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第一章 腐蝕の魔女イデア
15話 夢と現実の狭間
『翔、こっちよ』
「ねえ、さ……」
白い花が咲き乱れる。
その香は甘く、夢のように柔らかい。
翔は姉の幻を追って花弁の中に沈みかけていた。
だが、その腕を強く掴んだのは、確かな熱を持つ掌だった。
「——翔ッ!!」
ルークの声が響く。
腕の中で体を支えられ、翔は呻きながら息を吸う。
喉の奥に、甘ったるい花の毒がまだ残っていた。
腐った花粉の匂いが肺を焼く。
「……アッ!?……ガハッ!ゴホッゴホッ!!」
「夢喰毒花に引きずられていた。もう少しで手遅れになるところだった」
視界がゆがむ。代わりに聴覚が研ぎ澄まされていく。
掠れた声。滲む汗の匂い。脈打つ腕の温度。
どれほど駆け回って探しに来たのだろうか。
それが、夢ではない証だった。
目を開いているのかも定かではない、朦朧とした意識の中。
翔は唇を動かすが、喉が焼けてうまく声が出ない。
ただ、その腕の温もりが、現実の輪郭を取り戻させた。
「カハッ、ハァ……。ッ、お前は……幻覚、じゃねえんだよな……?」
彼の瞳は深い翠緑に象られ僅かに揺れる。
服が捲れ姿を出した鎖骨上のチョーカーが、異質な気配を放っているように、妖しく目を引いた。
息を吐く翔の声に、ルークは短く頷く。
「行こう。ここに長く留まると花に喰われる」
「あ、あぁ……」
足元が覚束ない翔の身体を、ルークが支え抱き起こす。
今度は抵抗する元気も気力も無く、翔はルークに身を委ねてゆっくりと立ち上がった。
ルークは絡まる蔓を焼き払い掻き分けながら、二人は迷宮の奥を進んでいく。
壁のように生えた花々が、かすかな吐息を漏した。
そのたびに、花のささやきが混じる。
周囲は毒花の壁で囲まれ、どこを見ても出口がない。
白く光る花粉が空気に漂い、時折、人の囁きのような音を立てた。
『ようこそ。願いの花へ』
『ここでは、すべての命が救われる』
声は柔らかく、母のようだった。
翔の心の奥に、懐かしい痛みが滲む。
しかし、ルークの背に手を添えると、確かな現実が指先に伝わる。
「幻だよ。ここは“願いを食う迷宮”だ。君の願いを見せて、魂ごと喰う」
ルークは短く言い切り、翔の腕を強く引いた。
その手の力は、普段の穏やかさからは想像できないほど強い。
「行こう。出口を探すんだ」
ルークの後ろ姿を見つめながら、翔は息を詰めた。
”願い”という言葉に、なぜか胸が痛んだ。
——いつまで、続いているんだ。
花の海が揺れている。白い花弁が呼吸のように波を打ち、遠くで姉の笑い声が響いた。
『翔……迎えに来たよ。もう怖くないわ』
甘い声に導かれ、翔は足を踏み出す。
花弁の下は、骨のように白い根が夥しく広がる。足首に触れた瞬間、冷たい何かが巻きついた。
光が、揺れている。
白い花弁が、ゆるやかにひらめいた。
翔はその中を漂うように歩く。足元の花が膝まで咲き、肌に絡みつく。
そのたび、どこかで“姉の声”が囁く。
『翔、こっち……もうすぐ出口よ』
優しい声。甘い香。
翔は無意識に声のする方へ手を伸ばしていた。
足元の根がほどけ、花が笑うように開く。
だが次の瞬間、腕を強く引かれ、世界が反転した。
「……っ、翔!」
息を呑む。頬に熱い掌が触れる。
振り返った先、戸惑うルークの顔があった。
「……えっ、俺……」
声は低く、掠れている。
翔はようやく、自分がどれほど深く夢の底にいたかを知った。
彼の掌から伝う熱で、現実の温度が戻ってくる。
花の海の中、二人はしばらく無言だったが、ホッとしたように、ルークが優しく声かける。
「よかった。キミ、また夢の中に落ちていくところだったよ」
「……違う、夢なんかじゃねぇよ。姉さんが——」
そこまで言い掛けて、翔は歯を食いしばった。
自身の中で、現実と幻が軋んでいる。
花弁の中の姉が、微笑んで手を差し伸べていた。
——だけど、ルークの掌の方が温かかった。
「……チッ、分かってるよ。行きゃいいんだろ、クソ迷宮」
花弁が波打ち、白い迷宮が彼らを飲み込むように開いていく。
花の香が甘い。それだけで息が詰まるほど、濃く、粘つく。
翔は息を浅くして前を睨んだ。
「ねえ、さ……」
白い花が咲き乱れる。
その香は甘く、夢のように柔らかい。
翔は姉の幻を追って花弁の中に沈みかけていた。
だが、その腕を強く掴んだのは、確かな熱を持つ掌だった。
「——翔ッ!!」
ルークの声が響く。
腕の中で体を支えられ、翔は呻きながら息を吸う。
喉の奥に、甘ったるい花の毒がまだ残っていた。
腐った花粉の匂いが肺を焼く。
「……アッ!?……ガハッ!ゴホッゴホッ!!」
「夢喰毒花に引きずられていた。もう少しで手遅れになるところだった」
視界がゆがむ。代わりに聴覚が研ぎ澄まされていく。
掠れた声。滲む汗の匂い。脈打つ腕の温度。
どれほど駆け回って探しに来たのだろうか。
それが、夢ではない証だった。
目を開いているのかも定かではない、朦朧とした意識の中。
翔は唇を動かすが、喉が焼けてうまく声が出ない。
ただ、その腕の温もりが、現実の輪郭を取り戻させた。
「カハッ、ハァ……。ッ、お前は……幻覚、じゃねえんだよな……?」
彼の瞳は深い翠緑に象られ僅かに揺れる。
服が捲れ姿を出した鎖骨上のチョーカーが、異質な気配を放っているように、妖しく目を引いた。
息を吐く翔の声に、ルークは短く頷く。
「行こう。ここに長く留まると花に喰われる」
「あ、あぁ……」
足元が覚束ない翔の身体を、ルークが支え抱き起こす。
今度は抵抗する元気も気力も無く、翔はルークに身を委ねてゆっくりと立ち上がった。
ルークは絡まる蔓を焼き払い掻き分けながら、二人は迷宮の奥を進んでいく。
壁のように生えた花々が、かすかな吐息を漏した。
そのたびに、花のささやきが混じる。
周囲は毒花の壁で囲まれ、どこを見ても出口がない。
白く光る花粉が空気に漂い、時折、人の囁きのような音を立てた。
『ようこそ。願いの花へ』
『ここでは、すべての命が救われる』
声は柔らかく、母のようだった。
翔の心の奥に、懐かしい痛みが滲む。
しかし、ルークの背に手を添えると、確かな現実が指先に伝わる。
「幻だよ。ここは“願いを食う迷宮”だ。君の願いを見せて、魂ごと喰う」
ルークは短く言い切り、翔の腕を強く引いた。
その手の力は、普段の穏やかさからは想像できないほど強い。
「行こう。出口を探すんだ」
ルークの後ろ姿を見つめながら、翔は息を詰めた。
”願い”という言葉に、なぜか胸が痛んだ。
——いつまで、続いているんだ。
花の海が揺れている。白い花弁が呼吸のように波を打ち、遠くで姉の笑い声が響いた。
『翔……迎えに来たよ。もう怖くないわ』
甘い声に導かれ、翔は足を踏み出す。
花弁の下は、骨のように白い根が夥しく広がる。足首に触れた瞬間、冷たい何かが巻きついた。
光が、揺れている。
白い花弁が、ゆるやかにひらめいた。
翔はその中を漂うように歩く。足元の花が膝まで咲き、肌に絡みつく。
そのたび、どこかで“姉の声”が囁く。
『翔、こっち……もうすぐ出口よ』
優しい声。甘い香。
翔は無意識に声のする方へ手を伸ばしていた。
足元の根がほどけ、花が笑うように開く。
だが次の瞬間、腕を強く引かれ、世界が反転した。
「……っ、翔!」
息を呑む。頬に熱い掌が触れる。
振り返った先、戸惑うルークの顔があった。
「……えっ、俺……」
声は低く、掠れている。
翔はようやく、自分がどれほど深く夢の底にいたかを知った。
彼の掌から伝う熱で、現実の温度が戻ってくる。
花の海の中、二人はしばらく無言だったが、ホッとしたように、ルークが優しく声かける。
「よかった。キミ、また夢の中に落ちていくところだったよ」
「……違う、夢なんかじゃねぇよ。姉さんが——」
そこまで言い掛けて、翔は歯を食いしばった。
自身の中で、現実と幻が軋んでいる。
花弁の中の姉が、微笑んで手を差し伸べていた。
——だけど、ルークの掌の方が温かかった。
「……チッ、分かってるよ。行きゃいいんだろ、クソ迷宮」
花弁が波打ち、白い迷宮が彼らを飲み込むように開いていく。
花の香が甘い。それだけで息が詰まるほど、濃く、粘つく。
翔は息を浅くして前を睨んだ。
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