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あやかしのお姫様①
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「近寄るでない! 小娘がどうなっても良いのか」
私の首に女性の左腕が回されている。力はほとんど込められていないから、逃げようと思えば逃げられるんだけど。
袖の無いワンピースから伸びる腕は生温くて、ふにっとしていた。
彼女が動く度にふわりと香るお花の香り。
香水ほど強い香りではなく、それでいて上品でみずみずしい香りがする。
(暑い…せめて、室内でやってくれないかな)
外にいると立っているだけで汗ばんでくる陽気。湿度高めの蒸れた空気が鬱陶しい。
見上げた空は春に見た時よりも青が濃くて、アニメみたいな入道雲が浮かんでいた。
恨みでもあるのか、と言いたくなるくらいさんさんと太陽が照りつける。熱を帯びる頭頂部に、ふと禿げたりしないだろうかと心配になった。
「花緒。無関係の方を巻き込むのは関心しません」
「煩い! 誰のせいだと思っておる!」
『うわっ!?』
ボンッという音の直後、彼女の右腕から青白い炎が上がり、周囲の人垣から小さな悲鳴が漏れた。
集まった人達が慄くように後ずさる中、黒髪の男性だけが腕を組み、じっと女性を見つめる。
「……っ!」
手の平に浮かぶ火の玉は小玉スイカくらいの大きさがあった。
しかし、女性は熱さに悶え苦しむどころか、すべすべのお肌は綺麗なまま。
不思議と言えば、こんなに至近距離にいるのにちっとも炎の熱さを感じない。
炎を出した瞬間、少しだけ喉を押さえる腕に力がこもったけど。私は別の意味で驚いて声が出せなかった。
(中堂様、お胸が豊かでいらっしゃる!)
ベルトでキュッと結んだ腰のくびれから、スタイルの良い方だなとは思っていた。互いの体が密着した事で、背中越しに伝わる感触に目を丸くする。
良い香りがする事もあり、同性ながらどぎまぎしてしまう。
「中堂様、落ち着いて下さい!」
「わらわは人間の小娘と話をする。誰も近寄るでない! 邪魔をする者はまとめて消し炭になると思え」
(こんなドラマみたいな事、本当に起こるんだ……ってバカっ! 馴染んでどうするの!!)
あやかしに人質に取られ、すぐ近くに火の玉が浮かんでいるのに。
あやかしの多くはほとんど人間と変わらないし、それを上回るクセの強さに感覚が麻痺していた。
(そもそも、何でこんな展開になったんだっけ?)
空を見上げ、太陽の眩しさに目を細める。
◆◆◆
「これで五十九足目……これだけ綺麗にしてあれば、さすがの倉地さんも文句の付けようがあるまい」
この場に一人しかいないのを良い事に、私は気持ちの悪い笑みを浮かべた。
時を遡ること二週間前。
意地悪な継母(倉地さん)により、私はお店にある全ての靴磨きを命じられた。
まずは箱に表示されているサイズ・色と中身が合っているか確認。
それを終えると爪で引っ掻いて傷付けないよう、慎重かつ丁寧に靴を磨いていく。
「終わった。ずっと俯いてたから肩がこった」
店長も「倉地君が言うならそうするしかないねぇ」なんて全く取り合ってくれず、半日の時間を要してようやく最後の一個を磨き終えた。
「靴磨き、終わりまし……た?」
事務所に戻るも何故だか空気が重い。どんよりした空気に首を傾げた。
「ズルい! 私も男性に生まれたかった!」
「いや、こっちもこっちでピリッとしますけどね」
「噂には聞いていたけど、本当に式を挙げるんだ。ビッグニュースだねぇ」
早見さんは頭を抱えて座り込み、武ノ内さんは困ったように笑う。
店長は一人だけ泰然と構え、のほほんとした口調で返すのだった。
「この日、とは?」
「狐の嫁入り! それも中堂様は、白狐の一族の中でもお姫様にあたる存在……お姫様だよ!?」
二回言った。いつもニコニコしている早見さんが、あんなに取り乱すなんて珍しい。
さっぱり状況が分からず、舞台を観劇しているかのように大人しく成り行きを見守る。
(狐の嫁入りって、晴れているのに小雨が降る現象の事だっけ?)
中堂様はレンタルご希望なのかな。
一人だけ事情が分からない私は、雨だと衣装に土が跳ねて汚れるからなぁ…なんて考えていた。
Bertinaでは隣のAuroraで挙式・披露宴を行う新郎新婦の他に、別の場所で挙式や撮影を行う方に衣装を貸し出している。
(持ち込み料というものがかかり、衣装代とは別料金だったりする)
「中堂様はこの結婚に乗り気じゃないから、相当荒れているみたいで」
「結婚相手が陰陽師なら、大抵のあやかしは複雑な感情を抱くよ」
「陰陽師!?」
あまりに驚き過ぎて、私の声が事務所中に響き渡ってしまう。
状況を把握出来ていないのは私だけ。他のスタッフは眉を寄せ、気難しい顔で予約表を眺める。
「佐波がいると少しは楽なんですけど。その日は出勤ですか?」
「残念な事に、テスト期間中でバイト禁止だよ」
「あ~……そう言えば学生だった」
話の腰を折るべきではないと思ったけど。元気よく挙手をして存在感をアピールする。
「あのっ、どうして倉地さんがいると良いんですか?」
「天狗は獣の狐を見下している……と言うとアレだけど。長野の飯縄権現の烏天狗は使役している白狐の背に乗る、ってのが有名な話かな」
「もしくはダキニ天様って聞いた事ない?」
「鶏天とか、ちくわ天みたいな感じですか?」
その瞬間、空気が凍った。出来の悪い子を見る視線ならまだしも。
三人は笑顔のままフリーズしてしまい、まるで夏の心霊体験を聞いたかのようなリアクションをされる。
果たして、あやかしの彼らが幽霊に遭遇して驚くのかは分からないけど。
「ひぇぇ……時代の流れって恐ろしい」
「今や、あやかしがスマホやICカードを使いこなす時代ですよ」
「と言うより、蛍火だからだよねぇ?」
「叔父さんのは純粋に悪口だよね!?」
叔父である店長は悪びれもせず、にこりと笑った。
私の首に女性の左腕が回されている。力はほとんど込められていないから、逃げようと思えば逃げられるんだけど。
袖の無いワンピースから伸びる腕は生温くて、ふにっとしていた。
彼女が動く度にふわりと香るお花の香り。
香水ほど強い香りではなく、それでいて上品でみずみずしい香りがする。
(暑い…せめて、室内でやってくれないかな)
外にいると立っているだけで汗ばんでくる陽気。湿度高めの蒸れた空気が鬱陶しい。
見上げた空は春に見た時よりも青が濃くて、アニメみたいな入道雲が浮かんでいた。
恨みでもあるのか、と言いたくなるくらいさんさんと太陽が照りつける。熱を帯びる頭頂部に、ふと禿げたりしないだろうかと心配になった。
「花緒。無関係の方を巻き込むのは関心しません」
「煩い! 誰のせいだと思っておる!」
『うわっ!?』
ボンッという音の直後、彼女の右腕から青白い炎が上がり、周囲の人垣から小さな悲鳴が漏れた。
集まった人達が慄くように後ずさる中、黒髪の男性だけが腕を組み、じっと女性を見つめる。
「……っ!」
手の平に浮かぶ火の玉は小玉スイカくらいの大きさがあった。
しかし、女性は熱さに悶え苦しむどころか、すべすべのお肌は綺麗なまま。
不思議と言えば、こんなに至近距離にいるのにちっとも炎の熱さを感じない。
炎を出した瞬間、少しだけ喉を押さえる腕に力がこもったけど。私は別の意味で驚いて声が出せなかった。
(中堂様、お胸が豊かでいらっしゃる!)
ベルトでキュッと結んだ腰のくびれから、スタイルの良い方だなとは思っていた。互いの体が密着した事で、背中越しに伝わる感触に目を丸くする。
良い香りがする事もあり、同性ながらどぎまぎしてしまう。
「中堂様、落ち着いて下さい!」
「わらわは人間の小娘と話をする。誰も近寄るでない! 邪魔をする者はまとめて消し炭になると思え」
(こんなドラマみたいな事、本当に起こるんだ……ってバカっ! 馴染んでどうするの!!)
あやかしに人質に取られ、すぐ近くに火の玉が浮かんでいるのに。
あやかしの多くはほとんど人間と変わらないし、それを上回るクセの強さに感覚が麻痺していた。
(そもそも、何でこんな展開になったんだっけ?)
空を見上げ、太陽の眩しさに目を細める。
◆◆◆
「これで五十九足目……これだけ綺麗にしてあれば、さすがの倉地さんも文句の付けようがあるまい」
この場に一人しかいないのを良い事に、私は気持ちの悪い笑みを浮かべた。
時を遡ること二週間前。
意地悪な継母(倉地さん)により、私はお店にある全ての靴磨きを命じられた。
まずは箱に表示されているサイズ・色と中身が合っているか確認。
それを終えると爪で引っ掻いて傷付けないよう、慎重かつ丁寧に靴を磨いていく。
「終わった。ずっと俯いてたから肩がこった」
店長も「倉地君が言うならそうするしかないねぇ」なんて全く取り合ってくれず、半日の時間を要してようやく最後の一個を磨き終えた。
「靴磨き、終わりまし……た?」
事務所に戻るも何故だか空気が重い。どんよりした空気に首を傾げた。
「ズルい! 私も男性に生まれたかった!」
「いや、こっちもこっちでピリッとしますけどね」
「噂には聞いていたけど、本当に式を挙げるんだ。ビッグニュースだねぇ」
早見さんは頭を抱えて座り込み、武ノ内さんは困ったように笑う。
店長は一人だけ泰然と構え、のほほんとした口調で返すのだった。
「この日、とは?」
「狐の嫁入り! それも中堂様は、白狐の一族の中でもお姫様にあたる存在……お姫様だよ!?」
二回言った。いつもニコニコしている早見さんが、あんなに取り乱すなんて珍しい。
さっぱり状況が分からず、舞台を観劇しているかのように大人しく成り行きを見守る。
(狐の嫁入りって、晴れているのに小雨が降る現象の事だっけ?)
中堂様はレンタルご希望なのかな。
一人だけ事情が分からない私は、雨だと衣装に土が跳ねて汚れるからなぁ…なんて考えていた。
Bertinaでは隣のAuroraで挙式・披露宴を行う新郎新婦の他に、別の場所で挙式や撮影を行う方に衣装を貸し出している。
(持ち込み料というものがかかり、衣装代とは別料金だったりする)
「中堂様はこの結婚に乗り気じゃないから、相当荒れているみたいで」
「結婚相手が陰陽師なら、大抵のあやかしは複雑な感情を抱くよ」
「陰陽師!?」
あまりに驚き過ぎて、私の声が事務所中に響き渡ってしまう。
状況を把握出来ていないのは私だけ。他のスタッフは眉を寄せ、気難しい顔で予約表を眺める。
「佐波がいると少しは楽なんですけど。その日は出勤ですか?」
「残念な事に、テスト期間中でバイト禁止だよ」
「あ~……そう言えば学生だった」
話の腰を折るべきではないと思ったけど。元気よく挙手をして存在感をアピールする。
「あのっ、どうして倉地さんがいると良いんですか?」
「天狗は獣の狐を見下している……と言うとアレだけど。長野の飯縄権現の烏天狗は使役している白狐の背に乗る、ってのが有名な話かな」
「もしくはダキニ天様って聞いた事ない?」
「鶏天とか、ちくわ天みたいな感じですか?」
その瞬間、空気が凍った。出来の悪い子を見る視線ならまだしも。
三人は笑顔のままフリーズしてしまい、まるで夏の心霊体験を聞いたかのようなリアクションをされる。
果たして、あやかしの彼らが幽霊に遭遇して驚くのかは分からないけど。
「ひぇぇ……時代の流れって恐ろしい」
「今や、あやかしがスマホやICカードを使いこなす時代ですよ」
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