就職先は、あやかし専門の衣装店でした

らむね

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九月の回遊魚

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「これで十二社目。これだけ続くと、さすがにへこみますなぁ…」

 無理やり笑おうとしてみたけど、口角を持ち上げるどころか、乾いた笑みすら浮かべられない。
 ため息をつくと幸せが逃げると聞くけれど。今の私に幸せなんて無い。存在しないものは逃げようも無いのだから。

 茹だるような夏が終わり、秋へと移行する九月末。
 私はファッションビルの休憩用のベンチに座り、ぼんやりと行き交う人々を眺める。

  ◆◆◆

 私、こと相沢あいざわ 蛍火ほたるびは内定取り消しに合った。

 六月には就職先が決まり、両親だけでなく専門学校の先生、親戚一同に友人も。
 内定が決まったと報告すると、皆、自分の事のように喜んでくれる。

「おめでとう!」

 それはお祝いの言葉を集めた花束のように、何度聞いてもくすぐったくて、嬉しかったけど。
 喜びよりもほっとする気持ちの方が強かった。
 もう就職活動をしなくて良いんだ、と解放されたのは勿論もちろんのこと。
 娘はちゃんと就職出来るんだろうか、と心配していた両親を安心させる事が出来たから。

 それから月日は流れ、九月に入って一週間が経った頃。
 私達のクラスを受け持つ先生が、私を見つけた途端に血相を変えて駆け寄ってくる。

「相沢さん、直ぐに職員室へ来て!」

 スラリとした細身の、いかにも仕事が出来そうなキャリアウーマン風の佐藤先生。
 有名なホテルの衣装室で働いていたらしい。いつも落ち着いていて、頼りになる先輩といった雰囲気の女性。
 そんな佐藤先生の慌てっぷりに、ただ事ではないと動悸どうきがしたのを覚えている。

「落ち着いて、よく聞いてね? 相沢さんの内定が取り消されました」
「えっ?」

 初めは、何を言われているのか分からなかった。
 あまりに私の反応が鈍かったので、佐藤先生は私を職員室の中に連れて行き、一枚の紙を手渡す。

「弊社では人員不足に悩まされており、即座に働ける中途採用の方を採用させて頂く事となりました。
 その為、誠に勝手ながら相沢様の内定を……取り消す事と致します」

 最後の文字を朗読し終えても全く現実感が湧かない。
 現実として受け止めきれない私の脳は、日本語で書かれた文字が異国の言語のように思えた。

「さっき届いたの」

 きっちり整えている佐藤先生のヘアスタイルは、いつもと違って乱れている。
 何度も髪をかき上げたり、ワシャワシャしたのかもしれない。焦ったような表情から何となくそう感じた。

「ショックだと思うけど、今は落ち込んでいる暇は無いわよ。早く次の就職先を見つけないと」

 先生の指示が適切だったのかは分からない。
 ただ、あの時の私には有り難かった。あのままの状態で居たら、放心状態から抜け出せなかっただろう。
 無理やりでも体を動かす。
 そうしていれば、目の前の悲しみを直視しないで済む。

 こうして私は二度目の就職活動に取り組む事となった。
 しかし、現実はそう甘くない。

「今から面接希望って。あなた、夏休みは何をしていたの!?」
「今更就活か。ずいぶん悠長に構えていたんだね」

 婚礼の貸衣装のお店はどこも八月で募集を締め切ってしまう。

 この時期、ブライダル業界は閑散期で、手が空くタイミングで採用した人を指導するのに都合がいい。
 学校は夏休みに入るから融通が利くし、教える側としても余裕のある時期に教えられる。従業員のシフト調整もしやすい。

 本命は婚礼の貸衣装だったけど、卒業が迫っている今、そんなワガママは言っていられない。
 衣装店だけじゃなく、挙式が出来る所は全て電話してみたけど結果は全滅。

「事情は分かったけど。せめて、あと一ヶ月早ければねぇ」

 私の境遇に同情してくれる所もあったけど。面接すらして貰えない以上、気休めにしかならない。

 両親は2人とも気を遣って、私の前でそんな素振りを見せなかった。
 けれど、時折漏れ聞こえてくる母のすすり泣く声や、それをなぐさめる父の声に胸が締め付けられる。
 友人や先生達もどう声をかけたら良いのか分からなくて、腫れ物に触るような日々が続く。

 それでも私は動き続けなければならない。
 憧れや夢では食べていけない。
 こうなったら、ブライダルに関係のない仕事にも応募していかないと。

 そう思って様々な業種の面接に挑んできたけど。あれ以来久しく『内定』の文字を見ていない。
 時折視界に入るスーツ姿の女性達は忙しそうに通り過ぎて行く。
 私はその背中を羨望せんぼうの眼差しで見送る。

(いいなぁ……あの人達は選ばれた側なんだ)

 必要とされる人と、必要とされない人。
 どちらも同じスーツ姿なのに、私と彼女達の間には決定的な差があった。

「はぁ……」

 いい加減、ため息をつくのも飽きてきた。
 時間を見る為にスマホを取り出すと、SNSにお母さんから連絡が来ている。
 何気なく開き、文面を読み終えた私はフリーズした。

 雪之進が経営している婚礼の貸衣装店で、本人が希望するなら雇うって言ってる。
 もし、まだ興味があるなら話を聞いてみない?

 雪之進さんはお母さんの弟で、私の叔父にあたる。
 どんなお店なのか。公共機関を乗り継いで行ける場所なのか。
 確認しておくべき必要事項よりも先に、叔父さんの気が変わらぬ内に飛び付いた。

 叔父さんのお店で働きたい! 雇って下さい!

 もし、SNSの返信速度選手権なるものがあったら、間違いなく優勝した事だろう。
 何に役立つのかは聞かないで欲しい。
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