僕はわがままで 人間を裏切った

しーしい

文字の大きさ
15 / 25
第三章 交差

第一節 飛竜グレイイン

しおりを挟む
 タスク河岸で、グレイインは朝の上昇気流を掴んだ。高度を上げた飛竜は旋回しながら、魔王城と城下であるイアン市に長い影を落とす。

 グレイインは魔王レンの乗騎である飛竜だ。まだ若い飛竜と聞くが、全長三十五メートル、全幅五十メートルの巨体が数十年で育つ訳はなく、齢は千に近い。

 「綺亜、寒く無い?」

 前のくらに立ったレンが風防眼鏡を調整しながら聞くが、今更遅すぎた。

 「寒い」

 早朝に、僕とレンは魔王城の飛竜の塔からグレイインに乗って飛び立った。
 今朝は北風が入って空気が冷えており、下着の数を一枚増やしたのだが不十分だった様だ。

 僕が人間を裏切ってから二週間ほどしか経っていない。ほぼ一週間の訓練で、飛竜を使った任務に臨むのは相応に急ぎの用事があるからだ。

 魔王城には何故か・・・僕の身体にぴったりと合う臙脂色の鎧があったので、それを身に着けている。鋼の小札こざねを臙脂の紐で繋いだ古風な鎧だが、残念な事に胸甲に比べて風通しが良すぎる。羽織った革製の上着を持ってしても、寒さは緩和出来なかった。

 「戻ろうか?」

 レンは鞍の座面に座ると把踏桿はとうかんに手を戻し、心配そうな顔をして振り向く。

 飛竜のくらは馬のくらとは全く違う(と言える程度には、僕は馬の騎乗を覚えさせられた)

 馬の場合、背にくらを乗せ、あぶみに立ち、手綱たづなで操る。

 飛竜の場合、首にくらを縛り付け、突き出された四本の把踏桿はとうかんに両の手足でしがみ付く。

 十分に育った飛竜は騎手二名で騎乗するが、その場合くらは縦列で互いに身体が重なり合うほど近距離で乗る(馬の二人用くらよりは密着していない)

 「レンが問題無いならば、僕も平気だよ」

 どきりとする程耳元で、僕は意思を伝えた。

 レンは不可侵の存在だ。寒くても凍え死ぬ事はない。レンの鎧も風通しの良い古式で作られており、レンの妃で同様に不可侵の存在と成った僕の軍装もそれに習っているだけなのだ。

 「今仕立てている物は直してくれるかも」

 「レンの物と大きさだけが違っていた」

 今身に着けている鎧は、上等だが装飾を欠いているので仮の物である。正式な物は手間のかかる細工を施すので、数年がかりの予定で作り始めた。
 魔王と、魔王の妃である僕の装備に差を付ける訳には行かない。
 不可侵の身体を持つ魔界の支配者と成るのは、決して楽では無い様だ。

 「でも私のを塗り直す際に、対の意匠で追加の蒔絵まきえを施したいと……」

 グレイインに乗っても寒く無い軍装は望みが薄い。


 グレイインは速度を増して、イアン市の外港であるテンセン市の湾口に出た。
 少し首を上げるとその縦長の瞳孔で、レンの顔色を窺う。

 「グレイイン、予定通りに月を通り抜ける」

 レンの言葉はグレイインには聞こえていない。実は騎乗している飛竜に指示する方法は少ない。
 飛竜は高度な知性を持ち、魔族語を解する。今回の冒険について、すなわち月を抜けて魔界と人間界の間を飛び越える挑戦について、グレイインと一週間以上も打ち合わせをしてきた。

 しかし飛行しているグレイインは後方の音がよく聞こえない。また馬と違ってハミを噛まず、手綱たづなを付けられない。
 グレイインは必要な時に目線を向けてくるので、それに応じたジェスターや口の動きで指示を伝える。グレイインとの飛行は高度な共同作業だ。

 紫水晶の剣を回収するのが今回の任務だ。
 放置しても良いはずなのだが、残念ながら紫水晶の剣が僕を呼ぶ。
 荒涼としたカイラル山山頂に放置した紫水晶の剣を、何度も思い出す・・・・。この世界の神々や水晶剣の意志に逆らわない方が良い。
 世界の滅びを確定させた者として、回収は避けられない運命にある様だ。

 紫水晶の剣は、人間界にある三本目の水晶剣だ。予備の水晶剣で使い手の資格は勇者とされている。僕は今でも聖剣の主であるので、紫水晶の剣の潜在的な主でもある。

 紫水晶の剣が存在するカイラル山は未踏峰だ。しかもかつて人間がそれを得ようとした試みのせいで、垂直に切り立った孤立峰に成っている。

 今は飛竜のみがカイラル山に登れるが、人が乗れる飛竜は人間界には生存していない。
 しかし、魔界の飛竜が通れる大きさの転送座は形成出来ない。月を通して魔界と人間界の間を通り抜ける方法が唯一の手段である。

 「綺亜、いい?」

 「構わないよ。それに僕の用事だ」

 寒さに身を小さくしながら、くらの座面の心地よい場所を探す。
 くらの右側にはレンの黄水晶の剣が固定されているが、左側にはもう一本の水晶剣を固定する架台が作られている。今は紫水晶の剣に流用する聖剣のこしらえが入っている。

 運命が支配するこの世界で、何故と問うのは無粋かも知れない。

 僕がレンの妃と成って以降、倉庫からあつらえ向きの鎧やら椅子やら冠が発見された。
 始まりの時より十万年紀の間、魔界の支配者は魔王レンただ一人しか存在しなかったにも関わらずだ。

 ともかく最初から二本目の水晶剣の架台は存在した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...