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溢れる執着、燃える野心
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深夜――江戸城中奥、控えの間。
灯りはすでに消え、誰もが眠るべき時刻だった。
だが、その静寂の中で、千歳はひとり目を閉じず、ただ正座していた。
(また、呼ばれなかった)
布団の中の温もりは冷たく、蝋燭もすでに消えて久しい。
だが胸の奥では、鈍い熱が燻っていた。
(なぜ、あの新参が……)
思い返す。
環――初めて現れたその日から、家光は明らかに興味を抱いていた。
けれど、千歳にとって彼は、感情の見えない、無機質な鏡のような少年にしか見えなかった。
(“従順”を装っただけの空の器……。本当にあの方が好むのは、ああいう子なのか)
否。違う。
千歳は確かに知っていた。
将軍家光が好むのは、言いなりのだけの人形ではない。
時に抗い、時に涙を見せ、それでも膝に戻ってくる――**“心を差し出す者”**だと。
そして、千歳自身も――
そうあろうと努力してきたはずだった。
(ならば、なぜ……)
ふと、襖の向こうから微かに笑い声が聞こえた。
「……雪丸、眠っておるか?」
(――!?)
将軍の声だ。
そして、それに応えるように、くぐもった小さな声が返る。
「ん……うん……ねむい……ぎゅーってして……」
(雪丸……なぜお前まで)
千歳の爪が、畳をぎゅっと掻いた。
声はない。ただ、深く、深く、嫉妬が滲み込んでいく。
――こんな夜は、初めてではない。
だが、これほどまでに“自分の場所”が遠く感じられた夜はなかった。
(わたしも……かつては、あの方の膝に座っていたのに)
将軍の指先が自分の頬を撫でた感触、耳元でささやかれた声。
あの一つひとつが、今や誰かのものになっていく。
(ならば――奪い返すしかない)
千歳は、静かに立ち上がった。
まだ誰も動き出さぬ深夜、音を殺して障子を開け、廊下を抜け、そっと御台所へ向かう。
そこで、香の壺を開ける。
上等な白檀。ほのかに甘いその香りを、布にしみ込ませる。
(これを焚けば、きっと……あの方は思い出してくださる)
そう。あの日、千歳が背を流した夜、焚かれていたのは、この香りだった。
匂いは記憶に刻まれる。身体よりも、言葉よりも深く。
「……奪うのではない。思い出させるだけだ。……わたしが、必要な者だと」
その呟きは、もう“子ども”のものではなかった。
それは、一人の男の、確かな執着の芽生えだった。
灯りはすでに消え、誰もが眠るべき時刻だった。
だが、その静寂の中で、千歳はひとり目を閉じず、ただ正座していた。
(また、呼ばれなかった)
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だが胸の奥では、鈍い熱が燻っていた。
(なぜ、あの新参が……)
思い返す。
環――初めて現れたその日から、家光は明らかに興味を抱いていた。
けれど、千歳にとって彼は、感情の見えない、無機質な鏡のような少年にしか見えなかった。
(“従順”を装っただけの空の器……。本当にあの方が好むのは、ああいう子なのか)
否。違う。
千歳は確かに知っていた。
将軍家光が好むのは、言いなりのだけの人形ではない。
時に抗い、時に涙を見せ、それでも膝に戻ってくる――**“心を差し出す者”**だと。
そして、千歳自身も――
そうあろうと努力してきたはずだった。
(ならば、なぜ……)
ふと、襖の向こうから微かに笑い声が聞こえた。
「……雪丸、眠っておるか?」
(――!?)
将軍の声だ。
そして、それに応えるように、くぐもった小さな声が返る。
「ん……うん……ねむい……ぎゅーってして……」
(雪丸……なぜお前まで)
千歳の爪が、畳をぎゅっと掻いた。
声はない。ただ、深く、深く、嫉妬が滲み込んでいく。
――こんな夜は、初めてではない。
だが、これほどまでに“自分の場所”が遠く感じられた夜はなかった。
(わたしも……かつては、あの方の膝に座っていたのに)
将軍の指先が自分の頬を撫でた感触、耳元でささやかれた声。
あの一つひとつが、今や誰かのものになっていく。
(ならば――奪い返すしかない)
千歳は、静かに立ち上がった。
まだ誰も動き出さぬ深夜、音を殺して障子を開け、廊下を抜け、そっと御台所へ向かう。
そこで、香の壺を開ける。
上等な白檀。ほのかに甘いその香りを、布にしみ込ませる。
(これを焚けば、きっと……あの方は思い出してくださる)
そう。あの日、千歳が背を流した夜、焚かれていたのは、この香りだった。
匂いは記憶に刻まれる。身体よりも、言葉よりも深く。
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それは、一人の男の、確かな執着の芽生えだった。
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