GROWS

AYANA0722

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GROWS~恋も夢も諦めない~

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あなたには夢がありますか?
 あなたには恋人がいますか?
 夢を叶える事と恋人と出会う事を同時に出来たらあなたは今よりも幸せを感じるのでしょうか?
 そんなあなたにご提案です。
 ライブを作りながら、運命の人と出会う。そんなイベントを企画しています。
 日にちは七月三十日~八月三十一日。
 沖縄の民家を貸し切って、共同生活を送ってもらいます。
 ただし、最終日にライブを行ってもらうので、歌やダンスの経験がある方。また、歌手デビュー、ダンサーデビューを目指している人限定での募集となります。
 制作費、生活費は全てこちらで負担します。オーディション等は開催いたしません。こちらの募集を見た先着六人で締め切らせていただきます。
 皆様の本気・・・。そして情熱を見せて頂けると嬉しいです。
 応募先はこちらのメールアドレスです。応募をお待ちしております。

 私がその可笑しな求人?広告?を見つけたのは、ネットサーフィンをしていた時だった。
 変な書き込み・・・。
 私は一人部屋の中で頭を傾げた。こんな都合のいい話あるの?
 沖縄でライブの制作をする。そして恋人にも出会える・・・。
 何も持っていない私はその可笑しな求人に心が惹かれた。でも・・・。

 音大を卒業した後、シンガーソングライターを目指して上京した私は、バイトに明け暮れる日々だった。
 歌を作っては、コンペに応募し落とされる日々・・・。ライブなんて夢のまた夢。
 アルバイトで何とか生計を立てているものの、曲作りもなかなか進まない。
 田舎の両親も心配している。このままシンガーソングライターを目指すのが自分にとっていいのか分からなくなっていた。
 そんな時に見つけたこの求人・・・。先着六名と書いてあるけど、まだ間に合うのかな?
 私はライブを制作する。という部分に惹かれ、冗談半分で参加申し込みのメールを送ってみた。
 先着が埋まっていれば、それはそれで諦めがつく・・・。
 もしも怖くなったら、辞退すればいい。元々失うものなど私には一つもないのだから。

 メールを送って数分後・・・。
 先ほどのメールアドレスから返信がきた。

「おめでとうございます。あなたで六人目です。最後の一人に間に合って良かったですね。インターネット上では詳しい事は控えさせて頂きましたが、私の名前は大野。沖縄の大富豪とでも言っておきましょう。これは私の単なる趣味です。しかし、ライブ会場には私の知り合いの音楽関係者が多数来場する予定です。あなたが本気でプロデビューを目指すのなら、それも夢ではありません。ただしやるからには本気で取り組んでください。あなたの住所を教えて頂けますでしょうか?往復の航空券をお送りします。では、人生楽しんで下さいね。大野。」

 私は見知らぬ相手からのメールに一人困惑した。本当だったんだ・・・。でも航空券が送られてくるまでは分からない。
 けれど・・・なんだろう。この気持ち。
 わくわくするような、ドキドキするような、子供の頃に感じた気持ち・・・。
 私は自分の人生が大きく変わり始めている事を感じていた。


「えっ?それで応募したの?」
「そうなの。なんか、直感で・・・。」
「すごい行動力だね。」
「うん。」
 私は早速、バイト仲間のゆりりんに今日の事を打ち明けた。
「でも、仕事休めるの?絢香ほぼ毎日シフト入れているじゃん・・・。」
「うん。さっき店長と話した。田舎の両親の所に帰るって・・・。そしたら、夏休みは大学生の子が入れるから休んでもいいよって言ってくれて・・・。」
「行動早い・・・。」
「だって・・・居ても立ってもいられなくて。」
「でも楽しそう。絢香、夢の為にいつも一生懸命だもんね。夢に少しでも近づけるといいね。」
「ゆりりん・・・。」
 私は優しいゆりりんの言葉に涙を誘われた。
そう・・・音大を卒業してから約二年。私はこの居酒屋で同期のゆりりんと気が付けば親友になっていた。

「でもさ、恋人にも出会えるって言うのがいまいち分からないね。」
 ゆりりんは首を傾げて言った。
「確かに・・・。」

「すみませーん!注文お願いします!」
 私とゆりりんは顔を見合わせた。そして、「はい!喜んで!」
 と言う元気いっぱいな掛け声と共に私はお客様のテーブルまで急いだ。


「ふぅ・・・疲れた。」
 午前三時・・・。私は仕事から帰ると、ビールをぷしゅっと開けた。
 今日の出来事が夢みたい。本当に航空券は届くのかな・・・。
 あれから住所をメールで送った。その後返信はなく・・・。
 私はインターネットで先ほどのサイトを探した。
 しかし・・・。
「なくなっている・・・。」
 そこには以前はサイトがあったけど、消した形跡だけが残っていた。
 六人の定員に達したからサイトを消したんだ。
 私はぼんやりとそう思った。

 七月三十日が待ち遠しい。
 こんな気持ちになるなんて、自分でも思っていなかった。
 募集があったのが、五月・・・。それから月日は流れ、七月も中旬に差し掛かってきた。そんな時・・・。

 ピーンポーン・・・。
 クーラーをかけて、薄着でのんびりしている私の所に郵便局から書留が届いた。
「サインか判子をお願いします。」
 郵便局の人は丁寧にそう言うと、そっと私に郵便物を差し出した。
 少しふっくらしている封筒の中身は、なんとなく想像がついた。
「ありがとうございました!」
 サインをして、封筒を受け取ると、私はすぐに玄関の扉を閉めて、リビングに急いだ。
 差出人は大野さん・・・。間違いなく航空券だ・・・。

 私はドキドキしながら封筒にハサミを入れると、案の定封筒の中からは航空券が二枚出てきた。
 一枚は羽田空港から那覇空港。
 そして二枚目は那覇空港から羽田空港。日付は九月一日になっている。
「本当だったんだ・・・。」
 私はその航空券を見つめながら、じわじわと実感が沸いてきた。
 七月三十日、午前九時の羽田発の飛行機で那覇に飛ぶ。
 それから一ヶ月はこっちに帰ってこられない。そう思ったら・・・。

「よし・・・旅支度を始めよう。」
 私は明るい気持ちでTシャツ短パンのまま立ち上がった。


七月三十日
 ギラギラ輝く太陽がまぶしくて・・・私は目を細めた。
 まだ朝の六時なのに、もう外は暑い。紫の朝顔が朝露をまとってキラキラしていた。
 夏本番・・・。今日も最高気温は三十六度。
 私はしっかりと家の戸締りをすると、静かに大通りに出た。
 昨日の夜はほとんど眠れなかった。この企画がなんなのか・・・自分の高まる思いはなんなのか・・・。謎に包まれたこの企画を私は、わくわくした気持ちで見ていた。
 新しい事が始まる予感・・・。素敵な事が起きる予感。そんなキラキラ輝く素敵な想いに包まれていた。
 東京よ・・・さようなら・・・。しばらくの間、沖縄に行ってきます。
 私は見慣れたアパートを見て、心の中でそう呟いた。

 空港に着くと、さっきまでの暑さが嘘のように、クーラーが効きすぎて寒いくらいだった。
 約一ヶ月の滞在で・・・どれだけの荷物が必要なのか分からなかった私は・・・結局、キャリーケースを二個とギターを持っていく事になってしまった。
 洋服の替えは一週間分。下着も一週間分。メイク用品にタオル。他にもパジャマやコテなどとにかくバックはパンパン。それにギターを担ぐと、もうこれ以上は持てない。という感じだった。

 空港に着くと、すぐにキャリーケースから長袖のカーディガンを取り出して、荷物を預けた。
 身軽になった私はすぐに、カフェをするために喫茶店に入った。

「はぁ・・・やっと落ち着いた。」
 私は大きいため息を着くと、寒さに耐えながら暖かいコーヒーを飲んだ。
 喫茶店からは搭乗手続きをする人々がよく見えた。そしてその様子は楽しそうな雰囲気でいっぱいだった。
「そっか・・・皆夏休みだもんね。どこかに家族旅行に行くんだ・・・。」
 私はコーヒーを飲みながら、しみじみとそんな事を思っていた。
 私みたいにどこの誰かも分からない人に運命を預けて、沖縄に行こうとしている人なんて・・・いないんだろうな。
 皆これから大好きな家族と一緒に安心して旅行を楽しむんだ。そう思うと・・・少しだけ切ない気持ちになった。

「・・・あれ?」
 そんな時・・・大野さんからメールが届いた。
「ハロー!皆様、お元気ですか?いよいよ今日になりましたね。東京から那覇に向かう方は九時の飛行機です。大阪からは十時。宮崎からは十時半の飛行機です。到着時間はほとんど一緒なので、那覇空港に着いた方はまず、空港内のコーヒーショップに集合してください。私の付き人がいますので、その付き人と一緒に私の別荘まで案内いたします。では、楽しい旅を・・・。大野。」
 
 私はコーヒーを飲みながら、メールを確認した。
 なるほど・・・じゃあ、コーヒーショップに行けば、今回一緒に音楽をやるメンバーと顔を合わせる事が出来るんだ・・・。
 どうしよう・・・ドキドキしていた。
私は高鳴る思いを胸にぎゅっと瞳を閉じた。

 めんそーれ沖縄。
 飛行機から降りると、すぐにめんそーれ沖縄の文字が見えた。沖縄に来るのは、二回目・・・。前もこの看板を見たっけ・・・。
 私はひらがなで書かれたその可愛い言葉につい笑がこぼれた。さっきまでは緊張で・・・お腹が痛かったのに・・・。
 めんそーれの文字を見たら、ふと思い出した。私には失うものはないんだって事を。

「・・・あったここだ・・・。」
 荷物を受け取って・・・空港内を適当に歩いていると、大野さんが指定したコーヒーショップを見つけた。
 沖縄っぽい明るくて陽気なカフェ。中からはレゲィーミュージックが聞こえてきそうな雰囲気だった。
 この扉の向こうに・・・私の仲間がいる。
 私は大きく深呼吸をしてから、扉を開けた。すると、扉についていた鈴が大きい音でカランコロンを言った。

「いらっしゃいませ!」
「・・・あっ・・・待ち合わせなんですけど。」
 私は元気よく出迎えてくれた、四十代前半であろう、お姉さんにそう声をかけた。
「じゃあ、あちらのお客様かな?」
 店員はそう言うと、奥に座る、二名の男性を指さした。

「多分そうです・・・。」
 私はそう言うと、そっと二名の男性に近づいた。
「あの・・・私、ライブ制作の・・・。」
 恐る恐る二人に声を書けると、大野さんの付き人らしきスーツの男性が立ち上がった。
「はい。お待ちしておりました。私、大野の付き人で佐田と申します。失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「はい。私、本田絢香と申します。」
「本田さんですね。存じております。よろしければ、こちらにどうぞ。」
 佐田さんはそう言うと、もう一人の男性の横の椅子を指さした。
「じゃあ・・・。」
 私はそう言うと、そっと男性の隣に座った。この人は・・・多分、応募者だよね?

「俺、長瀬翔太。俺もインターネットから応募したんだ。よろしく。」
 隣の男性はそう言うと、そっと私の顔を見た。
 黒髪にくりっとした二重の目・・・。透き通るような肌に薄い唇。
 まるで芸能人のような容姿をした彼を見た瞬間・・・。私の胸はドキドキと高鳴った。
「・・・あっ・・・先ほどご紹介した、本田絢香です。よろしくお願いします。」
 私は自分の容姿を少し恥ずかしく思いながらも彼に挨拶をした。
 そっか・・・そうだよね。歌手を目指しているって事はそれなりの容姿だよね。そんな事考えてもいなかった。

「本田さんはコーヒーでいいですか?」
「あっ・・・はい。」
 私は佐田さんの質問にすぐに返事をするとそわそわした気持ちになった。何だか気まずい・・・。早く誰か来て欲しい。

「いらっしゃいませ!」
 数分後・・・お店にカランコロンという音が響き渡った。私は思わず入口に視線を向けた。

「待ち合わせです・・・。」
 小さい声で店員さんと話す女性がいた。
「こっちですよ!」
 私は女性に手を振って、笑顔を向けた。

「すみません。遅くなって・・・東京から来ました。岩本陽菜です。」
「はい。岩本様ですね。私、大野の付き人の佐田です。よろしくお願いします。」
「お願いします。」
 私と同じように佐田さんと挨拶を交わすと、その女性は私の目の前に座った。
 ふわっとした印象の彼女は可愛いのはもちろん、人を癒すオーラみたいなものが出ていた。優しそうな彼女の雰囲気に私はすぐに好感を覚えた。

「私、本田絢香です。よろしく。」
「俺は長瀬翔太。よろしく。」
「あっ・・・よろしくお願いします。あの、皆さん東京から?」
「そうだよ。」
「そっか・・・。」
「後は大阪から二名、宮崎から一名の予定です。」
 佐田さんがさらっと会話に入ってきた。
「へぇ・・・。」
「あの・・・詳しい事って聞いてもいいんですか?」
 柔らかい雰囲気と違って、岩本さんはしっかりとした瞳で佐田さんを見つめた。
「それが・・・あまり詳しいことは・・・。」
 佐田さんは困惑するように言った。
「六人揃ってから、話せる所までは話してくれるって・・・。」
 翔太くんがコーヒーを飲みながら、佐田さんの代わりに言った。
「そっか・・・。」
 陽菜ちゃんは諦めようにそう言うと、深く腰掛けてため息をついた。

 この謎解きパズルみたいな不思議な応募。知りたいことは山積みだし、大野さんがどんな目的でこんな事を企画したのか知りたい。もちろんライブをする意味もライブでどんな事をしたらいいのか・・・。ここに来れば全てを教えてもらえると思ったけど・・・。
 そうじゃなかった事に私も落胆した。

「では、六人揃いましたので、お話を始めたいと思います。」

 あれから三十分・・・。
 大阪から二名。横田優ちゃんと幸田陸君。そして宮崎から一名。桜庭正樹君が参加した。
 優ちゃんは見るからにしっかり物のイメージで、陸君は明るい関西ボーイだった。そして正樹君はクールな印象で、皆それぞれ、素敵な容姿を兼ね備えていた。
 六人が六人に個性があって、輝いていた。そして何よりも夢に向かって熱いものを一番に感じた。

「まずは、これから車に乗って、恩納村まで向かいます。大野の別荘は海の真向かいにございます。詳しい事はまた別荘についていから話したいと思います。」
 佐田さんはそう言うと、そっと席を立った。本当はもっと聞きたい事があるけど・・・。きっと大野さんの付き人いう立場上答えられない事が沢山あるのだろう。
 私は聞きたい気持ちを我慢して立ち上がった。

「ねぇ・・・彩香ちゃんは何している人なの?」
 店を出ると陽菜ちゃんが私に駆け寄ってきた。
「私はシンガーソングライター目指しているの。今はアルバイトで生計を立てているけどね。陽菜ちゃんは?」
「私はね、OLなの。」
「えっ?」
 私は陽菜ちゃんの答えに驚いた。
「OLさん・・・よく仕事休めたね。」
「うん。お盆期間中と・・・後は有給を使って、まる一ヶ月休んだんだ。でもね、ダンスと歌は子供の時から習っていて得意なの。」
「そうなんだ・・・。」
「なになに?女子トーク?私も混ぜてよ。」
 私と陽菜ちゃんが並んで歩いていると、ニコニコと笑う優ちゃんが声をかけてきた。
「優ちゃんは?普段なにしている人?」
 陽菜ちゃんが問いかけた。
「私はダンサー。本当は埼玉出身なんだけど、今は大阪の友達の所でダンス講師しているの。」
「へぇ・・・だから関西弁じゃないんだ。」
「そうなの。でもね、本当は有名なアーティストのバックで踊りたい。だから今回、スキルアップできるかなって思って参加したんだ。」
「へぇ・・・。」
「でも、一番の理由は恋人が欲しいから。」
 優ちゃんは恥ずかしそうに言った。
「そうなの?」
「うん。だって、分からないけど、きっとこの六人で生活するんだよね?その中で恋とか生まれたりするんじゃないかな?なんかテレビで見たことある。」
「分かる!私もそういうイメージ。」
 陽菜ちゃんと優ちゃんは嬉しそうにそんな会話を交わしていた。
 恋かぁ・・・。
「でもさ、そうなったら、この中の誰かがライバルになるかもしれないもんね。だから、あえて好きな人は隠しておこうよ。」
 優ちゃんはかっこよく言った。
「確かにそうだね。好きな人が出来ても内緒にしよう。だってさ、ぶっちゃけ皆かっこいいもんね。好きになるのに一秒もいらないよ。」
 陽菜ちゃんは嬉しそうに言った。
「なんか楽しくなってきたね。」
「うん!」
 陽菜ちゃんと優ちゃん・・・明るいし、女子だなぁ・・・。
 夢に向かって、その事しか考えていない私とは大違い。余裕があって羨ましい。
 私は今、恋どころじゃないよ。シンガーソングライターとして・・・少しでも有名になりたいし、自分の歌を聞いて欲しい。
 そして世間から必要とされる人間になりたい。
 バイト暮らしじゃなくて・・・好きな事で生きていきたいの・・・その為には、このライブを絶対に成功させるしか方法がない。

「うわぁ・・・。」
 那覇空港から一時間・・・。六人を乗せたワゴンはキラキラ輝く海を眼下にした別荘へとたどり着いた。

「ここが大野の別荘です。」
「別荘ですって・・・すぐ隣、高級ホテルじゃないですか・・・。」
「はい。大野は沖縄で一、二を争う富豪ですから・・・。別荘はこの他に五件持っています。」
「すごいなぁ・・・。」
「では、参りましょう。」
 
コンクリートで出来た、大野さんの別荘は、平屋だった。そこに南国の花々が咲き乱れる大きい庭があった。風通しの良さそうな家・・・。私は玄関を入る前からドキドキと胸が高鳴った。

「うわぁ・・・。」
 真っ白な玄関を入ると、そこには、大きいリビングがすぐに広がっていた。
 そしてリビングに続くように、可愛いキッチンが奥にあった。
「リビング広い・・・。」
「すげぇ・・・。」
「奥の部屋も案内しますね。」
 佐田さんはそう言うと、リビングを通り抜けて、各部屋に案内してくれた。
「一人、一部屋あるんですか?」
「ありますよ。こちらが長瀬さんの部屋です。」
 佐田さんはそう言うと、少し狭いその部屋に入った。
 個人の部屋には小さいベッドがあるだけで、後は何もなかった。
「こちらが本田さんの部屋です。」
 佐田さんはそう言うと、鍵をくれた。
「うわぁ・・・一人部屋なんて・・・想像以上・・・。」
 私は自分の部屋に入ると、そっと荷物を置いてベッドに横たわった。
 今日からここが私の部屋・・・。なんだろう。ベッドから太陽の匂いがする。

「荷物整理が終わりましたら、皆様リビングにお集まり下さい。昼食を食べながら、今後の話をしたいと思います。」
 佐田さんが皆にそう説明しているのを、ベッドに横たわりながらぼんやりと聞いていた。
 あぁ・・・やっと着いたんだ。今日からここで皆と暮らすんだ。

 私は早速、キャリーケースの中から、簡単な洋服を取り出すと、Tシャツとステテコに着替えた。
 家の中はくつろぐのが一番。下ろしていた髪の毛もポニーテールに結わって・・・。さぁ・・・いざ出陣。

「あれ?みんなは?」
 リビングにはまだ、翔太君しかいなかった。
「まだ整頓しているみたいだね。座れば?」
 翔太君はそう言うと、大きいソファーの隣側を指さした。
「うん・・・。」
 私はドキドキしながら、翔太君の隣に座った。
「翔太君っていくつ?」
「俺?俺は二十四歳。」
「私と一緒!」
「マジで?」
「うん。私ね、シンガーソングライターを目指しているの。それでね、今回の企画に応募したんだけど、翔太君は普段何をしているの?」
「俺は・・・今はフリーター。」
「今は?」
「そう・・・俺も三か月前までバンドやっていたんだ。ボーカル兼ギター。でもこの企画の応募が始まる一週間前に解散しちゃって・・・。やけになって応募したんだ。だから俺一番なの。すごくない?」
「すごい!私なんて六番だったよ。」
「でも怪しいよね。大金持ちに遊ばれている気分。まぁ・・・逆に利用してやろうって感じだけど。」
 翔太君は男らしくそう言った。
「どうやってこの企画見つけたの?」
「うん。俺はネットサーフィンしていて。偶然。」
「一緒だ。」
「でもわくわくするよな。俺、バンド組んでいたけど、ワンマンライブなんてやった事ないし、今から胸がどきどきするよ。」
「気持ち分かる。」
「絢香は曲作れるの?」
「私は・・・。」
 私は翔太君から呼び捨てされた事に胸がドキッとしてしまった。絢香なんて・・・呼ばれたのはすごく久しぶりだから・・・。
「うん?」
「もちろん作れるよ。今まで五十曲は作ってきた。」
「おぉすげぇ!」
「でも全然ダメ・・・。どのコンペでもスルーされちゃって・・・。最近は夢諦めかけていたんだ。」
「そうだったんだ・・・。」
「だからラストチャンスのつもりで賭けてみるよ。一生懸命頑張りますのでよろしくお願いします。」
「おう!」
 翔太君と握手を交わすと、何故か胸が熱くなった。
 そっか・・・翔太君も音楽を本気でやっていたんだ・・・。今までこんな話誰とも出来なかった。そう思うと・・・これからの生活がどんどん楽しみになった。

「では、大野からの伝言をお伝えします。皆様、本日はお集まり頂きましてありがとうございます。」
 佐田さんは丁寧にそう言うと、私達も真剣な眼差しで佐田さんを見つめた。
 ついに・・・色々な事が明らかになる。

「まず、ライブですが、八月三十一日を予定しております。場所は沖縄コンベンションセンターを予定しております。」
「コンベ・・・?」
「こちらはいつでも下見に行けますので、是非とも皆様揃って下見に行ってみて下さい。」
「・・・大きいの?」
私は優ちゃんに問いかけた。
「多分ね。大手アーティストがそこでライブするって記事見たことある。」
「へぇ・・・。」
「持ち時間は一時間半。ダンスでもバンドでも形態は自由です。ただし、お客様の視線にたって、お客様を喜ばせるという目的で創作活動に当たって下さい。」
「はい・・・。」
「生活費は百万円。制作費は二百万円。最終日に領収証を受け取りますので、綺麗に保管して置いて下さい。またワゴン車は置いていきますので自由にお使い下さい。」
「はい。」
「何か質問はございますか?」
「はい・・・あの・・・大野さんはどんな目的で私達にライブを制作するようにお考えなのですか?」
「・・・まぁ・・・趣味ですね。大野の暇つぶしにございます。そうだ・・・もう一つ。大野は皆様の心情をいつでも知っておきたいとの事なので、毎日、夜に大野宛にメールを送って下さい。今日は何をした。今日はこんな話し合いをした。今は誰が気になる。なんでも結構です。よろしくお願いします。また、ツイッターやブログで集客する事もお忘れなく。今回は大野の知り合い以外は全て、チケットは手さばきになります。」
「・・・えっ?」
「チケット代金もあなた方で決めて下さい。ただし、五千円以上でお願い致します。」
「・・・五千円・・・。」
「他に質問はございますか?」
「・・・あの・・・恋もしていいと書いてありましたが・・・気持ちは伝えてもいいんですか?」
 優ちゃんが恥ずかしそうに問いかけた。
「いや・・・そうでした。もし、そう言ったお相手が見つかった場合は、ライブの舞台上での告白をお願い致します。」
「舞台上で・・・?」
「えぇ・・・大野が作り出したいのは、エンターテイメントでございます。今回は夢を叶える男女六人では物足りないのです。そこから生まれる恋物語に大野は大変期待しております。」
「もしも相手が見つからなかったら?」
「その時は無理に告白をして頂かなくて結構です。」
「分かりました。」
「他に質問は?」
「はい。もしも分からない事が出てきて質問した場合はどうしたらいいですか?」
「その時は私に電話を下さい。携帯番号を電話のそばに置いておきましたので。」
「分かりました。」
「では、私はこれで失礼します。皆様方のライブ楽しみにしております。」
 佐田さんは丁寧にそう言うと、一例して部屋を出た。
「あぁ・・・そうそう・・・言い忘れていましたが、キッチンに宅配のピザがありますので良かったら召し上がって下さい。夕飯以降は自分達でお願い致します。」
「はい。ありがとうございます。」

 佐田さんの話を聞いて・・・私達の頭は真っ白だった。美味しいはずのピザの味も分からない。だって・・・決める事が多すぎる。

「とにかく・・・今日は自己紹介しない?」
 しっかり物の優ちゃんが明るい笑顔で言った。
「そうだね・・・。」
 その笑顔につられるように、翔太君も笑顔を作って、皆を見た。
「じゃあ、私から自己紹介するね。私の名前は横田優、二十三歳です。大阪でダンサーの講師をしています。夢は有名アーティストの後ろで踊る事。得意な事は振り付けです。よろしくお願いします。」
「あっ・・・じゃあ次俺ね。俺は長瀬翔太です。二十四歳。バンドやっていました。夢は音楽で飯が食えるようになる事です。得意な事は曲作りです。よろしくお願いします。」
「俺は桜庭正樹です。二十六歳です。えぇ、実は今回の事をきっかけに営業職を辞めました。それなので今はプー太郎です。今回の企画を機に自分の道を見つけられたらいいなと思っています。ちなみに得意な事は歌です。よろしくお願いします。」
「・・・そう言えば、正樹君って特番のカラオケ選手権に出ていた?」
 私は思い出したように言った。
「うん。準優勝だったけどね。」
 正樹君は恥ずかしそうに言った。
 そっか・・・やっぱり・・・どこかで見た顔だと思った。
「すごいやん!カラオケ選手権の出場者がいるなんて・・・。かなりイイ線行くんちゃう!」
 大阪弁の陸君が嬉しそうに言った。
「ほなら、喋ったついでに自己紹介させてもらうわ。俺は大阪でダンサーの卵してます。二十二です。実は優の事は知ってんねん。同業者で可愛い子がおるって教えてもらってん。」
「そうだったの?」
 優ちゃんは驚きながら陸君を見た。
「おう!まぁ顔と名前だけな。俺の夢はダンサーとして成功する事。かっこよく生きていけたらええなぁと思ってる。まぁ泥水も全然飲むけど。根性と元気やったら誰にも負けへん。得意な事はそうやんなぁ・・・。ダンスと人を笑かす事かな。何かあったら、俺に相談してみ?すぐに笑顔にしてあげんで?」
 陸君は早口でそう言うと、私はその明るい雰囲気に安心を覚えた。
「えぇ・・・じゃあ私行くね。私は岩本陽菜です。二十五歳です。私は皆と違って、普段はOLをしています。この企画に応募したのは単純に楽しそうだなと思ったから。でもやる気は誰にも負けません。歌とダンスは小学生の時からやっています。よろしくお願います。」
「じゃあ・・・最後に・・・私は本田絢香です。二十四です。音大を卒業した後、ずっとシンガーソングライターを目指して頑張ってきました。私も進路を迷っていて・・・音楽を続けるか・・・それとも就職するのか。今回の企画をラストチャンスだと思って、精一杯頑張りたいと思っています。得意な事は曲作りです。よろしくお願いします。」
 私は真っ赤になりながら、精一杯自分の気持ちを伝えた。

「皆、ええやん・・・。ほんま頑張ろうな。俺、ダンスやっているから分かるねん。何かを作り上げる事でいっちゃん大事なんはチームワークやねん。」
「そうだね。」
「よっしゃ・・・円陣組むで?」
「・・・円陣?」
「おう!」
「よっしゃ!やろう!」
 翔太君が明るい笑顔で立ち上がった。すると皆もつられて、立ち上がった。

「ライブ、絶対に成功させるで!」
「おう!!!!!!!!」
 七月三十日・・・忘れもしない。私達の始まりの日・・・。元気な掛け声で始まった。


「・・・う~ん・・・。」
 太陽の光で目覚めると、私は大きく伸びをした。昨日は結局あのままミーティングをして、寝たのは十二時過ぎだった。
 昨日のミーティングでは、主に生活についてのルールを決めた。
 起床時間、食事当番、金銭管理など。
 優ちゃんがうまく仕切ってくれたおかげで話はうまくまとまった。そして今日の予定もミーティング。午前八時から始まる。
「ふぁぁぁぁ・・・。」
 私は大きいあくびをしながら、自分の部屋を出て洗面所へと向かった。
 出来れば誰にも会いたくない。

「おはよう。」
 洗面所に行くと、爽やかな顔をした、翔太君が歯を磨いていた。
「・・・おはよう。」
 私は恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。だって、髪の毛はボサボサだし、寝起きで顔はパンパンだし・・・。
「今どくから。」
 翔太君は優しい笑顔でそう言うと、口を綺麗に濯いで、私を見た。
「はい。どうぞ。」
「ありがとう・・・。」
 私はドキドキしながら、翔太君の背中を見つめた。
 初日から一番話す機会もあったし、何よりも歌にかける情熱が似ている。だからかなぁ。今一番気になる存在かもしれない。

「では、ミーティングを始めます。」
 午前八時。バッチリお化粧もして、私は気合を入れてミーティングに臨んだ。
「じゃあ、今回も私が仕切る感じで大丈夫?」
 優ちゃんは皆を見つめて言った。
「はい。お願いします。」
 皆、キラキラした瞳で優ちゃんを見つめた。
「じゃあ始めるね。昨日ね、私なりに最初に何をしなくちゃいけないか考えました。すると本当に時間がないのね。」
「そうだよね・・・。」
「まずは曲作り。そしてチケットの制作、集客、ライブ会場の下見。などが今出来る事です。それで、まずはセトリを考えよう。」
「セトリ?」
「うん。ライブで何曲歌うか。MC、告白タイム。全てのタイムスケジュールを考えよう。」
「そうだね。」
「一時間半だと何曲くらい必要になる?」
「十曲は必要だろうね。」
 翔太君が腕を組んで答えた。
 十曲か・・・。そんなに作るなんて、ちょっと大変かも・・・。
「曲を作れるは、俺と絢香だけ?他にもいる?」
 翔太君の問いかけに、皆が首を振った。
「オッケー。じゃあ俺と綾香で五曲ずつ、歌作るように頑張る。ただ、中途半端な歌は作りたくないから、もしも出来なかったら、誰かの歌を借りる事になるかもしれない。それだけは佐田さんにも確認しておくね。」
「分かった。」
「一曲四分から五分だとして、まぁ・・・多めに見て六十分。」
「そうだね。じゃあ、途中MCを十分。最後に告白タイム二十分。タイムスケジュールはこんな感じでいいかも。」
 優ちゃんは満足そうに言った。
「・・・じゃあ、絢香と翔太は曲作りお願いね。」
「分かった。」
「曲に寄るけど、何曲かはダンスを踊ろうよ。私と陸が振り付けする。」
「いいね。後、正樹のソロもあっても良さそう。」
「確かにね!」
「じゃあ、この先は曲が出来たらまた話し合おう。」
「俺達は何する?」
「じゃあ、私と陸でチケットのデザインを考える。正樹と陽菜は会場の下見と買い出しに行ってきてもらってもいい?会場の写真沢山撮ってきて。」
「分かった。」
「じゃあ解散。」
 ミーティングは約一時間で終わった。
 私と翔太君で曲作り・・・。五曲ずつか。

「ちょっと外に行ってくるね。」
 私はリビングで陸君と作業をする、優ちゃんにそう告げて、ギターを抱えて外に出た。

「・・・うわぁ・・・。」
 外に出ると、庭からキラキラ輝く海が見えた。
 私は庭にある、ピクニックベンチに腰掛けると瞳を閉じた。
 夢みたい・・・。こんな綺麗な世界が目の前に広がっているなんて・・・。心が静かになっていく・・・。あぁ・・・沖縄の空気ってやっぱりいいなぁ・・・。
 私は嬉しさと喜びでいっぱいだった。日差しが照りつけて暑いけど・・・目の前の海を見ていると涼しい気持ちになっていく。
 私はギターを置いて、ノートを広げてペンを持った。今、この気持ちを書きたい。嬉しくて、楽しくて、明るい気持ち・・・。誰かに伝えたい。沖縄のこの景色がこんなにも素晴らしいって事を・・・。

 



染み渡る青の中・・・。真っ赤に咲き乱れるハイビスカスが風になびいて・・・。緩やかな空気が流れていく。
 
君の故郷に来た僕は・・・まるで君に抱かれているような気分になるよ。
耳元で囁いて?大丈夫だよって・・・

寄せては返す波のように、日々は繰り返されて行くものだと思っていた。
でもそうじゃなかったね・・・日々命を燃やしている僕達には終わりがある。
そう思ったら・・・この景色が輝いて見えたんだ。
何気ない日常の中にある・・・本当の幸せを僕と一緒に探しに行こう。


 私は思うままにペンを動かした。
 
 沖縄を愛した誰かの歌・・・。明るくて、清らかな歌・・・。
 
 目の前に海が広がるこの場所ならいくらでも曲が浮かびそう。
 私はニコニコしながらそんな事を考えた。
さぁ・・・詩は書けた。
 次は曲だ・・・。
 私はノートを広げてコードを書いていった。 この曲が沖縄の風のように、皆の心に暖かく寄り添いますように・・・。
 そんな願いを込めながら・・・。

「ふぅ・・・。」
 私はなんと三時間で一曲作り上げる事が出来た。
 真夏の日差しの中・・・。ただ楽しくて曲を書いた。
 何だか今までと違う・・・。
 この自然に馴染んで、曲を作る感じをどう表現したらいいんだろう。
 まるで、曲が天から降りてくるみたいだった。
「出来た?」
 私が一息ついていると、玄関から翔太君が外に出てきた。
「うん。なんとか一曲。」
「すげぇじゃん!」
「翔太君は?」
「俺はもう少し。」
「そうなんだ。」
「午後さ、正樹達がコンベンションホール見に行くじゃん。」
「うん。」
「俺らも一緒に行かない?」
「うん!いいよ!実は私も行きたかったの。」
「よし!じゃあ準備して行こう。昼飯もあっちで適当に食べよう!」
「うん!」
 私は翔太君の言葉に嬉しくなって、すぐに立ち上がった。
 一曲出来上がった余裕もあるし、沖縄の景色をもっと見たかった。

「じゃあ行ってきます!」
「よろしく!」
 優ちゃんと陸君を置いて、私達四人は沖縄コンベンションセンターに下見に向かった。

「気持ちいい~・・・。」
 外には太陽がギラギラと輝き、海をエメラルドグリーンに染めていた。
 どこまでも海が続く五十八号線。私は嬉しい気持ちでいっぱいになった。
「なんかさ、車の中がクーラーガンガンだと夏って感じだよね。」
 正樹君がハンドルを握りながら嬉しそうに言った。
「分かる。すごく気持ちいいよね。しかも外に海が見えるなんて、東京じゃありえないもん。」
 助手席に座った陽菜ちゃんが嬉しそうに言った。
「どのくらいかかるの?」
「多分、一時間半くらい?」
「オッケー。じゃあさ途中で飯食おうよ。俺、腹ペコペコ。」
 翔太君が私の隣で、切なそうに言った。
「了解!」
「買い出しもだよね?」
「そうだった・・・。まぁ買い出しは帰りでいいか。」
「そうだね。」
 私はライブの制作をしているはずなのに、ただの観光客みたいに浮かれていた。
 どうしよう・・・楽しくて楽しくて仕方がないよ。
 こんな素敵な場所に一ヶ月も滞在できるなんて・・・まるでパラダイスだ。
 
「あっ・・・道の駅あったよ!」
 少し走ると、正樹君が遠くに道の駅の看板を見つけた。
「おっ・・・いいじゃん!あそこで飯食おうぜ!」
 お腹が減っている翔太君が口早にそう言った。
 こんなにかっこいい顔をしているのに、ご飯の事になるとまるで少年みたい。
 私は翔太君の可愛らしい部分に触れると、何故か少し笑えてきた。

「到着!」
「正樹、ありがとう。」
 陽菜ちゃんはさらっと正樹君を呼び捨てにした。二人って・・・そんなに仲良くなっていたの?
 私は勘ぐるような気持ちで二人を見つけた。

「おっ・・・ソーキそばあるよ。正樹、ソーキそばにしようぜ!」
 翔太君が正樹君の肩を掴むと、屋台風になっているソーキそばのお店へ向かっていった。
「へぇ・・・外にあるフードコートって感じだね。」
 私は辺りを見渡して言った。
 ソーキそばにスパムのポークおにぎり、マンゴーのかき氷などが売っていて、どれも物珍しかった。
「絢香ちゃんは何にする?」
 陽菜ちゃんが私を見て、ニコニコしながら言った。
「私もソーキそばにしようかな。」
 私も陽菜ちゃんにつられて笑った。
「じゃあ私もそうしよう。」
「うん!」
 私達は男の子背中を追いかけて、ソーキそばを四個注文した。

「いやぁ・・・美味しかった!」
「うん!最高だった!」
 結局、翔太君と正樹君はソーキそばとポークオニギリを一つずつ平らげた。
 外で食べるソーキそば・・・すごく美味しかった。
「じゃあ行きますか!」
「おう!」
 美味しいランチに満足した私達は、運転を翔太君に代わりコンベンションセンターまで急いだ。

「うわぁ・・・。」
 その会場は・・・まさに南国のライブ会場だった。
 会場からすぐの所に海水浴場があり、海がキラキラと輝いていた。
 そしてハイビスカスが咲き乱れた、会場は何個かのホールに別れていて、そのどれもが大規模な収容人数のホールだった。

「約五千人・・・?」
 私は会場の中に入って唖然とした。
 五千人もの人々をここに集めるの?
 たった一ヶ月で・・・。
 誰もいないホールはやたらに広く見えて、私は気が遠くなりそうだった。

「すげぇ・・・。」
 しかし私の横では・・・瞳をキラキラさせた翔太君が嬉しそうにホールを見つめていた。
「こんなでかい所で歌えるなんて、夢みたいだ。」
「翔太君・・・。」
「おい!正樹、お前カラオケの時、観客は何人くらいいた?」
「俺の時は百人もなかったと思うよ?」
「そっか・・・そうだよな。俺もライブハウスでバンドしていた時だって、百人いるかいないだったもん。すげぇよ。」
「でも・・・こんな人数集められるかな?」
 私は不安を口にしてしまった。
「私もそう思った・・・。」
 陽菜ちゃんも浮かない表情で、私を見つけた。
「いや・・・まぁそうだけど、こんなすごいの見ちゃったら・・・絶対に埋めたいよな。」
 翔太君は嬉しそうに言った。
「うん!翔太の言うとおりだ。何とかなるよ。」
 正樹君もニコニコと嬉しそうに言った。
「写真いっぱいとって・・・集客頑張ろう!」
「そうだね!」
「うん!」
 一人だったら・・・こんな大きいステージを見たら怖気ついてしまう。でも皆だから・・・皆と一緒なら、出来る気がするんだ。それはきっと根拠もなく、何とかなると言ってくれた、二人のおかげ・・・。今までの自分じゃもうダメだ・・・。もっともっと自信を持って立ち向かって行かなくっちゃ!

「いやぁ・・・すごかったね!」
「うん。興奮した。」
 正樹君が運転席、翔太君が助手席に座って、楽しそうに会話を始めた。
「この興奮、陸と優にも伝わるかな?」
「そうだな。俺の表現力次第だな。」
「翔太、頑張って!」
「おう!」
 二人は興奮したまま小学生みたいな会話を交わしていた。
 明るくて、元気な二人・・・。そんな二人を見ていると何だか安心してしまう。

「絢香ちゃんも楽しみ?」
「うん。何だか二人を見ていたら、気が楽になった。ねぇそれよりさ・・・。」
「うん?」
「ちゃん付で呼ぶのやめない?」
「そうだね!じゃあ私は絢香って呼ぶね。」
「じゃあ私はひなちんって呼ぶね。」
「ひなちん?」
「うん。よろしくね。ひなちん!」
「よろしくね。絢香。」
 二人の間に暖かい空気が流れていく。本当はすぐに仲良くなっていた、男の子達が羨ましかった。
 だから勇気を出して・・・。ひなちんってあだ名をつけてみた。もちろん、優ちゃんはゆうちん。帰ったらそう呼んでいいか聞いてみよう。


「ただいま~!」
「お帰り!」
 家に着いたのが、六時過ぎだった。
「買い出しお疲れ様!」
「ごめんね。時間かかっちゃって・・・。翔太と正樹がビールを買うか買わないかでもめて・・・。」
 私は大きいビニール袋をゆうちんに手渡しながら言った。
「それで?どっちが勝ったの?」
「正樹・・・ビール、ワンケース買って来た。」
「おう!正樹よくやった!」
 ゆうちんは嬉しそうにそう言うと、家中に笑いが起きた。

「じゃあ、カンパーイ!」
 簡単なおつまみを作って・・・。キンキンに冷えたビールで乾杯した。
「うわぁ・・・美味しい~・・・。」
 二日ぶりのビール。私はその美味しさに幸せを感じた。
「結局、翔太も飲んでんじゃん。」
 正樹がふざけてそう言った。
「だって・・・飲んでばかりになったら、ライブの制作進まなくなると思ったし、優ちゃんに怒られると思ったから・・・。」
 翔太は子供みたいに言った。
「なんで私なのよ。私はおかんかい!」
 ゆうちんがそう言うと、また笑いが起きて、部屋中に笑い声が響いた。
「いやぁ・・・それにしても仕事の後のビールはうまいわぁ・・・。」
 陸がビールを飲みながらしみじみと言った。
「二人は仕事サボって、なんかしていたんじゃないの?」
 ひなちんがふざけて言った。
「なんもないわ。アホ!」
 陸は冷静に突っ込むと、ゆうちんが今日デザインしたチケットを見せてくれた。
「うちらはデザインの才能があったみたい。」
 ゆうちんは誇らしげにそう言うと、私達はそのデザインに釘付けになった。
「すごい・・・。」
 六人の笑顔と、ハイビスカスの絵。可愛くて楽しそうなその絵柄を私はすぐに大好きになった。
「うわぁ・・・すごい、いいね。」
「うん。それから、時間が余ったから、パンフレットの構図も考えておいた。後は写真を入れたり、文字を入れたり・・・まぁパソコンですぐに出来ると思うから。近々写真の撮影とインタビューさせて。」
「分かった。」
「で?コンベンションセンターはどうだった?」
「もう・・・最高の最高!」
 翔太はビールを抱えたまま、熱い気持ちをゆうちんと陸に伝えた。
「五千人だぜ?五千人・・・。もう会場見ただけで魂が震えたよ。こんな大きいステージに立てるんだって思ったら・・・。嬉しくて、テンション上がりまくり!頑張ろうって気持ちになった。」
「そっか・・・!すごいじゃん!うん。頑張ろう!」 
 ゆうちんは翔太の熱い気持ちをきちんと受け止めた。そして陸も・・・。
「いやぁ・・・翔太の気持ち伝わってんで?五千人はすごいなぁ・・・そんな大きいステージで歌えるチャンスが巡ってきたなんて、生かさなあかんな・・・。頑張ったんで!」
「うん!」
 六人の熱い気持ちが更に熱くなって、私達の気持ちは一つになった。
 何が何でも五千人集めて、ライブを成功させる。
 それぞれが描いていた夢が今・・・一つになって、目の前の事に向かって走り出した。

「じゃあさ、五千人どうやって集めるか、考えようよ。」
「そうだね。チケットは五千円以上だし、かなりいい手を考えないと、売り切るのは難しいよね・・・。」
「そうだね・・・・。」
「あっ・・・!」
「どうした?翔太。」
「皆、SNSやっている?」
「俺はやっているよ。」
「私も。」
「私もやっている。」
「それしかないよ・・・。」
 翔太は一人納得したように頷いた。
「皆のSNSを利用して、この状況を発信していく。ただし、お互いのSNSは見ない。」
「どうして?」
「自分達の本音を書くんだよ。まぁ・・・主に恋愛に関して。自分の気持ちを正直に書くんだ。」
「・・・それって・・・。」
「ほら・・・人の恋愛に興味がある人って大勢いるでしょ?そういう人がどんどん俺らに興味を持ってくれる。俺はそう思った。」
「なるほど・・・。」
「今日からSNSを屈して全世界に俺達がやろうとしている事を広めよう。きっと五千人なんてすぐに集まるよ!」
「分かった!」

 翔太が言い出した、SNS集客方法。確かに私達に興味を持ってくれる人は大勢いると思う。でも・・・本当に大丈夫かな・・・。


「今日は重大発表があります。俺は今、沖縄でコンサートを企画しています。場所は沖縄。日時は八月三十一日。初めて出会ったメンバー六人で共同生活をしながら、創作活動に励んでいます。実はこの企画・・・表向きはライブを作る事だけど、本当は男女の恋愛がテーマだと思っている。実は俺にはもう、気になる子がいる。その子はとても頑張り屋さんで純粋に夢を追いかけている。なんて・・・今日はここまで。本当に好きになったら、俺はライブの時にちゃんと気持ちを伝えようと思っている。           翔太。」


「昨日から始まった共同生活。慣れない事が沢山だけど楽しい。メンバーは皆優しいし、頑張っている。私も頑張らなくちゃ。 絢香」

「ライブを作っている実感はまだない。でも、このメンバーなら作り上げられるような気がする。それに、少し気になる人が出来た。久しぶりに感じるこのドキドキ。何だか楽しい。陽菜」

「今日はチケットを作成した。陸と一緒だった。陸はお調子者でいい人だけど、恋愛にはならないかなぁ・・・。なんて本音言い過ぎ?
優」

「今日は仲間と色々な話が出来てん。すごく良かった。優とずっと一緒やってんけど、気が強い。喧嘩しないように、気をつけよう。陸」


「ふぁふぁふふぁ・・・。」
 翔太の提案で、昨日の夜は自分のSNSに自分の気持ちを乗せた。
 他のメンバーのSNSも教えてもらったけど、決して見てはいけないルールなので、見なかった。皆はどんな事を書いたんだろう?

「おはよう!」
「・・・あっ・・・おはよう。」
 ぼんやりとした頭で、洗面所を目指していると、爽やかな顔をした翔太に出くわした。
「もう、俺、顔洗ったから。」
「うん。」
「今日は陸と優が朝ごはん係りだっけ?」
「そうだった気がする。」
「そっか・・・でもまだ作っている気配ないね。」
「そうだね。昨日、相当お酒飲んでいたもんね。」
 私は昨日の夜の事を思い出して言った。
「じゃあさ、ちょっと散歩に行かない?」
「・・・えっ?」
「朝焼けが綺麗なんだ。きっと曲作りにもいい影響が出ると思う。」
 私は翔太の言葉に心が弾んだ。
 朝の海・・・歩きたい!
「うん!行く!顔洗ったら、すぐに支度するね!」
「じゃあ、庭で待っている。」
「うん!」
 私は翔太の急なお誘いに嬉しさがこみ上げてきた。何だろう。この気持ち・・・。胸がドキドキと高鳴る。

「お待たせ!」
「おう!」
 顔を洗って、パジャマかららTシャツとショーパンに履き替えて、私はサンダル姿で翔太の前に現れた。
「行こうか!」
「うん!」
 
 庭から、海へ続く階段が繋がっていて、そこを降りていくともう海だ。キラキラ輝く朝の光に照らされて・・・海は薄いエメラルドグリーンだった。

「うわぁ・・・。」
「すごいでしょ?本当に沖縄の海って綺麗だよな。」
「うん・・・。」
 私は吸い込まれそうなほど、綺麗な海に言葉を失った。
 目の前に広がる景色があまりにも美しくて、波が静かに漂っていた。

「この景色が見られただけでもここに来た価値あるよね。」
「本当だよね。俺、沖縄って実は初めてだったんだ。」
「そうだったんだ。」
「だから、一昨日、初めて海を見て感動した。日本にこんなに素晴らしい海があるなんて、すごいって!」
 翔太は瞳をキラキラさせて言った。
「うん。」
「バンドが解散した時は、もう死んでもいいかなって思った。大げさだけど、分かるでしょ?夢がなくなるってそういう事だった。」
「・・・うん。」
 私は翔太の気持ちを痛いほどに感じた。分かる。夢なんて・・・ない方が楽に生きられるかもしれない。でも一度夢を描いてしまったら・・・ない人生を歩むのは辛いと思う。

「だから最高のチャンスだった。もう失うものはないんだ。やれるだけやりたい。」
「そうだね。」
 私は五センチ・・・翔太と距離を開けて海を眺めた。サンダルが砂に埋もれていく。サラサラしていて気持ちよかった。

「ねぇ?翔太が作った曲聞かせてくれない?」
 私はドキドキしながら翔太に言った。
「うん。いいよ。」
 翔太は優しい瞳で微笑むと、私から視線を外して海を見つめた。
 そしてそっと、瞳を閉じた。



 前を向いて歩いているか?
 後ろばかり見ていると、足元がよろけてすぐに転ぶぞ。
 道に迷ってもいい。間違っていてもいい。それでも前に向かって歩く事に意味があるんだ。
 世界は広い。お前の悩みは、いつかの誰かがもう解決している。だったら、お前にだって解決出来る。絶対に。
 生きていれば辛い事、悲しい事、山ほどある。それでも前に向かって歩いたら、いつか、その辺に咲く花にも感動出来るようになるんだ。俺はそんな優しい人間になりてぇ。だから前だけ向いて歩くんだ。
 未来は決めるわけじゃない。お前がどう歩くかによって変わるんだ。
 何もしなければ、何もない未来が。
 何かしたなら、それなりの未来が。
 がむしゃらに生きたなら、お前の行きたい未来がきっと見える。だから俺はがむしゃらに生きるんだ。
 今とは違う景色を見てみたいから。


 私は翔太の男らしい曲を聞いて、胸がキュンとなった。
 歌詞も心に響いたが、翔太の声が何よりも美しかった。
 まるで、今大人気のアイドルグループみたいな甘い声・・・。
 それでいて力強い歌詞。ちぐはぐな二つが混ざり合って、何とも言えないハーモニーだった。
 私は同じ、シンガーとしてすぐに翔太の事を好きになった。

「すごい!いいと思う!」
「本当?」
「うん!なんか心に響いてきたよ。歌詞も曲もすごくいい!ねぇ・・・これ、本当に一日で仕上げたの?」
「いや・・・まだ完成じゃないんだ。自分では迷っている部分もあって・・・今日はそこを詰める。そして、完成させる。」
 翔太は力強い瞳で言った。
「そっか・・・。」
「俺さ、歌っている時、いつも全てを忘れられるんだ。」
「・・・うん。」
「歌ってすごいっていつも思う。一度、歌い始めたら、楽しくて永遠に歌っていられるって思っちゃう。俺、一人カラオケ最長で六時間した事あるよ。」
 翔太はニコニコ笑いながら言った。
「六時間!」
「最初は一時間の予定だったんだけど、気がついたら延長、延長って・・・結局六時間。さすがに声がガラガラになったけど。」
「すごいね!歌が好きなんだね!」
「そうなんだよね。生きていると色々あるじゃん?特に夢を追いかける人間にこの世界って厳しいから、まぁ・・・俺も考えるわけよ。このままでいいのかなって・・・だってさ、日本ってあたかも、就職して安定した暮らしをした方が正しいみたいな所あるでしょ?」
「そうだね。」
「いい年こいて、バイトして夢を語ったりしていると、すぐに現実を見ろって言われてさ。俺もそうか・・・就職した方がいいのかなとか考えるわけよ・・・。」
「すごく良く分かる。」
 私は深く頷いた。
「でもさ、歌いだすと、そんな事どうでもいいような気がして何もかもが楽になる。ただ楽しくて、幸せで・・・あぁ・・・やっぱり俺には歌なんだって思うんだよね。」
「うん・・・。」
「俺は、有名になりたいわけでも、お金が沢山欲しいわけでもない。ただ歌を歌って生きていきたいんだ。歌の素晴らしさを皆にも伝えたい。ただそれだけなんだ・・・。」
「うん。」
「・・・なんて・・・朝から重い話してごめんな。なんか絢香には本音で喋っちゃう。」
 翔太は照れ笑いしながら言った。
「全然重くないよ。私も気持ち、分かるから。話したくなったら、いつでも話してよ。」
 私は笑顔を翔太に向けた。
「うん。ありがとう。俺達同志だもんな。」
「そうだよ。」
「そろそろ行くか。」
「うん!」
 私と翔太はまた五センチの距離を空けながら、ゆっくりと砂の上を歩き出した。


「お帰り~!朝からデート?」
 家に帰ると、ニヤニヤした顔で私たちを見るひなちんに出くわした。
「そんなんじゃねぇよ!」
 少し恥ずかしそうに翔太がそう言うので、何だか私も恥ずかしくなってしまった。
 これじゃまるで、冷やかされている小学生みたいだ。
「まぁ仲が良いのはいい事だからね。」
 ひなちんはニヤニヤしながら、通り過ぎていった。
「もう・・・。」
 私はそんなひなちんに呆れながらも笑顔を送った。
 そして、そんな私達の事を、良くない気持ちで見ている人がいたって事を・・・その時の私はまだ知らなかった。


いただきます!」
「いただきます!」
 ゆうちんと陸が作ってくれた、簡単な朝ごはん、アサイーボールを食べながら、私達は今日の予定を話し合った。

「私は引き続き曲作りするね。」
「俺も。今日はずっと作業していると思う。」
「じゃあ、他の四人は会場のセットやスケジュール。流れについて話し合おう。」
「了解!」
 六人の意見がまとまると、私は安心して、立ち上がった。
 よし・・・今日も曲作り頑張るぞ!

 しかし・・・午後になってもいい歌が降りてこない。
 私は何度も歌詞を書いては消して・・・書いては消しての繰り返しをした。
 どうしたのだろう・・・三日目にしてスランプ・・・?早く作らないと前に進めないのに・・・。

「・・・はぁ・・・。」
 私はペンを机に置いて、大きいため息をついた。どうしよう。浮かんでこない。全然だめだ・・・。
 そして・・・そっと瞳を閉じると、今朝の光景が浮かんできた。
 暖かい日差しに、キラキラ輝く海。隣には翔太がいて・・・優しい眼差しをしていた。
 翔太が歌ってくれた歌・・・すごく良かった。心に響いた。
 あぁ・・・そうか・・・きっと翔太の歌を聞いてしまったから、私は動けなくなってしまったんだ・・・。
 あんなにも素晴らしい歌を聞いてしまったから・・・。それに比べたら私の歌は・・・子供が作っているみたい。
 そんな想いがどんどん浮かび上がってきた。自分は翔太を尊敬しながらも嫉妬している?そう思ったら・・・涙がどんどん溢れてきた。
 あぁ・・・簡単に聞かせて?なんて言わなければ良かった。
 聞かなければ、自分の想いに素直でいられたのに・・・。比べてしまう自分がすごく嫌だよ・・・。
 私は涙を流しながら、外を見つめた。
 どうしよう。こんな気持ち・・・。どこに吐き出せば・・・。

「そうだ・・・。」
 私はすぐにPCを開いて、自分のSNSに書き込みをした。
 こういう気持ちをSNSに書き込めば、きっと少しはスッキリするのかも・・・。それに絶対にお互いのSNSは見ないという約束になっているし・・・

「二曲目、曲作り。さっき、翔太の曲を聞いた。素敵な歌声に男らしい歌詞・・・。すごく良くて、すごく素敵で・・・そして落ち込んだ。私もあんな素敵な歌を作れるようになりたい。                                                     絢香」

 私は自分の気持ちを思いっきり吐き出すと、少しだけ気持ちが楽になった。
 そして、翔太が歌っていた歌の歌詞・・・「がむしゃら」と言う部分が思い浮かんだ。
 そうだ・・・がむしゃらにやろう。時間はない。このチャンスを逃したら、私はこの先歌で食べていける事を諦めてしまうかもしれない。
 翔太に嫉妬してしまう気持ちも受け止めて、もう一度自分の歌を作ろう。
 私はペンを持つと、気持ちを新たに真っ白なページに言葉を綴った。今の思いを・・・溢れる思いを・・・歌にしよう。

「ふぅ・・・。」
 私は自分の情熱を全て捧げて、一つの詩を完成させた。
 さっきまでペンが全然進まなかったのが、嘘みたい。
 まるで自分じゃない誰かがペンを持っているようにスラスラ言葉が浮かんできた。
 あぁ・・・やっと出来た。私の歌詞。次は曲だ・・・。曲に進もう。

「コンコン・・・。」
 私がギターに手をかけた時、部屋の外側からノックする音が聞こえてきた。
「絢香?お昼とっくに過ぎているけど、大丈夫?」
 それはゆうちんの声だった。
「えっ・・・もうそんな時間?」
 私は時計を見て、びっくりした。歌詞作りに奮闘していたら、あっという間に時間が過ぎていた。
「お昼、絢香の分、とってあるから、リビングにおいでね。」 
 ゆうちんはドア越しにそう言うと、私はその優しさに胸がキュンとなった。
「行く。今行くよ。」
 私はすぐにドアを開けて、わざわざ声をかけてくれたゆうちんを愛おしく思った。
「うん。行こう。」

 ゆうちんは笑顔でそう言うと、私は大きく頷いてゆうちんの後ろをついて行った。

「おう!絢香、来ないから俺、絢香の分のご飯食べちゃう所だったぞ。」
 正樹が嬉しそうに言った。
「ちゃんとご飯食べないと、元気出ないよ。」
 ひなちんが優しく言った。
「絢香はガリガリやねんから、それ以上痩せたらあかん。ちゃんと食べ!」
 陸が厳しくそう言った。
 そして皆は、真剣な表情で、コンベンションセンターの見取り図を見ていた。

 あぁ・・・良かった。さっき翔太に嫉妬した。けれど、諦めないで歌詞を書いて良かった。だって、私は私だけの歌を作っているわけじゃない。
 私が諦めたら、皆の夢も摘んでしまう。そんな事が出来ないよ。だって、皆だってこんなにも頑張っているんだから・・・。それに私の事をこんなにも気にかけてくれて・・・どうしよう・・・。嬉しいよ。

「皆、ありがとうね。ご飯いっぱい食べる。そんで、素敵な歌作るから。」
 私は涙を隠しながら、笑った。
 その笑顔を見て・・・皆も暖かい笑顔を送ってくれた。

「よし・・・出来た・・・。」
 ご飯を食べて・・・少し皆とお茶をして、私は自分の部屋に戻った。
 何度もギターに触れて、コードを引いて、歌を作り上げていく。
 大変な作業だ・・・。でも出来上がった時の感動と言ったら・・・。
「出来た・・・。」
 時計を見上げると、午後七時だった。丸一日かけて二曲目を作り上げる事が出来た。
 気が付けば、翔太への嫉妬心も消えて・・・ただ夢中に曲を作っていた。
「よし・・・皆の所に行くか・・・」
 私は大きく伸びをして立ち上がると、いい匂いがするリビングへと急いだ。
 すると・・・

「だから、ちゃうって言うてるやん!」
 陸の怒鳴り声が聞こえてきた。
「・・・えっ?」
 私はただならぬ雰囲気に、不安を感じた。
「分かるよ。陸が言っている事も分かる。でもここは・・・。」
「もうええわ。」
「ちゃんと聞いてよ!ねぇ陸!」
 もう一人の怒鳴り声はゆうちん。どうやら二人が喧嘩しているみたい。
 私は慌てて、リビングに入ると、そこには不穏な空気が流れていた。

「どうたの?」
 私はひなちんに小声で問いかけた。

「うん。細かい流れを確認していたんだけど、そこで意見が合わなくて・・・。ゆうちんは告白タイムの後に最後歌で締めたいって言うんだけど、陸はそのまま挨拶して終わりにした方がいいんじゃないかって・・・。」
「そっか・・・。」
「私と正樹はどっちでもいいって言ったの。でもほら・・・最後に歌で締めるなら、翔太か絢香にもう一曲作ってもらわないとだし・・・。」
「そうだね・・・。」
「ちょっと俺、出てくるわ。」
 陸はそう言うと、部屋からすっといなくなった。
 そんな陸の姿を見て・・・キッチンでカレーを温めていた翔太が慌てて引き止めに行った。

「はぁ・・・嫌になっちゃう・・・。」 
 ゆうちんは陸がいなくなったのを見ると、大きくため息をつきながらソファーに座った。
「ゆうちん、大丈夫?」
 ひなちんが冷たいお茶を手渡しながらそっと、隣に座った。
「うん。でも、陸があんなにもわからず屋だとは思わなかった。」
「・・・。」
「だってさ、普通ライブって最後に曲で締めるものでしょ?本当に音楽やっているのかな?なんか疑わしいよ。」
「・・・まぁ・・・陸も真剣なんだよ。色々考えているから意見がぶつかるってお互いに良く考えていて素敵な事だと思うよ。私は二人の熱い想いを感じる事が出来た。」
 ひなちんは言葉を選んで、そう言った。
「ひな・・・。」
「ゆっくり考えよう。締めにふさわしい曲が出来たら、自然と最後に歌いたくなるかもしれないし・・・。」
「そうだね・・・。」
「よし・・・ご飯食べようか?」
「ん・・・。」
 ひなちんがゆうちんを優しくフォローすると、私はその姿に感動を覚えた。
 ひなちんは本当に優しい言い方をするので、誰の事も傷つけない。
 ひなちんがいてくれて良かった・・・。私だったらなんて声をかけて上げればいいか迷ってしまうから・・・。

「陸と飲んできます。生活費使っちゃうけど、ごめんね。カレーは明日食べるので、冷蔵庫に入れて置いて下さい。」 
 翔太からラインが来たので、皆に見せた。ゆうちんは無言で頷いた。

「はぁ・・・。」
 喧嘩の名残で・・・静かな食卓・・・。それに翔太もいない。
 私は冴えない気持ちでカレーに手をつけた。カレーは美味しい。美味しいけど・・・何かが足りない。

「・・・俺も行ってこようかな・・・。」
 カレーを盛ろうとしていた正樹がぼそっと呟いた。
「うん。行ってきなよ。」
 ひなちんが優しく言った。
「うん。じゃあ、ちょっと行ってくるわ。」
 正樹はそう言うと、そっとリビングを出て玄関に向かって行った。

「男子いなくなっちゃったね。」
 私はカレーを食べながらぼそぼそと言った。
「いいじゃん。たまには女子だけでも。」
 ゆうちんが強気に言った。
「ねぇ?せっかくだから、恋話しようよ。」
 ひなちんが嬉しそうに言った。
「恋話?」
「うん!ねぇ、皆どんな人がタイプなの?」
 ひなちんは嬉しそうに言った。
「陸以外の人。」
 ゆうちんがふざけて言った。
「ゆうちん!怖いよ!」
 私は笑いながら突っ込んだ。
「嘘、嘘。私はね、自分を持っている人かな。男らしくて信念が強くてかっこいい。そんな人がタイプ。」
「ゆうちんっぽい!」
 私はニコニコしながら言った。
「絢香は?」
「私・・・私はね・・・優しい人かな。空気を読める人がいいな。それから一緒にいて楽しい人。」
「絢香っぽいね!」
「ひなちんは?」
「私はね、天然な人がいいなぁ・・・。おおらかな人って言うの?そういう感じの人がいい。」
「素敵だね!」
「うん!」
「でもさ、私もう二年くらい彼氏いないの。大学生の時が最後だったぁ!」
 ひなちんが悲しそうに言った。
「なんで別れちゃったの?」
「うん。就職したら時間が合わなくなっちゃって・・・。すごくかっこいい人だったら、モテたんだろうね。すぐに新しい彼女出来ていたよ。」
 ひなちんは苦笑いしながら言った。
「そうだったんだ・・・。もう引きずっていないの?」
「うん。しょうがないってすぐに思えた。でもなかなか好きな人に出会えなくて・・・今日に至ります。」
 ひなちんは可愛く笑った。
「ゆうちんは?最後の彼氏はどんな人だった?」
「最後の彼氏・・・。」
 ゆうちんは少し呆れながら笑った。
「すごく年上の人だった。優しくて、強くて、男らしくて・・・。」
「ゆうちんにピッタリ!」
 私とひなちんは顔を見合わせて笑った。
「四年くらい付き合ったかな・・・。実はねその人、高校の担任だったの。」
「・・・えっ?」
「それに・・・引かないでね・・・。不倫だったの・・・。」
 ゆうちんな壮大な過去に・・・私もひなちんも絶句だった。
 高校の担任?それに不倫・・・?
「・・・本に出来るわ。それ・・・。」
「本当だね・・・。」
「でも最後には奥さんにバレちゃって・・・最後の方はもうドロドロだった。マジで殺されるかと思ったよ。それで埼玉から大阪のダンス教室に行ったの。」
「壮絶な人生だね・・・。」
 私はゆうちんの過去に驚きながらも、今のゆうちんを作った強さを見た気がした。

「別れたのはずっと前だけど、なかなか忘れられなくて・・・だからね、今回の企画に応募したって所もあるんだよね。もう一度恋がしたいなぁって思ったの。普通の恋。誰も傷つけない。優しい恋。」
「そっか・・・。」
「でも、私、気が強いから。何だか自信ないんだけどね・・・。」
「・・・大丈夫だよ。」
「えっ?」
「だって・・ゆうちん優しいもん。絶対にもう一度恋できるよ。普通の・・・暖かい恋。」
「絢香・・・。」
「だから一緒に頑張ろう?」
「そうだね!でも一緒の人、好きになったらライバルだよ。」
 ゆうちんは笑いながら言った。
「絢香は?」
「私?私はね・・・。」
 私は遠い記憶を辿った。最後に付き合ったのは、そう・・・私の夢を応援してくれていた、優しい彼。
「大学卒業して、シンガーソングライターになろうって決めた時に出会った人。二十二歳の時から一年間付き合っていたんだ。」
「どういう人?」
「うん。彼は普通の会社員だったよ。実はね、その人私のファンだったの。」
「ファンの人・・・。」
「そう・・・たまに路上ライブしていて、必ず来てくれるお客さんだった。あまりにも良く来てくれるから私から声かけたんだよね。そして仲良くなって・・・。すごく優しい人だった。」
 私は当時の彼氏・・・優樹との付き合いを思い出して言った。
「へぇ・・・なんで別れちゃったの?」
「うん。私の夢がなかなか叶わなくて、愛想つかされちゃった。」
 私は苦笑いした。
「絢香・・・。」
「でも、もういいの。それでも私は夢の方が大事だったから。」
 そう・・・優樹と別れて・・・その頃の私は失恋の曲ばっかりを書いていた。
 悲しくて、湿っぽくて・・・辛い歌。でも歌を作れば作るほどに気持ちが整頓されて、私はいつの間にか彼の事を忘れていた。
 そして、その経験さえも自分の肥やしになったと今は感謝したいくらいに・・・。だから今はもう彼の事を何とも思っていない。たまにSNSで繋がったりするけど、彼も彼で新しい彼女とうまくいっているようだ。

「皆一緒だね。でもこれからだよね。だって、まだ二十代だよ?沢山恋愛して、自分を磨けるよ。」
 ひなちんが前向きにそう言うと、私とゆうちんも深く頷いた。
 そうだ・・・それに今は恋よりも熱い夢がある。


「今日は女子会をしました。昔の恋話をしてすごく楽しかった。少しだけ恋に前向きになれそうな気がする。          陽菜」

「今日は仲間と意見が食い違った。そして言い合いになってしまった。気が強い所、本当に嫌だなぁと自己嫌悪。でもその後にガールズトークをして、気持ちが前向きになった。ひな、絢香、ありがとう。そして、陸ごめんね。 優」

「今日は男子だけで飲みに行った。一緒に暮らしていると色々ある。でも一ヶ月後はきっといい思い出。前向きに頑張ろう。  翔太」

「翔太と陸と初めて飲みに行った。色々な話が出来た。皆、熱かった。俺も頑張る。正樹」

「優と少し揉めた。俺も子供だった。これからは相手の意見も尊重できるような大人になりたい。               陸」

「今日は一曲作り上げる事が出来た。朝の散歩、最高だった。自分の気持ちに素直になりたい。               絢香」


 六人それぞれ、SNSに投稿と大野さんの同じ内容をメールして、就寝した。
 男の子達が帰ってきたのは、十二時過ぎだった。


「・・・出来た!」
 ゆうちんと陸がもめて、一週間。私は六曲目を作り終えた。
 本当は五曲で完成だったけど、ゆうちんと陸がもう一度話し合って、最後にはバラードで締める事になった。
 二人はお互いを尊重しながら、話し合いを進める事が出来たみたいで・・・六人の空気はまた穏やかになりつつあった。

「ねぇ!出来たよ!」
 私が六曲目を持って、リビングに行くとそこには陸の姿があった。
「あれ?ゆうちんは?」
「ゆうはチケット取りに行ったで。」
「そっか・・・。」
「曲できたん?」
 陸が嬉しそうに言った。
「うん!」
 私は渾身の六曲目の歌詞を持って、陸の隣に腰掛けた。
「見せて?」
「うん!」 
 私は歌詞カードを陸に見せると、何故か心臓がドキドキと高鳴った。



 あなたが作り上げた世界・・・。
 人々に暖かい愛を届けたい。その願いは誰かにきっと届くよ。
 ほら聞いて優しい風があなたに囁いている。いつもそばにいるよ。
 愛しているよ。って・・・。
 本当の世界を見過ごさないで・・・いつだって私たちは空の下で生きている。
 淡い水色が心までブルーにしていく。ほらね、自由になったでしょ?
 重りを外して、見渡して欲しい。絶対に虹が架かる日が来る。それはどんな時でも自分次第。
 迷わないで・・・もう大丈夫だよ。空も海も風も太陽も全て・・・あなたを生かすためにあるんだ。
 だから君は大きく深呼吸して前だけ見つめて?
 ほら・・・世界が輝き出す。そして愛が広がるの。
 世界はあなたを待っている。
 いつだって・・・ここにいるからね。



「すげぇ・・・。」
 陸は私が書いた歌詞を見て、感慨深くそう言った。
「いい?」
「めっちゃええやん。深い。」
「ありがとう。」
「これやったら、ギター一本で弾き語りがええなぁ・・・。」
「そうだね。何だかイメージできる。」
「最後、花火でも上げてな。来てくれるお客さん、喜ばしたいわ。」
 陸は優しい瞳で言った。
「・・・意外。」
「えっ?」
 私は陸の言葉に正直驚いた。
 もちろん、陸がいい人だって分かっていた。でもお客さんの事をそこまで考えているなんて、正直知らなかったから。
「陸って優しいんだね。」
 私は思ったままを素直に言葉に出した。
「何言うてんねん!」
 陸は慌てて、苦笑いをした。
 私はそんな陸を見て、可愛いなって思った。初めて触れる場面だった。
「だって、本当にそう思ったんだもん。」
「アホ・・・思うても言わんのが、ここのルールやろ?」
「そんなルールないわ!」
 私は陸に突っ込むと、二人でケラケラと笑った。
 陸とこうやって、二人で絡むのは初めてだけど・・・なんて言うんだろう。気が合うっていうか・・・。

「そうや・・・。」
「どうしたの?」
「俺、ずっと考えてんけど・・・。」
「うん?」
「明日、優の誕生日やねん。」
「そうなの?」
「そうやねん!絢香の曲も完成したし、明日優の誕生日会やろうや!」
「いいね!」
 私はワクワクした気持ちで陸を見た。ゆうちんのお誕生日。全然知らなかった。
「何したら喜ぶかな?」
「そうやんなぁ・・・優はいつも頑張っているからなぁ・・・なんかパーっとしたいよな!」
「そうだね!」
「何がええかなぁ・・・。」
「・・・・あっ!!!!」
「何?」
「バーベキューしようよ!」
 私はワクワクした気持ちで言った。
「めっちゃええやん!」
「明日の夜だけは、何もかもパーっと忘れて、バーベキュー大会!」
「最高やん!」
「じゃあさ、準備しよう。これは二人で勧めちゃう?」
「そうやんな!他の三人はまだ作業しているもんな。どうせなら皆の事も驚かせようや!」
「オッケー!じゃあ、明日の午後買い出しに行こう!」
「分かった!」
「ただいま~・・・。」
 話がまとまった所でゆうちんが帰って来た声がした。
 私を陸はアイコンタクトをとって、別れた。私は明日のバーベキューパーティーがとても楽しみだった。

「よし、行くか!」
「うん!」
 翌日の午後・・・お昼ご飯を食べ終わった私達は買い出しに行くことにした。
 明るい日差しがギラギラと輝いて、外は真夏の暑さだ。
「・・・どこ行くの?」
 私と陸が靴を履いていると、ちょうど横を通り過ぎようとした、翔太に声を掛けられた。
「・・・えっと・・・。」
 私はパーティーの事を隠していたので、返事に困った。
「デートだよ。」
 陸は誇らしげにそう言うと、ニカっと笑った。
「デート?」
 翔太は少しだけ悲しそうに言った。
「ちが・・・違うよ!ただの買い出し。」
 私は翔太に誤解されたくなくて、慌ててそう言った。
「そっか。いってらっしゃい!」
 翔太は曇った表情のままそう言うと、私はそんな翔太の表情を見て、胸がキュンと傷んだ。

「なんや・・・皆に隠し事してるってドキドキするな。」
 陸はハンドルを持ったまま、嬉しそうに言った。
「そうだね・・・。」
 私はさっきの翔太の表情を思い出して、上の空だった。翔太はどう思った?誤解していない?
「絢香?」
「あっ・・・うん。ゆうちん喜ぶといいね。」
 私は陸に笑顔を向けて、その場を乗り切った。

「うわぁ・・・。」
 スーパーに着くと、バーベキューの特設会場が展開していた。
「夏だね!」
「最高!」
 急にテンションが上がった私達はニコニコしながら、お肉や野菜、ビールにスイカ。夏の食材をカートに詰め込んだ。
「ケーキはどうする?」
「もちろん、買おうよ!」
 最後にショッピングモール内に入っているケーキ屋さんに寄った。
 色とりどりのケーキ。どれを選ぶか迷っちゃう。
「六人だもんね。大きいほうがいいよね。」
「そうやんな。チーズケーキ?ショートケーキ?優は何が好きなんやろうな・・・。」
「う~ん・・・ショートケーキにしようか!定番だけど、好きな人多いもんね。」
「そうやんな。じゃあ、ショートケーキにしようや!」
「うん!」
 私と陸は微笑みあって、ケーキを選んだ。そしてお誕生日おめでとうのプレートを飾ってもらって、大満足で店を出た。

「楽しかった!」
「そうやんな!久々にライブ以外の事考えて、気分転換になったわ!」
 陸は車で海沿いを走らせながら嬉しそうに言った。
「そうだね。私もここの所、ライブの事ばかり考えていたから、リフレッシュになった。」
「最高の気分や。」
「私も。」
 私はキラキラ輝く海を見つめながら、今夜の事を想像すると、嬉しい気持ちが一層高まった。
「・・・こうして、絢香と二人で話すんの初めてやけど、なんや・・・めっちゃ楽しかったわ。」
「うん・・・。」
「それに・・・絢香、めっちゃ可愛い。一緒にいて癒されるわ。」
 陸は運転しながら、ニコニコと嬉しそうに言った。
「・・・陸。」
「まぁ・・・でも今はライブやんな。ライブ成功させような!」
「うん!そうだね!」
 私は陸の言葉をドキドキしながら頷いた。やばい・・・可愛いなんて言われたのは何年ぶりだろう・・・。
 どうしよう・・・さっきまで陸の顔を普通に見られたのに今は見えない・・・。
 ドキドキして・・・胸が苦しいよ・・・。

「ただいま~・・・。」
 私と陸はそうっと家に入ると、そっと荷物を冷蔵庫に運んだ。
 そしてラッキーな事に誰にも遭遇しなかった。
「よかったぁ・・・。」
「まだバレていないね。」
「じゃあ、俺外でセッティングしてくるから、絢香は野菜とか切って?終わったら俺も手伝うわ!」
「分かった!」 
 私は陸の笑顔を見送りながら、胸のドキドキを隠した。
 良かった・・・一人になれた。
 私は大きいため息を着くと、冷蔵庫からそっと野菜を取り出した。
 運良く今はリビングにも誰もいない。
 早く作業をしなくちゃ・・・。

「よし・・・。」
 私は野菜を均等に切り終えて、丁寧にお皿に並べた。
 次はお肉を串に刺そう。

「終わった?」
 お肉を串に刺そうとしている所に、汗を拭きながら陸が戻ってきた。
「これからお肉を刺すよ。」
 私は平常心を保ちながら言った。
「そっか。ほなら、俺も手伝うわ!」
 陸はそう言うと、丁寧に手を洗って、私の隣に立った。

「よし・・・やるで!絢香!競争や!」
 陸は子供みたいにそう言うと、早い手つきでお肉を刺し始めた。
「えぇ!陸早い!」
 私は陸の手つきにびっくりしながらも、負けないように手を動かした。
「へへへ、俺串家で働いててん。だから早いで~!」
「私だって!居酒屋で串刺してるもん!絶対に負けない!」
「ほらほら、俺のが早いで!」
「いやだぁ~!負けなくない!」
 私と陸はまるで、昔からの友達みたいにきゃっきゃっと楽しくバーベキューの準備をした。
 キッチンには笑い声が響いて・・・。
 その声に嫉妬している人がいたなんて・・・その時はまだ知らなかった。

「よし・・・準備完了!皆のこと呼んでこようや!」
 陸が最後に火を起こしてくれて・・・庭中に炭の匂いが広がった。
 野菜やお肉・・・ケーキも全部外にセッティングして・・・。
 後は仲間を呼んでくるだけだ。
「よし、行ってくるね!」
 私はわくわくした気持ちを抱えて、家に入った。
 まずはゆうちん以外の皆を呼んで・・・最後にゆうちんに声を掛けよう。

「ひなちん夕飯だよ。庭に集まって!」
「正樹!お疲れ様!夕飯だよ。庭に来て。」
「翔太、夕飯!庭に来て!」
 私は三人の部屋のドアをノックして、丁寧にそう言うと、最後にゆうちんの部屋に向かった。
「ゆうちん。後五分したら夕飯だよ!庭に来て!」
「オッケー!」
 部屋の中からはゆうちんの声が聞こえてきた。
 良かった・・・。これで作戦は成功だ。

「えぇ?なにこれ?」
 先に庭に集まった、三人が目を真ん丸くして驚きの声を上げた。
「今日ね、ゆうちんの誕生日なの。だから、陸と計画してね?驚かせようって。」
 私は陸の瞳を見つめながら言った。
「そうやねん。絢香と計画して。優のやつを祝おうって。」
 陸も私の目を見て、嬉しそうに言った。
「・・・そうだったんだ・・・。」
 翔太がぽつりとそう言った。
「めっちゃいいじゃん!ゆうちん喜ぶよ!陸、絢香ありがとう。」
 ひなちんは嬉しそうにそう言うと、私の心はほっとした。
「後は優が来るだけだね。あっ!そうや!皆クラッカー持って!」
 陸は嬉しそうにそう言うと、クラッカーを一人ずつに配った。

「お腹すいたぁ・・・なんで今日は庭なの?」
 ちょうどいいタイミングでゆうちんが玄関から庭に出てきた。
 私達はそんなゆうちんに向かって、クラッカーを大きく鳴らした。
「ハッピーバースディー!」
「えっ?」
「ゆうちん、お誕生日おめでとう!!!!!」
 夕日がキラキラ輝いて・・・オレンジ色に輝く海を背景に・・・ゆうちんは驚いた顔をしていた。
「うわぁ・・・そういう事か・・・。」
 何も知らなかったゆうちんは、その状況を一気に把握して、そんな言葉を口にした。
「今日はバーベキューパーディーだよ!一旦、ライブの事は忘れて、パァっとしましょう!」
 私は明るい口調でそう言うと、ゆうちんは嬉しそうに微笑んだ。
「うん!ありがとう!バーベキュー大好き!」
「やった!」
「じゃあ、乾杯しよう!」 
「うん!」
 私達はキンキンに冷えたビールを片手に持って、ビールで乾杯した。
「ゆうちん、二十三歳のお誕生日おめでとう!!乾杯!!!!」

「う~ん・・・うまい!」
「最高!」
 ゆうちんは冷たいビールを飲み込むと嬉しそうにそう言った。
「じゃあ、肉も焼こう!」
「うん!」

 キラキラ輝く夕陽に照らされて、仲間の笑い声が響いて・・・なんて平和で温かい夕暮れだろう。誰かのために何かするって、誰かの喜びを生み出すってやっぱり素敵な事だ。
 私は素直に喜んでくれたゆうちんの笑顔を見て、心がポアンと温かくなるのを感じた。まだ出会って半月しか経っていないのにね。今はこんなにも大切に感じる。

「じゃーん!!」
 肉を食べて、海鮮も食べて、ビールもたくさん飲んで、ほろ酔いになった所で、陸と私でゆうちんの為のケーキを運んだ。
 もうすっかり辺りは真っ暗で、二十三という数字のろうそくだけが幻想的にキラキラと輝いていた。
「うわぁ~!ケーキだ!」
「ハッピーバースティトゥーユー。ハッピーバースデートゥーユー。」
 歌いながら、ゆうちんに近づくと、ゆうちんの目には涙が浮かんでいた。
「よし、優、吹き消せ!」
 陸が嬉しそうにそう言うと、ゆうちんは小さく頷いて、フーとろうそくを吹き消した。
「おめでとう!」
「おめでとう!」
 ゆうちんがろうそくを消した瞬間に皆が嬉しそうに拍手しながら、祝福の声を上げた。

「優、二十三歳やんな!」
 陸が泣きそうになっている、ゆうちんの頭を撫でながらそう言った。
「もう~・・・皆して泣かせないでよ。」
 ゆうちんは泣きながら、嬉しそうに、そう言った。
「陸が言い出したんだよ。明日、ゆうちんの誕生日だから皆でお祝いしようって。」
 私はニコニコしながら言った。
「陸が?」
「まぁ・・・優は頼れるとこあるし、気が強いやろ?優の泣いた所見たかってん。」
 陸は恥ずかしそうに言った。
「なにそれ~!」
 ゆうちんは鼻声でそう言うと、また涙を流して喜んだ。
「よし!海に行こう!」
 翔太が急にそう言い出すと、男子がはしゃいで、海まで走って行った。
「馬鹿男子。」
 ひなちんが呆れたようにそう言うと、ゆうちんが、
「私も行く!」
 そう言って、裸足になって暗闇しか見えない海の方へと駆けて行った。
「マジ?」
 走っていくゆうちんを見て、ひなちんがびっくりした顔をした。
「ひなちんも行こう!」
 私はひなちんの手を取って、一緒に海の方まで走って行った。
 昼間とは全然違う、暗闇に包まれた海。それでも星空と私達の家の明かりで、少しだけキラキラと輝いて見えた。
「気持ちいい~!」
「夜の海最高だね!」
 昼間よりはひんやりとはしているが、まだ八月。素足に小さい波が心地よく触れて、私達のテンションはマックスだった。
「ほら、投げるで~!」
 陸が翔太をぶん投げて、ケタケタ笑って、ゆうちんが私達に水をかけてはしゃいで、ビショビショになりながらも、笑い声が絶えなかった。まるで小学生の時みたいに、楽しくて、嬉しくて時間なんてないみたいに感じた。そして、この楽しい時間が永遠に続くかのように感じたけど・・・。やっぱりそれは、幻想で・・・この日を境にライブ作りも佳境に入りつつあった。


「今日は皆が優の誕生日をお祝いしてくれた。バーベキューしたり、夜の海に入ったり、本当に楽しかった。家族がいない優にとってはお祝いして貰える事は本当に嬉しい事で。絶対に皆の為にライブ頑張ろうって思った。そして恋も頑張る。    優」

「今日は優のお祝いをした。思ったよりも喜んでくれて嬉しかった。やっぱり人の笑顔はええな。優の笑顔を久々に見られて、嬉しかった。それに、他にもいい事あったけど、まだ言えへん。ちゃんと向き合ったら、言葉にするからもう少し待っとって。     陸」

「今日はゆうちんのお祝いをした。陸と買い出しに言ったけど、可愛いって言われて、少しドキドキしてしまった。でも今はライブだ。明日から曲作り詰めなきゃ。がんばる。
                                    綾香」
             
「チケットどんな感じ?」
 ゆうちんの誕生日を終えた翌日、ライブまであと二週間という所で、チケットがまださばき切れていなかった。
「俺は、もう少し行けるかな。SNSで声かけてみる。」
 翔太がそう言うと、皆も頑張ると言ってくれた。
「でも、私達の出身地からだと飛行機に乗らないと来られないから、沖縄の人も来てほしいね。」
「そうやんな。そしたら、国際通りの店にポスター張らしてもらうんはどう?」
「いいね!あそこならクラブとかもあるし、きっと音楽好きな人多そう!」
「じゃあ決まり!」
「えっと・・・綾香は曲作り終わっている?」
「うん。私行ってもいいよ。」
「じゃあ、翔太も行ける?」
 正樹が申し訳なさそうに言った。
「うん。俺もあと一曲だから、大丈夫。」
「したら・・・二人に・・・。」
「私、行けるよ。」
 話を聞いていたゆうちんが急に挙手した。
「綾香、昨日も買い出しとか行って、大変だったでしょ?曲作り詰めたいと思うんだよね。昨日何も出来なかったから。それって私の誕生日の為だし、私行くよ。」
 ゆうちんは嬉しそうに言った。
「でも、ゆうちんだってダンスとか大丈夫?」
 私は心から心配でそう言った。
「大丈夫!昨日結構進んだから、それに陸もいるし、陸、Arando for youの振り付け考えておいて。」
 ゆうちんははっきりとそう言った。
 えっと・・・これって・・・。 
 私以外の人もきっと気づいているだろう。ゆうちんはきっと翔太と二人になりたいんだ。
 核心はないけど、そう感じる。そっか。ゆうちん、翔太が好きなのか・・・。
 私は少しだけもやっとした感情が生まれた事を感じたが、ぐっと押し込んで笑顔を作った。
「じゃあ国際通りに貼るポスターだけ用意しなきゃね。誰か作れる?」
「おう!俺、一時間あったら作れるで。優、手伝って!」
 陸がそう言うと、ゆうちんも嬉しそうに頷いた。
 そして、ポスターが出来上がると、ゆうちんは嬉しそうに翔太と一緒に国際通りへと出掛けて行った。

「さっきのどう思う?」
 昼ご飯の焼きそばを食べながら、ひなちんが私の目を見て言った。
 幸いにも男子はまだ作業をしていて、リビングには二人だけだった。
「う~ん・・・グレーかな。」
 私は焼きそばをもぐもぐ食べながら言った。
「どうして?」
「ただ出掛けたかったんだじゃない?ゆうちん、国際通りに行ってみたいって言ってたよ。」
 私はほんの少し、自分の希望的観測も込めてそう言った。
「そっか・・・確かに言っていたね。」
 ひなちんは私の気持ちに気づく事なくそう言った。
「ひなちんは?誰かいい人いるの?」
 私は話題を逸らそうとして、そんな質問をしてみた。
「まだ分からなけど・・・あのね、私、最初この募集を見た時に違和感を覚えたの。」
「違和感?」
「そう・・・だって、確かにこの募集に応募すれば夢は叶うけど、恋人まで出来るなんて、そんな都合のいい事ある?って?だから、私が惹かれたのは夢を叶える事。それだけ、だったのに・・・。」
「だったのに?」
「いや・・・恋なんて出来ると思わないよね。普通。でも、ゆうちんがもし翔太を好きなら、この企画すごいなって。」
「確かに・・・。」
「まぁ・・・私も分からないけど、あながち間違ってはいない所で大野さんって人、すごいよね。」
「どんな人なんだろうね。」
「最終日には会えるのかな?」
「会えたら、百回くらいお礼言っちゃいそう。」
 私は本気でそう思った。だって・・・念願だったライブにこんな楽しい共同生活。全て金銭面で援助してくれて・・・本当にすごい人だと思うから・・・。
「大野さんにがっかりされないように、頑張らなくちゃね。あっ・・・そうだ。今度一緒にカラオケ行かない?歌の練習、本気出さないとやばい。」
「そうだね。音源持って行って、練習しよう。」
「うん。」
 結局最後はライブの話をして、終わってしまった。二十代の私達にとって、恋もものすごく大事だけど、どうしても今はライブの事が頭の八割を埋めている。でも告白タイムだって大事だよね。どうしよう・・・それまでに告白しようって思えるほどの情熱が生まれなかったら・・・でも、告白しなくてもいいって確か、佐田さんは言っていたっけ。でもそれだと盛り上がりに欠けるのかな。う~ん。

「ただいま!」
 結局午後十一時を過ぎた頃に翔太とゆうちんは帰ってきた。
「あっ・・・お帰り。」
 私は一人、リビングで二人の帰りを待っていた。
「あれ?まだ寝ていなかったの?」
 ゆうちんが申し訳なさそうに言った。
「うん。何か、寝付けなくて・・・。」
 私は二人の並ぶ姿を見つめながら言った。
そう・・・一旦、布団には入ったものの、何だか寝付けなくて私は、一人リビングでお酒を飲んでいた。
「クラブの雰囲気も見てみようって事になったらこんな時間になっちゃって・・・。」
 ゆうちんは嬉しそうに言った。
「沖縄のクラブも結構盛り上がっていたね。」
 翔太がゆうちんを見て嬉しそうに言った。
「ねっ。楽しかったね。ポスターも張ってもらえたし。」
 二人は私の存在なんていないみたいに、楽しそうに会話していた。
「あのDJの選曲良かったよね。」
「分かるわ。俺もあと一曲は踊りたくなるような音楽考えようって思った。」
「それいいね!歌と踊りは一心同体だよね。翔太の曲楽しみにしている。」
「おう!じゃあ、俺は疲れたから寝るわ。綾香もおやすみ。」
翔太はやっとこっちを向いてそう言った。そして私は何だか胸が苦しくて、翔太の目をちゃんと見る事が出来なかった。
「じゃあ・・・私も寝ようかな。」
 ゆうちんは申し訳なさそうにそう言うと、私は笑顔を作って、頷いた。
あぁ・・・なんていう気持ちだろう・・・。みじめで・・・悲しくて、寂しい。そんな気持ちだった。
 まるで子供の頃、自分だけ友達の輪に入れなくて、何も喋れなくてにじっとしている。みたいな・・・そんな気持ち。

 私は思わず、スマホを手にとって、今の気持ちをSNSに載せた。



「ねぇ・・・どうして、今、君なのだろう。君を思うと苦しくて悲しくて、気持ちのやり場がない。
 素直になることがこんなにも大変だなんて思わなかった。
 でも頭で分かっているつもりでも、心には嘘をつけない。
 君の恋がうまくいくといい。
 本気でそう思っているのに、心から応援出来ないのはなぜなのだろう・・・。
 今日は詩みたいでごめんね。でも今、こんな気持ち。        綾香」

 私は今の気持ちを書き出すと、そっとスマホを置いて、ハイボールを一口飲んだ。
 はぁ・・・こんな夜更けに一人で何をしているんだ・・・。
 私はスマホをポケットに入れると、グラスをキッチンへと運んで、リビングの電気を消して、諦めるかのように、自分の部屋へと戻って行った。


「チケット!完売しました!」
 一週間後の月曜日。陸が大きい声で、リビングに駆け下りてきた。
 そこには、珍しく五人揃っていて、陸の報告に皆がびっくりした顔をしていた。
「すげー!」
「やったぁ!」
 元々は芸能人の端くれみたいな翔太や陸にはSNSに沢山のファンがいて、主に二人のファンがチケットを買ってくれた。
 その外にも国際通りに張らせてもらったポスターに問い合わせがあったり、クラブで、このイベントを知った人からの問い合わせもあったりした。

「大野さんに連絡しよう!」
 陸がそういうと、皆笑顔で頷いた。
 私達の恩人。大野さん。ちょくちょくメールは送っているけど、皆からこんな風に喜びの報告をする事は初めてだった。

「大野さんへ
 イベントのチケットが完売しました。あとはもう頑張るのみです。大野さんにも楽しんでもらえるような素敵なライブにしたいと思っているので、楽しみにしていて下さい。六人より」

「よし・・・!もう後には引けなくなった。六人の力を合わせて頑張ろう!」
「おう!」
 皆の気持ちが一つになって、あと二週間、あとはひたすらに頑張るだけ。そう思っていたのに・・・。
ついに恐れていた事が起きてしまった。

 それはチケットが完売した翌日の事だった。曲作りが終わって、ひなちんと翔太と三人でカラオケに歌を練習に行って、帰ってきた矢先だった。
 リビングには聞き覚えのある、怒鳴り声が響き渡っていた。

「だからさ!ここの振り、変だって!」
「はっ?だから言うてるやん、そこはその方がええって。」
「なんで?絶対にこっちの方がいいに決まっている。」
「話にならん。もう、優、一旦この話は終わりやって。」
「なんで?陸はいつもそうだよ。」
 怒鳴り声の正体はやっぱりいつもの二人だった。そこに何も言えずに黙ったままの正樹がじっと二人の様子を見つめていた。
「・・・ただいま。」
 私達はリビングの様子が異様な事にいち早く気がついて、小さい声でそう言った。
「・・・どうしたの?」
 リビングに入るなり、翔太は二人を見つめて言った。
「・・・もうヤダ・・・。」
「ちゃうやん・・・俺かて妥協している所はしてるやん。でも優の意見ばっかり聞いてもいられへんねん。」
「はっ?なんで?だって、どう考えてもおかしいのに?」
「待って、優、言い方・・・。」
 翔太は小さくそう言った。
「・・・。だって陸が・・・。」
「正樹、何があったの?」
 私は正樹を見つめて言った。
「・・・まぁ・・・見た通り。ダンスの振りで意見が割れて、揉めている。」
「そっか・・・。」
「優、悪いけど、俺そこは変えへんから。」
「・・・なんで?」
「だから、変だと思わへんもん。優の意見ばっかりもう、いいって・・・。」
 陸は椅子に座りながら言った。
「やめる・・・。」
「・・・は?」
 ゆうちんの突然の言葉に皆が凍り付いた。
「もうやめる。もう・・・いいよ!」
 ゆうちんはそう言うと、持っていたハンドタオルを思いっきりリビングのソファーに叩きつけて部屋を飛び出した。
「・・・はぁ・・・。」
 陸はそんなゆうちんを見つめながら大きいため息をついた。
「・・・どうする?」
 私は冷静に皆に問いかけた。
「俺は行かへんよ。もう・・・優の相手するの疲れたわ・・・。」
「陸・・・。」
「今回のは、さすがに優が悪いような気がする。俺も放っておいたらいいと思うけど。」
 正樹が冷静に言った。
「・・・でも・・・。」
「俺が行くよ。」
 翔太は小さくそう言うと、そっとゆうちんを追いかけて行った。

 私だって・・・真っ先にゆうちんを追いかけたかった。でも・・・追いかけて、なんて言ってあげたらいいか分からなかった。それは・・・陸の気持ちも分かるから。
 皆が必死だからぶつかる。ぶつかる事は悪くない。でもどちらかがスポンジのように、相手の気持ちを吸収出来ないと、今回みたいにぶつかり合って壊れてしまう。その壊れた状況をどうしたら直せるか。それは私には分からなかった。

「・・・綾香はどう思う?」
「えっ?」
 ひなちんがそっと私に問いかけた。
「辞めるとか・・・そう言うのは嫌だよ。だって六人で頑張ってきたのに。」
「そうだよね。」
「でも、陸が折れない限り、修復は難しいのかな・・・。」
「・・・私もそう思う。綾香、陸を説得出来る?」
「・・・私が?」
「うん。あのね、正樹でも私でも翔太でもないと思うの。陸には綾香の言葉が届くと思う。陸、綾香の詩好きだって言っていたし。」
「ひなちん・・・。」
「任せたよ。」
「・・・うん。」
 私はひなちんの言葉に心を動かされて、今出来る事をしようと思った。

「陸、ちょっと海に行かない?」
「・・・いや・・・。」
「外の風、当たろうよ。」
「・・・。」
「今日ね、すごく気持ちいい天気だったよ。今なんて、暑くもないし、ちょうどいいと思うの。だから行こう。」
「・・・分かったわ・・・。」
「うん。」
 私と陸は連れだって、外に出た。

「うわぁ・・・ちょうど夕焼けやん。」
 外に出ると、本当にタイミングよく夕陽が海に沈むところだった。
「今日一日、ずっと家に居たから、煮詰まってもうたかな・・・。」
「外に出るって大事だよね。それに何て言ってもこの風景・・・沖縄でしか見られない、宝物だよね。」
「うん。ほんまそうやな。家から一歩出れば、海なんて最高だよな。忘れとったわ。」
「世界はいつだって、惜しみなくこんなにきれいな風景を私達に与えてくれているのにね。人間って忘れちゃう生き物だよね。」
 私は海風でなびく髪を抑えながら言った。
「綺麗やな・・・。」
「うん・・・。」
 キラキラ輝く夕陽に照らされて、海も陸も空も全てがオレンジ色に染まっていた。
「俺の名前、陸やん。」
「うん。」
「大地にしっかり根を張って、力強く生きてほしいっていう親の願いが込められておん
ねん。」
「いいね。」
「でも、本間は俺、ちゃんとした人やない。割とすぐに投げ出すし、中学生の時はグレとったし、親にも周りにも迷惑いっぱいかけてん。」
「うん・・・。」
「子供の頃から、親は俺に勉強せいって毎日言うとった。頭のいい大学に入ったら勝ち組やって。だから小学生までは頑張ったけど、なんや、疲れてもうて・・・。」
「うん・・・。」
「だから、俺、本間は苦手やねん。気の強い女ってオカンみたいで。結局俺がダンサーになるって言うたら、今まで学費全部返せ、お前なんて絶対にダンサーになんてなられへんって言われて、俺頭来て一回親を殴ってん。ほんで勘当同然に飛び出して・・・毎月お金振り込んでる。」
「・・・陸・・・。」
「だから、見返したいねん。俺、本間に今回に賭けている。でも・・・優とどうしたらいいか正直分からへん。優は俺の事、ずっと否定する。俺かて頑張っているのに・・・。」
「うん・・・。」
 私は陸の境遇に涙が溢れそうだった。ずっとずっと否定されてきた人生。私だって、何度もオーディションに落ちたから分かる。たった一回でも誰かに否定されると人は弱いから、委縮してしまう。でもプライドだってあるから・・・どうしたらいいか分からないんだよね。
 あぁ・・・ここで陸を抱きしめて、もう大丈夫だよって言ってあげたい。好きとかそういう気持ちじゃなくて・・・陸が否定されてきた事を違うよって・・・陸はちゃんと陸って名前にふさわしい素敵な人だよって・・・。伝えたい・・・。

「・・・ねぇ・・・今から一曲歌っていいかな?」
「・・・えっ?」
「・・・歌うね。」
 私はそう言うと、海を見つめながら瞳を閉じた。



ねぇ・・・今まで歩んで来た道は、本当に正しかったのかな?
 この道の先には僕の望んでいる未来がある?その道は誰かに誇れるものですか。

 正しさばかり追い求めていた僕はいつしか愛を忘れて生きていた。間違わない事が何よりも大切で、たった一つのプライドを守る事だけに必死だった。でもね・・・ある日ふと気が付いたんだ。
 僕の歩いてきた道を振り返った時に、いつも思い出すのは、優しくしてくれた人々の笑顔だった事。
 道に迷っている僕に声を掛けてくれた人。僕が落とし物をしてしまった時に届けてくれた人。最後の一個のお菓子を食べていいよって言ってくれた優しい君の笑顔。
 そのどれもが正しさとは関係ない。僕のプライドなんてちっぽけでそんなものを守るための人生なら僕はもういらない。
 自分をよく見せたいのは、本当は自信がないから。でもね、不思議だけど、僕も人に優しく出来た日には、何だか心が弾んで、胸が温かくなるんだ。
 それこそが・・・僕の道に沢山散らばっている宝石みたいに僕の人生をキラキラと輝かせるって・・・気が付いたんだよ。その宝石の名前は「愛」僕はプライドという、石を捨てて、ちっぽけだけど、何よりも輝いているこの宝石を大切に生きていくよ。きっと、その人生は正しくはないかもしれないけど、「楽しく」はなると思うから。



「・・・綾香が作ったの?」
「うん。昔ね。」
「・・・なんか・・・俺ダメやね。」
「そんな事ない・・・。」
「でも大切な事に気が付けた気がする。」
「うん・・・。私ね、この曲作った時、オーディション落ちまくって、自分の事全然見えてなかったの。私を選ばない、審査員が悪いって、いつも思っていた。」
「・・・うん。」
「でも、違ってた。私が全てだった。私を救えるのは私しかいないのに、私は自分のプライドを守る事しか考えていなかった。でも気が付いたんだ。この歌の通り、大切なのは愛なんじゃないかって・・・。目の前の人にどうやったら愛が届くか、優しく出来るか。間違っていてもお互いに気持ちよく進める道があるなら、探してみたいって。」
「うん。」
「まぁ・・・私もまだまだ全然ダメなんだけどね。」
 私は苦笑いしながら言った。
「ちゃんと綾香の気持ち届いたわ。うん・・・俺、もう一回優と話すわ。」
「うん・・・。あれ?」
 私は背中に気配を感じて振り返った。そこには、翔太が立っていた。
「どうだった?ゆうちん・・・。」
 翔太はきっと陸に会いに来たんだと察した。
「うん。やめるって・・・。」
「・・・そっか・・・。」
「翔太やったらいけるかなって思ったけど、ダメやったか・・・。」
 陸が小さい声で言った。
「・・・えっ?」
「いや・・・まぁでもしゃあないよな。俺も後で話してみるわ。」
「うん。俺も明日にでももう一度話してみるよ。」
「助かるわ・・・。」
「・・・あのさ、ちょっと綾香借りていい?」
 翔太は申し訳なさそうに言った。
「・・・おう。」
 陸は少しだけ嫌そうにそう言った。
「行こう。」
「あっ・・・うん。」
 翔太はそう言うと、私の手を引っ張った。

「悪いね。二人で話している所。」
「大丈夫だよ。陸の事、任されたからひなちんに。」
「優、本当に辞めるかもしれない。」
「・・・えっ?」
「陸の事、本当に許せないって・・・。大泣きされた。」
「・・・そっか・・・。」
「陸がいるなら、続けられないって・・・俺も流石にどうしていいか分からなくなっちゃって・・・。」
「・・・うん。」
「優が抜けたら、成功はないと思うけど、陸が抜けるのも絶対に嫌だ。」
「本当にそうだよ。六人で成功させなくちゃ意味がないよ。」
「あぁ・・・なんでうまくいかないんだろうな。」
 翔太は苦笑いしながら言った。
「うん・・・。」
 私はそんな翔太の横顔を夕陽越しに見つめた。
 悲しそうで、辛そうな顔・・・。さっきまでは笑っていたのに・・・。
「でもまぁ・・・六人で成功したいって気持ちがあるんならやるしかないよな。」
「そうだね。私もフォローするから。」
「おう!」
 私は翔太とそんなやりとりをすると、何故か元気が出てきた。悩んでいるのは自分だけじゃないと思えれば、何とかなるもんだ。きっと・・・。でも現実はそう簡単にはいかなかった。


「・・・優やっぱ辞めるって・・・。」
 翌日、ゆうちんの部屋を訪れた陸だったが、案の定部屋の前で門前払いされ、ドア越しに気持ちを伝えてみたらしい。でもゆうちんの怒りは留まらずに、陸を罵倒し続け、今日中には出ていくと最後には言われたとの事だった。

「とりあえず、ご飯置いてくるね。」
 私はおにぎりと卵焼きを持って、ゆうちんの部屋をノックした。
「ご飯持ってきたよ。」
「・・・いらない。」
「食べないと・・・。」
 そう言った瞬間に、荷物を持ったゆうちんが部屋から出てきた。
「・・・ゆうちん・・・。」
「ごめん・・・。」
 ゆうちんはそう言うと、そっと私をすり抜けて、階段を降りて行った。
「ちょっと待って・・・。」
「・・・お世話になりました。」
 私がゆうちんに追いつくと、ゆうちんはリビングに居る皆に頭を下げてそう言った。

「ちょっと・・・。」
「・・・えっ?うそでしょ?」
「待ってって・・・。」
 皆の空気が凍り付いた瞬間にゆうちんはリビングを出て、玄関へと向かって歩き出した。そしてすぐにガチャリという玄関が閉まる音が聞こえてきた。

「俺が行く!」
 誰よりも早く翔太がそう言うと、翔太は急いでゆうちんの元へと向かった。そして、私もすぐに後を追った。

「優!」
「・・・もう放っておいてよ!」
 翔太はゆうちんの腕を掴むと、ゆうちんは翔太の腕を振り払おうとした。
しかし次の瞬間・・・翔太はゆうちんの腕を引っ張ってぎゅっと抱きしめた。

「えっ?」
 私は見てはいけないようなものを見てしまったと感じ、すぐに木の陰に隠れた。翔太、今ゆうちんを抱きしめた?

「行くなよ。優が抜けたら、どうしていいか分からないよ。」
「・・・翔太・・・。」
 翔太に抱きしめられたゆうちんは、きっと突然の展開に驚いているはず、だって声の通りがか弱くなっている。
「ここに居てくれよ。六人で成功させたいんだ。」
 翔太はさらにゆうちんをぎゅっと抱きしめると、私は何故か胸が苦しくなった。
 あれ・・・?なんで?私、今・・・。
「おい!翔太!優は!?」
 遠くから陸の声が聞こえてくると、翔太はパッとゆうちんの事を離した。そして、ゆうちんもその場で立ち尽くしていた。
「・・・優・・・。良かった・・・。」
 陸はそんな二人のやり取りには気が付かずに、すぐさまゆうちんに声を掛けた。
「優、本当にごめん・・・。俺が悪かったわ。もう一度ちゃんと謝るから、もう一度俺にチャンスくれへんか?」
 陸はそう言うと、ゆうちんに向かって、頭を下げた。
「・・・分かった・・・。」
 ゆうちんはそう言うと、そっと陸の頭に触れて、家へと戻って行った。
 でも・・・ゆうちんの心を動かしたのは、陸じゃないって事を・・・私は知っていた。



昔誰かが言っていたの。
人を好きになるのに理由はないって・・・。気が付いた時にはもう特別で、君を誰にも渡したくない。そう思ったの。
でもね、鈍感な私はいつも不器用で、君に大切な人がいることに気が付かなった。それが優しさだけではないことを知ってしまった。
手に入らないなら、いっそこの思いを捨ててしまえたらいいのに。
この世界にはどうしようもない事がある事を知っている。キラキラ輝く海を見つめても、ため息しか出てこないのは、私の心が君でいっぱいだから。いっそのこと、大好きって言えたらいいのに・・・。そしたらきっと、少しこの気持ちがなくなって、海だって、綺麗だって思えるかもしれないのに。
もう戻れない、君を知る前には、戻れない。でも戻りたい。実らない思いならいっそ、この海に捨ててしまえたらいいのに・・・。そのくらいに今君で溢れている。



 私は言葉に出来ない思いをノートに吐き出すと、その場でビリビリに破ってゴミ箱に捨てた。
 そして私は机の上にうつぶせになって、瞳を閉じた。
 あぁ・・・やっぱりそうだったんだ。気が付かないようにしていたけど、私、やっぱり彼の事を好きになっていたんだ。そしてまた、ゆうちんも彼を好きだった。
 あの日に思ったの・・・。ゆうちんが不倫をしていたと聞いた時、ゆうちんの次の恋が温かいものになりますようにって・・・。
 誰も傷つけない、温かい恋がしたいって、純粋に言っていたゆうちんを応援したいって。だから私は・・・。
 この思いに蓋をしていた。気が付かないように、必死で隠していた。でもダメだった。二人のやり取りを見た瞬間に、胸の中が嫉妬でどうにかなってしまいそうだった。誰にも渡したくないと思った。抱きしめられたのが、私だったら良かったのに・・・なんて、あんな状況でさえ思ってしまった。
 でも翔太もゆうちんが好きならば、私の出る幕はない。二人の事を応援して、ライブの成功だけ願う。それだけ・・・。
 この気持ちはどんな事があっても、二人には気づかれてはいけない。優しいゆうちんを傷つけたくない。だから・・・。

 私は自分の気持ちを押し殺すことを決めた。そしてほんの少しだけ涙を流すと、前を向いて、また頑張ることを胸に決意した。


「お騒がせしました。」
 数時間後、陸と話し合いをしたゆうちんと陸が、リビングに皆を集めて謝罪した。
「もう・・・本当にビックリしたんだから。」
 ひなちんは怒りながら言った。でもその声には優しさが溢れていた。
「本当だよ。ライブまであと少しなんだから、頼むよ。」
 正樹がため息をつきながら言った。
「まぁ・・・でも良かった。これからも六人で頑張ろう!」
 翔太が笑顔で言った。
 そして私もその言葉に頷いた。
 そう・・・今はライブの成功だけ。それが一番の願いだ。
 私は夢を叶えるためにここに来た。だから、頑張るの。前だけ見て。
「皆、ありがとう。頑張ろうね!」
「ほんまに・・・。このメンバーでほんま良かった。あと一週間やれるだけの事やろう!」
「おう!」
 ゆうちんと陸の喧嘩は思いのほか、六人の結束を強くした。ピンチはチャンスとはまさにこの事なんだなぁと思った。


「今日は色々あったけど、やっぱりこの六人で頑張りたいと心から思えた。あと少し、頑張る。               翔太」

「今日、ある人に抱きしめられた。そのぬくもりが今でも忘れらない。どうしよう・・・。やっぱり私の気持ちはあの人に向いている。ライブで告白してみようと思う。  優」

「優とまたもめてしまった。正直辛いけど、何とか分かり合えたから良かった。同じダンサー同士、ちょっとだけ難しい。    陸」

「心のモヤモヤを詩にしたら、少しだけ心が整頓された。やっぱり私には夢しかない。絶対にライブ成功させる。        綾香」


「速達です。」
 翌日、大野さんから郵便物が届いた。その中には私達あての応援メッセージが書かれていた。

「皆様へ
チケット完売おめでとう!ライブまであと少しですね。いかがお過ごしですか?今日は少しだけ私の事を語ります。私は音楽が大好きです。何故なら、音楽は人の心に届く唯一の手紙だからです。自分の気持ちを他人に伝える手段になるはずです。この世界には歌がある。歌は人の心を動かす。この世界を歌で明るくして下さい。そして何故人は恋をするのか。それはきっと、誰かを愛する事とは最高に美しく素晴らしい事だからです。恋はたくさんの事を教えてくれます。恋をすると、世界がガラッと変わって見えます。時に涙を流す日もあるかもしれない。それでも・・・恋をして下さい。恋でしか得られない幸福感がきっとあるはずだから。どうか、自分の気持ちに素直になって、その気持ちに誇りを持って下さい。皆様の素直な気持ちをライブで聞くことが出来ると信じています。そして最後に・・・音楽とは楽しむものです。ライブ、楽しんで下さい。大野より」

大野さんからの手紙が届くと、私の心は何故か熱くなった。この人は私達よりもずっと大人で色々な事を経験してきた。だからこんな事を言えるんだろうな・・・恋が素敵なんて・・・今は思えない。だって・・・。それにライブだって楽しめるかどうか・・・。そんな余裕あるのかな・・・。
私は不安な顔で皆の事を見つめた。
すると、陸が立ち上がって、明るく言った。
「大野さんの言う通りや。俺たちはまだまだ未熟で、ライブだってどうなるか分からへん。でもさ、恋も夢も諦めたらあかん。今、こんなに最高のチャンスを貰ったやんか。お客さんを楽しませるんなら、俺らがまず楽しまな。それに恋だって・・・うん。頑張ろうな。」
「私もそう思う。陸の言う通り、楽しもう。恋も夢も・・・諦めないでさ。大野さんの事喜ばせよう!」
 ゆうちんも嬉しそうにそう言った
「うん!」
「頑張ろう!」
 私達、六人の気持ちがまた一つになると、円陣を組んで、気合を入れた。
 ライブまであと少し。お客さんの為に、大野さんの為に、頑張る。絶対に・・・。


「いよいよ今日やな。」
「うん・・・。ドキドキする。」
「大丈夫。絶対に、成功させよう!」
「おう!よし・・・じゃあ行くで!」
「おう!」
 ライブ当日、私達は午前七時に衣装や色々なものを持って、家を出た。玄関を出ると、綺麗な海がキラキラと輝いていた。
 いつか見た・・・翔太と歩いた朝の海。それがはるか遠くに感じる。
 そう・・・私は自分の気持ちに気付いてから、翔太を避けるようになっていた。必要以上に近づけば、ゆうちんを傷つけるかもしれない。だから、ライブ以外の事は話す事はなくて・・・。不自然なほどに翔太を避けた。                            
でも、それでいい。だって、ゆうちんの恋を応援するって・・・あの日に決めたから。

「うわぁ・・・。」
 沖縄コンベンションセンターに着くと、その姿を初めて見た、陸とゆうちんが歓喜の声を上げた。
「ネットで見るよりも、迫力あるね!」
「ほんまやな。うわぁ・・・なんか緊張してきた。」
「分かる、分かる。だって、数時間後には、ここに沢山のお客さんが入るんだもんね。」
「いやぁ・・・ほんまに・・・やばいわ。」
「夢みたい・・・。」
 私達はそこに立ち尽くすと、今日まで頑張ってきた事の集大成が目の前に迫っている事を目のあたりにした。

 音響や照明、楽器等の手配は終わっていた。全て大野さんが用意してくれたスタッフに伝えて、細々と打ち合わせをしてくれたのは、正樹だった。
 だから、正樹はきっと緊張しているだろうな。ちゃんと手配通りになっているかな?大丈夫かな。
 本当は何度かリハーサルやらなくちゃいけないんだけど、時間がなかった。一回しか出来ない。それも多分、流れ作業で歌うことは出来ない。そう・・・あと数時間後には本番が始まる。

「中見よう!」
「うん。」
 私達は駆け足で、沖縄コンベンションセンターの中に入ると、そこには、エアコンが効いた心地よい空間が広がっていた。
「やばい・・・さらにドキドキしてきた。」
「中も広いね。」
「五千人・・・入るのかな・・・。」
 私達は思い思いの言葉が吐き出しながら、ゆっくりと会場の中を歩いた。
「ここだね。」
 正樹がそう言うと、そっと大きい扉に手を掛けた。そしてその先には、大きい舞台と客席が広がっていた。
「うわぁ・・・。」
 会場の中はしんとしていて、舞台の上には、数人のスタッフが打ち合わせをしている姿が見えた。

「佐田さん!」
 正樹が声を掛けると、舞台にいた佐田さんが手を振ってくれた。
「お疲れ!」
「お疲れ様です!」
 私達は丁寧にお辞儀すると、すぐに舞台の上に向かった。

「今日、手伝ってくれる、大野さんの知り合いの音響さんと照明さん、それから、ここのオーナーの金城さん。」
「よろしくお願いします。」
「お願いします。」
 私達はまたお辞儀をすると、金城さんは笑ってくれた。
「皆のSNS見ているよ。いやぁ・・・本当に面白いよね。楽しみにしているよ。特に告白タイム。」
 金城さんは嬉しそうに言った。
「いやぁ・・・ははは。」
 私達は照れ笑いすると、SNSを見てくれている大勢のファンの人も告白タイムを楽しみにしているんだ。それが今日なんだ・・・と実感した。

「じゃあ、一旦通しでリハーサルしよう。」
「はい!お願いします。」
 私達は、セトリに沿って、立ち位置や、照明の当たり具合、それから音響のチェックをした。
 演出は最小限。照明もただ、付いたり、消したり・・・それだけだった。小道具も大道具もない。シンプルに歌とダンスで勝負する。お金もなかったから、貧乏なライブだ。
 でも・・・大野さんの言うとおり、私達はただお客さんに伝えたい思いを伝える。
 それは歌と踊りで・・・それだけだった。だから、歌だけは頑張るの。
 私達の思いを届ける為に・・・。

「よし・・・じゃあ、流れはこんな感じで大乗だね。」
 リハーサルの流れが終わると、佐田さんが客席から嬉しそうに言った。
「どうでした?」
「うん。大丈夫。歌も踊りもいいと思う。後はMCと告白タイムか・・・。練習する?」
「いや・・・でも告白タイムの順番決めなくちゃね。」
「うん。でもこれって・・・告白しない人はどうするの?」
 私は佐田さんを見て言った。
 そう・・・大野さんは言っていた。別に告白しなくてもいいって・・・したい人だけすればいいって・・・。
「それも含めての告白タイムにしたら?」
 翔太が言った。
「含めて?」
「そう、自分の順番が回ってきたら、自分は告白しませんとか、しますとか。言えばいいんじゃない。」
「そうだね。」
「じゃあさ、順番も本番にくじで決めるってどう?」
 ひなちんが嬉しそうに言った。
「おっ!それいいね!」
 正樹も嬉しそうに言った。
「割りばしか何かで作ってさ。」
「お客さんも一緒にドキドキ出来ていいね!」
 ゆうちんも嬉しそうに言った。
「じゃあ、決まり!うわぁ・・・ドキドキしてきた!」
「やばいね!でも頑張ろう!」
「うん!」
 無事にリハーサルも終わって・・・本番まであと二時間!

 館内に静かな静寂が生まれる。
 お客さん、約五千人は埋まっているはずなのに、やたら静かに感じるのは何故なのだろう。
 ふぅーと深呼吸すると、自分の心臓の音だけが聞こえてくる。
 さぁ・・・まもなく幕が上がる。
 私達は静かにその時を待った。

「五・四・三・二・一・・・ゼロ!!!」
 会場のカウントダウンと共に、私達の一曲目。
「ハニーズハニー」が爆音で流れた。
 一曲目にふさわしい、明るくて、盛り上がる曲。
 私と翔太はマイクの前に立ち、いつものように心を込めて歌う。そして、ゆうちん達は可愛い洋服で可愛く踊る。
 この曲は、私が作った。誰にでも愛される明るい曲。初めて聞く曲でも耳に残るように、サビの部分を強調した歌。

そんなノリの良い曲にだんだんと会場は、緊張した雰囲気から楽しい雰囲気になってきたような気がする。

 でも・・・歌いながら、私の手はまだ震えていた。
 この照明が眩しくて、キラキラ輝いていて、五千人が見つめる中・・・一生懸命に笑顔で声を出した。
 夢みたいだ・・・。この舞台に立てただけで・・・。もう何もいらない。だって、私の夢は皆の前で歌う事。それだけだったから。
 あぁ・・・どうしよう・・・。色々な気持ちが私の中に流れていく。でも今は・・・一生懸命に歌う。それだけ・・・。

二曲目と三曲目は翔太が作った、明るくて、かっこいい曲だった。翔太のファンは翔太の曲ってすぐに分かるのだろう。
嬉しそうに翔太に手を振っていた。
そして、四曲目は私のソロ、五曲目はひなちんと正樹のデゥエットで、六曲目は翔太の弾き語り。
七曲目に六人でダンスの激しいかっこいい曲を歌って、八曲目にバラードで占めた。
この時点で約一時間。あとの二曲はMCと告白タイムを挟んで歌う予定だ。


「はぁ・・・はぁ・・・やばいね。盛り上がり。」
 一旦舞台袖に入ると、上がった息がなかなか戻らなかった。
「ね!すごいね!」
「でも順調に来て良かった。歌もダンスもいい感じだよ。」
「陸はハニーズハニーでもうダンス間違えていたけどね。」
 ゆうちんが意地悪そうに言った。
「言うなや~!」
 そんなゆうちんに陸が笑ってそう言った。
「さぁ・・・ラスト、MCと告白タイム。それから二曲あるから。最後まで頑張ろう!」
 翔太が汗を拭きながら、キラキラした瞳で言った。
「おう!」
「楽しもう!」
「行こうぜ!」
「うん!」
 私達は汗だくのまま、衣装をTシャツに着替えて、歩きながら舞台へと向かった。

「えぇ・・今日はありがとうございました。」
 翔太が最初に挨拶をしてくれた。
 その言葉につられて、私達はお辞儀をした。
「皆さんが来てくれたおかげで無名の俺達がこうして、ライブをやらせてもらって、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。」
 翔太は丁寧にそう言った。
「まず、俺たちの始まりは不思議なサイトでした。そのサイトがこの世界に存在していたのは、きっと五分くらいだったと思います。笑っちゃいますよね。あなたには、夢がありますか?恋人はいますか?あなたはその両方を得る事が出来ます。なんて・・・誘い文句につられて応募したのが、俺達六人です。そこから、沖縄での共同生活が始まって、六人でライブに向けて一から活動してきました。今では、俺のフォロワーも一万を超えて、たくさんの人たちに知ってもらう事が出来ました。でもこの生活も楽しいだけじゃなくて、喧嘩したり、意見が割れたり、本当に色々ありました。それでも、今日の日を六人で迎えられた事を誇りに思います。」
 翔太は一人で真剣に思いの丈を伝えた。MCで何を話すかなんて打ち合わせもしていなかったけど、翔太が話してくれた事が全てだと思った。感謝の気持ち・・・それから、色々あった事。それでも頑張ってこられた事。全部上手に伝えてくれた。
「俺達にまだチーム名はありません。でもこの先も、もしやっていけるのなら、俺らの生みの親である、大切な人に名付けてもらおうと思っています。どうか、ライブが終わったら控室に来て下さい。ちゃんとお礼がしたいです。」
 翔太は大野さんにだけ分かるようなメッセージを伝えた。
「夢は叶いました。そして・・・恋も見つける事が出来ました。でも俺らはお互いの気持ちを知りません。皆さんが一番、興味あるのは・・・これからの時間ですよね。」
 翔太は嬉しそうに言った。
「もう告っちゃって、いいですか?」
 陸が嬉しそうに言った。
「もちろん!」
「それを見に来たの~!」
 ちらほらお客さんから声が上がった事が嬉しかった。
「では!お待ちかねの告白ターイム!」
 今度は陸が仕切って、告白タイムが始まった。
「では、告白タイムの順番を決めたいと思います。この割りばしを引いて下さい。あっ、ちなみにガチですから!しかも俺らお互いのSNSは見てないんで、マジでお互いに気持ち知りません。」
 陸が嬉しそうに言った。
「じゃあ、引くよ。せーの!」
 陸が持っていた、割りばしを皆で引いて、順番をお客さんに見せた。

「俺が一番。」
 正樹が言った。
「私が二番。」
 ひなちんが言った。
「三番が陸で四番がゆうちん。五番が翔太で六番が綾香。」
 私は六番でほっとした。良かった・・・。これで告白しなくても・・しても・・・大丈夫かも・・・。
「じゃあ、照明暗くして!」
「正樹、行きますよ!」

 照明が暗くなって、バラードが小さく流れる。
 男子と女子に分かれて、告白タイムが始まった。
 正樹の気持ち・・・本当に知らない。でも心のどこかでひなちんかなって・・思う所はあった。
 すると、正樹は緊張した顔でひなちんの前に立った。
「ひな・・・えっと・・・ひなとは一緒に行動する事が多くて、気が付いたら、ひなの隣が居心地よくなっている自分に気が付きました。もしかしたら遠距離になってしまうかもしれないけど、これからもひなと一緒にいたいです。俺と付き合って下さい。」
 正樹が目を瞑って、手を差し出した。
 私は心の中で頑張れ~と祈っていた。
「・・・はい。あの・・・私も正樹が好きです。」
 ひなちんは照れながらそう言うと、正樹はびっくりした表情でひなちんを見つめた。
「このイベントがなかったら、絶対に出会っていなかった人だと思う。でも私も冷静な正樹と一緒にいると、すごく心強くなれた。これからも正樹と一緒に居たいです。よろしくお願いします。」
 ひなちんは顔を真っ赤にして、笑顔で言った。その可愛さと言ったら・・・本当に素敵な光景だった。
「やったぁ!!!!!」
 正樹はそう言うと、ひなちんを思いっきり抱きしめた。
「おめでとうございます!」
「やったね!正樹、ひなちん、おめでとう!」
 私達もお客さんも拍手喝采で二人がうまくいった事を祝福した。
 大野さんの狙いはこれだったんだね。だって、恋じゃなきゃ・・・こんなに盛り上がらないもんね。

「では、次に俺やね・・・。」
 陸はそう言うと、そっと私に近づいてきた。
「綾香・・・えーと、綾香とちゃんと話したのは、優の誕生日の時やったね。綾香の物腰の柔らかさにすぐに相談して良かったと思った。綾香の歌に対する情熱も、見習う事ばかりで、気が付けば、綾香の事を目で追っていました。」
「・・・陸。」
 私は陸の告白に胸がドキドキして、息苦しくなった。だって・・・今までこんな告白された事・・・なかったから。
「ライブが終わっても、一緒におりたい。好きです。よろしくお願いします。」
 陸は賢明な姿で私に手を差し出すと、私の心は揺れ動いた。でも・・・。
「・・・ごめん。」
 私は会場の空気とか、ライブの成功とか、そんな事を考える余裕もなく、陸の告白を断った。
「・・・そっか・・・そうやんな。うん。分かった。」
 陸がそう言うと、司会を変わっていたゆうちんが陸の肩をポンポンと叩いた。
「いい告白でした。うん。陸素敵だった。よく頑張った。」
 ゆうちんがそう言うと、会場からのポツポツと拍手が聞こえていた。
「いやぁ・・・振られちゃいました!」
 陸は顔を上げると、明るくそう言った。
「かっこよかったよ~!」
「私が彼女になってあげる~」
 とか、黄色い声援が陸に届くと、陸は笑ってピースをした。
「皆ありがとう!でも、この恋を無駄なんて思わへんから。また次頑張るわ!」
 陸はそう言って、司会に戻って行った。

 陸・・・ごめんね。陸の気持ちは薄々気づいていた。でも・・・答える事が出来なかった。私は自分の気持ちを殺すことが出来ても、陸の為に嘘はつけなかった。
 付き合うって返事をしても・・・いずれバレてしまう。私の気持ちが陸にない事を。一生懸命な陸だからね、これ以上は傷つけたくなったの。本当にごめん・・・。
 私は少しへこんだものの、顔を上げた。さぁ・・・次はゆうちんの告白だ。
 ゆうちんと翔太の恋を見届けなきゃ。祝福しなくちゃ。

「はい。では、次は優の番です。優どうぞ!」
 
「はい。」
 ゆうちんはそう言うと、当たり前のように翔太の前に立った。
「えっと・・・翔太。色々あったよね。私、本当に気が強くて、陸と何度もぶつかってその度に翔太が励ましてくれて・・・。翔太がどんな気持ちであの時抱きしめてくれたかは、分からない。でも、私、気が付いたの。こんな気の強い私でも翔太の前だけでは、素直な女の子でいられるんじゃないかって・・・。私と温かい恋・・・してくれませんか?」
 ゆうちんは一生懸命に思いの丈を伝えた。
「優・・・。」
「お願いします。」
 ゆうちんが頭を下げて、手を差し出すと、翔太は悲しい顔でゆうちんを見つめた。
「・・・優、ごめん。」
「おっーと・・・まさかのNO?」
 陸がびっくりした声で言った。
「俺・・・本当にごめん。」
 翔太は頭を下げると、ゆうちんは顔を上げて首を振った。

「・・・ううん。大丈夫。ちゃんと振ってくれてありがとう。」
 ゆうちんは泣きそうな顔のまま笑うと、その切なさにこっちまで涙を誘われた。
 でも・・・どうして?二人は両想いじゃなかったの・・・。
 私は翔太の気持ちが分からなくなって混乱した。
 もしかして・・・私と一緒で誰にも告白しないつもり・・・?

「うん、うん。優頑張ったよ。俺達は頑張った。」
 陸はそう言うと、ゆうちんの肩を抱いて、そう言った。
「まぁ・・・分かっていたから・・・大丈夫。」
 ゆうちんは小さくそう言うと、顔を上げた。
「よし、じゃあ次は翔太!」
 陸が進行を進めると、私の心臓は今まで一番早くなった気がした。
 どうしよう・・・息さえ出来ない・・・。

「じゃあ、行きます。」
 翔太はそう言うと、そっと一歩を踏み出した。
 今更ひなちんに告白するなんて・・・ないよね?
 ゆうちんの告白も断った。でも・・・前に踏み出してくる。それって・・・。

「・・・綾香。」
 翔太は私の目の前立ち止まると、優しい顔で私を見つめた。
「俺は、歌が大好きで、いつも歌の事ばかり考えてきた。今まで歌よりも大事なものなんてなかったし、夢が追うことが生きる事だった。でも・・・六人で共同生活を始めて、俺よりも一生懸命な綾香に出会って、いつしか綾香と歌う事が楽しくて仕方がなくなった。それに曲を書いていると、何故か言葉が溢れてくるんだ。それって・・・歌と同じくらいに大事な人に出会ったって事だと思う。」
「・・・翔太。」
「綾香の才能に嫉妬したりもしたけど、今は綾香と出会えて本当に良かったって思っている。どうか、これからも一緒に歌を作ったり、料理を食べたり、俺と笑って過ごしてくれませんか?」
 翔太は真摯にそう言うと、私の心は大きく揺れ動いた。そして、今すぐにでも、翔太の気持ちに素直になりたかった。でも・・・。
 私は一瞬目を逸らして、ゆうちんを見た。すると、ゆうちんも私の事を凝視していた。あぁ・・・どうしよう・・・。どうしたら、
「・・・翔太・・・。」
 私は答えが決まらないまま口を開いた。陸にはつけなかった嘘を・・・翔太にはついてしまうかもしれない。でも・・・。


「昔誰かが言っていたの。
人を好きになるのに理由はないって・・・。気が付いた時にはもう特別で、君を誰にも渡したくない。そう思ったの。
でもね、鈍感な私はいつも不器用で、君に大切な人がいることに気が付かなった。それが優しさだけではないことを知ってしまった。
手に入らないなら、いっそこの思いを捨ててしまえたらいいのに。
この世界にはどうしようもない事がある事を知っている。キラキラ輝く海を見つめても、ため息しか出てこないのは、私の心が君でいっぱいだから。いっそのこと、大好きって言えたらいいのに・・・。そしたらきっと、少しこの気持ちがなくなって、海だって、綺麗だって思えるかもしれないのに。
もう戻れない、君を知る前には、戻れない。でも戻りたい。実らない思いならいっそ、この海に捨ててしまえたらいいのに・・・。そのくらいに今君で溢れている。」


「・・・えっ?」
 私が前に書いて破って捨てたはずの詩をゆうちんがマイクを通して、朗読した。
 そして、読み終わると、私の方を真っすぐに見つめて言った。
「私は正々堂々と戦ったよ。後悔なんてしていない。気持ちも伝えた。だから、綾香も素直になって。この気持ちは全部、翔太にあてたものでしょ?」
「・・・ゆうちん。」
「私の為にも、翔太の為にも、自分の正直な気持ちを伝えてほしい。じゃなきゃ、ここにいるお客さん全員を裏切る事になるよ。」
 ゆうちんはそう言うと、私はこちらを凝視している客席を見つめた。
 そうだ・・・ここにいるお客さんは私達の告白を見に来たんだ。私が素直にならなくて、嘘をついたら、ここに居る全員を裏切る事になる。

「うん・・・そうだね。ちゃんと言う。私の気持ち・・・。」
 私はゆうちんと客席の皆にそう言うと、真っすぐに翔太を見つめた。

「私も・・・私も翔太が好きです。初めて会った時から、きっと好きだったんだと思う。でも自分の気持ちに正直になるのがいつも怖かった。でも、自分に嘘はつけないね。翔太が告白してくれた時、本当に嬉しかった。私もこれからも翔太と一緒に歌ったり、料理したり、笑ったりしたい。」
「綾香・・・。」
「よろしくお願いします。」
「こちらこそ。」
 翔太はそう言うと、差し出した私の手に自分の手を重ねた。
 そしてその瞬間、私は胸がぎゅっと苦しくなって、気が付いたら涙が溢れていた。

「おめでとうございます!いやぁ・・・二組もカップルが出来るなんて、素晴らしいですね!」
 陸が嬉しそうに言った。
「うんうん!本当に良かった!私達もまだまだ頑張ろうね!」
 ゆうちんは陸に向かって言った。
「もちろん!」
 二人はお互いを励ましあうと、私は翔太を見つめて笑った。
 本当に恋も夢も手に入れてしまうなんて・・・誰に想像できただろう・・・。このかけがえのない夏を私はきっと一生忘れないだろう・・・。


「では、最後に聞いて下さい。~GROWS~夢も恋も諦めない。です。」



声が届くなら、いつまでも叫び続ける。その言葉がちぐはぐでも紡ぎ合わせて伝わるように、声が枯れるまで叫び続ける。
夢が教えてくれた事。それはあまりにもみじめな自分自身だった。世の中で必要とされていなくて、全然キラキラ輝いてなんていなくて、泥水ばかりを被る毎日だった。何度歯を食いしばっただろうか。夢への道は果てしなくて、あまりにも遠くて、そのしっぽさえ見つけられない日々だった。
でもそれでも、自分を信じる事しか出来なかった。それだけが夢へと続く道だって、どこか本能で分かっていた。だから、くじけそうな日も、辞めてしまおうと思った日も・・・自分を信じてここまで来たんだ。
恋が教えてくれた事。恋なんて、楽しいだけじゃない。苦しくて、悲しくて、手に入らないジレンマにどうにかなってしまいそうだった。いっそ、どうにもならない気持ちなら捨ててしまえたいいのに・・・。でも諦めたくない気持ちだけが自分を支えていた。
かっこ悪くて、みじめでも、君のそばにいたかった。そばにいるだけで幸せを感じる事が出来たから。君がそばにいるだけで、心が温かくなって、自分の中から愛が生まれてくるのが分かったから・・・。
夢も恋も・・・諦めないその先に何があるのかはまだ分からない。でもその道中に出会った大好きという気持ちは今でも宝物で、泥だらけの毎日の中でもキラキラと宝石のように輝いていた。その気持ちだけは、頑張った人にしか見る事の出来ない光。自分をどんどん好きになっていく、そんな光だった。
何よりも大事にしよう。自分の正直な気持ちを。いつか、胸を張って生きてけるように、誰よりも人の痛みが分かる人になれるように。どんな経験も無駄にはならない。そう信じて・・・。

 この詩は急遽大野さんの手紙を読んだ後に六人で作った歌だった。
伝えたい事がある限り、その手段として、私達は音楽を使う。それだけは譲れない。この気持ちは誰かに届かなくても届いても・・・もうどっちでもいいような気がした。
 この歌がこの世界に生まれた。その奇跡だけでもう十分に美しいように感じたから。

「ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
 曲を歌い終わると、私達は皆にお辞儀をして、顔を上げた。
 なんだろう・・・この高揚感、泣きたいような、嬉しいような・・・誇らしいような、色々な気持ちが混じっていた。
 あぁ・・・終わったんだ・・・。私達の夏が、ライブが無事に終わったんだ。
 そう思うと悲しいはずなのに・・・なぜか私達六人は笑顔だった。


「お疲れさまでした!」
 一時間半のライブを無事に終えて、控室に戻ると佐田さんが笑顔で楽屋に入ってきた。
「佐田さん、お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
 私達は立ち上がると、佐田さんに丁寧にお辞儀をした。
「いやぁ・・・大野がね、皆に会いたいって言うから連れてきたよ。」
 佐田さんが嬉しそうに言った。
「本当ですか?」
「嬉しい!」
 私達は佐田さんの背後を見つめた。でもおかしな事にそこには誰もいなかった。
「・・・大野さんはどこですか?」
 私は皆を代表して言った。
「うん。ここだよ。」
 そう言うと、佐田さんは恥ずかしそうに笑った。
「・・・えっ?もしかして・・・。」
「そう、実は私が大野です。」
 佐田さんは恥ずかしそうに言った。
「えっ~?」
「うそ!!!」
「そうやったんや・・・。」
 私達は佐田さんの正体が大野さんだった事とびっくりして声を上げた。
「今日のライブは素晴らしかったです。近くで見る事が出来て本当に良かった。なんといっても告白タイム。ドキドキさせてもらいました。やっぱり恋愛は人生に必須ですね。陸と優は残念な結果になってしまったけど、二人ならすぐに素晴らしい出会いがあると思います。」
 大野さんは優しくそう言った。
「それから音楽。まだまだ未熟ではあるものの、熱意が感じられてとても良かった。明るい曲もバラードも全てがハートフルで心に響きました。音楽を楽しんでくれた事も嬉しかった。」
「大野さん・・・。」
「実を言うと、私は音楽プロデューサーです。これからの時代に活躍できる新人を探していました。音楽とは、手紙である。伝えたい事がある限り、この世界から音楽はなくならない。でも今の時代は多種多様で、どんな形でも伝える事が出来る。でも私はプロとして、インターネットの世界ではなく、本物を届けてほしい。それはやっぱりきちんとした、世界で学び、努力し、プロとして生きていく。そういう事だと思っています。」
「はい。」
「これからの事を話してもいいですか?」
 大野さんは改まった顔で言った。
「・・・はい。」
 私達は息を飲んで、今後の話に耳を傾けた。
「まず、翔太と綾香はでシンガーソングライターとして、私のプロダクションに所属する。
他の四人はダンサー兼歌手として、スクールに入り、そこで新しい仲間とデビューを目指す。」
「・・・バラバラになるってことですか?」
「そう。」
「それは、私達のライブがダメだったからですか?」
 私は六人がバラバラになってしまう事に抵抗があった。だって・・・せっかく頑張ってきたのに・・・もしかしたらこのまま、六人でデビューできるかもしれないって思っていたのに・・・。
「それは、違う。良かったからこそ、次のステージに進むんだ。一旦完結させて、一人でも歌や踊りをやりたい人だけ俺の元に残ればいい。プロとして食べていく覚悟がある人だけ、東京に来てくれ。」
 大野さんは真剣な眼差しで言った。
「私は行きます。」
 ゆうちんは迷いなくそう言った。
「・・・ゆうちん・・・。」
「今回、こんな形でライブをさせてもらえて自分自身が本当にダンスが好きなんだって、譲れないんだって思えた。陸と沢山ぶつかってしまったのも、好きな気持ちが大きすぎて妥協が出来なかったの。自分の中で明確な思いが生まれた。やっぱり私、有名なアーティストのバックダンサーとして世界を回りたい。その為の努力ならい問わない。」
「俺もや・・・。俺も東京に行く。大野さんの元で努力する。ライブまたやりたい。」
 陸も真剣にそう言った。
「俺は・・・今回思ったんだ。」
 正樹は申し訳なさそうに言った。
「俺は、歌う事は出来る。でも翔太や綾香みたいに曲を作る事は出来ない。歌では誰にも負けないって思ってた。でもそれよりも、ライブを作り上げていく過程に興味が湧いちゃったんだよね。」
「・・・えっ?」
「俺は、一から勉強して、ライブを作る人になる。まぁ・・・裏方なんだけど、大野さん、大野さんの会社にはそういう人達もたくさんいますよね?」
「もちろん!歌う人だけでは、人々に届ける事は出来ない。たくさんの人がいて初めてたった一曲でも人々の元に届くんだ。」
「俺はそういう道を選びます。」
「分かった。じゃあ、正樹には中途採用の試験を受けてもらうから勉強しておきなさい。でも受かるどうかは分からないよ。」
「もちろん。受けさせて貰えるだけで十分です。ありがとうございます。」
 正樹は丁寧にお辞儀をすると、私は正樹の事を心底かっこいいと思った。そして、自分の道を探しに来た正樹が道を見つけらえた事が嬉しかった。
「私は・・・。」
 ひなちんは下を向いて言った。
「私は・・・辞めます。OLに戻ります。」
「・・・ひなちん・・・。」
「思い出作りの目的だったけど、彼氏も出来て、夢も叶って本当に最高の夏だった。でも本当の事を言うと、皆ほど情熱がなくて悔しかった。それで食べていきたいって思えなかった。」
「陽菜・・・。」
「後悔はない。やるだけやった。最高だった。私はこれからOLとして働いて、正樹の夢を応援しながらいつか、温かい家庭を築けたらいいな。と思っています。」
 ひなちんは嬉しそうに言った。
「そっか。それも立派な夢だな。歌で食べていく事よりも難しい夢かもしれない。」
 大野さんは言った。
「大丈夫だよ。陽菜の夢は俺が叶えるから。」
 正樹がそう言うと、二人は視線を合わせて照れ笑いしていた。
 こうして皆の話を聞いていると・・・六人で一緒にチームを組むことは無理だったんだと思える。だから・・・大野さんの言う通り、これで良かったんだ。

「綾香と翔太はどうする?」
「俺らはなぁ・・・?」
「もちろん!歌で食べていく。その為に大野さんの元で頑張ります!」
 私は翔太の分までも笑顔でそう伝えた。
 そして私が言い終わると、翔太も笑顔で頷いてくれた。

 そう・・・もう歌のない人生なんて考えられない。あのライブでの感動を知ってしまったら・・・息さえ出来ないほどに高揚したあの気持ちを何度だって味わいたい。
 だって・・・確かにあの時私は、
「生きている」と感じたから。生まれてきて良かったと思えたから。

「今日はゆっくり休んで。そして申し訳ないけれど、あの家はまた別の人に貸すつもりだから、先日渡したチケットで一旦、自宅に戻って下さい。これからの事は追って連絡します。」
「分かりました。」
「ありがとうございます。」
「あっ・・・そうだ。俺から、些細だけどライブ成功のお祝いを家に送って置いたから、帰ったら楽しんで。」
「・・・楽しんで?はい・・・。分かりました。ありがとうございました。」
 私達は大野さんにお礼を言うと、きちんと頭を下げて、その後姿を見送った。
 今日、ここでこんな風な未来は開けるなんて、夢にも思っていなかった。だから、どうしよう・・・。これからの事を考えると嬉しくてたまらない。もちろん、苦しい事、辛い事はあるだろう。でも一か月前よりもずっと前に進んだ気がするの。そして思うことは・・・夢が叶っても、その先もずっと道は続いていく。そう・・・いつかこの命が尽きるまでは。だから私は何度だって、歌で生きている事を感じるの。それだけでもう・・・十分だって思えるから・・・。

「いやぁ・・・楽しかったね。」
「最高だった!」
「これからも事も色々決まって、やっと安心できた。」
「ほんまやなぁ・・・でもまた優と一緒かぁ・・仲良くせなな。」
「本当だよ。でもまたいつか陸と同じ舞台に立てる日を楽しみにしてる。」
「ほんまやな。」
 私達は今日、とっても素敵な思い出をくれた沖縄コンベンションセンターを後にして、車で別荘まで走っていた。
 キラキラ輝く夕焼けが海に広がって、沖縄での生活もあと一日かぁ・・・と思ったら、胸がきゅんと熱くなった。
「今日はもうクタクタだから、ピザでも取ろうか。」
「そうだね。ピザパーティーにしよう。」
 私達は車の中で、あくびをしながら、そんな会話を交わした。


「ふぅ~・・・ただいま。」
 衣装の入った荷物や、小道具を車から運び出すと、玄関に置いて一息ついた。
 朝には、こんな素敵な日になるなんて思っていなかった。本当に時間が経つのはあっという間だ
「お帰り~!」
「えっ????」
 玄関で一息ついていると、キッチンの方から声が聞こえた。
「ねぇ・・・誰かいるんだけど・・・。」
 私はすぐに翔太達に声を掛けた。まさか・・・泥棒?
「こんばんは!」
キッチンから四十代くらいの女性が顔を出して、こっちに近づいてきた。
「初めまして、私大野さんから今晩ここで料理をお出しするように頼まれていた日比野です。」
「あぁ・・・プレゼントって・・・」
 私達は顔を見合わせると、皆で頷いた。
「聞いています。はい。」
「疲れているでしょ?さぁ・・・料理は出来ているからどんどん食べて下さい。」
 日比野さんはそう言うと、笑顔でリビングまで誘導してくれた。
「うわぁ・・・。」
 リビングに着くとそこには、沖縄の食材で作られた料理がこれでもかってほどに並べられていた。
「私、沖縄で食堂をやっているんです。皆様、ライブであまり沖縄料理を食べずにいたとの事で、大野さんに美味しい物を作ってあげてほしいって頼まれたんですよ。」
 日比野さんはニコニコしながら言った。
「お酒もありますからね。さぁさぁ、食べて、食べて。」
 私達を席に着かせると、日比野さんは丁寧にコップにビールを注いでくれた。
「今日はここをお店だと思って、打ち上げ楽しんで下さいね。」
「ありがとうございます・・・。」
 私は日比野さんの言葉と大野さんの思いやりに胸が熱くなった。
「えっとじゃあ、日比野さんのお言葉に甘えて、今日はじゃんじゃんやっちゃいましょう!」
「そうやんな!いやぁ・・・うまそうやな。」
「乾杯しよう!」
「おう!じゃあ、ライブの成功を祝してカンパーイ!」
「カンパーイ!」
 私達はグラスを高らかに鳴らすと、黄金色をした輝くビールを一気に飲んだ。
「美味しい~!」
「最高やな!」
 疲れ切った体にビールのアルコールが染みて・・・天国かと思うくらいに美味しかった。
「いや・・どれから食べよう。」
 テーブルの上には、もずく酢にもずくの天ぷら、ラフティーに島らっきょの浅漬け。ゴーヤチャンプルーにグルクンのから揚げ。沖縄で有名なものばかりが並んでいた。
「じゃあまずは、もずく酢。」
 私はビールのお供にもずく酢を食べると、その新鮮さに驚愕した。
「美味しい~・・・酢が全然酸っぱくない。」
「そうなんですよ。沖縄の酢の物はマイルドで食べやすいんですよ。」
 日比野さんが料理を作りながら、嬉しそうに言った。
「ゴーヤチャンプルーも全然苦くない。」
 ひなちんが嬉しそうに言った。
「グルクンのから揚げもめっちゃうまいで!」
 陸も嬉しそうに言った。
「〆にはソーキそばも用意してありますからね。」
 日比野さんは嬉しそうに言った。

「いやぁ・・・だいぶ飲んだし、食べたね。」
「美味しかったぁ・・・。」
「でもさ・・・明日でバイバイなんだね。」
 ひなちんが急にそんな事を言い出した。
「そうだね・・・。何か・・・変な感じするよね。」
 ゆうちんも悲しそうに言った。
「・・・最初に自己紹介したみたいに、最後にお礼を言わない?」
 私は言った。
「そうやね!せっかく家族みたいになれたんやもん。最後にちゃんと締めよう。」
「うん。」
「じゃあ、私から言うね。まず・・・綾香ごめん。」
 ゆうちんは私の瞳を見て言った。
「実は綾香が翔太を好きだって、知っていたの。あの詩をゴミ箱で見つけちゃって、私、わざわざテープで張り付けたの。なんて書いてあるかどうしても知りたくて・・・。今日、皆の前で読んでしまってごめんなさい。」
「ゆうちん・・・。」
「でも、優しい綾香だから、私に気を使って、翔太を振りかねないって思ったの。だから、こんな方法を取らせて貰ったの。ごめんね。」
「・・・ううん。」
「陸にも迷惑を掛けたね。気が強くてごめんね。翔太にはいっぱい励ましてもらったね。陽菜はいつも私に優しかったね。正樹はいつも公平な目で見てくれて、心強かった。こんなトラブルメーカーな私だけど、皆のおかげで今日まで頑張る事が出来ました。本当にありがとう。この六人でライブが出来て本当に良かった。この出会いは一生の宝物です。本当にありがとう。」
 ゆうちんはそう言うと、涙を堪えながら笑った。
「じゃあ次は俺、言うわ。」
 陸はそう言うと、皆を見つめた。
「えっと・・・俺はそうやな。ほんまにこの一か月楽しかったわ。音楽もそうやけど、こうして誰かと協力して一つのものを作り上げるってほんまにええなぁって思う。この一か月の事は一生忘れへんと思う。ほんまありがとう。ばらばらになっても、心はいつも繋がっていたいし、離れていても皆を応援しとる。いつかまた、六人で宴会しましょう。」
 陸は嬉しそうに言った。
 明るい陸にふさわしい、明るい挨拶だった。
 皆が笑顔になると、ひなちんと正樹も熱い思いを皆に伝えた。そして翔太の番が来ると・・・翔太は涙目で語り始めた。
「えっと・・・俺は、そうだな。うん。楽しかった。それに色々と成長出来た。このメンバーで本当に良かった。もうこれ以上にいい事なんてないって思うくらいに濃かった。」
「そうだね。」
「最初は不安ばっかりだったけど、少しずつでも歩き出せば、夢に手が届くんだって思えた。俺らの声はきっと多くの人の心に届いたと思う。だから俺はこの先も何度でも、諦めないで、声を届けていく。その姿を見ていてほしい。頑張ろうな。これからも。俺、壁にぶち当たったら、今日の事思い出すよ。思い出して頑張るよ。」
 翔太は嬉しそうにそう言った。
「翔太・・・。」
 私は翔太の言葉に涙を誘われた。そう・・本当にそうだ。これからが本番だ。何度だってくじけそうになるだろう。でも・・・今日の事を思い出せば、きっと頑張れるね。
「じゃあ、最後に綾香。」
「うん・・・。」
 私は瞳を閉じて、声を出して、メロディーに合わせて歌を歌った。
 そう・・・今日のライブで歌った、最後の曲。この曲がこの生活の全てだと思うから。恋も夢も諦めない事で見えてくることがある。その素晴らしい思いを・・・声に乗せて、歌った。



声が届くなら、いつまでも叫び続ける。その言葉がちぐはぐでも紡ぎ合わせて伝わるように、声が枯れるまで叫び続ける。
夢が教えてくれた事。それはあまりにもみじめな自分自身だった。世の中で必要とされていなくて、全然キラキラ輝いてなんていなくて、泥水ばかりを被る毎日だった。何度歯を食いしばっただろうか。夢への道は果てしなくて、あまりにも遠くて、そのしっぽさえ見つけられない日々だった。
でもそれでも、自分を信じるしかなかった。それだけが夢へと続く道だって、どこか本能で分かっていた。だから、くじけそうな日も、辞めてしまおうと思った日も・・・自分を信じてここまで来たんだ。
恋が教えてくれた事。恋なんて、楽しいだけじゃない。苦しくて、悲しくて、手に入らないジレンマにどうにかなってしまいそうだった。いっそ、どうにもならない気持ちなら捨ててしまえたいいのに・・・。でも諦めたくない気持ちだけが自分を支えていた。
かっこ悪くて、みじめでも、君のそばにいたかった。そばにいるだけで幸せを感じる事が出来たから。君がそばにいるだけで、心が温かくなって、自分の中から愛が生まれてくるのが分かったから・・・。
夢も恋も・・・諦めないその先に何があるのかはまだ分からない。でもその道中に出会った大好きという気持ちは今でも宝物で、泥だらけの毎日の中でもキラキラと宝石のように輝いていた。その気持ちだけは、頑張った人にしか見る事の出来ない光。自分をどんどん好きになっていく、そんな光だった。
何よりも大事にしよう。自分の正直な気持ちを。いつか、胸を張って生きてけるように、誰よりも人の痛みが分かる人になれるように。どんな経験も無駄にはならない。そう信じて・・・。


「・・・綾香・・・。」
「・・・ありがとう。」
「もう・・・本当に・・・泣かすよね。」
 私が歌い終わると、皆涙を流して、拍手してくれた。
 皆で作った大事な曲。皆の思いが一つになった歌。
「今日までありがとうございました。」
 私は立ち上がり、皆にお礼を言った。笑顔のまま、涙を流しながら・・・。


「綾香、ちょっといい?」
 打ち上げが終わって、部屋で荷造りをしていると、翔太が部屋に来た。
「うん。大丈夫。」
 私はすっぴんで眼鏡のまま、立ち上がった。

「朝の散歩はした事あるから、今日は夜の散歩しよう。」
 翔太はそう言うと、私はその言葉が嬉しくて、翔太の後に着いて行った。

「うわぁ・・・。」
 午後十一時・・・。目の前の海は漆黒の闇に包まれていた。
「波の音もあまり聞こえないよな。」
 砂浜を歩きながら翔太が言った。足場がサラサラとしていて少し歩きにくかった。
「でも、そこにあるのは分かるね。」
 私は潮の香りを嗅ぎながら言った。
「本当だ・・・。」
「風も気持ちいいね。」
 私はサラサラと吹く風を感じながら言った。
「最後だもんな・・・。」
「そうだね・・・。」
 私達はそんな会話を交わすと、どちらからともなく手を繋いだ。
「・・・俺、正直、今最高に幸せ。」
「翔太・・・。」
「振られると思ってたから。」
「・・・そんな・・・。」
「優が出ていくとかそういう話になってから、綾香俺の事避けていたでしょ?」
「・・・うん。」
「悲しかった。」
「・・・だって、翔太、ゆうちんを抱きしめていた・・・。」
「・・・あれは・・・。」
「ショックだった・・・。その時気づいた。自分の気持ちに。でも翔太はゆうちんを好きだと思ったの。だから避けていた。」
「・・・ごめん。でもあれは、あぁするしかなかったんだよ。俺、絶対に六人で完走したかったから・・・。」
「うん・・・。」
「俺の気持ちはずっと、綾香にあったよ。きっとこれからもずっと綾香にあると思う。」
「翔太・・・。」
 キラキラ輝く星空に見守られて・・・心地よい海風に包まれて・・・。
 まるで有名歌手の夏の歌みたいだった。切なくて・・・愛おしくて・・・ずっと一緒に居たくてそのぬくもりを感じるだけで嬉しくて・・・。
「好きだよ。」
「・・・うん。私も好き・・・。」
 私と翔太はお互いの気持ちをもう一度確認すると、私はそっと瞳を閉じた。そして翔太と甘いキスをした。
 本当はずっとこうしたかった。このぬくもりを誰にも渡したくなかった。翔太の温かさに触れると私は、自然と涙が溢れてきた。
「・・・やばい・・・。」
「私も・・・。」
 私は泣きながら笑顔で言った。
「あぁ・・・もう、このまま連れ去らいたいよ。」
「・・・私も連れ去ってほしい。」
「・・・綾香。」
「ずっとこうしたかった。翔太のぬくもりを感じたかった。」
「そんな事言ったら、本当にさらっちゃうよ?」
「・・・さらってほしいけど・・・今日は特別な夜だから、一緒に帰ろう?」
「そうだな。今日で最後だもんね。」
「うん。そう・・・だから、続きは東京に帰ったら・・・ね?」
「分かった。」
 二人はそんなやり取りを交わすと、さらに手をぎゅっと強く握って、波音に耳を傾けた。
 まだ始まったばかりの二人の恋・・・この恋の行方は、きっと進んでみないと分からない。でも翔太とならどんな結末になっても後悔しない。そんな風に思えた。


あなたには夢がありますか?
あなたには恋人がいますか?
夢を叶える事と恋人と出会う事を同時に出来たらあなたは今よりも幸せを感じるのでしょうか?

 大野さんのサイトを見つけた日の事を、今では遠くに感じます。
 あの日の私はまだからっぽで、恋にも夢にも見放されていた。
 でも・・・一歩踏み出す勇気を出したら、恋も夢も近づいてきてくれた。
 あの日・・・一人で自信を失いかけていた自分が、頑張って踏み出してくれた勇気のおかげで私は今・・・ここにいる。大事な人と大事な仲間に出会う事が出来た。そして、大勢の人の前で歌を歌う事が出来た。
 その経験は何よりもかけがえのない、宝物。その宝物に出会えて本当に良かった。人生とは成長する事、そしていくつになっても、頑張る何を見つける事で、きっとずっと面白くなる。だから私は、この先も歌を歌い続けるよ。どんなに苦しくても、歌が嫌いになっても。それでも、これが私の生きる道だから。
 今、私は胸を張って言えます。
 私には恋人がいます。
 私には夢があります。両方持っていて、とても幸せです。
 でも・・・これからの事は分からない。幸せな時もあれが、辛い時もあるだろう。でもきっと、自分で自分を信じていれば、そんな事はどうでもよくて・・・自分を大好きでいるために、私はこれからも生きていくだろう。私が私を信じていれば・・・周りもきっと自分を信じてくれる。
 そして私が私を好きでいれば、周りもきっと私を好きでいてくれる。今はそう信じる事が出来るから・・・。



「大野さん、あの日、私達を集めてくれてありがとう。あなたのおかげで今、ここに居る事が出来ました。いつか必ず、あなたに恩返しが出来るように音楽頑張ります。本当に素敵な時間をありがとうございます。心から感謝を込めて・・・。       綾香」



                                    終わり

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