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初めての賞賛
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その日も朝から武道場に集められた。
スパルタ学園では週に数日、木刀を使った型稽古が授業として組み込まれている。
(またこれかよ……)
天音は木刀を握りしめ、少しだけこわばった肩をそっと落とした。
ただ以前と違ったのは、もう教師の前で無駄に突っ張ることをしないこと。
反抗すれば痛みが待っている。だから黙って従う。
それが自然になっていた。
⸻
「全員、正面を向け。」
教師の桐島がゆっくり木刀を構え、皆に見せる。
「今日の型は『正面打ちからの下段受け』。昨日までやった動きを応用する。号令に従い、しっかり打ち込め。力を抜くな。」
「はいっ!」
全員の返事が揃う。天音も反射的に声を張っていた。
(……はい、なんて簡単に……)
心の奥で小さく自嘲する。それでも声は自然に出る。
それが、もうここで生きるための当たり前だった。
⸻
「いち!」
桐島の掛け声に、全員が木刀を振り下ろす。
「に!」
腰を低く落とし、下段で受ける構え。
「さん!」
再び正面に戻る。
繰り返し。木刀を打ち、受け、戻す。
(これをちゃんとやれば……叩かれずに済む……)
尻に残る青痣の痛みを思い出しながら、天音は必死で型を繰り返した。
「もっと腰を落とせ!」
当番の木刀が隣の少年の腰を軽く叩いた。少年は小さく呻き、慌てて姿勢を修正する。
(次は俺か……)
怖くて、自然とさらに腰が沈む。
⸻
二十回、三十回と繰り返すうち、息が上がり始めた。
「よし、天音。前に出ろ。」
「……はいっ!」
返事が出る頃には、自分でも驚くほど自然だった。
(……もう、命令されたら即座に「はい」って……)
でも考えている暇はない。桐島が木刀を構えている。
「俺と一対一でやる。いいな。」
「はいっ!」
武道場の中央に立つ。心臓がどくんどくんと速く打つ。
桐島が木刀を軽く振るった。
「——来い。」
「っ……!」
天音は大きく踏み込み、正面打ちを放った。
カンッ!
桐島の木刀が軽々と受け止める。次の瞬間、桐島の木刀が天音の下段に滑り込み——
(やば……!)
とっさに腰を沈めて下段受けを作る。
カンッ!
木刀同士がぶつかり、音を立てた。
「ふん……」
桐島が僅かに口元を吊り上げた。
「もう一度!」
「はいっ!」
繰り返し。今度はもっと強く踏み込み、正面を狙う。
木刀が交錯し、桐島の刃筋を受けた衝撃が腕に伝わる。
(っ……負けねぇ……)
必死で腰を落とし、下段を守った。
桐島の木刀が、天音の構えた木刀をぎり、と押す。
「踏ん張れ!」
「はいっ!」
必死で足を踏みしめた。
⸻
やがて桐島は木刀を引き、軽く頷いた。
「……よくやった。」
「っ……!」
思わず胸が熱くなった。
肩に木刀の先がそっと当たり、軽く叩かれた。
それは痛みではなく、初めての「褒める動作」だった。
「力が抜けていない。腰も落ちていた。ここへ来た時のお前では考えられなかったな。」
「……はい……」
自然に声が出た。
そして、胸の奥がぞくりと震えた。
(……嬉しい……?)
⸻
周囲の少年たちが一斉にこちらを見ている。
桐島に褒められたその視線が、少しだけ誇らしかった。
(嘘だろ……俺、褒められたくて頑張ってたのか……?)
頭の奥が真っ白になった。
あれだけ絶対に屈しないって思ってたのに。
痛いのが嫌だから従ってただけのはずなのに。
「よし、列に戻れ。」
「はいっ!」
即座に返事をし、規律正しく戻る。
木刀を持つ手が微かに震えていた。それが恐怖の震えじゃないことに、気づきたくなかった。
(俺……もう半分……こいつらの犬じゃねぇか……)
悔しくて泣きそうになった。でも泣けなかった。
涙を見せればまた叩かれる気がしたから。
⸻
その日の夜。布団に入った天音は、ずっと自分の胸に手を当てていた。
(俺……褒められて、嬉しかったんだ……)
そこに気づいてしまったら、もう取り返しがつかない気がした。
(……でも、もう……どうすりゃいいんだよ……)
尻にはまだ薄く青い痣が残っている。
でも今はそれよりも、桐島に褒められたときに感じた奇妙な誇らしさのほうが、ずっと怖かった。
(いつか……俺、自分から進んで「はい、先生」って言っちまいそうだ……)
その想像が恐ろしくて、夜中にそっと枕を濡らした。
スパルタ学園では週に数日、木刀を使った型稽古が授業として組み込まれている。
(またこれかよ……)
天音は木刀を握りしめ、少しだけこわばった肩をそっと落とした。
ただ以前と違ったのは、もう教師の前で無駄に突っ張ることをしないこと。
反抗すれば痛みが待っている。だから黙って従う。
それが自然になっていた。
⸻
「全員、正面を向け。」
教師の桐島がゆっくり木刀を構え、皆に見せる。
「今日の型は『正面打ちからの下段受け』。昨日までやった動きを応用する。号令に従い、しっかり打ち込め。力を抜くな。」
「はいっ!」
全員の返事が揃う。天音も反射的に声を張っていた。
(……はい、なんて簡単に……)
心の奥で小さく自嘲する。それでも声は自然に出る。
それが、もうここで生きるための当たり前だった。
⸻
「いち!」
桐島の掛け声に、全員が木刀を振り下ろす。
「に!」
腰を低く落とし、下段で受ける構え。
「さん!」
再び正面に戻る。
繰り返し。木刀を打ち、受け、戻す。
(これをちゃんとやれば……叩かれずに済む……)
尻に残る青痣の痛みを思い出しながら、天音は必死で型を繰り返した。
「もっと腰を落とせ!」
当番の木刀が隣の少年の腰を軽く叩いた。少年は小さく呻き、慌てて姿勢を修正する。
(次は俺か……)
怖くて、自然とさらに腰が沈む。
⸻
二十回、三十回と繰り返すうち、息が上がり始めた。
「よし、天音。前に出ろ。」
「……はいっ!」
返事が出る頃には、自分でも驚くほど自然だった。
(……もう、命令されたら即座に「はい」って……)
でも考えている暇はない。桐島が木刀を構えている。
「俺と一対一でやる。いいな。」
「はいっ!」
武道場の中央に立つ。心臓がどくんどくんと速く打つ。
桐島が木刀を軽く振るった。
「——来い。」
「っ……!」
天音は大きく踏み込み、正面打ちを放った。
カンッ!
桐島の木刀が軽々と受け止める。次の瞬間、桐島の木刀が天音の下段に滑り込み——
(やば……!)
とっさに腰を沈めて下段受けを作る。
カンッ!
木刀同士がぶつかり、音を立てた。
「ふん……」
桐島が僅かに口元を吊り上げた。
「もう一度!」
「はいっ!」
繰り返し。今度はもっと強く踏み込み、正面を狙う。
木刀が交錯し、桐島の刃筋を受けた衝撃が腕に伝わる。
(っ……負けねぇ……)
必死で腰を落とし、下段を守った。
桐島の木刀が、天音の構えた木刀をぎり、と押す。
「踏ん張れ!」
「はいっ!」
必死で足を踏みしめた。
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やがて桐島は木刀を引き、軽く頷いた。
「……よくやった。」
「っ……!」
思わず胸が熱くなった。
肩に木刀の先がそっと当たり、軽く叩かれた。
それは痛みではなく、初めての「褒める動作」だった。
「力が抜けていない。腰も落ちていた。ここへ来た時のお前では考えられなかったな。」
「……はい……」
自然に声が出た。
そして、胸の奥がぞくりと震えた。
(……嬉しい……?)
⸻
周囲の少年たちが一斉にこちらを見ている。
桐島に褒められたその視線が、少しだけ誇らしかった。
(嘘だろ……俺、褒められたくて頑張ってたのか……?)
頭の奥が真っ白になった。
あれだけ絶対に屈しないって思ってたのに。
痛いのが嫌だから従ってただけのはずなのに。
「よし、列に戻れ。」
「はいっ!」
即座に返事をし、規律正しく戻る。
木刀を持つ手が微かに震えていた。それが恐怖の震えじゃないことに、気づきたくなかった。
(俺……もう半分……こいつらの犬じゃねぇか……)
悔しくて泣きそうになった。でも泣けなかった。
涙を見せればまた叩かれる気がしたから。
⸻
その日の夜。布団に入った天音は、ずっと自分の胸に手を当てていた。
(俺……褒められて、嬉しかったんだ……)
そこに気づいてしまったら、もう取り返しがつかない気がした。
(……でも、もう……どうすりゃいいんだよ……)
尻にはまだ薄く青い痣が残っている。
でも今はそれよりも、桐島に褒められたときに感じた奇妙な誇らしさのほうが、ずっと怖かった。
(いつか……俺、自分から進んで「はい、先生」って言っちまいそうだ……)
その想像が恐ろしくて、夜中にそっと枕を濡らした。
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