ショタに癒されたいんです。

ましゅまろ

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知らなかった顔

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土曜日の午後。
蒼がベランダの植物に水をやっていると、玄関のチャイムが鳴った。

「はーい……あっ」

扉の前にいたのは、蒼の彼女だった。
カジュアルな白のワンピースに、手には小さなお菓子の紙袋。

「あ、こんにちは。突然ごめんね。近くまで来たから、顔だけ見ようと思って」

「ううん、大丈夫。ちょうど休みで家にいたし」

蒼が笑って招き入れたそのとき――

「おにいちゃーん! 今日の公園、なに時に行くー?」

と、はるの声が廊下から響いた。

そして、はるはリビングに顔を出す。
ふたりの姿を見た瞬間、表情が止まった。

「あ……こんにちは。はるくん、だよね?」

彼女は笑顔で声をかけた。
けれど、はるは小さくうなずいただけで、何も言わずに部屋へ引っ込んでしまった。

蒼は後ろ姿を見送りながら、小さくため息をついた。



「……ごめんね。はる、ちょっと人見知りで」

「ううん、全然気にしてないよ。でも……」

「でも?」

「なんとなく、“私が来たことがイヤだった”って顔してた気がして」

蒼は、苦笑いを浮かべながらも、何も否定はしなかった。



その夜。
蒼が部屋に戻ると、ベッドに入ったはるが、うつ伏せで枕に顔を押しつけていた。

「はる、起きてる?」

「……起きてる」

「さっきは、びっくりしたよな。突然の来客だったし」

「……おにいちゃん、あの人と話すとき、すごく楽しそうだった」

「……うん。そりゃまぁ、付き合ってる相手だし」

「……でも、ぼくが言っても、あんな顔しない」

「え……?」

「笑い方、声の出し方、目のかがやき……。全部、ぼくの知らない顔だった」

その言葉に、蒼はしばらく黙った。

はるの小さな背中が、ゆっくりと揺れている。
泣いているのか、それとも言葉を飲み込んでいるのか。
でも、たしかに感じられるのは――“さみしさ”だった。

蒼はベッドの縁に腰かけ、そっと手を伸ばした。

「……はるが知らない俺も、たくさんいる。逆に、俺が知らないはるも、これから増えていくと思う」

「……やだ」

「え?」

「知らないおにいちゃんなんて、いらない……。ぼくだけが知ってる顔がほしい……」

蒼は言葉を失った。
けれど、はるの気持ちは、痛いほど伝わっていた。

(俺は、どこまでこの子を守れるんだろう)

(どこまで、この子の“いちばん”でいられるんだろう)

「……じゃあ、ひとつだけ約束する」

「なに……?」

「どれだけ俺にいろんな顔があっても――
“はるの前では、いちばんやさしい顔をする”って。
はるにだけ見せる顔は、これからもずっと、ある」

はるは小さくうなずいて、蒼の手をそっと握った。

「……それなら、がんばって大きくなる。おにいちゃんが、ぼくだけの顔をずっと見せてくれるように」

ふたりの指が、静かに重なったまま、夜はゆっくりと更けていった。
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