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例えば僕の恋物語
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あれは確か、まだ夏の暑さが残る九月だった。
寝苦しさから携帯をいじっていると、ふいに恋人の絢香からメールが届いた。
「・・・こんな時間に珍しいな・・・。」
俺は、絢香がメールを送ってくれた事が嬉しくてすぐにメールを読んだ。
「信ちゃん、明日会える?」
絵文字もない簡潔なメールだった。
「うん。もちろんいいよ。」
俺はすぐにメールを返信すると、さっきよりも幸せな気持ちがこみ上げてきた。
明日絢香に会えるんだ・・・。俺は携帯を閉じてそっと瞳を閉じた。やがて訪れる朝を心待ちにしながら・・・。
俺と絢香が出会ったのは、今から三年前の事だった。
俺がまだ学生の頃。夏休み限定のイベント関連のアルバイトで出会った。
俺よりも二つ年下の絢香はまだ二十歳になり立てでキラキラと輝いていた。
バイトを通して仲良くなった俺達は、その年の冬に付き合うようになった。
俺は絢香のストイックでキリっとした見た目とたまに見せる無邪気な笑顔が大好きだった。
俺から告白をして付き合うようになったけど、俺はいつも絢香からの愛を感じていたし、二人一緒に楽しい時間を過ごしてきたと思っている。
でも本当は絢香の気持ちなんて・・・俺はこれっぽっちも分かっていなかったのかもしれない。
「お待たせ!」
「・・・信ちゃん・・・。」
俺達は職場から近い、恵比寿の駅で待ち合わせをした。
四月から社会人になった絢香は最近、さらに女らしくなった気がする。
今日も大人っぽいワンピースに秋らしくショーツブーツを合わせていた。
「どこ行く?」
俺はニコニコと絢香に問いかけた。
「・・・散歩したいな。」
絢香はニコリともせずに小さい声でそう言った。
「・・・散歩?」
俺はてっきりどこかに飯を食いにいくのかと思っていたので、絢香の言葉に驚いた。今から散歩?
「・・・散歩しながらご飯屋を探すって事?」
「ううん・・・。ただ信ちゃんと歩きたいなぁと思って・・・。渋谷まで歩いてみない?」
「・・別にいいけど・・・。」
俺はスーツ姿のまま絢香の隣で歩き始めた。なんだ?今日の絢香は何だか違う・・・。俺は首を傾げながら、横目で絢香を盗み見した。
「・・・恵比寿っていい所だよね。」
絢香は遠くを見ながら嬉しそうに言った。
「・・・そうだね。」
俺はいつもと違う絢香のテンションに少しだけ不安を感じ始めていた。
「・・・何かあったの?」
せっかちな俺は絢香の変化にいても立ってもいられなくなりすぐに質問をした。
「・・・うん。」
絢香は言いづらそうに下を向いた。
「・・・何?」
俺は半分イライラしながら言葉を発した。「・・・はぁ・・・。」
絢香は人気のない路地裏で足を止めると大きくため息をついた。
「・・・絢香?」
俺は嫌なドキドキを感じながら、絢香を見つめた。
「・・・信ちゃんごめん。私たち別れよう?」
絢香は息を飲んで最後まで言葉を発した。
「・・・えっ?」
俺は絢香の言葉に頭が真っ白になった。今なんて言った?
「・・・突然でごめんね・・・。でもずっと考えていて・・・。」
絢香は本当に申し訳なさそうにそう言うと、小さい声でごめんなさいと言って頭を下げた。
「・・・なんだよ・・・突然・・・。」
俺は絢香の言葉に今にも泣き出しそうだった。
別れよう?なんで急に別れようなんて言うんだよ。
「・・・理由は言えないの・・・。ごめん。」
絢香は自分勝手にそう言うと、その後俺は何も言えなくなってしまった。
こんな時・・・別れたくない方はどうしたらいいんだよ・・・。
だって・・・昨日まで普通だったのに。なんで急に別れようなんて言うんだよ。それにずっと考えていたって・・・どういう事なんだよ・・・。
「・・・好きな奴でも出来たの?」
俺は投げやりに言った。それしか理由が思い浮かばなかったから・・・。
「・・・違う・・・。」
「・・・じゃあなんで?」
「・・・ごめん。」
絢香は涙を隠すように下を向いた。
「・・・俺・・・。」
嫌だよ。別れるなんて出来るはずない。だって俺は今でも絢香が好きで・・・こんなにも愛おしいと思っているのに・・・。
「・・・楽しかった。この二年間。」
絢香は別れ話をまとめるように言った。
「・・・そんな言葉聞きたくないよ。」
俺は絢香から視線を逸らして言った。
今までも別れ話はした事があったけど、それは些細な喧嘩を理由にだ。抱き合えば仲直りする程度のケンカ。でも今回は違う・・・。いくら鈍感な俺でも分かるよ。絢香が本気で別れたがっている事・・・。
好きな女に振られるなんて・・・俺は絶望を感じながら、言葉を探した。
「・・・信ちゃんは何も悪くないの。私が全部悪いの・・・。」
絢香は偽善者のようにそう言うと、俺はそんな絢香の言葉にだんだんと腹が立ってきた。
「・・・じゃあ、なんで別れなきゃいけないんだよ。俺が悪くないなら別れるなんて言うなよ。」
「・・。信ちゃん・・・。」
「俺、そんな曖昧な理由じゃ納得出来ない。だって俺はまだお前の事・・・。」
こんなにも好きなのに・・・。俺はそう思ったが口には出せなかった。
今までもちゃんと想いを口に出して伝えた事はなかったが、絢香は分かっていると思っていたのに・・・。
「・・・ごめん。でももうこれ以上は一緒に居られないの。」
絢香の意志は固く、俺はその意志の強さに負けそうだった。・・・でも・・・。
「俺だって・・・俺だって嫌だよ。別れたくない。」
俺はワガママな子供のように、絢香を睨んだ。
「・・・信ちゃん・・・。」
絢香はそんな俺を見ながら、小さくため息をついた。
俺だって分かっている。彼女が別れたいと言っている。格好良い男だったらスマートに別れを受け入れるんだろう・・・。
でも俺にはそれが出来ない。だって目の前にいる大好きな人が俺から去ろうとしている。そんな淋しいこと簡単に受け入れられないよ。
「・・・俺・・・もっと頑張るから。絢香の事大切に出来るように・・・。もっと笑わすし、絶対に守り抜くから・・・だから・・・。」
「・・・信ちゃん・・・。ごめん・・・。」
絢香は俺の精一杯の気持ちを聞いて、涙を流しながら首を横に振った。
これが俺の今までの報いなのか?俺は涙する絢香を見つめながら、諦める事を決めた。
「・・・今までありがとうね。」
渋谷駅に着くと、俺たちは最後の言葉を交わした。
「・・・うん。元気で。」
「・・・今ここでお互いの連絡先消そう?」
絢香は申し訳なさそうに言った。
「・・・連絡先・・・」
俺はその言葉に絶望を感じた。絢香はそこまでして、俺と縁を切りたいのか・・・。
「・・・決心が鈍るのが嫌なの。信ちゃんからの連絡が来たらきっと私、甘えてしまうから。」
絢香は強くそう言い放つと、俺はもう、絢加に従うしかなかった。
「・・・分かった。」
俺達はお互いの連絡先を消すと、絢香は安心したような表情を見せた。
「・・・これでもう本当のさようならだね。」
「・・・。」
俺は絢香の心無い一言に、胸がズタズタだった。もうこれ以上、そんな言葉聞きたくない。
人が行き交う渋谷駅・・・。楽しそうに笑うカップルや仲間同士・・・。でも俺達だけは重苦しい雰囲気に包まれていた。
まるで世界で一番不幸なピエロみたいだ。俺は生気の抜けた顔で絢香を見つめた。
「・・・元気で・・・。」
「うん。信ちゃんも・・・。」
「・・・さようなら・・・。」
「・・・うん。」
絢香は涙目を隠しもせずに困ったように笑った。
本当にこれが最後なのか・・・?俺はあまりにも悲しい現実にこれは夢なんじゃないかと何度も思った。
「・・・最後に握手しよう?」
絢香はそっと手を差し伸べると、俺はその手を素直に握った。
暖かい手・・・。冬は信じられない程に冷たくて・・・俺は何度もこの手を温めた。
小さく、真っ白い手・・・。もうこの手を握る事は二度とないのか・・・。
俺はそう思うと、だんだんと涙がこみ上げてきた。
テレビで見る悲しいドラマも、失恋ソングも俺には無縁だと思っていた。
でも、もう違うんだ・・・。俺は絢香に振られてしまった・・・。
「・・・じゃあね・・・。」
絢香は俺の手を離すと、悲しそうに笑って駅の方へと一人歩き出してしまった。
俺はそんな絢香をそっと見つめながらその場に立ち尽くした。
秋の風が俺を包み込む・・・こんなにも悲しい夜は初めてだ。
恋は苦しいとか辛いとかよく聞くけど、俺はそんな経験した事なかった。
ただ絢香と一緒の時間は楽しくて、離れている時間もそれなりに過ごしていた。
俺はいつだって絢香が隣にいると思っていた。
最新の映画が始まれば、すぐに絢香を誘って見に行ったし、美味しいご飯だっていつも絢香の笑顔を見つめながら食べた。
お互いが花粉症の春が来て・・・暑い夏は海にドライブに行って・・・寒さを感じ始めた秋は温泉旅行に行って・・・定番のクリスマスには綺麗なイルミネーション通りを一緒に歩いた。
これからも絢香の隣で四季を感じて生きていけると思っていたのに・・・。
俺は絢香を失った絶望を感じながらその場で涙を流し続けた。
子供みたいに・・・人目も気にせずに・・・。
恋が終わった日・・・俺は絢香という光を見失ってしまった。
もう恋なんてしたくない。だってこんな結末が待っているくらいならずっと一人でいた方がいい・・・。
こんな苦しみ・・・乗り越える事が出来るのか・・・?
俺は真っ暗闇のトンネルに足を踏み入れたのだった。
「・・・えっ?別れちゃったの?」
翌日職場に行くと、俺は自分から先輩に報告していた。
「・・・そうなんですよ。しかも彼女理由を言ってくれなくて・・・。」
俺は肩を落としながら言った。
「・・・好きな人が出来たとかじゃないの?」
「・・・やっぱりそうなんですかね?」
俺は遠くを見つめながら、大きくため息をついた。
「でもさ、お前が失恋なんて、本当びっくり。順調だったもんな。結婚するのかと思っていたのに・・・。」
「・・・びっくりしているのは俺の方ですよ。こんな一日で天地がひっくり変えるなんて。」
「・・・しょがねぇなぁ・・・明日は休みだし今日飲みに連れて行ってやるよ。」
「・・・先輩・・・。」
「失恋したら酒だろ?これ定番だから。」
恋愛経験豊富な先輩は、俺の肩を叩きながらそう言った。
「・・・ありがとうございます。」
俺は先輩の優しさにじーんと胸が熱くなった。
絢香と付き合っている時は誰かと飲みに行くのも面倒くさいと思ったけど・・・今は素直に誰かと一緒にいたい。
そう・・・誰でもいいから・・・。
「ただいま~・・・」
俺はベロベロに酔っ払いながら家に辿りつた。
こんなに飲んだのは久しぶり・・・でももうどうでもいいや・・・。
俺は冷蔵庫から水を取り出すと、ゴクゴクと飲み干した。
「プハァ・・・。」
冷たく冷えた水が喉を潤すと、俺は携帯を手にとってソファーに寝転んだ。
電気もつけない部屋にはそっと優しい月明かりと携帯の光だけが光っていた。
絢香からの連絡はない・・・。当たり前だけど、俺はまた小さくため息をついた。
こんな夜は絢香に電話して、酔っ払ったまま色々な事を話したい・・・。
くだらない話でもいい・・・。会話にならなくてもいいから、彼女の声が聞きたい。電話越しでいつも楽しそうに笑う絢香の声が・・・愛おしい。
俺は携帯電話を握りしめたまま、溢れ出す涙を堪えきれなかった。
俺が失ったものは大きすぎる・・・。なんで俺はもっと頑張らなかったんだろう。絢香の気持ちに甘えて・・・大切に出来ていなかったのかな・・・。
そんな後悔を感じながら俺は目を閉じた。少しでもこの現実から逃げるために・・・。
「・・・ふぁぁ・・・。」
翌朝、寝起きは最悪だった。俺は重い頭を抱えたまま、冷蔵庫に向かって歩いた。
昨日は飲みすぎたなぁ・・・。俺は昨日の出来事を思い出しながら、冷蔵庫の水を一気に飲み干した。
さぁて・・・何をしようか・・・。
俺は辺りをキョロキョロしながら今日の予定を探した。
いつもなら、土曜日の午後に絢香が俺の家に来て、そのまま泊まって帰るという休日を過ごしていた。
だから土曜日の午前中は、急いで掃除をして洗濯をして、小奇麗にして絢香が来るのを待っていた。
でももう・・・この家に絢香が来る事はない。
俺はそんな現実を思うとまた涙が溢れてきそうだった。
もう誰かの為に掃除する必要もないし、慌てて洗濯物を干す必要もない・・・。
俺は俺の為だけに家の事をすればいいんだ・・・。
「はぁ・・・。」
そう思うと、何もしたくなくなって、俺はまたソファーに横になった。
もうどうでもいい。洗濯も掃除も今はしたくない・・・。
俺はもう一度瞳を閉じると、やけになって二度寝した。
「ピーンポーン・・・。」
チャイムを鳴らす音で目が覚めた。
俺は夢の中で会っていた絢香がごめんね。
と言って俺の所へ帰ってきたのかと思った。
「・・・絢香?」
俺は急いで玄関に行くと、そこには若い配達員の兄ちゃんがいた。
「お届けものです。」
「・・・はい。」
俺はがっかりしながらも、サインをすると荷物は意外な人物からだった。
「・・・絢香からだ・・・。」
俺はすぐに荷物を受け取ると、急いでその中身を確認した。
「・・・なんだろう?」
やけにしっかりと包装しているダンボールにイライラしながらも俺は急いで荷物を開けた。
「・・・あっ・・・。」
俺は中を確認すると、見慣れた漫画本が数冊出てきた。
そして片隅にメモ書きのような手紙が入っていた。
「借りていた漫画です。信ちゃんの家にある私の荷物も送ってくれると嬉しいです。絢香」
さっぱりとしたメモ書きに俺は、また落胆した。
「何だよ・・・。」
俺は漫画が入ったダンボールをそのまま片隅においやると、俺は辺りを見渡した。絢香の荷物・・・。
絢香がお気に入りだったクッションに、歯ブラシ。シャンプーや化粧品。俺の部屋の至る所に絢香の影があった。
そしてその一つ、一つに思い出が宿っている。
コンビニで・・・どうでもいいような会話を交わしながら買ったお菓子さえも俺の涙を誘った。
あの時はまだ、このお菓子を一緒に食べるとばかり思っていたのに・・・。
俺はそんな思い出の詰まったモノたちを見つめながらまた胸が苦しくなった。
この苦しみは・・・いつまで続くのだろうか・・・?
絢香の物を見るだけで泣けてくるのは、俺がまだ絢香が好きだから・・・。
楽しかった思い出全て・・・いや・・・喧嘩した事さえも、全てが今、愛おしい。
俺はもう一度絢香に会いたい。会って、あの無邪気な笑顔を見たい。
そして、白い手に触れて、絢香を抱きしめたい。
今だったら、もっと大切に出来るのに・・・。絢香の望む全て、俺は叶える努力をするのに・・・。
俺は絢香の荷物を大事に抱きしめながら涙を流し続けた。
どうしてあの時、絢香が別れを選んだのか・・・。俺にはやっぱり分からなかった。
~一年後~
暑い夏が終わって・・・またあの季節が来る・・・。
そう俺が失恋した季節だ・・・。
俺は空を見上げて、今日も絢香の事を思った。
あれから月日が流れ・・・俺の心も少しずつ元気を取り戻していった。
もちろん、まだ新しい彼女はいない。好きな人もいない。
しかし、絢香に対する気持ちは暖かい気持ちへと流れ始めていた。
思い出はいつも優しくて・・・時々涙を誘うけれど・・・。
俺は秋風を感じながら、空を見上げた。
ねぇ絢香?今君は笑っている?それとも泣いている?
俺と別れた事・・・後悔していない?
俺はね、絢香を思うと、胸が苦しくて、どうしようもないほど会いたい夜もある。
特にね、月明かりが綺麗な夜は、いつも絢香を思い出すんだ。なんでなんだろうね?
二人で笑いあった日々が今は嘘みたいだ。出会った事も・・・別れた事も・・・全部なかったみたいに無情にも時間が流れていくね。
でもね、やっと今はこう思えるようになったんだよ。
大切な絢香が幸せになって欲しいと。きっと理由があって別れを決めたんでしょ?俺には分かるから・・・。
絢香が俺をちゃんと愛していた事も分かっている。
だからもう一度会うことが出来たなら・・・俺は笑えると思うんだ・・・。
「あっ・・・ちょっと本屋寄っていい?」
営業中に先輩がふと、本屋の前で立ち止まった。
「いいですよ。」
俺達は本屋に立ち寄ると、先輩が本を探しに行っている間、俺はフラフラと本を物色していた。すると一冊の本に目がいった。
普段なら絶対に読まない、インタビュー記事が乗った雑誌だった。
「・・・うん?」
俺はその本をペラペラと捲っていると、あるページで手が止まった。
「これって・・・。」
俺はそのページを見て、驚きを隠せなかった。
そう・・・その記事には、アフリカでボランテイア活動をする一人の女性をインタビューした記事が載っていたから・・・。
「・・・絢香・・・。」
かつて、俺と一緒にいた絢香は今・・・アフリカで子供たちを助けるためにボランティアをしていた。
「・・・なんで?」
俺は眉間に皺を寄せながら、絢香の記事を必死に読み進めた。
その中でも印象的な文章に俺は瞳を奪われた。
―なぜアフリカに来ようと思ったんですか?
はい。大学を卒業した後に、一度は就職をしたのですが、それは親の為でした。本当はずっと海外で子供たちの役に立ちたいと考えていました。けれど、日本にいると何故か自分の夢に向かって頑張ることは格好悪い事のように思ってしまうのです。誰もが有名な会社に就職することに必死になって・・・それは本当にやりたい事なのかなってずっと疑問に思っていました。
でも自分も一度その道を選んで分かったんです。自分がしたい事は有名な会社に就職することではないと・・・。
―アフリカに来る時に不安はありませんでしたか?
はい。もちろんありました。たった一人で何が出来るのだろう?でも、夢を叶える為にはそれしか方法がありませんでしたから。今となってはあの時勇気を出して良かったと思っています。でも・・・たった一つ心残りがあります。それは大切な人と別れてしまった事です。社会人になり、現実と夢で迷っていた私はどうしても彼にはアフリカに行く事を相談する事が出来ませんでした。優しい彼に相談したらきっと彼が苦しむと思ったからです。だから彼にも突然、理由も言わずに別れを告げたんです。彼はすごく辛かったと思う。だから今でも彼の事を思うと胸が痛みます。そして、私も今も彼の笑顔が愛おしいです。でももう、自分で決めた道を引き返すつもりはありません。
―その彼に今何かを伝えるなら?
はい。今彼に何かを伝える事が出来るなら・・・。あの時はごめんなさい。一方的に別れを切り出して、あなたを傷つけてしまったよね。本当にごめんなさい。今だから言えるんだけどね・・・私ね、あなたの事、本当に大好きだった。大切だった。離れたくなんかなかった・・・。本当は一緒にアフリカに行こう?と言いたかった。でもあなたの人生を邪魔したくなかったの・・・。それだけは分かってね。
私は今、アフリカで子供達の里親を探す手伝いをしています。時々日本語を教えたりもしているよ。これが私のずっとしたかった事です。どうか信ちゃんも、自分の思いに素直になって下さい。一度の人生を自分の夢の為に生きること・・・私は格好悪いなんて思わない。すごく素敵な事だって思うから・・・。もう一度会えたなら、その素敵な笑顔をまた見せてね。どこにいても、私はあなたの幸せを願っています。
内藤 絢香
「・・・絢香・・・。」
俺は絢香の記事を読み終わると、気づかず内に涙がこぼれ落ちていた。
遠い異国で・・・一人夢を叶えるために頑張っている絢香・・・。
俺はそんな彼女を・・・少しでも応援した事があっただろうか・・・。
何も出来なかった・・・。相談に乗ることも出来なかった・・・。
それが本当の別れの理由だった事さえも気付かなかった・・・。
自分勝手な女だよ・・・お前は・・・。でも・・・俺の好きになった絢香はやっぱり間違っていなかった。
だって・・・写真越しに映る絢香は・・・俺が見たどの絢香よりもキラキラと輝いて綺麗だったから・・・。
昔のようにおしゃれな洋服を着ていなくても、少し薄汚れて見えても・・・絢香は輝いていた。
誰よりもキラキラと輝いて、俺にまた希望をくれた。
あの日・・・出会った日のように・・・いつだって俺の気持ちを温めてくれる。特別な存在。
俺は絢香の記事をそっと閉じると、前を向いた。
もう一度見つけることが出来た・・・。俺の希望の光。
真っ暗なトンネルに今・・・新しい光が見えた。
そう・・・それは夢という希望の光。いつか絢香に出会うことが出来たなら・・・俺も絢香みたいに笑っていたいから・・・一度の人生、やりたい事に素直になってもいいのかもしれない。
俺はそう思うと、いても立ってもいられなくなり、以前から興味のあった、建築業の本棚を物色した。
本当にしたい事・・・恋を失った俺だけど、今日、それ以上に素晴らしい物に出会えた気分だった。
俺は建築業の本を何冊か買い占めると、明るい気持ちで本屋を出た。
さっきまでの気持ちが嘘みたいに・・・。
「何の本買ったの?そんなに沢山。」
先輩と合流すると、先輩は不思議そうに俺に問いかけた。
「はい。俺、夢を見つけたんです。」
俺はニコニコと笑顔でそう答えた。
「・・・夢?」
「見ていて下さい。俺、やってやりますよ。」
俺は強気にそう言うと、空を見上げた。
そう・・・俺はきっと夢を叶える。それが絢香の置き土産なら俺は無駄には出来ないから・・・。
人生には何かを失う時があるかもしれない。でもきっと・・・何かを失った後には、大切な物に出会う事が出来るはずだ。
俺は今日から夢を希望と呼ぼう。そして、誰の人生でもない俺だけの人生を歩んでいこう。一歩、一歩景色を楽しみながら・・・。
遠くの異国にいる絢香・・・いつかまた絶対に会おうな。
この空はアフリカまで続いている。お前の声が海を超えて届いたように、いつか俺の声も届くと思うんだ。
そうしたら、俺はお前に伝えたい。
出会ってくれてありがとう。お前に出会う事が出来て、俺は自分の夢に出会う事が出来ました・・・。俺も自分だけの人生、自分を信じて歩んでいきます・・・と。
終わり
寝苦しさから携帯をいじっていると、ふいに恋人の絢香からメールが届いた。
「・・・こんな時間に珍しいな・・・。」
俺は、絢香がメールを送ってくれた事が嬉しくてすぐにメールを読んだ。
「信ちゃん、明日会える?」
絵文字もない簡潔なメールだった。
「うん。もちろんいいよ。」
俺はすぐにメールを返信すると、さっきよりも幸せな気持ちがこみ上げてきた。
明日絢香に会えるんだ・・・。俺は携帯を閉じてそっと瞳を閉じた。やがて訪れる朝を心待ちにしながら・・・。
俺と絢香が出会ったのは、今から三年前の事だった。
俺がまだ学生の頃。夏休み限定のイベント関連のアルバイトで出会った。
俺よりも二つ年下の絢香はまだ二十歳になり立てでキラキラと輝いていた。
バイトを通して仲良くなった俺達は、その年の冬に付き合うようになった。
俺は絢香のストイックでキリっとした見た目とたまに見せる無邪気な笑顔が大好きだった。
俺から告白をして付き合うようになったけど、俺はいつも絢香からの愛を感じていたし、二人一緒に楽しい時間を過ごしてきたと思っている。
でも本当は絢香の気持ちなんて・・・俺はこれっぽっちも分かっていなかったのかもしれない。
「お待たせ!」
「・・・信ちゃん・・・。」
俺達は職場から近い、恵比寿の駅で待ち合わせをした。
四月から社会人になった絢香は最近、さらに女らしくなった気がする。
今日も大人っぽいワンピースに秋らしくショーツブーツを合わせていた。
「どこ行く?」
俺はニコニコと絢香に問いかけた。
「・・・散歩したいな。」
絢香はニコリともせずに小さい声でそう言った。
「・・・散歩?」
俺はてっきりどこかに飯を食いにいくのかと思っていたので、絢香の言葉に驚いた。今から散歩?
「・・・散歩しながらご飯屋を探すって事?」
「ううん・・・。ただ信ちゃんと歩きたいなぁと思って・・・。渋谷まで歩いてみない?」
「・・別にいいけど・・・。」
俺はスーツ姿のまま絢香の隣で歩き始めた。なんだ?今日の絢香は何だか違う・・・。俺は首を傾げながら、横目で絢香を盗み見した。
「・・・恵比寿っていい所だよね。」
絢香は遠くを見ながら嬉しそうに言った。
「・・・そうだね。」
俺はいつもと違う絢香のテンションに少しだけ不安を感じ始めていた。
「・・・何かあったの?」
せっかちな俺は絢香の変化にいても立ってもいられなくなりすぐに質問をした。
「・・・うん。」
絢香は言いづらそうに下を向いた。
「・・・何?」
俺は半分イライラしながら言葉を発した。「・・・はぁ・・・。」
絢香は人気のない路地裏で足を止めると大きくため息をついた。
「・・・絢香?」
俺は嫌なドキドキを感じながら、絢香を見つめた。
「・・・信ちゃんごめん。私たち別れよう?」
絢香は息を飲んで最後まで言葉を発した。
「・・・えっ?」
俺は絢香の言葉に頭が真っ白になった。今なんて言った?
「・・・突然でごめんね・・・。でもずっと考えていて・・・。」
絢香は本当に申し訳なさそうにそう言うと、小さい声でごめんなさいと言って頭を下げた。
「・・・なんだよ・・・突然・・・。」
俺は絢香の言葉に今にも泣き出しそうだった。
別れよう?なんで急に別れようなんて言うんだよ。
「・・・理由は言えないの・・・。ごめん。」
絢香は自分勝手にそう言うと、その後俺は何も言えなくなってしまった。
こんな時・・・別れたくない方はどうしたらいいんだよ・・・。
だって・・・昨日まで普通だったのに。なんで急に別れようなんて言うんだよ。それにずっと考えていたって・・・どういう事なんだよ・・・。
「・・・好きな奴でも出来たの?」
俺は投げやりに言った。それしか理由が思い浮かばなかったから・・・。
「・・・違う・・・。」
「・・・じゃあなんで?」
「・・・ごめん。」
絢香は涙を隠すように下を向いた。
「・・・俺・・・。」
嫌だよ。別れるなんて出来るはずない。だって俺は今でも絢香が好きで・・・こんなにも愛おしいと思っているのに・・・。
「・・・楽しかった。この二年間。」
絢香は別れ話をまとめるように言った。
「・・・そんな言葉聞きたくないよ。」
俺は絢香から視線を逸らして言った。
今までも別れ話はした事があったけど、それは些細な喧嘩を理由にだ。抱き合えば仲直りする程度のケンカ。でも今回は違う・・・。いくら鈍感な俺でも分かるよ。絢香が本気で別れたがっている事・・・。
好きな女に振られるなんて・・・俺は絶望を感じながら、言葉を探した。
「・・・信ちゃんは何も悪くないの。私が全部悪いの・・・。」
絢香は偽善者のようにそう言うと、俺はそんな絢香の言葉にだんだんと腹が立ってきた。
「・・・じゃあ、なんで別れなきゃいけないんだよ。俺が悪くないなら別れるなんて言うなよ。」
「・・。信ちゃん・・・。」
「俺、そんな曖昧な理由じゃ納得出来ない。だって俺はまだお前の事・・・。」
こんなにも好きなのに・・・。俺はそう思ったが口には出せなかった。
今までもちゃんと想いを口に出して伝えた事はなかったが、絢香は分かっていると思っていたのに・・・。
「・・・ごめん。でももうこれ以上は一緒に居られないの。」
絢香の意志は固く、俺はその意志の強さに負けそうだった。・・・でも・・・。
「俺だって・・・俺だって嫌だよ。別れたくない。」
俺はワガママな子供のように、絢香を睨んだ。
「・・・信ちゃん・・・。」
絢香はそんな俺を見ながら、小さくため息をついた。
俺だって分かっている。彼女が別れたいと言っている。格好良い男だったらスマートに別れを受け入れるんだろう・・・。
でも俺にはそれが出来ない。だって目の前にいる大好きな人が俺から去ろうとしている。そんな淋しいこと簡単に受け入れられないよ。
「・・・俺・・・もっと頑張るから。絢香の事大切に出来るように・・・。もっと笑わすし、絶対に守り抜くから・・・だから・・・。」
「・・・信ちゃん・・・。ごめん・・・。」
絢香は俺の精一杯の気持ちを聞いて、涙を流しながら首を横に振った。
これが俺の今までの報いなのか?俺は涙する絢香を見つめながら、諦める事を決めた。
「・・・今までありがとうね。」
渋谷駅に着くと、俺たちは最後の言葉を交わした。
「・・・うん。元気で。」
「・・・今ここでお互いの連絡先消そう?」
絢香は申し訳なさそうに言った。
「・・・連絡先・・・」
俺はその言葉に絶望を感じた。絢香はそこまでして、俺と縁を切りたいのか・・・。
「・・・決心が鈍るのが嫌なの。信ちゃんからの連絡が来たらきっと私、甘えてしまうから。」
絢香は強くそう言い放つと、俺はもう、絢加に従うしかなかった。
「・・・分かった。」
俺達はお互いの連絡先を消すと、絢香は安心したような表情を見せた。
「・・・これでもう本当のさようならだね。」
「・・・。」
俺は絢香の心無い一言に、胸がズタズタだった。もうこれ以上、そんな言葉聞きたくない。
人が行き交う渋谷駅・・・。楽しそうに笑うカップルや仲間同士・・・。でも俺達だけは重苦しい雰囲気に包まれていた。
まるで世界で一番不幸なピエロみたいだ。俺は生気の抜けた顔で絢香を見つめた。
「・・・元気で・・・。」
「うん。信ちゃんも・・・。」
「・・・さようなら・・・。」
「・・・うん。」
絢香は涙目を隠しもせずに困ったように笑った。
本当にこれが最後なのか・・・?俺はあまりにも悲しい現実にこれは夢なんじゃないかと何度も思った。
「・・・最後に握手しよう?」
絢香はそっと手を差し伸べると、俺はその手を素直に握った。
暖かい手・・・。冬は信じられない程に冷たくて・・・俺は何度もこの手を温めた。
小さく、真っ白い手・・・。もうこの手を握る事は二度とないのか・・・。
俺はそう思うと、だんだんと涙がこみ上げてきた。
テレビで見る悲しいドラマも、失恋ソングも俺には無縁だと思っていた。
でも、もう違うんだ・・・。俺は絢香に振られてしまった・・・。
「・・・じゃあね・・・。」
絢香は俺の手を離すと、悲しそうに笑って駅の方へと一人歩き出してしまった。
俺はそんな絢香をそっと見つめながらその場に立ち尽くした。
秋の風が俺を包み込む・・・こんなにも悲しい夜は初めてだ。
恋は苦しいとか辛いとかよく聞くけど、俺はそんな経験した事なかった。
ただ絢香と一緒の時間は楽しくて、離れている時間もそれなりに過ごしていた。
俺はいつだって絢香が隣にいると思っていた。
最新の映画が始まれば、すぐに絢香を誘って見に行ったし、美味しいご飯だっていつも絢香の笑顔を見つめながら食べた。
お互いが花粉症の春が来て・・・暑い夏は海にドライブに行って・・・寒さを感じ始めた秋は温泉旅行に行って・・・定番のクリスマスには綺麗なイルミネーション通りを一緒に歩いた。
これからも絢香の隣で四季を感じて生きていけると思っていたのに・・・。
俺は絢香を失った絶望を感じながらその場で涙を流し続けた。
子供みたいに・・・人目も気にせずに・・・。
恋が終わった日・・・俺は絢香という光を見失ってしまった。
もう恋なんてしたくない。だってこんな結末が待っているくらいならずっと一人でいた方がいい・・・。
こんな苦しみ・・・乗り越える事が出来るのか・・・?
俺は真っ暗闇のトンネルに足を踏み入れたのだった。
「・・・えっ?別れちゃったの?」
翌日職場に行くと、俺は自分から先輩に報告していた。
「・・・そうなんですよ。しかも彼女理由を言ってくれなくて・・・。」
俺は肩を落としながら言った。
「・・・好きな人が出来たとかじゃないの?」
「・・・やっぱりそうなんですかね?」
俺は遠くを見つめながら、大きくため息をついた。
「でもさ、お前が失恋なんて、本当びっくり。順調だったもんな。結婚するのかと思っていたのに・・・。」
「・・・びっくりしているのは俺の方ですよ。こんな一日で天地がひっくり変えるなんて。」
「・・・しょがねぇなぁ・・・明日は休みだし今日飲みに連れて行ってやるよ。」
「・・・先輩・・・。」
「失恋したら酒だろ?これ定番だから。」
恋愛経験豊富な先輩は、俺の肩を叩きながらそう言った。
「・・・ありがとうございます。」
俺は先輩の優しさにじーんと胸が熱くなった。
絢香と付き合っている時は誰かと飲みに行くのも面倒くさいと思ったけど・・・今は素直に誰かと一緒にいたい。
そう・・・誰でもいいから・・・。
「ただいま~・・・」
俺はベロベロに酔っ払いながら家に辿りつた。
こんなに飲んだのは久しぶり・・・でももうどうでもいいや・・・。
俺は冷蔵庫から水を取り出すと、ゴクゴクと飲み干した。
「プハァ・・・。」
冷たく冷えた水が喉を潤すと、俺は携帯を手にとってソファーに寝転んだ。
電気もつけない部屋にはそっと優しい月明かりと携帯の光だけが光っていた。
絢香からの連絡はない・・・。当たり前だけど、俺はまた小さくため息をついた。
こんな夜は絢香に電話して、酔っ払ったまま色々な事を話したい・・・。
くだらない話でもいい・・・。会話にならなくてもいいから、彼女の声が聞きたい。電話越しでいつも楽しそうに笑う絢香の声が・・・愛おしい。
俺は携帯電話を握りしめたまま、溢れ出す涙を堪えきれなかった。
俺が失ったものは大きすぎる・・・。なんで俺はもっと頑張らなかったんだろう。絢香の気持ちに甘えて・・・大切に出来ていなかったのかな・・・。
そんな後悔を感じながら俺は目を閉じた。少しでもこの現実から逃げるために・・・。
「・・・ふぁぁ・・・。」
翌朝、寝起きは最悪だった。俺は重い頭を抱えたまま、冷蔵庫に向かって歩いた。
昨日は飲みすぎたなぁ・・・。俺は昨日の出来事を思い出しながら、冷蔵庫の水を一気に飲み干した。
さぁて・・・何をしようか・・・。
俺は辺りをキョロキョロしながら今日の予定を探した。
いつもなら、土曜日の午後に絢香が俺の家に来て、そのまま泊まって帰るという休日を過ごしていた。
だから土曜日の午前中は、急いで掃除をして洗濯をして、小奇麗にして絢香が来るのを待っていた。
でももう・・・この家に絢香が来る事はない。
俺はそんな現実を思うとまた涙が溢れてきそうだった。
もう誰かの為に掃除する必要もないし、慌てて洗濯物を干す必要もない・・・。
俺は俺の為だけに家の事をすればいいんだ・・・。
「はぁ・・・。」
そう思うと、何もしたくなくなって、俺はまたソファーに横になった。
もうどうでもいい。洗濯も掃除も今はしたくない・・・。
俺はもう一度瞳を閉じると、やけになって二度寝した。
「ピーンポーン・・・。」
チャイムを鳴らす音で目が覚めた。
俺は夢の中で会っていた絢香がごめんね。
と言って俺の所へ帰ってきたのかと思った。
「・・・絢香?」
俺は急いで玄関に行くと、そこには若い配達員の兄ちゃんがいた。
「お届けものです。」
「・・・はい。」
俺はがっかりしながらも、サインをすると荷物は意外な人物からだった。
「・・・絢香からだ・・・。」
俺はすぐに荷物を受け取ると、急いでその中身を確認した。
「・・・なんだろう?」
やけにしっかりと包装しているダンボールにイライラしながらも俺は急いで荷物を開けた。
「・・・あっ・・・。」
俺は中を確認すると、見慣れた漫画本が数冊出てきた。
そして片隅にメモ書きのような手紙が入っていた。
「借りていた漫画です。信ちゃんの家にある私の荷物も送ってくれると嬉しいです。絢香」
さっぱりとしたメモ書きに俺は、また落胆した。
「何だよ・・・。」
俺は漫画が入ったダンボールをそのまま片隅においやると、俺は辺りを見渡した。絢香の荷物・・・。
絢香がお気に入りだったクッションに、歯ブラシ。シャンプーや化粧品。俺の部屋の至る所に絢香の影があった。
そしてその一つ、一つに思い出が宿っている。
コンビニで・・・どうでもいいような会話を交わしながら買ったお菓子さえも俺の涙を誘った。
あの時はまだ、このお菓子を一緒に食べるとばかり思っていたのに・・・。
俺はそんな思い出の詰まったモノたちを見つめながらまた胸が苦しくなった。
この苦しみは・・・いつまで続くのだろうか・・・?
絢香の物を見るだけで泣けてくるのは、俺がまだ絢香が好きだから・・・。
楽しかった思い出全て・・・いや・・・喧嘩した事さえも、全てが今、愛おしい。
俺はもう一度絢香に会いたい。会って、あの無邪気な笑顔を見たい。
そして、白い手に触れて、絢香を抱きしめたい。
今だったら、もっと大切に出来るのに・・・。絢香の望む全て、俺は叶える努力をするのに・・・。
俺は絢香の荷物を大事に抱きしめながら涙を流し続けた。
どうしてあの時、絢香が別れを選んだのか・・・。俺にはやっぱり分からなかった。
~一年後~
暑い夏が終わって・・・またあの季節が来る・・・。
そう俺が失恋した季節だ・・・。
俺は空を見上げて、今日も絢香の事を思った。
あれから月日が流れ・・・俺の心も少しずつ元気を取り戻していった。
もちろん、まだ新しい彼女はいない。好きな人もいない。
しかし、絢香に対する気持ちは暖かい気持ちへと流れ始めていた。
思い出はいつも優しくて・・・時々涙を誘うけれど・・・。
俺は秋風を感じながら、空を見上げた。
ねぇ絢香?今君は笑っている?それとも泣いている?
俺と別れた事・・・後悔していない?
俺はね、絢香を思うと、胸が苦しくて、どうしようもないほど会いたい夜もある。
特にね、月明かりが綺麗な夜は、いつも絢香を思い出すんだ。なんでなんだろうね?
二人で笑いあった日々が今は嘘みたいだ。出会った事も・・・別れた事も・・・全部なかったみたいに無情にも時間が流れていくね。
でもね、やっと今はこう思えるようになったんだよ。
大切な絢香が幸せになって欲しいと。きっと理由があって別れを決めたんでしょ?俺には分かるから・・・。
絢香が俺をちゃんと愛していた事も分かっている。
だからもう一度会うことが出来たなら・・・俺は笑えると思うんだ・・・。
「あっ・・・ちょっと本屋寄っていい?」
営業中に先輩がふと、本屋の前で立ち止まった。
「いいですよ。」
俺達は本屋に立ち寄ると、先輩が本を探しに行っている間、俺はフラフラと本を物色していた。すると一冊の本に目がいった。
普段なら絶対に読まない、インタビュー記事が乗った雑誌だった。
「・・・うん?」
俺はその本をペラペラと捲っていると、あるページで手が止まった。
「これって・・・。」
俺はそのページを見て、驚きを隠せなかった。
そう・・・その記事には、アフリカでボランテイア活動をする一人の女性をインタビューした記事が載っていたから・・・。
「・・・絢香・・・。」
かつて、俺と一緒にいた絢香は今・・・アフリカで子供たちを助けるためにボランティアをしていた。
「・・・なんで?」
俺は眉間に皺を寄せながら、絢香の記事を必死に読み進めた。
その中でも印象的な文章に俺は瞳を奪われた。
―なぜアフリカに来ようと思ったんですか?
はい。大学を卒業した後に、一度は就職をしたのですが、それは親の為でした。本当はずっと海外で子供たちの役に立ちたいと考えていました。けれど、日本にいると何故か自分の夢に向かって頑張ることは格好悪い事のように思ってしまうのです。誰もが有名な会社に就職することに必死になって・・・それは本当にやりたい事なのかなってずっと疑問に思っていました。
でも自分も一度その道を選んで分かったんです。自分がしたい事は有名な会社に就職することではないと・・・。
―アフリカに来る時に不安はありませんでしたか?
はい。もちろんありました。たった一人で何が出来るのだろう?でも、夢を叶える為にはそれしか方法がありませんでしたから。今となってはあの時勇気を出して良かったと思っています。でも・・・たった一つ心残りがあります。それは大切な人と別れてしまった事です。社会人になり、現実と夢で迷っていた私はどうしても彼にはアフリカに行く事を相談する事が出来ませんでした。優しい彼に相談したらきっと彼が苦しむと思ったからです。だから彼にも突然、理由も言わずに別れを告げたんです。彼はすごく辛かったと思う。だから今でも彼の事を思うと胸が痛みます。そして、私も今も彼の笑顔が愛おしいです。でももう、自分で決めた道を引き返すつもりはありません。
―その彼に今何かを伝えるなら?
はい。今彼に何かを伝える事が出来るなら・・・。あの時はごめんなさい。一方的に別れを切り出して、あなたを傷つけてしまったよね。本当にごめんなさい。今だから言えるんだけどね・・・私ね、あなたの事、本当に大好きだった。大切だった。離れたくなんかなかった・・・。本当は一緒にアフリカに行こう?と言いたかった。でもあなたの人生を邪魔したくなかったの・・・。それだけは分かってね。
私は今、アフリカで子供達の里親を探す手伝いをしています。時々日本語を教えたりもしているよ。これが私のずっとしたかった事です。どうか信ちゃんも、自分の思いに素直になって下さい。一度の人生を自分の夢の為に生きること・・・私は格好悪いなんて思わない。すごく素敵な事だって思うから・・・。もう一度会えたなら、その素敵な笑顔をまた見せてね。どこにいても、私はあなたの幸せを願っています。
内藤 絢香
「・・・絢香・・・。」
俺は絢香の記事を読み終わると、気づかず内に涙がこぼれ落ちていた。
遠い異国で・・・一人夢を叶えるために頑張っている絢香・・・。
俺はそんな彼女を・・・少しでも応援した事があっただろうか・・・。
何も出来なかった・・・。相談に乗ることも出来なかった・・・。
それが本当の別れの理由だった事さえも気付かなかった・・・。
自分勝手な女だよ・・・お前は・・・。でも・・・俺の好きになった絢香はやっぱり間違っていなかった。
だって・・・写真越しに映る絢香は・・・俺が見たどの絢香よりもキラキラと輝いて綺麗だったから・・・。
昔のようにおしゃれな洋服を着ていなくても、少し薄汚れて見えても・・・絢香は輝いていた。
誰よりもキラキラと輝いて、俺にまた希望をくれた。
あの日・・・出会った日のように・・・いつだって俺の気持ちを温めてくれる。特別な存在。
俺は絢香の記事をそっと閉じると、前を向いた。
もう一度見つけることが出来た・・・。俺の希望の光。
真っ暗なトンネルに今・・・新しい光が見えた。
そう・・・それは夢という希望の光。いつか絢香に出会うことが出来たなら・・・俺も絢香みたいに笑っていたいから・・・一度の人生、やりたい事に素直になってもいいのかもしれない。
俺はそう思うと、いても立ってもいられなくなり、以前から興味のあった、建築業の本棚を物色した。
本当にしたい事・・・恋を失った俺だけど、今日、それ以上に素晴らしい物に出会えた気分だった。
俺は建築業の本を何冊か買い占めると、明るい気持ちで本屋を出た。
さっきまでの気持ちが嘘みたいに・・・。
「何の本買ったの?そんなに沢山。」
先輩と合流すると、先輩は不思議そうに俺に問いかけた。
「はい。俺、夢を見つけたんです。」
俺はニコニコと笑顔でそう答えた。
「・・・夢?」
「見ていて下さい。俺、やってやりますよ。」
俺は強気にそう言うと、空を見上げた。
そう・・・俺はきっと夢を叶える。それが絢香の置き土産なら俺は無駄には出来ないから・・・。
人生には何かを失う時があるかもしれない。でもきっと・・・何かを失った後には、大切な物に出会う事が出来るはずだ。
俺は今日から夢を希望と呼ぼう。そして、誰の人生でもない俺だけの人生を歩んでいこう。一歩、一歩景色を楽しみながら・・・。
遠くの異国にいる絢香・・・いつかまた絶対に会おうな。
この空はアフリカまで続いている。お前の声が海を超えて届いたように、いつか俺の声も届くと思うんだ。
そうしたら、俺はお前に伝えたい。
出会ってくれてありがとう。お前に出会う事が出来て、俺は自分の夢に出会う事が出来ました・・・。俺も自分だけの人生、自分を信じて歩んでいきます・・・と。
終わり
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