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黒塗りの車に乗せられて
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「いいか、天音。ここで少しでも問題を起こしたら——もう、お前の居場所はどこにもなくなるぞ。」
父親の、低く押し殺した声が耳に刺さった。天音はむっと唇を尖らせて、窓の外に視線を移した。黒塗りの車は、森の奥へ奥へと進んでいく。ここが東京郊外だということさえ、とうに忘れそうだ。
「ふん、別にどうってことねぇよ。」
膝に置いた手をぐっと握りしめる。親の言うことなんざ、これまでも散々無視してきた。小学校では教師を泣かせ、同級生を泣かせ、地域の人間まで頭を抱えるガキ大将。それが天音、10歳。悪ガキの名をほしいままにしていた。
——なのに。
「……やっと着いたな。」
ハンドルを握っていた運転手が、小さく呟いた。森がぱっと開け、そこにはまるで中世の要塞のような灰色の石造りの校舎がそびえていた。
《スパルタ学園》
重々しい鉄門の上に掲げられた黒地に銀文字の看板が、その名を無言で告げている。
「降りろ。」
父親に腕を引かれ、天音は渋々車を降りた。するとすぐ、門の内側からぴしっと整列した男たちが現れた。全員、背筋を真っ直ぐに伸ばし、黒の詰襟制服を着ている。そして、その腰には木刀。
(な、なんだよ……あいつら……)
「ようこそ、天音くん。」
一歩前に出た男は、白髪混じりの短髪で、顔は厳格そのもの。鼻の下に整えられた口髭がいやに威圧感を増している。
「私がこの学園の教頭の桐島だ。君のことは、すでにお父上から聞いている。ここで新しく生まれ変わってもらう。」
「……ふん。」
睨み返す。だがその瞬間、教頭の背後に立つ二人の男性が木刀を軽く構えただけで、天音の心臓が小さく跳ねた。
(まさか本当に殴る気じゃねーだろうな……)
「では、お父上はこちらで。ここから先は学園の規則に従ってもらう。」
「わかった。……頼んだぞ。」
父は、それだけ言い残して車に戻り、音もなく去っていった。砂利を噛むタイヤ音が遠のき、代わりに冷たい空気が天音の首筋を撫でた。
桐島はじっと天音を見つめる。
「さあ、こちらへ。」
その声は有無を言わせぬ強さに満ちていた。
⸻
通されたのは、広く暗い廊下だった。壁にはずらりと額縁が並んでいて、歴代の卒業生らしき写真が並ぶ。誰もかれも、妙にお行儀よく整列し、かすかに引きつった笑みを浮かべていた。
(つーか……何なんだよ、この空気)
廊下を歩く間も、黒い制服姿の上級生らしき少年たちが廊下の端にきっちり立ち、ぴしっと直立不動で頭を下げてくる。彼らもまた、足元まで揃いの黒革靴、そして丈の異常に短いグレーの半ズボンから細い脚を覗かせていた。下着や靴下まですべて指定されているらしい。
「失礼します。」
桐島が一枚の木の扉を開けると、その奥は応接室のようになっていた。机の向こうには、白い手袋をはめた男が座っていた。
「この子が……例の、天音くんですか。」
「はい、校長。」
校長はゆっくり立ち上がると、天音を頭のてっぺんからつま先まで、まるで家畜を品定めするような目でじろりと見た。
「よろしい。ではすぐに身体検査を。制服は今から渡す。下着も靴下も含め、私どもの指定以外は一切身に着けてはならぬ。」
「はぁ?なんだよそれ……」
「黙れ。」
桐島が低く言い放つと、横に控えた職員が木刀の柄をわずかに叩いた。その硬質な音に、天音は条件反射的に肩を竦めた。
(……クソ、なんなんだよ……)
「早く下着まで脱ぎなさい。拒めばここで脱がす。」
「……っ!」
渋々、服を脱いだ。上着を脱ぎ、シャツを脱ぎ、ついにはパンツまで。校長はその細くしなやかな体つきを隅々まで観察し、満足げに小さく頷く。
「ほう、なるほど……これは将来有望だ。」
「っ……くそジジイ……」
「着せなさい。」
すぐに黒の襟付きシャツと短いグレーの短パンが持ち込まれた。腰には小さな白いタグがついており、番号が振られている。完全な管理番号制らしい。
下着、靴下、そして制服一式を身に着けさせられると、最後に黒い革靴を履かされた。
「これでお前はこの学園の一員だ。」
校長が、にやりと口角を上げた。
「今から寮に案内するが、その前に——」
「?」
不意に後ろから肩をつかまれ、ぐいと壁際まで引き立てられた。そして、バシンッ! 乾いた音が廊下に響いた。
「っ……!」
桐島の木刀が、制服越しの尻を打ったのだ。布の薄さゆえに、痛みは容赦なく突き抜けた。
「これが最初のお仕置きだ。ここでは先生の言うことは絶対。口答え一つで、即座にこうなる。わかったか?」
「っ……くそっ……!」
「——わかったか?」
再び木刀が構えられ、天音ははっと顔を上げた。
「……わ、わかったよ……」
小さく、震える声でそう答えた。
(クソ……こんなの、絶対許さねえ……)
だがその心の中の呟きも、桐島の鋭い視線の前では、どこか頼りなかった。
⸻
スパルタ学園の夜は早い。寮では消灯が20時半と決まっており、それ以降の私語は厳禁。ベッドに入ると、少しでも物音を立てれば監視の当番が飛んできて木刀で軽く尻を叩かれる。
(なにが監視当番だよ……ただの見張りじゃねーか……)
ふと、隣のベッドの少年が小さく息を呑んだのがわかった。細い体が震えている。彼もまた、新入生なのだろう。
「——おい、お前。」
小声で囁く。だが少年はびくりと体を強張らせ、答えなかった。
「……ちっ。」
誰も彼も、びびりやがって。自分は違う。絶対に屈しない——そう思おうとした。けれど、昼間の痛烈な一撃を思い出すたび、尻の奥がじんと疼き、妙な恐怖が腹を冷やした。
(……ふざけんな……俺は、絶対に負けねぇ……)
夜は静まり返っていた。だがその静寂は、どこか重く、息苦しい。
こうして天音の、地獄のような学園生活は始まったばかりだった。
父親の、低く押し殺した声が耳に刺さった。天音はむっと唇を尖らせて、窓の外に視線を移した。黒塗りの車は、森の奥へ奥へと進んでいく。ここが東京郊外だということさえ、とうに忘れそうだ。
「ふん、別にどうってことねぇよ。」
膝に置いた手をぐっと握りしめる。親の言うことなんざ、これまでも散々無視してきた。小学校では教師を泣かせ、同級生を泣かせ、地域の人間まで頭を抱えるガキ大将。それが天音、10歳。悪ガキの名をほしいままにしていた。
——なのに。
「……やっと着いたな。」
ハンドルを握っていた運転手が、小さく呟いた。森がぱっと開け、そこにはまるで中世の要塞のような灰色の石造りの校舎がそびえていた。
《スパルタ学園》
重々しい鉄門の上に掲げられた黒地に銀文字の看板が、その名を無言で告げている。
「降りろ。」
父親に腕を引かれ、天音は渋々車を降りた。するとすぐ、門の内側からぴしっと整列した男たちが現れた。全員、背筋を真っ直ぐに伸ばし、黒の詰襟制服を着ている。そして、その腰には木刀。
(な、なんだよ……あいつら……)
「ようこそ、天音くん。」
一歩前に出た男は、白髪混じりの短髪で、顔は厳格そのもの。鼻の下に整えられた口髭がいやに威圧感を増している。
「私がこの学園の教頭の桐島だ。君のことは、すでにお父上から聞いている。ここで新しく生まれ変わってもらう。」
「……ふん。」
睨み返す。だがその瞬間、教頭の背後に立つ二人の男性が木刀を軽く構えただけで、天音の心臓が小さく跳ねた。
(まさか本当に殴る気じゃねーだろうな……)
「では、お父上はこちらで。ここから先は学園の規則に従ってもらう。」
「わかった。……頼んだぞ。」
父は、それだけ言い残して車に戻り、音もなく去っていった。砂利を噛むタイヤ音が遠のき、代わりに冷たい空気が天音の首筋を撫でた。
桐島はじっと天音を見つめる。
「さあ、こちらへ。」
その声は有無を言わせぬ強さに満ちていた。
⸻
通されたのは、広く暗い廊下だった。壁にはずらりと額縁が並んでいて、歴代の卒業生らしき写真が並ぶ。誰もかれも、妙にお行儀よく整列し、かすかに引きつった笑みを浮かべていた。
(つーか……何なんだよ、この空気)
廊下を歩く間も、黒い制服姿の上級生らしき少年たちが廊下の端にきっちり立ち、ぴしっと直立不動で頭を下げてくる。彼らもまた、足元まで揃いの黒革靴、そして丈の異常に短いグレーの半ズボンから細い脚を覗かせていた。下着や靴下まですべて指定されているらしい。
「失礼します。」
桐島が一枚の木の扉を開けると、その奥は応接室のようになっていた。机の向こうには、白い手袋をはめた男が座っていた。
「この子が……例の、天音くんですか。」
「はい、校長。」
校長はゆっくり立ち上がると、天音を頭のてっぺんからつま先まで、まるで家畜を品定めするような目でじろりと見た。
「よろしい。ではすぐに身体検査を。制服は今から渡す。下着も靴下も含め、私どもの指定以外は一切身に着けてはならぬ。」
「はぁ?なんだよそれ……」
「黙れ。」
桐島が低く言い放つと、横に控えた職員が木刀の柄をわずかに叩いた。その硬質な音に、天音は条件反射的に肩を竦めた。
(……クソ、なんなんだよ……)
「早く下着まで脱ぎなさい。拒めばここで脱がす。」
「……っ!」
渋々、服を脱いだ。上着を脱ぎ、シャツを脱ぎ、ついにはパンツまで。校長はその細くしなやかな体つきを隅々まで観察し、満足げに小さく頷く。
「ほう、なるほど……これは将来有望だ。」
「っ……くそジジイ……」
「着せなさい。」
すぐに黒の襟付きシャツと短いグレーの短パンが持ち込まれた。腰には小さな白いタグがついており、番号が振られている。完全な管理番号制らしい。
下着、靴下、そして制服一式を身に着けさせられると、最後に黒い革靴を履かされた。
「これでお前はこの学園の一員だ。」
校長が、にやりと口角を上げた。
「今から寮に案内するが、その前に——」
「?」
不意に後ろから肩をつかまれ、ぐいと壁際まで引き立てられた。そして、バシンッ! 乾いた音が廊下に響いた。
「っ……!」
桐島の木刀が、制服越しの尻を打ったのだ。布の薄さゆえに、痛みは容赦なく突き抜けた。
「これが最初のお仕置きだ。ここでは先生の言うことは絶対。口答え一つで、即座にこうなる。わかったか?」
「っ……くそっ……!」
「——わかったか?」
再び木刀が構えられ、天音ははっと顔を上げた。
「……わ、わかったよ……」
小さく、震える声でそう答えた。
(クソ……こんなの、絶対許さねえ……)
だがその心の中の呟きも、桐島の鋭い視線の前では、どこか頼りなかった。
⸻
スパルタ学園の夜は早い。寮では消灯が20時半と決まっており、それ以降の私語は厳禁。ベッドに入ると、少しでも物音を立てれば監視の当番が飛んできて木刀で軽く尻を叩かれる。
(なにが監視当番だよ……ただの見張りじゃねーか……)
ふと、隣のベッドの少年が小さく息を呑んだのがわかった。細い体が震えている。彼もまた、新入生なのだろう。
「——おい、お前。」
小声で囁く。だが少年はびくりと体を強張らせ、答えなかった。
「……ちっ。」
誰も彼も、びびりやがって。自分は違う。絶対に屈しない——そう思おうとした。けれど、昼間の痛烈な一撃を思い出すたび、尻の奥がじんと疼き、妙な恐怖が腹を冷やした。
(……ふざけんな……俺は、絶対に負けねぇ……)
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