夏空~海辺の街で~

AYANA0722

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夏空~海辺の街で~

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「なっちゃん、悪いこれもお願い!!」
「はい!今行きます!!」
町中に響き渡る波音。
風は心地よく私を包むと、空を見上げた。
今日も快晴。
雲ひとつない。


この町に来て2ヵ月が過ぎていた。
心姉ちゃんの嫁いだ街。
そして、この町のレストランで私は働いていた。



「そういえば、なんで東京からわざわざこの町に?」
一緒に働く戸塚さんがお昼を食べている時にふいに質問してきた。
「・・・うん。東京で色々あって・・・」
「そっか・・・でもこの町いいでしょ?」
「はい・・・とても。海が大好きなので、とても居心地がいいです。」
「良かった♪店長もあんたには期待してるから、がんばるんだよ。」
「はい!!」

私は笑顔でそう答えると、
戸塚さんは自分の分の食器を流し台へと運んで行った。

・・・東京か・・・
自分の人生がこんな風に流れて行くなんて・・・
自分自身が一番ビックリしている。
東京で・・・
彼と結婚していたら、この町には来ていなかった・・・。


でもそれも自分で決めた事。
私はそれ以上考えない様に、食器を持って立ち上がった。

今日もきっと忙しくなる。




レストランの名前は「潮風」
どこにでもある定番の洋食屋さんだ。
海に面しているこのレストランからはいつだって、キラキラ輝く海が見える。
そしてテラス席には笑顔のお客さんが楽しそうに笑っていた。


「いらっしゃいませ♪何名様ですか?」
私は今日も、いつものように業務をこなしていた。
いつだって、お客さんが入ってくる瞬間が好きで、
胸が躍る。


「はい。ではこちらにどうぞ。」
お客さんを引き連れて、海側の席へと案内すると、
お客さんは、素敵な景色に心を奪われていくのが分かる。
そんな瞬間に何故か誇らしい気持ちでいっぱいになる。
自分のお店じゃないのにね・・・
でも私はこのレストランが大好きだった。



「なっちゃん、あのお客さんにこれお願い♪」
店長はそう言うと、出来あがったハンバーグを指差した。
「はい♪」
私は出来たてアツアツのハンバーグをお客さんへと運ぶと、
厨房へ戻る途中、窓から海を眺めた。


こんなにも素敵な景色・・・。
東京にはなかったなぁ・・・・







「俺達結婚しよう・・・」
「えっ・・・?」
「もう決めたんだ・・・妻とは離婚する。」
「都筑さん・・・」
「夏だってその方がいいだろ?」
「でも・・・家族は?」
「しょうがないよ・・・。」
都筑さんはそう言うと、下を向いた。

アパレル関係の会社の事務をしていた私。
その会社で出会った、営業の都筑さんと不倫関係に陥るのに時間はかからなかった。
最初の頃は、悪い事をしている自覚があったけど、
幸せの蜜の味が甘過ぎて、すぐにこの恋愛を受け入れてしまった。
そして、そのうち都筑さんが、自宅へ帰る事にも慣れてしまった。

このまま・・・続いて行くんだろう。
そんな事を思っていた矢先、なんと都筑さんの方からプロポーズしてくれたのだ。



都筑さんはよく、妻とはうまくいっていない。
子供も可愛いと思えない。
そんな事を言っていたけど・・・
偶然見てしまった家族で過ごす都筑さんの表情は、
幸せで満ち溢れていた。


「・・・ごめんなさい。」
私は下を向いたままの彼に向って、
自分でも信じられない言葉を発した。

こうなる前・・・
彼がプロポーズしてくれたら・・・
絶対に受けよう。

そう思っていたのに・・・


「えっ・・・・?」
都筑さんは、信じられないといった表情で私を見つめた。
「私・・・もう田舎に帰るの・・・」
私は精一杯の嘘をついた。
でも・・・このまま彼と結婚する未来が・・・
急に見えなくなってしまったから・・・。

「なんで?そんな!?嘘でしょ??ねぇ・・・俺・・・」
「・・・もういいの。その言葉だけで十分。もう・・・終わりにしよう。」
今度は私が俯いたまま、別れの言葉を切りだした。


結婚するか・・・別れるか・・・
その二択になってしまった今・・・
私は別れを選んだ。

初めてみた時から、素敵だなぁ・・・と思っていた。
けれど、彼の微笑みの中に、がんばりの中に時々見え隠れする大切な人の存在。
そして左手の薬指にはキラキラ輝く結婚指輪が光っていた。
ベタだけど・・・こんなにも指輪にショックを受けたのは初めてだった。

始まる前から諦めていた恋愛。
だから彼から食事に誘われた時は、とてもとても嬉しかった。
それから毎日のように会う様になって・・・

彼はいつだって私を暖かく包み込んでくれた。
本当に心の優しい人だった。
だからこの決断は・・・
彼にとっては一世一代のものだって分かっているけど・・・。

優しい彼は、きっと私と一緒になった後も、家族の事で悩む。
そして二人でいても本当の幸せにはたどり着けない。
そう瞬間に感じてしまったから・・・・



長く続いた不倫が終わった春。
私はその重さに耐えられなくなり、
心姉ちゃんの嫁いだ街に一人やってきた。


早くに両親を亡くした私を親みたいに育ててくれた心姉ちゃん。
この海辺の町で、旦那さんと子供2人と幸せに暮らしてる。
私は心細くないように・・・
心姉ちゃんの近くのアパートで一人暮らしを始めた。



「こら!!!夏!!!何時まで寝てるの!!!」
大きい声で目が覚めた。
「姉ちゃん・・・」
「休みだからっていつまでも寝てないで!!ほら♪今日は皆で遊びに行くよ♪」
お姉ちゃんはカーテンを思い切り空けると、
笑顔いっぱいにそう言った。

私がこの町にきてから・・・
頻繁に家に来てくれる姉ちゃん。
淋しかったのは、姉ちゃんも一緒だったのかもしれないね。

「分かったよ~!今準備するから♪」

私はそのまま、パジャマに手を掛けるとボタンをはずして、
着替えを始めた。



「なっちゃん♪行こう♪」
外に出ると、楽しそうに笑う姉ちゃんの旦那さんと店長がいた。
姉ちゃんの旦那さんと店長は親友で、そのおかげで私はあんなに素敵なレストランで働く事が出来ている。


「お寝坊夏~♪」
姉ちゃんの子供の双子が楽しそうに私をからかうと、私は幸せな気持ちで満たされた。
なんて素敵な休日なんだろう・・・。
暖かい風が吹く。
東京を離れて2ヵ月・・・。
季節はもう夏に近づいていた。


「今日はさ、岩場で遊んで、そのまま海でバーベキューしようって話していたんだ♪」
姉ちゃんの旦那さんは大きいワゴン車を走らせながらそう言った。
「いいねぇ♪」
「私、カニ捕まえる♪」
双子の妹、すみれが笑顔でそう言うと、
負けずと姉の詩音が、
「私はやどかり♪」
笑顔でそう言った。
今年で4歳の双子はいつだって明るく、私達大人を癒してくれた。

この子たちと・・・
こうして一緒に遊ぶことが出来るだけで・・・
この町に来てよかった。
私はぼんやりと窓から海を眺めそう思った。


「気持ちいい~♪」

いつもは見ているだけの海を、裸足でかけていく。
砂がしゃりしゃりと、足の裏に心地よい感覚が包み込んで行った。
「あの岩場に、カニがたくさんいるんだよ♪」
姉ちゃんの旦那さんは優しく私を誘導してくれた。


暖かい人・・・。
私がこの町に来てから、この町の素敵な所を色々と教えてくれた。
いつだって惜しみなく。
私はそんな旦那さんにいつだって感謝の気持ちでいっぱいだった。


「足元気をつけて♪」
皆で岩場に行くと、小さいカニが泡をぶくぶくと吹いて岩場に隠れていた。
「いたぁ~♪」
双子ははしゃぎながら、小さいバケツをキャッキャと振りまわしていた。
「捕まえてみる♪」
旦那さんはそう言うと、音も立てずに静かにゆっくりとカニへと手を伸ばした。
「パパ~がんばれ~・・・」
双子が小さい声で応援すると、旦那さんの顔はほころんだ。

静かに静にかに・・・
息をのんでカニへと手を伸ばすと・・・
「とれた~♪」
大きい声で、小さいカニをしっかりと掴んでいた。
まるで子供みたい(笑)
心姉ちゃんと目が合うと飽きられたように、笑っていた。
「パパすごい~♪」
「ここにいれて~♪」
二人はカニをバケツに入れて楽しそうに観察を始めた。


「すごいですね♪」
「小さい頃からこの岩場が遊び場だったからね♪」
「そうそう♪夜になるまで、岩場に張り付いてカニ取ってたよなぁ♪」

店長と旦那さんは楽しそうにそんな会話を交わしていた。
私はそんな二人を見ながら、
心が穏やかになるのを感じていた。


ここに居ると、
東京であった出来事なんてなかったかのように思える。
遅くまで残業してた日々も・・・
少しでも上司に気にいられたくて、気を遣っていた日々も・・・
都筑さんと過ごした夜も・・・。
もうずっとこのままでもいいくらい・・・
私にはこういう暮らしの方があっていたのかもしれないなぁ・・・
私がぼんやりとそんな事を考えていると、
遠くから姉ちゃんの声が聞こえた。

「夏~!!手伝って~♪」
バーベキューの準備を始めた姉ちゃんが笑顔で私を呼ぶ。
「はーい!!今行きまーす♪」
私は岩場に張り付いたまま、姉ちゃんに手を振ると、
裸足のまま、掛けて行った。


「かんぱーい♪」
バーベキューの準備が終わると、
私達は早速取れたての貝を網の上で焼き始めた。
もちろん片手にはビールを持って。
「美味しい~♪」
焼きたての貝を口に頬張ると、
口の中いっぱいに磯の香りが広がった。
「幸せ~♪」
その美味しい貝は、ビールとも相性が抜群で、
最高の幸せが私に訪れた。
「なっちゃんがいると、新鮮だよね♪」
店長は私のそんな姿を見ながら言った。

「新鮮??」
「いやっ♪俺達はこういうの何十年もしてきて慣れてるけど、なっちゃんがいると、小さい事でも感動してくれるから♪」
「だって・・・こんな経験したことないから♪」
「うん♪それが俺達も嬉しいの♪」
店長は優しい顔で微笑むと、旦那さんも姉ちゃんも優しい顔をした。
「じゃあこれからもこの町の色々な事、教えて下さいね♪」
「もちろん♪」
店長はそう言うと、ビールを美味しそうに飲みほした。


美味しい海の幸に、
流れる潮風。
心地よい温度差が・・・
私を満たしてくれる。
やっぱりこれで良かったんだ・・・。
私は酔っ払った頭でそう思った。



「ちょっと散歩してくる♪」
私達は双子の手を引いて、海沿いを歩き始めた。
「海大好き♪」
すみれがキラキラした瞳で海を見つめながら言った。
「詩音も大好き♪」
「二人はいいね♪こんなに素敵な所で生まれて♪」
「ねぇなっちゃん♪東京ってどんな所なの??」
「・・・東京もいい所だよ♪動物園も遊園地もたくさんあるよ♪」
「いいなぁ♪行ってみたい~♪」
詩音はうっとりとそう言うと、
私は何だか笑ってしまった。

「♪~♪~♪」
「あっ・・・電話だ・・・ちょっと待っててね♪」
私はポッケから携帯を取り出すと、見覚えのある携帯番号に目を疑った。

「都筑さん・・・」
「夏~?どうしたの?」
双子は心配そうな表情で私を見上げると、洋服の袖を引っ張った。
「・・・ううん♪なんでもない。」
私は笑顔を作ってそう言うと、携帯をポッケにしまい込んだ。
今のは・・・見なかった事にしよう・・・。


そう・・・この町にきて2ヵ月が経つが、時々こうやって都筑さんから着信がある。
最初の頃は嬉しかったが、今はもう電話に出る事もしない。
だってもう・・・終わった恋愛だから・・・。

「さぁ行こう♪」
私は気持ちを切り替えると、双子と共に海辺をまた歩き出した。
少しだけ煮え切らない気持ちを抱えながら・・・。



「おはようございます♪今日もよろしくお願いします♪」
開店の1時間前、
いつも通り朝礼が行われた。
「今日も休憩時間はローテンションで回すから、まぁ様子を見ながらランチに行ってください。」
店長はそう言うと、早速厨房へと戻って行った。

「私今日朝ごはん遅かったから、なっちゃん先にいいよ♪」
同じバイトの大橋さんが笑顔でそう言うと、私は笑顔で頷いた。

開店準備が終わったら、
11時にお店が開く。
お店が開く瞬間にかける。
店長が選んでいるBGM・・・。
おもにレゲェが多いけれど、その音楽が掛るたびに私のテンションは一気に上がった。


「あっ♪そういえば、昨日の残りのサンドイッチがあるから、良かったら食べてよ♪天気もいいし、外行ってくれば??」
私が少し早目のランチに出ようとした時に、
店長が私に耳打ちをした。
このお店のサンドイッチはいつも人気で売り切れてしまう事が多いから・・・
私はとても嬉しかった。


「はい♪じゃあ行ってきます♪」
私は店長がくれたサンドイッチを持って、
すぐそこの海岸へと向かった。


今日は本当にいい天気・・・。
潮風が・・・心を穏やかにしてくれる・・・。
「いただきます♪」

私は、階段に腰掛けると、キラキラ輝く海を眺めながらサンドイッチを頬張った。

「美味しい~♪」
生ハムとレタスとチーズのシンプルなサンドイッチに、
大きめのブラックペッパーがアクセントを効かせていた。
飲みものはもちろんコーヒー。
自分の水筒に、お店のコーヒーを入れてもらった。
キラキラ輝く海を見ながらのランチは最高に幸せだった。


「店長の為にも、仕事頑張るぞ~♪」
私はお腹いっぱいになると、まだ時間はたっぷり残っていたが、
もうお店に戻ろうとしていた。


「・・・あれ??」
ふと海の方へと視線を戻すと、
そこには真剣な表情で海を見つめ、絵を描いてる人の姿が見えた。
「絵・・・書いてる・・・」
いつもなら知らない人に声を掛けたりしない私だが、気分の良かった今日は、何故かその人が気になって仕方なかった。


「・・・あのぉ~・・・」
私は静かに近づくと、そっとその人に声を掛けた。
30代半ばくらいのその人は、微笑髭を生やしていた。
「・・・何ですか??」
驚いたように私を見つめると、不審そうにそう言った。
「絵書いてるんですか??」
「・・・そうだよ」
「見せてもらってもいいですか??」
私は、自分でも驚くほどにストレートに声を掛けていた。

今思うと・・・
きっと君が私の大切な人だったからだね・・・。


「・・・いいですよ。」
少し警戒していたその人も私のストレートな物言いに気持ちを緩めてくれたみたいだった。
「・・・すごい・・・」
私は手渡されたスケッチブックをペラペラとめくっていくと、
そのどれもが海だった。
夕焼けの海
朝焼けの海
昼間のキラキラ輝く海・・・
綺麗な色遣いに、私は思わず口元を押さえた。
・・・どうしてだろう・・・
涙が出そうだ・・・。


「どうたんですか??」
絵描きさんは不思議そうに私を見つめた。
「・・・なんか・・・素敵過ぎて・・・」
「そんな事ないですよ・・・」
「こんな素敵な絵・・・見た事ない・・・」
私は胸が熱くそして、キュンと締め付けられるのを感じていた。
こんな絵に出会った事は今まで一度もない・・・。


「絵描きさんなんですか??」
「・・・まだ駆け出しですけど・・・」
「・・・頑張ってください♪」
私は、スケッチブックを手渡しながら、そう言った。

「あっ!!もし良かったら、絵を見せていただいたお礼にご飯御馳走しますよ♪」
「えっ・・・?」
絵描きさんはなんだこいつ?というような目で私を見つめた。
「私の働いてるレストランが目の前なんで♪良かったら♪」
私はレストランを指差しながら説明した。
「あぁ・・そういう事だったら♪」
絵描きさんは、納得するとゆっくりと立ち上がった。


「海が好きなんですね♪」
私達はゆっくりとレストランを目指して歩きながらそんな会話を交わした。
「そうなんです。海って色んな表情を見せてくれるから♪」
絵描きさんは幸せそうな表情で笑った。
さっきは思わなかったけど・・・この人素敵な瞳をしてる・・・
私は、背の高い絵描きさんを見上げながらそんな事を思っていた。



「いらっしゃいませ~♪」
「・・・あれ?なっちゃん?」
「さっき知り合った絵描きさん(笑)絵を見せて貰ったお礼をしたくて♪私につけておいて下さい♪」
私はスタッフに説明すると、足早に控室へと戻って行った。

「よしっ♪」
私は制服に着替えると、早速注文の取りに絵描きさんの元へ急いだ。
「ご注文はお決まりですか?」
「・・・じゃあハンバーグランチで♪」

「はい♪では少々お待ち下さい♪」
私は笑顔でそう言うと、メニュー表を下げながら、厨房へと急いだ。



「御馳走様でした♪」
食器を下げに行くと絵描きさんは丁寧にそう言ってくれた。
「どうでした?」
「とても美味しかったよ♪」
「本当ですか?良かったぁ~♪」
「また・・・来てもいいかな?」
「もちろんです♪良かったらまた絵も見せて下さい♪」
「・・・じゃあさ・・・君の名前教えてもらってもいい?」
少し照れたように笑う絵描きさん・・・。
私も何だか嬉しくて、つい笑顔になってしまった。




君と初めて出会った日・・・。
君の絵があまりにも美しかったから・・・
私は一瞬にして君の綺麗な心に惹かれ始めたの・・・。
こんな出会いもあるだね。
自分でもビックリしたんだよ・・・。
でもね・・・
何故か自然と歩めたの・・・。
それは君が私の大切な人だったからだね・・・。



「へぇ~絵描きさんかぁ♪」
「あつしさんって言うんだけど、本当に素敵な絵を描くんだよ♪」
「絵描きであつし・・・ねぇネットで調べてみたら??」
心姉ちゃんはそう言うと、早速パソコンを立ち上げた。
「・・・なんかいやらしくない?」

「えっ~だって、そんな素敵な絵なら私も見てみたい♪」
姉ちゃんは純粋な思いで、インターネットに「画家 加賀谷 あつし」と打ちこんだ。
「おっ♪画像が出てきた♪」
心姉ちゃんが嬉しそうにそう言うので、私もパソコンの画面を覗き込んだ。

「夏・・・あんたの声掛けた相手・・・すごい人だよ・・・」
姉ちゃんは茫然としながら、
ネットを見つめたままそう言った。
「えっ・・・?」
「あつしさんの絵、一つ50万円だって・・・」
「50万円!!!!????」
「有名な人・・・だったんだね・・・」
「あいやぁ~・・・私はそんな人にあんなに軽々しく・・・」
「・・・ほら書いてある、今は某海辺の町に在住って・・・」
「本当だ・・・」
「でも・・・本当に・・・」
「ん??」
「素敵な絵だね・・・」
姉ちゃんは、心からそう言ってくれた。
「ねっ♪素敵だよね♪」
私は何故か自分が褒められたように嬉しかった。
「あつしさんには、この海がこんな風に見えているんだね・・・」
心姉ちゃんはうっとりとそう言うと、
私の心が洗われていくように感じた。
そう・・・あつしさんに見えている世界は、きっとこんな風に美しいんだ・・・。


「あっ・・・!!今度展示会があるみたいだよ♪」
「えっ?本当に??」
「皆で行こうよ♪」
「うん♪」
すっかりあつしさんのファンになってしまった私と心姉ちゃん。
でもあんなにも素敵な絵を見たら、
誰だって魅了されてしまうよ・・・。





「すごい~・・・」

約束通り、姉ちゃんの家族と一緒にやってきた美術展。
小さい町の小さい美術館だけど・・・
海が一望できるこの美術館は・・・
窓いっぱいに太陽が差し込んで、天国と思えるほどに美しかった。


「こんにちは♪」
ゆっくりとあつしさんが歩いてきた。
「あの・・・ネットで拝見して・・・」
「来てくれてありがとうございます。」
無精ひげが綺麗に剃られていて、
あつしさんはキラキラと輝く笑顔をしていた・
「あの時は何も知らなくて・・・こんな有名な人だったなんて・・・ごめんなさい。」
「気にしないでよ♪とても嬉しかったから♪」
「ありがとうございます・・・」
「夏ちゃんの家族?」
「あっそうです♪姉の家族です♪」
「似てるね♪」
「そうですか(笑)」
「楽しんで行ってね♪」

あつしさんはそう言うと、またゆっくりと歩いて行ってしまった。


「素敵な人だね♪」
姉ちゃんが耳打ちをした。
「そうだね♪」

あつしさん・・・
私はこの時、あつしさんの事を別世界の人だと思った。
そして何故だかとても淋しくなってしまった。

「ねぇ・・・夏・・・この絵だけなんか違くない?」
心姉ちゃんはある絵の前に立ち止まると、
うっとりとそう言った。
「えっ・・・?」
「なんかこの絵だけ・・・いやっ・・・他の絵も素敵なんだけど、この絵すごく神秘的じゃない?けどそれでいて切なさも出てて・・・」
心姉ちゃんを魅了した絵は、夕暮れに染まる海の絵だった。
四方八方から光が差し込んで、海はオレンジ色に輝き、天国かと思うくらいに神秘的で美しかった。
「・・・本当だ・・・。」
「綺麗・・・ずっとこの絵を見ていられそうな・・・」
「分かる・・・。」
私達はその絵の前で立ちつくしていると、時間が止まったかのように感じた。
そして心が清らかになっていくように感じた。



「どうだった?美術展♪」
次の日お店に行くと店長は興味心身に訪ねてきた。
「良かったですよ~♪やっぱり芸術っていいですね♪」
私はニコニコと店長の質問に答えた。
「俺も明日休みだから行ってみようかな♪」
「ぜひぜひ♪心が洗われますよ~♪」
「おいおい!今の俺の心が汚いって言いたいのかよ(笑)」
「違いますよ~(笑)」
「この野郎~!!!」
私と店長がおふざけしていると、
スタッフの皆もあきれた様子で笑っていた。

店長はいつも明るくて、
私に元気をくれる。
東京での事情も知っているし、
とても安心して接する事が出来る。
でも不思議・・・。
人見知りの私がこんなにも仲良くなれているなんて・・・


「いらっしゃいませ♪」
お店がいつも通りにオープンした。
今日も晴天。
レストランの中には太陽の光がいっぱいに差し込み、
青い海がキラキラと輝いて見えた。


「あれっ・・・?」
私は元気いっぱいに接客をしていると、
見慣れた顔がこちらに向かってやってきた。


「あつしさん♪」
「こんにちは♪」
「また来てくれたんですね♪」
「今日は美術展お休みだから♪昨日のお礼がしたくて♪」
「そんなわざわざ・・・」
「何時から休憩?良かったら一緒にここでランチをしませんか?」
あつしさんは屈託のない笑顔でそう言った。
「・・・えっ?」
私はそんなあつしさんの笑顔に心臓がドキドキと音を立て始めたのを感じた。
「・・・嫌でなければ・・・♪」
「あっ・・・そんな嫌なんて事はなくて・・・えっと2時になったら休憩です。」
「分かりました♪じゃあまたその頃にきます。」
あつしさんは笑顔でそう言うと、風のように去って行った。
・・・一体なぜ?



「なっちゃん・・・今の人ってもしかして?」
その様子を見ていた店長が、近づいてきた。
「あっ・・・あつしさんですよ。なんか一緒にランチしましょうって・・・」
「へぇ~・・・」

店長は複雑な表情を浮かべると、そのまま厨房へと戻って行ってしまった。


あつしさん・・・
どうして私を誘ってくれたのですか?
全然別の世界に住んでいる私を・・・・



「俺はね、ハンバーグランチで」
「じゃあ私は茄子とベーコンのトマトクリームパスタを・・・」
あつしさんは時間通りにやってくると、
私達は向かい合わせで席に座った。
「本当に素敵なレストランだよね♪」
「はい♪私も大好きです。」
「絵は・・・どうだった?」
「はい!すごく素敵でした。姉ちゃんも感動してました♪」
「そっか・・・どの絵が一番良かった?」
あつしさんは真剣な表情で私を見つめた。

画家の目だ・・・。


「はい・・・あの夕暮れの絵で光がいっぱい差し込んでる。あの絵が一番素敵でした♪姉ちゃんもあれが一番魅力的だって言ってました♪」
「・・・・」
私が素直な感想を言うと、あつしさんはそのまま黙り込んでしまった。
「あの・・・?」
あれっ・・・気に障る事でも言っちゃったかな・・・?
二人の間に少しだけ気まずい空気が流れて行った。



「お待たせいたしました♪」
するとタイミング良く、熱々の料理が運ばれてきた。


「じゃあ、頂きまーす♪」
私はわざと明るくふるまったが、あつしさんは黙ったままハンバーグにナイフを入れ始めていた。


「御馳走様でした♪」
お店で一番好きなパスタを完食すると、私は口の周りをナプキンで拭いた。
そしてちらっとのぞき見したあつしさんの瞳はまだ何かを考えている様子だった。
「食後のコーヒーです♪」
何もなくなったテーブルに、薫り高きコーヒーが置かれると、その匂いだけで幸せな気分になった。


「あのさ・・・」
コーヒーに口をつけようとしたその瞬間にあつしさんが口を開いた。
「なんですか?」
私はコーヒーを飲もうとしていた手を止めてあつしさんを見つめた。
「俺と付き合ってくれませんか?」
それはあまりにも突然の事で、私は、大きく目を見開いてしまった。
あつしさん・・・?
なに言ってるの??

「突然だって事も分かっているし、お互いの事もまだあまり知らない。・・・でも一つだけ分かっている事があるんです。」
「・・・なんですか?」
「夏ちゃんが、好きだと言ってくれた絵は、君に出会った直後に書いたんだ。」
「えっ・・・?」
「ここから先は絵の話になってしまうけど、俺は海が好きだから、海を被写体にするんだけど、同じ被写体を書き続けると、どうも似かよってしまう。そんな時・・・何が絵に影響すると思う?」
「・・・・心ですか?」
「そう・・・。俺はあの日、初めて絵を描いたような新鮮な気持ちで海を見つめる事が出来た。そして心には暖かい希望の光が出しこんだように思えた。久々に感じたわくわくするような予感・・・。」
「・・・。」
「俺もあの絵が一番好きだ。そして何故あんな絵が描けたのか、やっと分かったんだ。」
「・・・」
「少しずつでいいです。俺とこれからも会ってくれませんか?あなたが好きです。」
あつしさんは真っすぐに私を見つめた。
私の心臓はドキドキと大きい音を立てていたが、目の前のあつしさんに悟られない様に平然を装った。
「・・・でも・・・」
「彼氏でもいるの・・・?」
「今はいないです・・・。」
「だったら・・・」
「いやっ・・・あつしさんにそんな風に言ってもらえて、とても嬉しいです。嬉しいんですけど・・・世界が違いすぎて・・・」
「世界・・・?」
「はい・・・住む世界が全然違うじゃないですか・・・」
「・・・そうかな?」
「はい・・・・。」
「住む世界が違うと、会っちゃいけないの?」
「・・・」
「俺はただ絵が好きだから書いてるだけだよ・・・夏ちゃんもこのお店が大好きなんじゃないの?」

・・・えっ・・・?

「住む世界・・・一緒だと思うけどなぁ・・・俺は夏ちゃんがこのお店で生き生きしている姿が好きだよ?」
あつしさんは何の迷いもなくそう言った。
確かに・・・
あつしさんは有名なだけで・・・
している事は私と変わらないのかもしれない・・・
ただ好きな事をして一生懸命生きている。

「そうかもしれないです・・・。私もこのお店が大好きで・・・あつしさんも絵が好きです・・・同じかもしれないです。」
「うん。」
「こだわっていたのは私の方ですね・・・(笑)自分に自信がないから・・・。」
「時々・・・こうやってランチしたり、お話したり出来たら嬉しいです。」
「・・・はい・・・。」
私はそう返事をすると、あつしさんの事を見つめた。
今までとは少し違う感情で・・・。
「本当に??」
「・・・はい。」
「やった!!」
「えっ・・・?」

小さい声でやったと呟いたあつしさんはまるで子供のようだった。
そしてそんな可愛い姿にまたしても愛おしさを感じてしまった。
この恋の終着駅がどこにあるのかも分からないまま乗りこんだ電車。
けれど、乗りこまなければずっと同じ場所で・・・
過去の恋を引きずりながら・・・
立ち止まるだけ・・・。
それだけは嫌・・・

少しずつでもいい・・・
進んで行くよ。
この町で・・・
きっといつか幸せになれる・・・
そう信じて・・・。


「じゃあ、また連絡するね♪」
あつしさんは幸せそうな笑みを浮かべながら、お店を出て行った。
そしてその姿を見送る私も、つい笑みがこぼれてしまうほどに、素敵な予感を感じてた。




「そっかぁ~♪」
お店が終わると、早速姉ちゃんの家へと急いだ。
小さい頃から、何かあるたびに一番に相談するのは、
やっぱり心姉ちゃんだったから・・・。

「いいじゃん♪私は賛成♪あんなに素敵な絵を描く人が悪い人な訳ないしね♪」
「うん♪ありがとう♪」
「なんだなんだ・・・なっちゃんに彼氏が出来たか?くぅ~・・・お父さんは淋しいよ・・・。」
姉ちゃんの旦那さんは、ビールを飲みながら、そんな冗談を言った。
「馬鹿だねぇ~(笑)」
「今までと変わらないですよ♪」
「でも・・・ほらっ・・・やっぱり休みの日はそいつの所に行っちゃうんだろ?」
「・・・まぁ・・・。」
「ほらっ!!やっぱり淋しいじゃないか~!!」
旦那さんがそう言うと、
その暖かい冗談が嬉しくて急に涙がこみ上げてきた。
冗談でも・・・
私の事を必要だと言う言葉がとても嬉しかったから・・・。

「まぁ♪夏が幸せなら、それでいいのよ♪また何かあったら話してね♪」
心姉ちゃんはそう言うと、暖かい笑顔で笑ってくれた。
・・・この町に来てよかった・・・。
私を大切だって言ってくれる人たちに出会えてよかった。
あの時・・・どうしようもない孤独に涙していた日々が・・・
今はこんなにも暖かい人達に囲まれて・・・
愛を貰って・・・。
心から幸せだと感じられる・・・。

もしかしたら・・・
都筑さんもあの都会で満ち足りない思いに
もがいていたかもしれないね・・・。
だから私達は・・・
惹かれ合ったんだね・・・。
今も・・・あなたは孤独と戦って・・・いますか?




「明日はお休みだったよね?良かったらどこかに行きませんか?」
あつしさんからメールが来たのは、美術展が終わった2日後だった。
あの告白以来、美術展で忙しいあつしさんとは、たまにメールをするくらいだった。
「えっ・・・!!??」
私は休憩中に開いたメールにとても驚いた。
これって・・・!!
デートのお誘い??
あの日以来、単純な私の頭はあつしさんでいっぱいだった。
暖かい微笑みに、素敵な海の絵・・・。
彼の事をもっと知りたい・・・。
そう思っていたから・・・。

「はい♪大丈夫です(*^^)v」
私はすぐに返信を返すと、
携帯電話を抱きしめながら、同時に胸のドキドキも抱きしめていた。

あぁ・・・
やっと会える。
本当はずっと会いたかった。
嬉しい♪素直に嬉しいよぉ~♪
私のテンションは一気に上がり、顔もニヤけてしまった。


「なっちゃん、なんかいい事あった?」
店長はニヤニヤしながら近づいてくると、
私の変な様子をいち早く察知した。

「いやぁ~・・・明日のお休みデートする事になって♪」
「えっ??誰と??」
「ほらっ・・・前にお店に来たあつしさんですよ♪」
「・・・あぁ・・・」
「・・・?」
「・・・そっか・・・まぁお前の事を好きだっていう物好き大事にしろよ♪」
店長はそう言うと、私の頭をぐちゃぐちゃに撫でて行ってしまった。
「・・・なんか変なの・・・」

私は店長の様子が少しおかしい事を察していたが、
その時は特に気にも留めていなかった。


「おはようございます(^^♪」
約束の時間にあつしさんは素敵な車でやってきた。
「おぉ~♪さすがセレブ♪」
私がふざけてあつしさんをからかうと、あつしさんも笑ってくれた。


「よし♪行こう♪」
あつしさんはそう言うと、車の助手席を紳士的に空けてくれた。
今日は雲ひとつない晴天・・・。
海がキラキラと輝いていた。
「今日は水族館に行こうか♪」
サングラスをかけたあつしさんが嬉しそうに言った。
「この町の水族館まだ行った事ない♪」
「よっし♪俺が案内するよ♪」
得意そうにあつしさんが笑うと、私の心臓はまたドキドキと音を立てた。


やっと会えたね・・・。
まだ出会って日も浅いのに・・・
なんでこんなにも愛おしいのだろう・・・。
私はあつしさんの横顔を見つめながらそんな事を思っていた。


「やっぱりさ、あの絵が一番好評だったんだ♪」
「えっ・・・?」
「美術展の♪」
「あぁ♪」
「俺さ、嬉しかったよ♪」
「うん♪買い手は決まったんですか?」
「うん。お得意さんが買ってくれる事になったよ♪」
「・・・そっか・・・」
私はあの絵がもう見られないかと思うと少しだけ淋しい気持ちになった。

「コピーで良かったらいる?ちゃんと額縁に入れてあげるよ♪」
私の気持ちを察したあつしさんは優しくそう言ってくれた。

「・・・本当ですか??」
「うん♪じゃあ次に会う時に持ってくるよ♪」
「すっごく嬉しい♪ありがとうございます♪」
「はい♪」

私は胸の高鳴りを感じていた。
大好きなあつしさんの絵を頂けるなんて・・・。
こんなに嬉しい事はない。
あの絵の中には天使が住んでる。
そんな気がするから・・・。



「着いたよ♪」
車は水族館に到着すると、
目の前にもキラキラと海が広がっていた。

「じゃあ行こうか♪」
あつしさんはそう言うと、ゆっくりと歩き出した。
そして私もあつしさんの後を追いかけて・・・
5センチの隙間を空けて隣を歩き出した。



「わぁ~♪綺麗~・・・」
リニューアルオープンしたての水族館は、
いきなり大きい水槽に七色に輝く魚達がお出迎えしてくれた。
「久しぶりだなぁ・・・」
あつしさんもしみじみと魚を見つめながらそう言った。
「昔は良く来てたんですか?」
「・・・ううん。まぁ・・・」
少し茶を濁しながらあつしさんはそう言うと、
また視線は水槽の方へと行ってしまった。
ユラユラ流れる魚みたいに・・・
掴みどころのないあつしさんもどこかに気持ちが流れてる。
私はそんな事を思うと少しだけ切なくなった。


「ほらっ♪次行こう♪」
私の思いとは裏腹に、何事もなかったかのように笑顔を振るまうとあつしさんはゆっくりと歩き出してしまった。


「ここのレストランが好きなんだ♪」
水族館を一周して外に出ると、お土産屋さんとレストラン数件が小さい街みたいに密集していた。
私達はイタリアンのお店に入ると、
目の前にはキラキラ輝いた海が一望できた。
「この町に来て一番嬉しかった事は、いつでも海が見られる事です♪」
私はうっとりとそう言うと、
あつしさんも優しく微笑んだ。
「俺はちょっと前までハワイに住んでいたんだ・・・」
「ハワイ!!!」
「そう♪ハワイの海に魅了されちゃってね♪」
「そっか♪・・・でもなんで今はここに??」
「まぁ・・・色々あって・・・でも今はこの町に魅了されているよ♪」
あつしさんは笑顔でそう言うと、
お冷を口に運んだ。

やっぱり・・・重要な事は話してくれない・・・。
私はさっきと同じように切ない気持ちでいっぱいになった。
もっと知りたいのに・・・。

「なっちゃんはずっとこの町に住んでいるの?」
「・・・私は違うんです♪前は東京に住んでいて・・・」
「へぇ・・・そうなんだ♪でも何でこの町に??」
「私も・・・色々あって・・・」
私はわざと茶を濁した。
あつしさんと同じように。
「・・・そっか♪まぁ生きていたら色々あるよね♪」
あつしさんはさらっとそう言うと、会話はそれで終わってしまった。

私にはその事が少しだけ淋しかった。


「本日のパスタランチです。」
そんな会話した後に、
シーフードたっぷりのペスカトーレが来た。
海鮮の匂いが私を包み込むと、
私のテンションは・・・やはり上がらなかった。
今までの私なら、
大好きなパスタでテンションが上がって・・・
他の事も忘れられたのに・・・。

こんな美味しそうなものを目の前にしてもテンションが上がらないなんて・・・。
この時に初めて、
はっきりと自覚してしまった。
切ないくらいに・・・
私は恋をしてるんだ・・・と。



「美味しかったぁ♪」
私の様子に気づかないあつしさんは幸せそうにパスタを完食した。
そして食後のコーヒーを飲もうとしたその時だった。

「私・・・不倫してたんです。」
私は自分でもビックリしたが、自分の過去を正直に話す事にした。
「えっ・・・?」
あつしさんは飲もうとしていたコーヒーを持つ手が止まり、
瞳はまっすぐに私を見つめていた。
「東京から逃げてきたんです・・・。全部・・・ダメになっちゃったから・・・。」
私はあつしさんを見る事が出来なかった。
今どんな表情をしてるのか・・・見るのが怖い・・・。


「・・・そっか。」
あつしさんはゆっくりとコーヒーを置くと、
真っすぐに私を見つめて話し始めた。


「納得したよ。前になっちゃん、自分に自信がないって言ってた理由。」
私はゆっくりと顔を上げると恐る恐るあつしさんを見上げた。
「いいじゃない♪許してあげなよ。自分を・・・」
「えっ・・・」
「誰だって間違いを犯すことはあるよ。・・・でも、その事で自分を嫌いになるのは間違ってる。」
「・・・・」
「罪悪感で苦しかったね・・・。自分を許せない事ほど辛い事はないよ・・・。」
途中あつしさんはまるで自分自身の事を言っているかのようだった。
「・・・でも・・・」
「もう大丈夫だよ。許してあげなよ・・・。そうじゃなきゃなっちゃんが可哀想だ。」
あつしさんの暖かい言葉に・・・
気がつけば涙がぽろぽろと溢れ出していた。


そう・・・私は一番辛かったのは・・・
彼の大切な人を傷つけてしまった事・・・。
彼の奥さん・・・ごめんなさい。
彼のお子さん・・・ごめんなさい。
私はきっとただ淋しかっただけ・・・
でもそれは、あなた達を傷つけていい理由にはならないよね・・・


「直接言えないなら・・・心の中で気が済むまで謝ればいい。」
あつしさんはそう言って、私の頭を撫でてくれた。

不倫してたなんて・・・
軽蔑されるかと思ったのに・・・
あなたはどこまでも優しいのですね・・・。
それはきっとあなたも深い悲しみを知っているから?

私は気が済むまで涙を流し、そばにはずっとあつしさんが一緒にいてくれた。


「あぁ・・・なんかスッキリした♪」
やっと泣きやんだ私は、少しだけ気持ちがスッキリとしていた。
「なっちゃん、これからは自分を好きでいられるような生き方、一緒にしていこう♪」
あつしさんは優しくそう言うと、また頭を撫でてくれた。
「・・・はい♪」
私はまたあつしさんの言葉に救われた。
自分を好きでいられる生き方。
この人となら・・・そうだね。出来るかもしれない。
私は明るい気持ちで素直にそう思った。
そして、次に都筑さんから電話が来た、はっきりと伝えよう。

「今、好きな人がいます」って。

孤独と戦っていた日々が終わるのかな・・・?
今思えば、あつしさんの言うとおり、
私は罪悪感で自分自身を苦しめていた。
自分だけの幸せを・・・
考えていたから・・・。
でも今日からはもっと自分を好きになれるように・・・
誰かの為に生きていたい。
奥さんやお子さんを傷つけた罪は一生消えないけど、
その事を後悔するのはもうやめよう。
その分、今度は誰かの幸せを作るから・・・
どうか、どうか見ていて下さい。
これからの私を・・・。



私は一人海に向かってそんな誓いを立てた。
この町で・・・
この人と生きて行く。
人に愛を与えながら♪
自分を好きになれるように・・・。



「ほらっ~!!行くよ~!!」
遠くであつしさんが呼んでいる。
今私のとって一番大切な人・・・。
「は-い♪行きます♪」
私は明るい声で返事をすると、軽い足どりであつしさんへと急いだ。
新しい思いを胸に抱きながら・・・。



「そっか♪優しい人だね・・・。」
デートの次の日に心姉ちゃんと仕事の合間にお茶をした。
「うん。なんかね・・・今まで苦しかった思いが消されていくようだったの。」
「でも・・・なんで自分の事は話しくれないんだろうね?」
姉ちゃんは少し不思議そうに言った。
「まだ・・・知り合ったばかりだし・・・」
私は少し強がったが、姉ちゃんにはそんなのお見通しだった。
「まぁ・・・夏が本音をきちんと伝えて行けば、あっちもおのずと話してくれるようになるよ。」
「・・・うん♪そうだね♪」
「でも・・・良かったね♪」
姉ちゃんは安心したように暖かい笑顔で微笑んだ。
「えっ・・・?」
「この町に来た時の夏は・・・顔が疲れ切って10歳くらい老けて見えたけど(笑)・・・今は・・・」
「・・・今は??」
「キラキラ輝いてる♪」
「姉ちゃん・・・」
「あつしさんとの恋もあるんだろうけど・・・夏にはレストラン向いていたのかもしれないね♪」
姉ちゃんはレストランを愛おしそうに眺めると、
また視線を私に戻した。
「・・・うん♪私ね・・・このレストランが大好きなの・・・。このお店で働けている事が嬉しくてしょうがない。・・・最初は正直繋ぎ程度にしか思っていなかったけど、今はずっと続けて行きたいと思ってるよ♪」
「そっか♪」
「ありがとうね♪」
「どういたしまして♪」
私は少し照れくさかったが、色々な意味を込めて、
姉ちゃんにありがとうと言った。

このお店で働けている今が・・・
本当に幸せだと思えるから・・・。

「あっ!!双子のお迎えの時間だ!!!夏またね♪あつしさんによろしく♪」
姉ちゃんはすごい勢いで、お店を出て行ってしまった。
そしてそんな様子があまりにも平和で私は思わず笑ってしまった。

「心はいつもドタバタしてるなぁ~・・・」
そんな様子を見ていた店長が私のそばに立つと呆れたようにそう言った。
「くす♪まぁ昔からそうでしたよ♪」
「ところで・・・あの・・・彼氏とはうまくいってるのか?」
店長は真っすぐ前を見つめたまま私に質問をしてきた。
「・・・はい♪昨日は一緒に水族館に行きましたよ♪」
「・・・そっか・・・。」
「・・・?」
「・・・今日夜空いてるか?」
「・・・はい。大丈夫ですけど・・・。」
前から、あつしさんの話しになると店長の様子がおかしいのは一体何故・・・?

さすがに鈍感な私でも分かるほどに、
店長の態度はあからさまにおかしかった。
「じゃあ、店閉めたら、飲みに行こう。」

「・・・分かりました・・・。」

その異様な空気に、私の心は大きい不安に襲われた。
店長は、あつしさんの過去を知っている?
そんな予感がしたから・・・。


「じゃあお疲れ様~♪」
店長と一緒に近くの居酒屋へと入ると、
早速生ビールで乾杯した。
「く~♪うまい♪」
店長はいつも通りの笑顔で美味しそうにビールを飲んだ。
「今日も働いたぁ~♪働いた後のビールが一番美味しいですね♪」
私もキンキンに冷えた生ビールを一口入れると一気にテンションが上がった。
「何食べます??」
「俺はね、枝豆♪」
「了解です♪」
私達はいつも通り会話を交わすと、穏やかな空気が流れて行った。


店長と初めて飲みに来たのは、お店の歓迎会の時だったけど、
お互いにお酒が強い事もあり、
良くこうして飲みに来ていたっけ・・・。
私は枝豆も食べながらそんな事を思うと、
店長へとの感謝の気持ちがこみ上げてきた。


「・・・俺さ、ずっと言おうか迷ってたんだけど・・・。」
店長は気まずそうに会話を切りだすと、
私達の中に緊張感が生まれた。
「・・・なんですか?あつしさんの事ですか?」
「・・・うん。まぁ・・・過去の事だから、気にする事はないと思うんだけど、一応知っておいた方がいいのかなと思って・・・。」
やっぱり・・・
あつしさんの過去の事だ・・・。
「ネットで見ちゃったんだけど、そいつ昔ハワイでね、奥さんを亡くしてるんだ。」
「・・・えっ・・・?」
「もう5年くらい前の事だけど、事故にあったみたいで・・・」
「あつしさんの奥さんが・・・」
「大きい傷を抱えていると思う。・・・なっちゃんに負担にならないかなって・・・」
店長は心配そうな瞳で私を見つめた。



・・・そっか・・・。
あつしさんにそんな過去が・・・。
だからあんなにも優しかったんだ・・・。
誰よりも辛い気持ちを知っているから・・・。
「なっちゃん・・・?」
「・・・そっか。」
「なんか・・・俺知らんぷりはやっぱり出来なくて・・・。」
「ううん。大丈夫です。知れて良かった。」
「本当に?」
「・・・うん。」
「俺もさ、離婚した事があるから、そいつの気持ち痛いほどに分かるんだよ。・・・もう立ち直っているかもしれないけど、そう簡単じゃないっていうか・・・。まして死別なんて・・・。」
「・・・そうですよね・・・」
「でもなっちゃんがそばにいてあげれば、きっとそいつも立ち直っていくよ♪」
「・・・店長って優しいですよね。」
「えっ・・・?」
「だって・・・私とあつしさん、両方の事をちゃんと思ってくれているから・・・。」
「・・・まぁ・・・」
「分かりました。・・・でもあつしさんから話してくれるまで、少し知らんふりする事にします。」
「・・・うん。そうだね。それがいいと思う。」
「話してくれてありがとうございました。」
「うん。」


また店長と私の間に暖かい空気が流れ始めた。


話しの内容はショックだってけど・・・
それよりも店長の優しさが嬉しかった。
私の事をどうも思っていなかったら、
知らんふりして関わらない事だって出来るのに・・・。
あんなに心配そうな眼差しで見つめてくれた事・・・。
とても愛を感じたの。



でも・・・
あつしさんの過去・・・。
切なすぎて胸がはちきれそうだよ・・・。
一生涯大切にすると決めた人がいた・・・。
そう思うと、私の存在って・・・?
今のあつしさんに本当に必要なのかな・・・?
今でも、本当に大切な人は・・・きっと・・・。



「今日さ、一緒にランチしない?絵を少し見て欲しいんだ♪」
あつしさんからメールが届いたのは、店長から話しを聞いた翌週だった。
「はい(^^♪いいですよ!休憩は2時からです。」
私は極々普通のメールを送った。
店長から話しを聞いて、
あつしさんとのこれからの事を自分なりに考えたけど、
やっぱり別れを決める事が出来なかったから・・・。


「なっちゃん♪久しぶり♪」
あつしさんは、出会った日と同じように無精ひげを生やし、
髪の毛もボサボサだった。
「くす♪あつしさん・・・格好すごいですね♪」
「・・・うん、絵に集中しちゃうとどうしてもね・・・(笑)でも一応風呂には入ってるよ。」
あつしさんは苦笑いすると、
私と共に、窓際の席に座った。
「ごめんね。なかなか連絡も出来なくて・・・。」
「大丈夫ですよ。連絡ない日は、絵を描いてるんだろうなぁって容易に想像出来ますから♪」
「あ・・・そっか♪」
「絵、見せて下さい♪」
「うん。・・・最初にどうしてもなっちゃんに見て欲しくて♪」
あつしさんは穏やかにそう言うと、バックから大事そうに絵を取り出した。
「・・・綺麗・・・」
大きいキャンバスには、光り輝く海が描かれていた。
これはきっと朝焼けの海・・・。
「今の季節は朝の海も最高で・・・どうかな?」
「・・・なんて言うか・・・はい。とても素敵です。心が・・・綺麗になって行くような・・・。」
「・・・本当に?」
「・・・はい。」

その絵はまるで、天国の光を集めたような暖かい光で満ち溢れていた。
そして、今にも天使が舞い降りてきそうな海の輝きだった。

どうしてこんな絵が描けるの?
思わずまた涙が溢れそうになってきた。

「なっちゃん?」
「・・・いえっ・・・なんか本当に素敵な絵で・・・。」
「ありがとう。そうそう、前に約束してた絵と今回の絵のコピーを持ってきたよ。」
あつしさんは優しくそう言うと、
またかばんの中から大切そうに絵を取り出した。
「・・・ありがとうございます。」
あつしさんが手渡してくれた絵はキラキラと輝いて、
やっぱりとても素敵だった。
「なっちゃんの事を想って描いたんだよ。なっちゃんみたいに綺麗な心でありたいって願いを込めて・・・。」
あつしさんは恥ずかしそうにそう言うと、視線をそらしてお水を飲んだ。
・・・私みたいな綺麗な心・・・?

「だからなっちゃんに一番最初に見て欲しくて♪」
あつしさんの優しい言葉に、私はまた涙が溢れそうになった。
ねぇ・・・神様・・・
私、一生分の幸せを使い果たしてしまったんじゃないかなぁ・・・
だってね・・・
今、あつしさんの暖かい言葉に涙が溢れそうだよ・・・。
もう一人じゃない・・・
そう思えるの・・・。
私は、涙をぐっとこらえながら、
笑顔であつしさんを見つめた。


「あとね・・・ずっと言おうと思ってたんだけど・・・」
あつしさんは、笑顔の私と目があった後、
急に真剣な表情に変わった。
「俺ね・・・結婚してたんだ。」
あつしさんは少し申し訳なさそうに言った。
「・・・うん。」
「でも妻はハワイで事故にあって・・・死別しちゃったんだけど・・・。」
あつしさんは俯きながら、本当に悲しそうに言った。
「・・・もういいよ。」
「えっ・・・?」
「・・・もういい。」
私はこれ以上あつしさんに悲しかった過去を語らせたくなかった。
辛いのは、私だけじゃない。
あつしさんの方がずっとずっと辛いんだ・・・。

けれど、ちゃんと話しくれた。
それだけでもういいよ・・・。

「結婚してた事はショックだけど・・・色々な事があって・・・だからこそ私達はこの町で出会えたから・・・過去も全部含めてあつしさんだから・・・。」
私は素直にそう言うと、
あつしさんは切ない眼差しで私を見つめた。
「なっちゃん・・・。」
「前に言ってくれたよね?自分を責めるのが一番辛いことだって・・・。大丈夫だよ。あつしさんは何も悪くない。だから・・・また一から始めようよ。・・・一緒に♪」
私は笑顔でそう言うと、
さっきまで切なげな表情をしていたあつしさんの顔も、
少しだけ笑顔に戻った。
「・・・そうだね。過去は過去だもんね。大切なのは、今・・・そしてこれから。」
「うん♪」
そしてまた私達の間に暖かい空気が流れて行った。
そう・・・
この穏やかな空気感が大好きなの・・・。
これはあつしさんにしか作れない。
人をほんわか明るい気持ちにさせる空気。


「今日さ、仕事終わったら、俺んちに来ない?」
「えっ・・・?」
「いやっ・・・変な意味じゃなくて・・・今度は俺が飯作るよ♪」
あつしさんは照れながらそう言うと、
私はすぐにこくっと頷いた。


君といると・・・
未来なんてどうでもよくて・・・
今しかいらないと思えるの。
君となら・・・
どんな未来も受け入れられる。
そう思えるから。




「今晩は♪」
お店を出ると、そこには、暖かい笑顔であつしさんが待っていてくれた。
「お疲れ様♪」
「遅くなっちゃって・・・ごめんなさい。」
「大丈夫だよ♪じゃあ行こうか♪」
お店の駐車場にあつしさんの車は泊められていた。
私は少しドキドキしながら車に乗り込んだ。


「どこなんですか?」
「えっとね、ここからだと15分くらいかな♪」
「そっか・・・」
「大丈夫?なんか緊張してる?」
「・・・はい。男の人のお家に行くなんて、何年ぶり?みたいな・・・」
私は自分の言葉で、胸が痛くなった。
そう・・・前の彼はお家に行くなんてなかったから。
「まぁ・・・俺も女の子家に来るの何年ぶり?みたいな感じだから、少し緊張してるけどね♪途中スーパー寄って行こうか♪何食べたい??」
あつしさんは、私の緊張を解くかのように、さらっと話題を変えた。
やっぱり優しいな・・・。
「うん♪えっとね・・・じゃあ・・・カレーライスがいいかな♪」
「カレー?そんなんでいいの?」
「はい♪カレー好きなんで♪」
「了解♪じゃあ、海の幸たっぷりのシーフードカレーにしよう♪」
あつしさんは楽しそうにそう言うと、私の心も軽くなった。



「わぁ~♪美味しそう♪」
お家に着くと、あつしさんは早速シーフードカレーを作ってくれた。
私は隣であつしさんの作る様子を見たり、テレビを見たりして時間を過ごした。
「じゃあ、乾杯♪」
まずはビールで乾杯すると、冷えたビールが心地よく喉を潤してくれた。
「うめぇ~♪」
「美味しい♪」
「やっぱり夏のビールは最高にうまいな♪」
「間違いないです♪」
「じゃあ、カレーもどうぞ♪」
あつしさんは優しくそう言うと、私は出してくれたスプーンを手に取った。
「はい。頂きます♪」
私はそう言うと、暖かくていい匂いのするカレーを口に運んだ。
「・・・・!!!????美味しい!!!!!」
あつしさんの作ってくれたカレーは、魚介の旨みが凝縮されていて、
とってもコクのある深い味わいがした。
「えっ・・・なんで??こんなに美味しいの~???」
私はあまりの美味しさに驚きを隠せなかった。
今までこんなに美味しいカレーを食べた事ない・・・。

「良かったぁ♪」
あつしさんはさらっとそう言うと、嬉しそうな氷上で、カレーを口にした。
「あっ♪うまいね♪」
「ねっ♪すっごく美味しいです♪何入れたんですか??」

「企業秘密~♪」
あつしさんはふざけてそう言うと、また一口カレーを口に運んだ。
「教えて下さいよ~♪」
「フフフッ♪えっとね、エビの殻でだしをとってから・・・」
あつしさんは丁寧にレシピを教えてくれた。


「御馳走様でした♪」
大満足にカレーを食べ終えると、
食事を作ってくれたお礼に今度は私が後片付けをする事になった。
「幸せだったなぁ~♪」
私はビールを脇に洗い物をしながら、
美味しいカレーを思い出していた。
昔から食べる事が大好きで、良く料理番組やグルメ番組を食い入るように見ていた。
今のレストランも、店長が作ったハンバーグの美しさにたまに見とれてしまう。
そして人が笑顔で食事するシーンがいつも大好きだった。
美味しい食べ物は人に幸せを与えてくれる。
だから、今日は本当に幸せな気持ちでいっぱいになった。


・・・でも今日この後・・・
どうしよう・・・。
あつしさんもお酒を飲んでいたから、送ってもらうわけにはいかないし・・・。
でもこのまま泊まるわけには・・・
心姉ちゃんに迎えに来てもらおうか・・・
どうしようか・・・
私はこの先の事を思うと、
緊張でお腹が痛くなりそうだった。
付き合ってるんだし・・・
いつかはそういう事になるんだろうけど・・・。
でも・・・
どうしよう・・・・


「なっちゃん、洗い物大丈夫~??」
リビングからあつしさんの声が聞こえてきた。
私は、今の気持ちを悟られない様に、
「はーい♪」
と元気よく返事をした。



「良かったら、泊まってていいよ♪」
洗い物を終えて、リビングに行くと、あつしさんは笑顔でそう言った。
「えっ・・・」
「ほらっお酒も飲んじゃったし、帰るの面倒くさかったら♪」
「・・・はい・・・。」
私は返事をしながら、心臓が破裂しそうなほどに胸がドキドキと言っていた。
「あっ・・・でも大丈夫だよ。襲ったりしないから。ゆっくりいこう♪」

あつしさんはゆったりとそう言うと、また視線をテレビに映した。
・・・私の気持ちなんてお見通しなんだね。
私はそう思うと、何だか肩の荷が下りた思いだった。
そうだね。
あつしさんのそういう大人な所に惹かれたんだっけ・・・・。

「じゃあ、今日は・・・そういう感じじゃなくて・・・お喋りしましょう♪」
私はソファーに腰掛けながら、勇気を出してそう言った。
すると、あつしさんは、ゆっくり笑ってオッケー♪と言ってくれた。



「・・・それで、彼は結婚しようって言ってくれたんだけど・・・。」
気がつけば、テーブルの上には、空のビールの缶が何本も置かれていた。
「やっぱ・・・ダメですよね・・・・不倫は・・・」
「いやっ・・・それも今のなっちゃんの一部なんじゃない?」
「・・・でも・・・もういいんです・・・」
私はまた缶ビールを飲み干すと、あつしさんはさらっと冷蔵庫にビールを取りに言ってくれた。
こんなに飲んだのは久々で、私はすっかり酔っ払っていた。
「はい♪」
あつしさんは爽やかな笑顔でビールを手渡すと、
また私を話しをゆっくりと聞いてくれた。

「・・・なんで私なんですか・・・?」
「えっ・・・?」
「だっで・・・私・・・ですよ?私だったら私みたいなの好きにならないのになぁ・・・。」
酔っ払った私はネガティブ発言ばかりしていた。
そんな私にもあつしさんは変わらずに優しかった。
「いいんだよ。俺はなっちゃんがいいんだから♪」
優しくそう言うと、私を慰めるかのように、私の頭を撫でてくれた。
「・・・あつしさん・・・」
私は酔っ払った頭でも、あつしさんの優しさは心を暖かくさせてくれた。
「なっちゃんはなっちゃんだよ。俺の前ではありのままでいてよ。俺はありのままのなっちゃんをもっと好きになるよ。きっと・・・。」
あつしさんはそう言うと、暖かい笑顔で微笑んだ。

今の言葉・・・。
嬉しくて涙が出そうだった。

「・・・今までそんな事、言われた事ありませんでした・・・。」
「うん。でも今は俺がそばにいる。それでいいじゃん♪」
「・・・そうですよね・・・。」

あつしさんの言葉に、過去にこだわっている自分を少し恥ずかしく思った。
大切なのは過去じゃない・・・。
大切なのは、いつだって「今」そして「これから」・・・なのにね。

「あつしさん・・・」
お酒の力を少し借りて・・・今を変える為に・・・
この気持ちを伝える為に。
「大好きです♪」
私は笑顔でそう言うと、あつしさんはゆっくりと私の唇にキスをした。
驚きながらも私は瞳を閉じ、
あつしさんの唇の暖かさを感じていた。

「やっば!!!ドキドキした♪」
顔を離すと、あつしさんは興奮しながらそう言った。
「・・・私も・・・不意打ちは・・・やばいですよ・・・」
「じゃあ、もう一回してもいい?」
あつしさんは、照れながらそう言うと、今度はゆっくり私の事を抱きしめた。



あつしさん・・・
気付けばこんなにも・・・あなたの事が好きになっていました。
行き先も分からず乗りこんだ電車・・・
もしかしたら。この電車の終着駅は、
「ハッピーエンド」かもしれないね・・・。


私はそんな事を考えながら、瞳を閉じると、
二回目のキスをして、そのまま私はあつしさんの暖かい温もりに抱かれた。



「ごめんね・・・今日は何もしないって言ってたのに・・・」
私達は手を繋いだままベッドの天井を見つめていた。
「本当ですよ~!!あつしさんの野獣(笑)」
「なんだよ~それ(笑)」
「嘘ですよ♪・・・なんか幸せでした♪」
「なっちゃん・・・」
「今日はこのまま寝てもいいですか?」
「うん。じゃあおやすみ♪」
「おやすみなさい♪」
そう言うと、私達は手を繋いだまま、
夢の中へと落ちて行った。

あつしさんは・・・
私の理想の人とは程遠いけど・・・
今・・・こんなにも愛おしいと思えるのはあつしさんだけ。

いつか誰かが言っていた。
恋愛は理屈じゃないって理由が良く分かるよ。
だって・・・私は理由もなく、あつしさんの事をとても好きだから。
ずっと一緒に居たい。
このまま・・・。




「おはよう♪」
眩しい光の中目を覚ますと、私は一瞬どこに居るのか分からなくなった。
えっ・・・と・・
「なっちゃん、寝ぼけてる??」
あつしさんは、ニコニコしながら私の顔を覗き込むと、
ようやく私は、昨日の出来事を思い出した。
・・・そうだ・・・。
昨日の夜、私はあつしさんと・・・


「朝ごはん食べれる?一応用意したんだけど・・・」
あつしさんは爽やかな笑顔でそう言うと、
寝起きの私は恥ずかしくなってしまった。
あぁ・・・朝から大失態。
すっぴんだし、寝起き悪いし・・・
ていうか今何時???


「大丈夫??」
なかなか返事をしない私にあつしさんは心配そうに声を掛けた。
「あっ・・・大丈夫です。なんか・・・こんな姿見られて恥ずかしくて・・・。」
「俺は好きだけどね♪無防備な姿も♪」
「・・・もう!!」
あつしさんの無邪気な言葉にまた心が軽くなった。
いつだってふざけてる。
・・・でもそんな所も好きなの・・・。


「じゃあ、ゆっくり準備しておいで。リビングで待ってるね♪」
あつしさんはそう言うと、
上機嫌なまま、部屋を出て行ってしまった。


あつしさんが部屋を出て行くと、
少しだけほっとした気持ちになった。
次からはあつしさんより早く起きて、お化粧くらいはしなくっちゃ・・・。
私は気合を入れてそう思ったけど・・・。
そっか・・・
結婚した事があるあつしさんにとって、
女の子の寝起きなんて、どうってことないんだ・・・。
いつも隣で見てたはずだもんね・・・

私はそう思うと、
少しだけ胸が苦しくなった。
あつしさんの前の奥さんはどんな人だったのだろう・・・?



「おはよう♪」
私は顔を洗って、薄くお化粧をして、きちんと洋服に着替えると、
あつしさんの待っているリビングへと急いだ。
「おはよう♪」
あつしさんは暖かいコーヒーを飲みながら、
ゆっくりと雑誌に目を通していた。

「二日酔い??」
「・・・はい。」
「じゃあ、お味噌汁でいいかな?」
あつしさんはサラッとそう言うと、キッチンへと向かって行った。
何だか・・・至れり尽くせり・・・。
申し訳ないなぁ・・・。


「はいどうぞ♪」
「あっ・・・ありがとうございます。」
「あおさの味噌汁だよ♪」
あつしさんが手渡してくれたお椀はとても暖かくいい匂いがした。
「頂きます・・・」
温かいお椀にそのまま口をつけて、
お味噌汁を啜ると、とてもとても温かくそしてほっとする味が染みわたってきた。
「美味しい・・・です。」
「良かった♪」
あつしさんは笑顔でそう言うと、
持っていたコーヒーに口をつけた。

誰かと一緒に眠って・・・
誰かと一緒に朝を過ごす・・・。
こんなにも暖かくて幸せな事なんだ・・・。
私はそう思うと、嬉しさのあまり涙が溢れそうになった。


好きになった人が、
私だけを好きでいてくれている。
そして、誰も傷つけずに、一緒に居られる事。
本当に幸せな事だと感じていた。



「じゃあ、また連絡するね♪」
あつしさんは、律儀に家まで送ってくれると、
笑顔でさよならをした。
「ありがとうございました♪」
私達はお互いに手を振ると、車が見えなくなるまであつしさんを見送った。



「朝帰り~♪」
マンションの扉の前には、ニヤニヤと笑う心姉ちゃんがいた。
「うわっ・・・見てたの??」

「なんかいいよね~♪新鮮だねぇ♪」
「いつから?」
「うん。今さっき♪昨日近所の友達にお菓子もらったからおすそ分け♪」
「ありがとう♪どうぞ♪」
私は鍵を空けると、そのまま姉ちゃんを招き入れた。



「紅茶でいい?」
「うん♪あれっ?今日は仕事?」
「うん。あと1時間したら行くよ♪」
「そっか。」
「はい。どうぞ♪」
私は冷たい紅茶を姉ちゃんに手渡すと、
姉ちゃんはガムシロップを入れてストローで飲み始めた。
「やっぱいい男だね。あつしさん。」
「そう?」
「うん。なんかね、二人の雰囲気とっても良かったよ♪」
「ありがとう♪」
「来週の日曜日、久々に皆でどこか行かない?もちろん、夏の彼氏も呼んで♪」
「いいね♪じゃああつしさんにも聞いてみるよ♪」
「うん♪よろしく♪」
「・・・なんか・・・」
「うん?」
「いやっ・・・なんか幸せだなぁと思って♪」
「・・・夏・・・」
「ここにはさ、私の事必要に思ってくれている人が居てくれてるから・・・。東京には、あんなにも人が居たのに、誰も自分を必要としてくれなかった・・・。」
「・・・そっか・・・。でもそれは夏も一緒じゃないの?」
「・・・えっ?」
「自分が誰かを求めなきゃ、誰も自分を求めてくれない。だから素直になればきっと東京でもどこでも大切な人に出会えるもんだと思うよ。」
「・・・そうだね♪」
「でも夏にはここが似合ってるよ。ずっとここに居て欲しいな♪私は♪」
姉ちゃんは少し照れくさそうにそう言った。

そしてそんな温かい言葉に私はまた涙が溢れそうになった。


「じゃあ、行ってくるね♪」
「はい♪じゃあまたね~♪」
姉ちゃんとバイバイして、私は仕事場へと向かって歩き出した。


♪~♪~♪
「あっ・・・電話・・・。」
私はすぐに携帯を取り出すと、携帯の画面を見て驚いた。
「・・・都筑さんだ・・・」
一瞬にして顔が強張ってしまったが、
私は、その電話に出る事にした。

・・・そう好きな人がいるって伝える為に。


「・・・もしもし・・・」
「夏!!・・・電話出てくれた・・・」
私は都筑さんの声を聞いた瞬間に、あまりの懐かしさにビックリした。
まだあれから半年も経っていないのに・・・
「どうしたんですか・・・」
「・・・ごめん。迷惑だって分かってる。でもどうしてももう一度夏と話したくて・・・。」
「・・・・。」
「元気にしてる?」
「・・・はい。」
「そっか・・・。」
「都筑さんは?」
「・・・俺は、うん・・・。何とかね。」
「・・・そっか・・・。」
「そっちの暮らしはどうなの?仕事は?」
「・・・もう・・・電話しないで下さい。」
「・・・えっ?」
「私、前に進みたい。何もかも捨ててこの町に来たんです。だから・・・」

「・・・そう・・・そうだよな。・・・なんかごめんな。未練たらしくて・・・嫌になっちゃうよな・・・。」
「・・・都筑さん・・・」
あぁ・・・やっぱり・・・。
都筑さんはまだ淋しさの中で生きているんだ・・・。
孤独を感じながら・・・。
「もう電話しないよ・・・じゃあ・・・」
「あっ・・・!待って・・・。」
「・・・何?」
「私ね・・・この町に来て、好きな人が出来たんです。とても温かい人で・・・。でも私が変われたのは・・・。」
「変われたのは・・・?」
「・・・自分の事を少ずつだけど、好きになろうって決めたから・・・。」
「・・・・」
「ここに来て気付けたんです・・・。自分を救えるのは、自分しかいないって・・・。だから明るい気持ちを持とうって・・・。」
「・・・・」
「自分を・・・認めてあげたら、自分を認めてくれる人と出会えたんです。・・・だから都筑さんも・・・」
「・・・俺も?」
「自分の人生、楽しんでください。幸せになって下さい。」
「・・・夏・・・」
「都筑さんなら・・・なれるよ。絶対に幸せに・・・だから・・・」
「・・・」
「だから・・・さようなら・・・」
私はこみ上げてくる涙を堪えながら、最後の言葉を伝えた。


さようなら。
都筑さん。本当に愛してた。

「・・・うん。・・・夏・・・ありがとう。」
都筑さんはそう言うと、ゆっくりと電話を切った。
その瞬間、全てが終わった瞬間だった。



思い出はいつだって美しい。
その時に感じた怒りや嫉妬さえも忘れてしまうほどに、
辛かった思い出が、
今やっと温かいものへと変わって行った。
もう・・・
許してあげよう。
自分の事も。
都筑さんの事も・・・。
だって私は・・・
「今」を生きているのだから・・・。



「なっちゃん♪今日さ、終わったら皆で飲み行かない??」
店へ着くと、
機嫌の良い店長がすぐさま私の元へと駆け寄ってきた。
ニコニコと微笑む店長を見ていると、
心が幸せで満たされていくのを感じた。

このお店は・・・
この人は・・・
私を必要としてくれている。
いつでもそう感じさせてくれるこのお店が・・・
どれだけ私を救ってくれたか分からない。
そう思うと、今度は幸せの涙が溢れそうになった。

「・・・いいですよ♪」
「よし♪じゃあ、上がった順からRAINBOWに集合で♪」
店長は嬉しそうにそう言うと、また厨房へと戻って行った。

この町に来て良かった。
やっぱりこの町には、私の居場所がちゃんとあるんだ・・・。
もう一人じゃない・・・。
そう・・・もうあの頃の私とは違う・・・。



「乾杯~♪」

お店が終わると、ラストまで残っていたスタッフ4人と、
行きつけのお店で乾杯をした。
仕事終わりの生ビールはやっぱり美味しい♪
「いやぁ~♪なっちゃんもだいぶ慣れてきたね♪」
店長はビールを飲みながら嬉しそうに言った。
「はい。私お店が大好きです。常連さんの顔もだいぶ覚えました。」
私が素直にそう言うと、
皆が優しい笑顔で私を見つめてくれた。


「これからも一緒にがんばろうな♪」
スタッフの松前さんがそう言うと、
私は笑顔で頷いた。

誰かが言ってた。
仕事は辛いものだと。
そう思う人もたくさんいるかもしれない。
だけど、それは自分の見かた次第で・・・
もしもほんの少しでも自分の好きな事に係わりが持てたなら・・・。
きっと仕事もキラキラと輝きだすだろう。
そして後悔しない人生を送れるんじゃないのだろうか・・・。



「じゃあまた明日~♪」
わいわいと楽しく飲んだ後、私は皆に手を振った。
飲んだ後も気持ちがいいのは、
このお店の人達が、誰の悪口も言わないから。
笑って飲むお酒ほど、最高のものはない。
私は、素敵な夜に感謝した。
そして耳を澄ますと、
そっと波の音が囁くように聞こえてきた。
なんて気持ちがいいんだろう・・・。
少し酔っ払っているのもあって、
夢の中にいるみたい・・・。
私はぼんやりとそんな事を考えながら、夜道歩き始めた。

あつしさんは今、何してるかな・・・
私はすぐに携帯電話を取り出してあつしさんに電話を掛けた。


「プルルル~・・・」
私はドキドキしながら、
携帯電話を耳に当ててあつしさんの優しい声を待ったが、
一向に出る気配がなかった。

「・・・寝ちゃったかな・・・」
電話が留守番電話に切り変わると、
私は諦めたように電話をポケットにしまった。
何とも言えない淋しい気持ちが胸を締め付けた。
こんな夜は・・・
あつしさんの声が聞きたかったな・・・。
私は残念な気持ちを抱えたまま、また夜道をゆっくりと歩き出した。



それから数日間、あつしさんからの連絡はなかった。
また絵を描いてるんだろう・・・。
私はぼんやりそんな事を思いながら、
忙しい日々を過ごしていた。



「夏~♪おはよう♪」
「姉ちゃんおはよう♪」
「・・・あれ?あつしさんは?」
「・・・たぶん絵描いてる。」
「連絡取れなかったんだ・・・」
「・・・うん。」
「まぁ・・じゃあ行こう♪皆待ってるよ♪」
姉ちゃんは優しく笑うと、
私達は皆が待つ、車へと乗り込んだ。


「今日はね、水族館に行くんだよ♪」
双子の詩音が嬉しそうに言った。
「・・・えっ?」
「詩音ね、まだ水族館行った事ないから♪」
「すみれも♪」
双子は楽しそうにそう言うと、足をブラブラさせてキャッキャとはしゃぎ出した。



・・・・水族館・・・。
あつしさんと行った・・・。
私は、胸がキュンと締め付けられるのを感じでいた。



「お魚いっぱい~♪」
双子は楽しそうに園内を駆け回ると、旦那さんが一生懸命に面倒を見ていた。
「私もリニューアルしてから初めて来たの♪」
姉ちゃんは微笑みながらそう言うと、私に視線を移した。
「私は二回目・・・」
「あぁ♪あつしさんと♪」
「・・・うん♪」
「どうしたの?」
「・・・いやっ・・・」
「・・・連絡来るよ♪」
「・・・うん。」
「ほらっ♪行こう♪」
姉ちゃんは明るくそう言うと、
私は、落ち込んだ気持ちを抱えたまま歩きだした。



あつしさん・・・
今何してる?
あつしさん・・・
今・・・会いたい・・・。



「じゃあまたね~♪」
姉ちゃんの車が見えなくなるまで手を振ると、私はすぐに携帯をチェックした。
「メール1件。」
「メール!!来てる!!」
私は急いでメールを開くと、単なる広告のメールだった。


「あつしさんじゃなかった・・・」
私はがっくりと肩を落としながら、
鍵を差し込み、そのまま部屋へと入って行った。


「あぁ~・・・あつしさんは一体いつ私を思い出してくれるんだろう・・・」
私はベッドに横たわりながら、
大きくため息をついた。

あつしさん・・・。
私・・・あつしさんの彼女だよね?
彼女なのに・・・
あつしさんの奥さんも、
こんな思いを抱えていたのかな・・・。
でも結婚したのなら・・・いつも一緒に居られたんだよね・・・。
いいなぁ・・・。


♪~♪~♪
「電話!!」
私は慌ててベッドから起き上がると、
携帯電話を手に取った。
「・・・あつしさんだ!!!」
私は着信画面を見て、一気にテンションを上がった。
そして嬉しさのあまり、涙が溢れそうになった。


「もしもし?」
「あっなっちゃん??」
「・・・うん。」
「ごめんね。電話もメールも・・・」
「・・・絵描いてたんですか?」
「そうだよ。今さっきやっと完成して・・・」
「・・・そっか・・・。」
「でも、まだもう一枚仕上げなきゃいけなくて・・・。」
「・・・そう・・・」
「だから、また当分会えそうになくて・・・」
「・・・・」

・・・また会えない日が続く・・・?

「今・・・」
「えっ?」
「今から・・・行っていいですか?」
「なっちゃん・・・」
「すぐに帰ります。ちょっとだけ・・・ちょっとでいいから・・・会いたい・・・。」
私は苦しい思いを吐き出すかのように、
あつしさんに伝えた。

今しかない。
そう思ったから・・・。
どうか・・・断らないで・・・。


「・・・分かった。じゃあ、飯でも食いに行こう。時間があまりないから、飯だけになっちゃうけど・・・いい?」
あつしさんは申し訳なさそうにそう言うと、
私のテンションは一気に上がった。
会える・・・
会える・・・
会える・・・!!!

「はい!大丈夫です!!ありがとうございます!!」
「じゃあ、今から迎えに行くから、準備してて。」
「分かりました!待ってます♪」
私はそう言うと、電話を切った。
あつしさんに会える・・・
私は嬉しさのあまりに電話を握りしめた。
あつしさん・・・
あつしさん・・・!!




「お待たせ♪」
あつしさんは、すぐに家まで来てくれた。
私はお化粧を念入りに直して、洋服も少し女の子らしいものに着替え直した。
久々のデート。
嬉しくてたまらない。


「じゃあ行こうか♪」
私が助手席に乗り込むと、あつしさんはアクセルを踏んだ。
「ごめんね・・・ずっとほったらかしにして・・・」
あつしさんは申し訳なさそうに目を伏せた。
「・・・大丈夫・・・ではないけど・・・」
「・・・けど?」
「今・・・会えてるから♪」
「・・・うん。」


あつしさんにとって絵は宝物・・・。
そしてあつしさんの絵を見て、笑顔になれる人がいっぱいいる。
そんなあつしさんの宝物を、
私も大切と思えるくらいになりたい。
例え会えなくても・・・。



「俺も会いたかったよ・・・」
「えっ・・・?」
「絵を描いてる時は、ほとんどの事忘れちゃうけど・・・ふとした時になっちゃんの笑顔が浮かんでくるんだ・・・。」
「あつしさん・・・」
「でもね、その切ない気持ちが、絵を変えてくれるから・・・」
「・・・そっか♪」
「だから会えなくても、なっちゃんがそばにいるように感じてた。」
「・・・うん。」
「でも実物はやっぱり、違うよね。俺も会えて嬉しいよ。」
あつしさんは本当に嬉しそうにそう言った。
そしてそんな温かい言葉に私もつい笑顔になっていた。



「ここでいい?」
あつしさんが連れて来てくれたのは、
あつしさんの家の近くのイタリアンのお店だった。
「はい♪」
車から降りると、生ぬるい風が私達を包み込んだ。
「夏の夜って・・・大好き♪」
キラキラ輝く星を見つめがら、私はそう言った。
「うん♪ほらっ行こう♪」
あつしさんは私に手を差し伸べると、私はその大きい手を握りしめた。
暖かくて大きいあつしさんの手・・・。
触れられる距離に居る事が、
奇跡のように嬉しかった。



「頂きます♪」
美味しそうなパスタを食べながら、
会えなかった2週間の話しを私は喋り続けた。
そしてそんな私の事をあつしさんは優しい目で見つめていてくれていた。



「御馳走様でした♪」
私は大満足にパスタを食べ終えると、食後のコーヒーに砂糖を入れた。
「良く・・・」
「うん?」
「いや・・・死んだ奥さんともこうやって、良くイタリアン食べに来たなぁと思って。」
「あつしさん・・・」
あつしさんから奥さんの話をするなんて・・・
「明るい人でね・・・付き合ってた頃も俺は絵に夢中だったから、やっぱりこうして会えない事が多くて・・・」
「・・・うん」
「でもね、さっきのなっちゃんみたいに、会えない事を責めたりしないで、俺を応援してくれた。」
「・・・」
「俺、女の人には本当に恵まれてるよ。」
あつしさんはコーヒーカップを抱えたまま、愛おしそうにそう言った。
「・・・まだ・・・愛していますか?」
「・・・そうだね。まだ全然忘れてはないよ。でも、もう前に進んでると自分では思ってる。」
「・・・うん。」
「どんなに、その場にいたくても、いれないもんだよね。なんだかんだ毎日やらなきゃいけない事があるし、気持ちだって同じじゃない。」
「・・・そうですよね。」
「俺ね、奥さんと笑った日々も、喧嘩した夜も、今ではすべて素晴らしいと思える。そう思えるって事は、淋しいけどもう思い出なんだよね・・・。」
「あつしさん・・・」
「俺はこれから、なっちゃんと一緒にのんびり過ごして行きたいと思ってるよ。ずっと一緒にいれたらいいなって♪いつかは子供も欲しいしね♪」
「えっ・・・?」
「まぁ・・・それはもう少し先の話だけど・・・」

あつしさんは、そう言うと、暖かい笑顔を私にくれた。

「・・・私も・・・私もそうなれたらいいなって・・・」
「うん♪」
「・・・嬉しい・・・」
「まぁそういう事なんで、これからもよろしくお願いします。」
「・・・はい!」
私は溢れ出してきた嬉し涙を堪えながら、笑顔を作った。


乗りこんだ・・・
終着駅も分からないこの電車は・・・
見た事もない明るい未来へと向かって進んでいる。
きっと・・・
誰もが笑っているキラキラ輝く未来へ・・・。



「じゃあ・・・」
あつしさんは家まで送ってくれると、
私は離れがたい気持ちを押し殺し、あつしさんにさよならを告げた。
「絵、終わったらすぐに連絡するから!」
「はい♪大丈夫です。私も、仕事頑張ります♪」
「うん。おやすみ♪」
あつしさんはそう言うと、そっと私にキスをした。



「・・・おやすみなさい。」
私は、そのまま車を出ると、あつしさんに手を振った。
そしてあつしさんの車が見えなくなると、
私は夏の夜空を見上げた。



この町に来て良かった。
海の輝く少し寂れてしまった田舎町。
それでも、この町には、
私の欲しかったものが全てあった。
大切な人・・・
大切な仕事・・・
求めなければ、出会えない。
姉ちゃんが言っていた通り・・・
自分から諦めていたあの頃を・・・
今では少し懐かしく感じる。
この町には、
東京のようなネオンはないし、
大きなビルもない。
でも・・・
この町には輝く海がある。
そして満天に輝く星が光っている。
東京も・・・
この町も・・・
それぞれにいい所があって、
どこが自分にあっているかは、人それぞれで・・・。
私はもう比べる事はないだろう・・・。
比べる事は、
きっと意味のない事だから。

ねぇ・・・
この町が私にくれたたくさんの輝きは、
今私を輝かせてくれているよね。
そして・・・
あつしさん・・・
あなたがくれた幸せを・・・
今度は私が返すからね。
切なさも、愛おしさも・・・
本気で人を好きなったらきっと誰もが味わう。
恋の味はほろ苦く・・・
涙を流す夜もあるけれど・・・
それでもきっと、人はまた恋をする。
誰かと一緒に人生を歩む為。


これからも、色々出来事が起きるだろう・・・。
でもきっと乗り越えて行ける。
あつしさん・・・
出会えて良かったね。
あつしさん・・・
これからも一緒に生きて行こうね。
笑いながら・・・迷いながら・・・。


東京での恋の傷が癒されて、
大切な居場所を見つけた私は、
これからもこの町で一生懸命生きて行くだろう。
時に涙して、
時に笑って、
それでも自分の道を信じながら・・・。
この町に来てよかった。
私は輝く夜空を見上げながら、
海の囁きを聞きながら、
ぼんやりとそんな事を思った。


そしてまた明日から始まる新しい1日に期待をのせて。
ゆっくりと歩き出した。

終わり



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