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ここは戦場
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「話は聞いたよ。なかなか刺激的な一日だったようだね」
「いつ話すつもりだったの?」
「早くて来週。遅ければ今月中」
本当はお昼に聞こうと思ったのに。
気付くと叔父さんの姿が見えなくなっていて、こうして仕事終わりまで待つ羽目になった。
「事前に教えておいてくれたら良かったのに」
「どうして?」
「いきなり見たら誰だって驚くよ! 心の準備とか、いろいろあるんだから」
「でも、何とかなった。気絶する事なく、初日の仕事をやり遂げたじゃないか」
それは結果論であって、私が受けた衝撃とは別の話だ。
叔父さんはハンドルを握り、涼しげな微笑を浮かべるだけ。私がどれだけ切々と訴えても眉一つ動かさない。
我が叔父ながら本当に食えない人である。
「そういう事を言ってるんじゃない!」
「蛍火が就きたかったのは婚礼の貸衣装店。だから僕の誘いを受けた。違う?」
「……違わない」
「あやかしが危害を加えた訳でもない。もしそうなら、雇用主として法的な措置を取るけど、お客様に何かされたの?」
「……されてない」
どちらかと言うと、無礼な振る舞いをしたのは私の方。
「この仕事は華やかに見えるけど、実際は裏方の地味な作業がメインだから。思っていたのと違う、と言う理由で辞めていく人も多い。
やっていけるか分からなかったから。慣れるまでは混乱させない方が良いだろう、という僕なりの配慮だよ?」
それも分かっている。ただ、来て早々にあんな形で知るのはあんまりだ。
叔父さんは優しいけど甘くは無い。
これまでの付き合いで知っていたはずなのに、内定欲しさに諸々の準備を怠ったのは私の方。
「雇って貰えた事は感謝してる。ありがとう」
「他にも聞きたい事があるならご自由にどうぞ?」
信号で止まったタイミングで私を見つめた。眼鏡の奥で妖しく光る宝石のような瞳。
表面上はしっとり落ち着いているのに、何を言い出すのか楽しげに待っている。
「聞きたい事…」
知りたい事は沢山あるのに。不意に口から飛び出した疑問はそのどれでも無かった。
「叔父さんにとってあやかしは、どういう存在なの?」
私が投げかけた疑問は想定していたものと違っていたようで、叔父さんは愉しげにククッと喉を鳴らした。
「そんな質問をされたのは初めてだよ」
青信号に切り替わり、なめらかに発車する。
あんまり叔父さんの車に乗った記憶が無いけど。叔父さんって運転上手いんだ。ちょっと意外。
「旧い友人。もしくは腐れ縁かな」
「友人?」
よく分からないけど、叔父さんが本音で話しているのは分かった。
「それにしても、就活してる時にはBertinaに関する情報を見なかったような気がするんだけど」
身内のお店で雇って貰ったんだし、コネ入社なのは事実だけど。
あの時の私は藁にもすがる気持ちだったから。身内にそんなお店があったら恥を忍んで話をしたはず。
ところが探している時には全く出て来なかったのに、採用が決まってから情報が集まってきた。
まるで――巧妙に隠されていたように。
「何か不思議な術がかけてあるの?」
「さぁ? ご縁というものは不思議なものだよね。辞めたくなった?」
叔父さんはニヤリと笑うだけ。教える気は無いようだ。
何でだろう? 寿命が縮むような体験をしたのに、不思議と辞めたいとは思わない。
私は静かに首を振った。
◆◆◆
「相沢さん、試着室の中のドレスを片付けておいて」
「はい!」
細身のドレスなら運びやすいんだけど。ボリュームのあるドレスばかりが残されていた。
裾を引きずらないよう気合いを入れて持ち上げると、受付の方から店長とは違う男性の声がする。
「誰かカウンターに入れますか? 新規のお客様がご来店されたので対応お願いします」
「私、行きます!」
早見さんの予言どおり、週末の土日は目が回るような忙しさだった。
今日は衣装店のフルメンバーが揃っているのに、それでも手が足りない。
元のラックに掛け直している暇はない。
入口近くにドレスを掛け、鏡で髪型と笑顔を確認してからカウンターに向かう。
「ご結婚、おめでとうございます! まずはこちらの用紙にご記入頂けますでしょうか?」
開店前に指示されたのは三つ。
一:忙しい時は、自分で思っている以上に早口になっているから。
焦っている時ほど意識的にゆっくり喋るように。
二:分からない事があれば、どんな状況でも先輩に質問する事。
三:笑顔。接客前に鏡で要確認!
この三つを徹底してくれれば、多少ミスしてもカバーするから。そんな頼もしい言葉のおかげで、今のところ何とかなっている。
「相沢さん。受付は僕がするから、早見さんのアシスタントに戻って下さい」
「分かりました」
電話対応を終えた店長が、事務所からフロアに戻ってくる。
相沢さん。店長も相沢さんだから、本人からそう呼ばれると変な感じ。
新婦様が試着する衣装を選んでいる間に、早見さんに小声で話しかける。
「土日ってこんなに混むんですか?」
「今日は天気もいいし、ちょうど新作のドレスが発表されたからね。元々予約を入れていたお客様に加え、予約なしで訪れるお客様も多いの」
予約されている方が優先だから、試着室の空き状況によってはロビーでお待ち頂く事になるらしい。
やけに同じドレスの試着が多いと思ったら、新作のドレスだったんだ。
就活の後、お店のサイトはほとんど見ていなかった。帰ったら直ぐにチェックしないと。
「後はご両親が土日しか休みが取れないとか。予定を合わせて週末に訪れる方も多いかな」
早見さんは新婦様に呼ばれ、そちらの方に歩いていく。
「このドレスって袖を外せますか? 挙式と披露宴で違う着こなしをしたいんですけど」
「こちらは……ボタン式なので外せます! 挙式の際は袖を付けて、披露宴は袖を外してショートグローブを合わせるのもおすすめです。
腰にサッシュベルトを巻くと、また違った印象になりますよ」
グローブと言うのは手袋のこと。
お客様の前では正式名のグローブと呼んでいるけど、裏では「サテンの白、長い方」「オレンジの短いキラキラ!」なんて呼び合っている。
サッシュベルトは腰に巻く、色や柄がプリントされたリボン。
よく選ばれるのはネイビーや淡いピンクだけど、モノクロのストライプ柄も人気がある。
「相沢さん。レースのショートグローブを取ってきて。他にも何種類か、ショート丈のを持ってきて欲しい」
「はい!」
元気よく返事をしてスタッフルームに駆け込んだ。
「いつ話すつもりだったの?」
「早くて来週。遅ければ今月中」
本当はお昼に聞こうと思ったのに。
気付くと叔父さんの姿が見えなくなっていて、こうして仕事終わりまで待つ羽目になった。
「事前に教えておいてくれたら良かったのに」
「どうして?」
「いきなり見たら誰だって驚くよ! 心の準備とか、いろいろあるんだから」
「でも、何とかなった。気絶する事なく、初日の仕事をやり遂げたじゃないか」
それは結果論であって、私が受けた衝撃とは別の話だ。
叔父さんはハンドルを握り、涼しげな微笑を浮かべるだけ。私がどれだけ切々と訴えても眉一つ動かさない。
我が叔父ながら本当に食えない人である。
「そういう事を言ってるんじゃない!」
「蛍火が就きたかったのは婚礼の貸衣装店。だから僕の誘いを受けた。違う?」
「……違わない」
「あやかしが危害を加えた訳でもない。もしそうなら、雇用主として法的な措置を取るけど、お客様に何かされたの?」
「……されてない」
どちらかと言うと、無礼な振る舞いをしたのは私の方。
「この仕事は華やかに見えるけど、実際は裏方の地味な作業がメインだから。思っていたのと違う、と言う理由で辞めていく人も多い。
やっていけるか分からなかったから。慣れるまでは混乱させない方が良いだろう、という僕なりの配慮だよ?」
それも分かっている。ただ、来て早々にあんな形で知るのはあんまりだ。
叔父さんは優しいけど甘くは無い。
これまでの付き合いで知っていたはずなのに、内定欲しさに諸々の準備を怠ったのは私の方。
「雇って貰えた事は感謝してる。ありがとう」
「他にも聞きたい事があるならご自由にどうぞ?」
信号で止まったタイミングで私を見つめた。眼鏡の奥で妖しく光る宝石のような瞳。
表面上はしっとり落ち着いているのに、何を言い出すのか楽しげに待っている。
「聞きたい事…」
知りたい事は沢山あるのに。不意に口から飛び出した疑問はそのどれでも無かった。
「叔父さんにとってあやかしは、どういう存在なの?」
私が投げかけた疑問は想定していたものと違っていたようで、叔父さんは愉しげにククッと喉を鳴らした。
「そんな質問をされたのは初めてだよ」
青信号に切り替わり、なめらかに発車する。
あんまり叔父さんの車に乗った記憶が無いけど。叔父さんって運転上手いんだ。ちょっと意外。
「旧い友人。もしくは腐れ縁かな」
「友人?」
よく分からないけど、叔父さんが本音で話しているのは分かった。
「それにしても、就活してる時にはBertinaに関する情報を見なかったような気がするんだけど」
身内のお店で雇って貰ったんだし、コネ入社なのは事実だけど。
あの時の私は藁にもすがる気持ちだったから。身内にそんなお店があったら恥を忍んで話をしたはず。
ところが探している時には全く出て来なかったのに、採用が決まってから情報が集まってきた。
まるで――巧妙に隠されていたように。
「何か不思議な術がかけてあるの?」
「さぁ? ご縁というものは不思議なものだよね。辞めたくなった?」
叔父さんはニヤリと笑うだけ。教える気は無いようだ。
何でだろう? 寿命が縮むような体験をしたのに、不思議と辞めたいとは思わない。
私は静かに首を振った。
◆◆◆
「相沢さん、試着室の中のドレスを片付けておいて」
「はい!」
細身のドレスなら運びやすいんだけど。ボリュームのあるドレスばかりが残されていた。
裾を引きずらないよう気合いを入れて持ち上げると、受付の方から店長とは違う男性の声がする。
「誰かカウンターに入れますか? 新規のお客様がご来店されたので対応お願いします」
「私、行きます!」
早見さんの予言どおり、週末の土日は目が回るような忙しさだった。
今日は衣装店のフルメンバーが揃っているのに、それでも手が足りない。
元のラックに掛け直している暇はない。
入口近くにドレスを掛け、鏡で髪型と笑顔を確認してからカウンターに向かう。
「ご結婚、おめでとうございます! まずはこちらの用紙にご記入頂けますでしょうか?」
開店前に指示されたのは三つ。
一:忙しい時は、自分で思っている以上に早口になっているから。
焦っている時ほど意識的にゆっくり喋るように。
二:分からない事があれば、どんな状況でも先輩に質問する事。
三:笑顔。接客前に鏡で要確認!
この三つを徹底してくれれば、多少ミスしてもカバーするから。そんな頼もしい言葉のおかげで、今のところ何とかなっている。
「相沢さん。受付は僕がするから、早見さんのアシスタントに戻って下さい」
「分かりました」
電話対応を終えた店長が、事務所からフロアに戻ってくる。
相沢さん。店長も相沢さんだから、本人からそう呼ばれると変な感じ。
新婦様が試着する衣装を選んでいる間に、早見さんに小声で話しかける。
「土日ってこんなに混むんですか?」
「今日は天気もいいし、ちょうど新作のドレスが発表されたからね。元々予約を入れていたお客様に加え、予約なしで訪れるお客様も多いの」
予約されている方が優先だから、試着室の空き状況によってはロビーでお待ち頂く事になるらしい。
やけに同じドレスの試着が多いと思ったら、新作のドレスだったんだ。
就活の後、お店のサイトはほとんど見ていなかった。帰ったら直ぐにチェックしないと。
「後はご両親が土日しか休みが取れないとか。予定を合わせて週末に訪れる方も多いかな」
早見さんは新婦様に呼ばれ、そちらの方に歩いていく。
「このドレスって袖を外せますか? 挙式と披露宴で違う着こなしをしたいんですけど」
「こちらは……ボタン式なので外せます! 挙式の際は袖を付けて、披露宴は袖を外してショートグローブを合わせるのもおすすめです。
腰にサッシュベルトを巻くと、また違った印象になりますよ」
グローブと言うのは手袋のこと。
お客様の前では正式名のグローブと呼んでいるけど、裏では「サテンの白、長い方」「オレンジの短いキラキラ!」なんて呼び合っている。
サッシュベルトは腰に巻く、色や柄がプリントされたリボン。
よく選ばれるのはネイビーや淡いピンクだけど、モノクロのストライプ柄も人気がある。
「相沢さん。レースのショートグローブを取ってきて。他にも何種類か、ショート丈のを持ってきて欲しい」
「はい!」
元気よく返事をしてスタッフルームに駆け込んだ。
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