就職先は、あやかし専門の衣装店でした

らむね

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今はまだ、小さな光でも

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「手を前に出して頂けますか?」
「はい」

 訳が分からないまま手の平を上に向け、両手を差し出す。
 ちょこんと手の平に置かれたのは、スマホや鞄に付けられそうな赤い紐のストラップ。先端には木に色を付けたお魚が付いていた。
 赤い下地に金色の絵の具で表現された鱗。やたら目がクリッとして、唇はぷっくりしている。

(このお魚、美人。いや、美魚だな)

 どこかのお土産だろうか。
 そんな事を考えていると、新郎様はニコニコと人のいい笑顔を浮かべた。

「相沢 蛍火さん。貴女の人生に幸あらん事を」

(ん?)

 いつの間にか、猫を抱っこするように謎の物体を抱えている。木彫りの熊のようなそれはよく見るとお魚の形をしていた。
 華やかな店内では浮いている事も有り、失礼ながら凝視してしまう。

 新郎様がその物体を何度か撫でると、私の全身にキラキラした光の粒が降り注ぐ。
 触れると溶けてしまいそうな淡い金色の光。
 照明の光を受けてキラキラ輝く光景を見ると、何とも幸せな気分になる。光の粒はポカポカと温かく、気を抜くと眠気で瞼が下がってきそう。

 しばらくそうしていると光は薄れ、やがていつもの店内に戻った。
 光が消えてもまだ夢の中にいるような、全身が不思議な浮遊感に包まれている。

「良かったですね、相沢さん。加護を頂けて」
「かご?」
「神族から直接加護や祝福を授けて頂けるのはありがたい事ですから。何か良い事があると思いますよ」
「ありがとうございます!」

 いつの間にか抱えていた木彫りは消え、ゆったりとした貫禄かんろくのある動作で新郎様は男性用の試着室に向かう。
 その背後で私は密かに首を捻った。

 帰宅後に待ち受ける衝撃はさておき。今は目の前の接客に全力を尽くさないと。
 ボケッとしていた私はストラップをポケットにしまい、小走りで姫和様の元へ向かう。

「お待たせして申し訳ございません!」
「お気になさらず。和明さんから話があると聞いていましたから」

 三週間前にお会いした時と少し印象が異なる。
 一人で抱えていた事を海老沢様に話せた事で、肩の力が抜けたのかもしれない。少しだけ表情が明るくなったような気がする。

「がむ……頑張ります! よろしくお願いします!」

 緊張し過ぎて噛んだ。
 失態をカバーする勢いでお辞儀をすると、姫和様は顔の前で両手を振る。

「こちらこそ、ご迷惑をおかけしてすみません。今日はよろしくお願いします」
「いえいえ。こちらこそ、本当にありがとうございます!」
「……お二人共。そんなに何度も頭を下げたら首を痛めますよ」

 互いにペコペコと頭を下げ合う私達を見て、早見さんが苦笑混じりに止めに入る。
 姫和様の担当は私だけど、さすがにいきなり一人で接客を任せるはずもなく。今日も補佐として早見さんが付いてくれる。

「こちらのタイプをご所望と言う事でしたので、新作を含めて四点ご用意しております。
 お気に召す物が無ければ、別のドレスを選ぶ事も可能でございます」

 よしっ、言えた!
 姫和様の再来店が決まってから、トレーニングを詰んできたのだ。
 本棚に収納しておいたビジネスマナーの本を引っ張り出し、何度も敬語の使い方を呟いて練習してきた。

 あんなに特訓したのに。
 実際にお客様を前にすると、自分の言葉遣いが正しいのか分からなくなってくる。
 まぁ……ごじゃります、と変な日本語を喋らなかっただけ上出来かな。

「実際に見てみると、思ったより露出するものなんですね」

 姫和さんはドレスを前にして怯んでいるようだった。

 ラックに掛けてある四着は、いずれも首周りやデコルテを見せるデザインのもの。
 電話でお願いされた時は驚いた。
 てっきり袖が付いていたり、露出の少ないデザインを選ぶと思ったから。

「こちらは新作のmareマーレ。高級シルクとされるミカドシルクの布で波を、スパンコールは水しぶきを表現しています。
 シルクの質感と立体刺繍が美しい、ハートカット型のビスチェとなっております」

 ビスチェとは肩紐がなく、両肩を露出したドレスのこと。
 首周りのラインが美しく見えるタイプで、ドレスと言われて想像するのはこのデザインが多い。

 大人しい姫和さんの印象とは異なるけど。
 新作のドレスは予約が殺到するので、一般的なサイズを着たいと思った時には一~二ヶ月待ち、という事はよくある。
 姫和さんもあまりピンと来ていないようだが、そういった事情を説明すると納得して貰えた。

「二着目はオフショルダー。王道の形で刺繍も控えめですが、後ろのくるみボタンが甘すぎない大人っぽさと清潔感を与えてくれます」

 オフショルダーとは肩が見えるくらいまで大きく開いたデザインのもの。
 鎖骨が綺麗に出るので華奢なイメージに見える。
 ビスチェと違って袖がある分、動いた時にドレスが下がる心配も無い。

「この二着目のを着てみたいです」
「はいっ! 準備致しますのでこちらでお待ち下さい」

 試着室の中にドレスを運び、着やすいように整えていく。脳内で盛大にガッツポーズをキメるのも忘れない。

 最初に訪れた時もくるみボタンのブラウスを着ていたから。クラシカルなデザインが好きなのかもしれない、という予想が大当たり。
 うちで扱っているドレスを見比べたり、最近のトレンドを調べた甲斐があったと言うものだ。

 正面の鏡に映る自分はニヤニヤして、緩みまくっている。それに気付くとキリッとした表情に直す。

「このあざ、桜ですか?」

 簡単に髪をまとめていると、背中側の右肩にお花形の痣があった。
 素で口にしてしまい、慌てて両手で口を塞ぐと姫和さんは穏やかに笑う。自然体の笑顔は爽やかな身軽さを感じた。

「神族の証のようなもので、私と弟は桜の形をしているんです」
「本当に神様なんですね。何だか触れるのも畏れ多い」

 切れ込みの入ったピンク色の五枚の花びら。ミミズ腫れのようにそこだけ皮膚に厚みがある。

「うちは昔と違って神力が衰えているので。私に出来る事と言ったら、せいぜい枯れかけた植物を回復させたり、少しだけ食材を美味しく出来る程度で…」

 生物でも植物でも、命の根幹に関わる力って充分神様っぽい。神族として育ってるから普通のハードルが高くなっているのでは…。
 困ったように笑う姫和さんの後ろで、私は渋い表情で唸るのだった。
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