた。
前から目を離さないまま、アルムが声を入れた。
「小僧だけには知っておいてもらわなきゃ困るからね」
「そうか、ほとんど一緒に闘うんだものな」
「いざというときは、大剣の動きに合わせて切断しなきゃならないのさ」
「なるほどな」
言われて、ジョスランはさまざまなことが納得される思いになった。
これまでいろいろな場面でアルムは、自分と小僧で何とかすると言っていたが、それは本当に自信があっての発言だったのだ。
どんな魔獣に襲われても、最後の手段で切断ができる。まず絶対の確信が持てていたのだ。
そもそも最初に、本当に必要なのは担いで運んでくれる人手だけ、と言っていたが、あれも掛け値なく本心だったろう。
領都まで移動するに当たって、車の引き手だけを雇って森迂回の半月以上かかる行路を選択する手もあっただろうが、まったく話題にも載せなかった。それも森を抜けることができる自信があったから、迷いなく最速の方法をとったのだろう。
フラヴィも同様なことを考えてか、しきりと頷いている。
「山猫も蜥蜴も、それでやったんだあ」
「そうさ」
「さっきの牢屋の格子も?」
「そうだよ」
「だよねえ。おかしいと思ったもの」
そんな会話を交わすうち、本館の出入口に動きがあった。
さっき三階の窓にいた男が、小さな子どもの手を引いて出てくる。服装からして、執事のようだ。
白金色の髪の男の子は、上品な顔立ちをしている。
こちらを見て、その口が「え、姉様」と動いた。
しかしジョスランたちがそれを理解する前に、執事の手が妙な動きをしていた。
背後から小刀を掴み出し、抱き寄せた男の子の首に当てたのだ。
「閣下を解放しなさい。さもなければ、この子の首を斬る」
「小僧、ドン!」
「おう!」
執事の声が終わらないうちに、アルムが叫んだ。
即座に、グウェナエルが動く。前に立つアルムの背に片掌を当て、力強く押し飛ばしていた。
アルムの小さな身体がよろけ、前に転がる。
ごろり一回転するや横倒しになって、離れた執事を睨み。
次の瞬間、執事の持つ小刀の刃がポロリと落ちていた。付け根から切断されたのだ。
続いて、執事のズボンがずり落ちた。腰紐を切られたらしい。
当人が狼狽する隙に、手を振り払って子どもが駆け出した。
落ちかけたズボンに足を取られて、執事は追うこともできない。
「姉様!」
「ランベール、あのお姉さんの傍に行ってなさい!」
「はい!」
アルムに駆け寄りかけた男の子は、素直にフラヴィの方へ向かった。
それとすれ違って駆け出し、グウェナエルは一気に執事の前に立ってその顎を蹴り上げた。
グア、と呻いて仰向けに倒れ、男はそのまま動かなくなった。
すぐ振り向いて、大男はアルムに手を貸して立たせる。
アルムはずっと、伯爵から目を離さない。
「済まない、強すぎたか」
「いやいいよ、あたしの脚じゃあんなに速く動けないからね」
聞いて、ようやくジョスランは成り行きを理解した。
最初の位置では、執事までアルムの切断が届かない。
それでグウェナエルが突き飛ばすことで、一気に距離を縮めたわけだ。
あの位置がおそらく、執事にも伯爵にも届く距離なのだろう。
戦闘職でない執事は咄嗟の事態に合わせて動けず、なすすべなく小刀を切断されたということらしい。
これもアルムとグウェナエルで、合図を決めていた連携なのか。
「さてそれじゃあ用事は済んだ。帰らせてもらおうかね。客への礼儀だ、伯爵閣下は領都の出口まで送っておくれよ」
「な、な――」
「勝手な動きをするんじゃないよ。あたしから距離をとろうとしたら、五体の無事を保証しないよ。貴族当主の殺害は大罪になるからできればやりたくないんだけどね、それでもあんたが構わないというなら手段は選ばないよ。あたしが知る限りじゃ、誘拐された貴族の跡取り奪還のために別の貴族を殺傷した場合、中央からお咎めなしになった例が過去にあったようだしね」
「う……」
「それでも足を挫いたのかね、歩きにくそうだから頭、肩を貸してやってくれないかい」
「ああ、分かった」
「姉ちゃんは安全が分かるまで、周囲の監視を頼むよ」
「分かったよ」
若夫婦が頷く。
グウェナエルは指示されなくても黙って、背にしていた背負子を下ろして変形を始めていた。
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