5 / 37
私がここに来た理由
しおりを挟む
痛いほどの沈黙が流れる。
店内で流れるクラシックの曲がかすかに聞こえる中、事務所内には優雅さとかけ離れた空気が漂っていた。
「まさかと思うんだけど。その、まさかだったりする?」
「……はい」
「店長から何も聞かされてないの?」
嘘をついても仕方ない。私はこくんと頷く。
同情半分、驚き半分。
感情が素直に表情に出る早見さんは、絶望的な表情で頭を抱えた。
「そんな事ある!? 一番先に話しておかないとダメなところだよね?」
「はい」
「あー、でもあの人の事だから。どうせバレるならいつ話しても同じだよね、とかしれっと言いそう。
相沢さん、どうしてあの人と親戚なの!?」
早見さんは混乱を通り越してご乱心気味だ。敬語が吹っ飛んで素の口調に戻っている。
かく言う私も頭の中が真っ白で、さっきから「はい」しか答えていない。
華やかなBGMが、脳内ではお化け屋敷で流れるようなBGMに変換される。
「ごめんなさい。動揺して取り乱しちゃった」
「いえ…」
ふーっと息を吐き出すと、早見さんは吹っ切れた表情で話してくれた。
「隠される方がいろいろ想像しちゃうと思うから、ハッキリ言うね? さっき相沢さんが見たのは、ろくろ首なの」
「ろく……だって、えっ?」
何となく聞いた事がある。首がとんでもなく長く伸びる妖怪だったはず。
それも、お化け屋敷にある機械仕掛けの人形じゃなくて、本物のろくろ首。
昔の時代ならまだしも、この現代に?
……と言うか、八百坂様が妖怪だと新郎様は知っているんだろうか。
私の様々な疑問を察した早見さんは、眉を八の字にして困ったように笑う。
「新郎様も知ってると思うよ。木守様は鬼の一族だから」
「おにって、あの泣いた赤鬼とかの?」
「同じ一族なのかは分からないけど。もしかしたら、祖先の誰かだったりするかもね?」
「そんな」
昔話みたいな事が現実で起きている。話を聞いてもまだ信じられない。
怪訝な視線を向ける私に、早見さんは真剣な表情で口を開く。
「ここは、あやかし専門の貸衣装店。あやかしってのは物の怪や神様みたいに、人外の存在の総称だと思ってくれればいいから」
厳密には違うんだけど、そこを説明すると長くなるから。早見さんはざっくり補足する。
荒唐無稽な話なのに、何故かそれはすとんと腑に落ちる。
あやかし専門のお店。
人外の存在が訪れる場所なのだから、首が伸びても誰も驚かないのか。
(最初のカウンセリング用紙にあった“種”って、種族って意味だったんだ!)
ようやく謎が解けて脱力する。
さすがに、「何の種がお好きですか?」なんて会話が繰り広げられるとは思わないけど。
どうして記入する必要があるんだろう、ってずっと不思議だった。
「ん~? 意外と冷静だね」
「いや、衝撃的過ぎて訳が分からないと言いますか」
「今は混乱してると思うけど。お客様を待たせているから、私もじっくり説明しているヒマが無くて。
ここで就業時間までじっとしているか、お店に出るか。どうする?」
早見さんの申し訳無さそうな声に、罪悪感で胸が痛む。私は無言で考えを巡らせた。
あやかし専門のお店。
私にも人並みの恐怖心はあるし、未だに衝撃を引きずっている。
けれど、知らなかったとは言え、飛び込んできたのは私の方だ。
(誰にも必要とされなかったところに、手を差し伸べてくれたのはこのお店だけ)
悩んだ末に私は早見さんの顔を正面から見つめる。
「戻ります。私は働く為にここに来たので」
「うんうん、良い顔だね! くれぐれも驚いたり、悲鳴をあげたりしないようにね?」
「はい!」
気を引き締めて私達は店内に戻った。
八百坂様は二人で戻ってきた事に驚き、口元を隠すように手を添える。
「体調は大丈夫ですか?」
私達が事務所にいる間に、八百坂様の首は普通の長さに戻っていた。
「ご心配をおかけしてすみません!」
「実は彼女、昨日は緊張で寝られなくて、目眩を起こしてしまったようです。
少し休んだら落ち着いたようですし、ご心配なく」
何故だかおろおろしている八百坂様は、それを聞いてほっとしたように微笑んだ。
「てっきり、私の姿を見て驚かれたのかと」
鋭い。素直に答えるわけにはいかないので、私はブンブンと首を振って否定する。
早見さんは苦笑いをしつつ、曖昧にごまかした。
「普段は気を付けているのですが、興奮したり、機嫌が良いと素の姿に戻っているようで。本当にお恥ずかしい限りです」
恥ずかしそうに頬を染める八百坂様。
その姿は何処にでもいる普通の女性で、無意識に発動していた警戒心がわずかに和らぐ。
「いえいえ、お気になさらず! ここはあやかし専門の衣装店ですから、わたくし共も心得ておりますので」
おおらかに笑い飛ばす早見さんの隣で、私は冷や汗がダラダラ流れる。
人間とか、あやかしってのは置いといて。
私は半人前とはいえ、お給料を貰って働いているんだから。プロとして求められることをこなさないと。
「気になるドレスはございますか?」
「新作のお花のコサージュが付いたものと、こちらのAラインのドレスを試着してみたいのですが」
「こちらの二着ですね。ただ今、試着室にお運び致します。相沢さん、もう一着の方をお願いね?」
「はい!」
最初に運んだ時も思ったけど、装飾や布を多く使う分、見た目以上に重量感がある。
サイトには、新郎が新婦をお姫様抱っこしている写真があった。
新婦様の元の体重+ドレスの重さがかかるわけで。その状態で笑顔の写真を撮るのは至難の業だろう。
世の男性も大変だな、なんて他人事のように思うのだった。
店内で流れるクラシックの曲がかすかに聞こえる中、事務所内には優雅さとかけ離れた空気が漂っていた。
「まさかと思うんだけど。その、まさかだったりする?」
「……はい」
「店長から何も聞かされてないの?」
嘘をついても仕方ない。私はこくんと頷く。
同情半分、驚き半分。
感情が素直に表情に出る早見さんは、絶望的な表情で頭を抱えた。
「そんな事ある!? 一番先に話しておかないとダメなところだよね?」
「はい」
「あー、でもあの人の事だから。どうせバレるならいつ話しても同じだよね、とかしれっと言いそう。
相沢さん、どうしてあの人と親戚なの!?」
早見さんは混乱を通り越してご乱心気味だ。敬語が吹っ飛んで素の口調に戻っている。
かく言う私も頭の中が真っ白で、さっきから「はい」しか答えていない。
華やかなBGMが、脳内ではお化け屋敷で流れるようなBGMに変換される。
「ごめんなさい。動揺して取り乱しちゃった」
「いえ…」
ふーっと息を吐き出すと、早見さんは吹っ切れた表情で話してくれた。
「隠される方がいろいろ想像しちゃうと思うから、ハッキリ言うね? さっき相沢さんが見たのは、ろくろ首なの」
「ろく……だって、えっ?」
何となく聞いた事がある。首がとんでもなく長く伸びる妖怪だったはず。
それも、お化け屋敷にある機械仕掛けの人形じゃなくて、本物のろくろ首。
昔の時代ならまだしも、この現代に?
……と言うか、八百坂様が妖怪だと新郎様は知っているんだろうか。
私の様々な疑問を察した早見さんは、眉を八の字にして困ったように笑う。
「新郎様も知ってると思うよ。木守様は鬼の一族だから」
「おにって、あの泣いた赤鬼とかの?」
「同じ一族なのかは分からないけど。もしかしたら、祖先の誰かだったりするかもね?」
「そんな」
昔話みたいな事が現実で起きている。話を聞いてもまだ信じられない。
怪訝な視線を向ける私に、早見さんは真剣な表情で口を開く。
「ここは、あやかし専門の貸衣装店。あやかしってのは物の怪や神様みたいに、人外の存在の総称だと思ってくれればいいから」
厳密には違うんだけど、そこを説明すると長くなるから。早見さんはざっくり補足する。
荒唐無稽な話なのに、何故かそれはすとんと腑に落ちる。
あやかし専門のお店。
人外の存在が訪れる場所なのだから、首が伸びても誰も驚かないのか。
(最初のカウンセリング用紙にあった“種”って、種族って意味だったんだ!)
ようやく謎が解けて脱力する。
さすがに、「何の種がお好きですか?」なんて会話が繰り広げられるとは思わないけど。
どうして記入する必要があるんだろう、ってずっと不思議だった。
「ん~? 意外と冷静だね」
「いや、衝撃的過ぎて訳が分からないと言いますか」
「今は混乱してると思うけど。お客様を待たせているから、私もじっくり説明しているヒマが無くて。
ここで就業時間までじっとしているか、お店に出るか。どうする?」
早見さんの申し訳無さそうな声に、罪悪感で胸が痛む。私は無言で考えを巡らせた。
あやかし専門のお店。
私にも人並みの恐怖心はあるし、未だに衝撃を引きずっている。
けれど、知らなかったとは言え、飛び込んできたのは私の方だ。
(誰にも必要とされなかったところに、手を差し伸べてくれたのはこのお店だけ)
悩んだ末に私は早見さんの顔を正面から見つめる。
「戻ります。私は働く為にここに来たので」
「うんうん、良い顔だね! くれぐれも驚いたり、悲鳴をあげたりしないようにね?」
「はい!」
気を引き締めて私達は店内に戻った。
八百坂様は二人で戻ってきた事に驚き、口元を隠すように手を添える。
「体調は大丈夫ですか?」
私達が事務所にいる間に、八百坂様の首は普通の長さに戻っていた。
「ご心配をおかけしてすみません!」
「実は彼女、昨日は緊張で寝られなくて、目眩を起こしてしまったようです。
少し休んだら落ち着いたようですし、ご心配なく」
何故だかおろおろしている八百坂様は、それを聞いてほっとしたように微笑んだ。
「てっきり、私の姿を見て驚かれたのかと」
鋭い。素直に答えるわけにはいかないので、私はブンブンと首を振って否定する。
早見さんは苦笑いをしつつ、曖昧にごまかした。
「普段は気を付けているのですが、興奮したり、機嫌が良いと素の姿に戻っているようで。本当にお恥ずかしい限りです」
恥ずかしそうに頬を染める八百坂様。
その姿は何処にでもいる普通の女性で、無意識に発動していた警戒心がわずかに和らぐ。
「いえいえ、お気になさらず! ここはあやかし専門の衣装店ですから、わたくし共も心得ておりますので」
おおらかに笑い飛ばす早見さんの隣で、私は冷や汗がダラダラ流れる。
人間とか、あやかしってのは置いといて。
私は半人前とはいえ、お給料を貰って働いているんだから。プロとして求められることをこなさないと。
「気になるドレスはございますか?」
「新作のお花のコサージュが付いたものと、こちらのAラインのドレスを試着してみたいのですが」
「こちらの二着ですね。ただ今、試着室にお運び致します。相沢さん、もう一着の方をお願いね?」
「はい!」
最初に運んだ時も思ったけど、装飾や布を多く使う分、見た目以上に重量感がある。
サイトには、新郎が新婦をお姫様抱っこしている写真があった。
新婦様の元の体重+ドレスの重さがかかるわけで。その状態で笑顔の写真を撮るのは至難の業だろう。
世の男性も大変だな、なんて他人事のように思うのだった。
0
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる