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第一章 腐蝕の魔女イデア
18話 花喰いの獣
——花喰いの獣。
人の形を失い、花弁と根に呑まれた四つ足の巨体な獣。
身体中に纏われているのは、腐蝕した蕾。
その山が膨らみ、やがて裂けた。中から無数の顔がこちらを覗く。
口は裂け、肉の奥でまだ人の声を漏らしている。
翔が息を呑む間もなく、獣の花弁の口が開いた。
唇の隙間から、助けを求めるような悲痛が響く。
『……タス、けテ……アァ……』
『コロ、しテ……クルシい……』
その悍ましい獣の姿に、翔は動揺し、その場に凍りつく。
腐花の香が鼻を突き、顔を顰める。
ルークは翔を庇い、背後へ押しやる。
「翔、後ろに下がって。——こいつは、もう人じゃない」
「でも、声が……!」
「聞くな。これは、イデアの“慈悲”の成れの果てだ。喰って、生きたまま還す。それがこの国の……彼女の正義なんだ」
「っ、正気じゃねぇ……あんなのが幸せの在処だって?どう見ても生き地獄だろ……っ」
花弁の中から見つめる人ならざる者たちの目からは、赤い涙が溢れる。
地に落ちた血液を、根が貪り、脈を打つ。
『……タスケて……モう……痛イのハ……いヤ……』
「壊された魂は、生に縋りつくように徘徊している。自分が誰かも分からずに」
ルークはそう言うと、柄の抜けない剣を構えては、肥大化した花の怪物にその剣先を向ける。
翔は、どうしようもない感情に揺さぶられる。
「……だったら、殺すのも慈悲かよ」
「違う。——救いだよ」
その言葉とともに、花弁が爆ぜ、獣が咆哮した。花粉の嵐が吹き荒れる。
ルークは短く呪文を唱え、魔力の火花を散らすと、炎が根を焼いた。
腐花の根が一斉に蠢き、白と黒の花弁が吹き荒れ、香が鉄の味に変わる。
花喰いの獣が、呻き声を上げる。
顔のような花弁のひとつひとつが、人間の悲鳴を上げるように歪んでいた。
翔はふらつきながら、後ずさる。
「……やめてくれよ……そんな声、出すな」
獣の中心から、かすれた声が漏れた。
『……たすケテ……かけル……ワタし……痛イノ……いヤ……』
一つの花弁から、姉の声が聞こえた気がした。
視界が霞む。
脚が動かない。
「ね、姉さ……」
「翔!!下がって!」
ルークが前に出て、剣を振るう。
——花弁が、悲鳴を上げた。
地面から蔓が噴き出す。
翔は咄嗟に身を引くが、膝を掠めた花弁が一瞬で皮膚を焼いた。
焦げた花の匂いと、自分の血の匂いが混じる。
断ち切られた花の根が、まるで血を流すように花蜜を撒き散らす。
翔の頬に、熱い雫がかかった。
「っ……毒か……!?」
脚が痺れる。膝が砕けるように落ちた。
ルークが振り返るより速く、翔の体は地に崩れた。
ルークの声が遠い。
翔は倒れた体を支えようとするが、体が麻痺して動けない。
視界の端で、獣が大きく咆哮した。
霞む視界の端に、ルークが次々に襲いくる花喰いの獣の魔の手を遮る姿が映る。
蔓を断ち切るたび、光が散り、闇の中で彼の輪郭が浮かび上がった。
翔はその背を見つめながら、胸の奥が妙に痛んだ。
——どうして、そんなに誰かを守ろうとするんだよ。
花粉の毒が肌に染み、視界が白く霞む。
まだ、遠くでルークが叫ぶ声が響くが、音が遠のき、翔は沈んでいった。
反響して、世界が割れる。
翔の意識が、途切れた。
人の形を失い、花弁と根に呑まれた四つ足の巨体な獣。
身体中に纏われているのは、腐蝕した蕾。
その山が膨らみ、やがて裂けた。中から無数の顔がこちらを覗く。
口は裂け、肉の奥でまだ人の声を漏らしている。
翔が息を呑む間もなく、獣の花弁の口が開いた。
唇の隙間から、助けを求めるような悲痛が響く。
『……タス、けテ……アァ……』
『コロ、しテ……クルシい……』
その悍ましい獣の姿に、翔は動揺し、その場に凍りつく。
腐花の香が鼻を突き、顔を顰める。
ルークは翔を庇い、背後へ押しやる。
「翔、後ろに下がって。——こいつは、もう人じゃない」
「でも、声が……!」
「聞くな。これは、イデアの“慈悲”の成れの果てだ。喰って、生きたまま還す。それがこの国の……彼女の正義なんだ」
「っ、正気じゃねぇ……あんなのが幸せの在処だって?どう見ても生き地獄だろ……っ」
花弁の中から見つめる人ならざる者たちの目からは、赤い涙が溢れる。
地に落ちた血液を、根が貪り、脈を打つ。
『……タスケて……モう……痛イのハ……いヤ……』
「壊された魂は、生に縋りつくように徘徊している。自分が誰かも分からずに」
ルークはそう言うと、柄の抜けない剣を構えては、肥大化した花の怪物にその剣先を向ける。
翔は、どうしようもない感情に揺さぶられる。
「……だったら、殺すのも慈悲かよ」
「違う。——救いだよ」
その言葉とともに、花弁が爆ぜ、獣が咆哮した。花粉の嵐が吹き荒れる。
ルークは短く呪文を唱え、魔力の火花を散らすと、炎が根を焼いた。
腐花の根が一斉に蠢き、白と黒の花弁が吹き荒れ、香が鉄の味に変わる。
花喰いの獣が、呻き声を上げる。
顔のような花弁のひとつひとつが、人間の悲鳴を上げるように歪んでいた。
翔はふらつきながら、後ずさる。
「……やめてくれよ……そんな声、出すな」
獣の中心から、かすれた声が漏れた。
『……たすケテ……かけル……ワタし……痛イノ……いヤ……』
一つの花弁から、姉の声が聞こえた気がした。
視界が霞む。
脚が動かない。
「ね、姉さ……」
「翔!!下がって!」
ルークが前に出て、剣を振るう。
——花弁が、悲鳴を上げた。
地面から蔓が噴き出す。
翔は咄嗟に身を引くが、膝を掠めた花弁が一瞬で皮膚を焼いた。
焦げた花の匂いと、自分の血の匂いが混じる。
断ち切られた花の根が、まるで血を流すように花蜜を撒き散らす。
翔の頬に、熱い雫がかかった。
「っ……毒か……!?」
脚が痺れる。膝が砕けるように落ちた。
ルークが振り返るより速く、翔の体は地に崩れた。
ルークの声が遠い。
翔は倒れた体を支えようとするが、体が麻痺して動けない。
視界の端で、獣が大きく咆哮した。
霞む視界の端に、ルークが次々に襲いくる花喰いの獣の魔の手を遮る姿が映る。
蔓を断ち切るたび、光が散り、闇の中で彼の輪郭が浮かび上がった。
翔はその背を見つめながら、胸の奥が妙に痛んだ。
——どうして、そんなに誰かを守ろうとするんだよ。
花粉の毒が肌に染み、視界が白く霞む。
まだ、遠くでルークが叫ぶ声が響くが、音が遠のき、翔は沈んでいった。
反響して、世界が割れる。
翔の意識が、途切れた。
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