就職先は、あやかし専門の衣装店でした

らむね

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少し早めの紅葉鑑賞

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「へぁ…結婚、したい…?」

 爺やさんは間の抜けた顔になり、力なく垂れるしっぽと共に戦闘態勢が緩んでいく。

「わらわはこの時代に生まれて良かったと思うぞ。あやかしと人間が結ばれても、白い目で見られる事もない。無理やり引き離される事も無い」
「姫様…」
「好いた相手と添い遂げる事も、離れる事も。全て自らの意志で決められる時代になったのじゃ」

 中堂様はふっと柔らかく笑いかける。凄みを効かせたわけでも、責め立てたわけでもないのに。
 それは不思議としっくりなじんで心に訴えかける。

「わらわは真朱と共に生きる」
「しかしっ、人間とあやかしでは寿命が」
「覚悟の上じゃ。それを言うなら、初穂はつほ伯母さまも人間と結婚したが、いつも幸せそうに笑っておるではないか」
「それは、そうですが」

 爺やさんが目を伏せる。
 あの爺やさんが大人しくなっちゃうくらい、仲睦なかむつまじいご夫婦らしい。

「それに、おぬしが父上を説得したところで無駄じゃぞ」
「何故です!?」
「この前、真朱と結婚出来ないのなら親子の縁を切る、と絶縁状を叩きつけておいた」
「何とむごいことを…」

 すっかり意気消沈してしまった爺やさん。ちょっと老けたように見える。
 可哀想だけどお店に迷惑をかけたのは事実だから。少しは反省して貰わないと。

 それにしても、てっきり中堂様を溺愛して止まない爺やさんが暴走したのかと思ったら。
 絶縁状を叩きつけられ、この世の終わりのような顔でうなだれる白狐一族の長の姿が容易に想像できる。

「うちの者が失礼した。草履代は弁償する。他にも被害があれば遠慮なく請求してくれ」
「店長に報告した後になりますが、草履は予備があるので問題ありませんよ」
「そうか。ならば、一件落着じゃ」
「待って下さい。まだ解決していませんよ」

 真剣な表情で芦屋様が口を開く。どことなく決意のこもった瞳にこちらまで緊張してきた。
 就活の時の張り詰めた空気を思い出し、私はごくんと唾を飲み込む。

「何で相沢さんまで真剣な表情に…」
「武ノ内さん静かに。 今、見逃せない展開なんですから!」
「二人とも不謹慎ですよ」

 武ノ内さんはわずかに眉を寄せ、小声で注意する。見た目は爽やかで少しチャラそうだけど、根は真面目な河童である。

「……三人共うるさいんですけど」

 芦屋様にジロッと睨まれ、武ノ内さんと早見さんは即座に謝罪の言葉を述べた。
 二人とも額に脂汗が浮かんで硬直。土蜘蛛の早見さんに至っては血の気が引き、真っ青だった。

 人間の私にはよく分からないけど。
 あやかしにとっては、現代の今でも陰陽師は敵に回したくないんだ。
 妙な部分に感動していると、視界の端で「お前、この状況で何をのんきなことを…」と呆れる烏天狗の顔が見えた。

「思い悩んでいた事とは何です? この際、全部ぶちまけてしまったらどうですか」
「全部終わったのだからよかろう」
「解決したのはそちら側の事情で、僕ら二人の問題は何も解決してませんよ」

 話を蒸し返され、中堂様は眉間にシワを寄せる。見るからに不機嫌そう。
 けれど、あやかしの宿敵とも呼べる陰陽師はそんな事では怯まない。

「花緒は僕に何を隠しているんです?」
「何も無いと言っておるであろう! 話はこれで終わりじゃ」
「今日だけの話じゃありません。ずっと気付いていましたよ、花緒が何かを隠していること」
「それは…」

 女王様然とした余裕が崩れ、一転して弱腰の中堂様。もう言っちゃった方が早いと思うけど。
 お姫様としてのプライドがあるのか、かたくなに認めようとしない。意地でも言いたくない中堂様はプイッと顔を逸らした。

「それだけの覚悟があるのなら、ちゃんと聞かせて下さい」

 店内は再び緊張感に包まれた。
 全員の視線が集中し、隠し通せないと悟ったのか。中堂様は眉間にシワを刻み、ギュッと拳を握る。

「結婚するまでに、真朱の恥ずかしい秘密を知りたいだけじゃ!」
「え?」
「そんなに怒らずとも、少し悪戯心が芽生えただけであろう!? おぬしはいつも澄ました顔ばかりで、たまには照れ顔も見たいと思って何が悪いのじゃ!」

 ヤケになって叫んだ挙げ句、逆ギレ。
 バカっプル特有の甘酸っぱい空気に、従業員一同はソワソワし始める。

(もしかして、キスとかしちゃったりして!?)

 チャペルで見るキスは神聖なものに思えるのに。それ以外の場所で見るキスは恥ずかしい。
 気恥ずかしさから何となく早見さんを見る。
 早見さんは既に両手で顔を覆いつつ、指の隙間からしっかりお二人を凝視していた。見る気満々じゃないですか。

「はぁ……何を言われるかと思えば、そんな事ですか」
「た、溜め息をつくでない!?」
「姫様に溜め息をつくなど無礼千万! 悔い改めよ」

 さっきまであんなにしょげていたのに。元気を取り戻した爺やさんは必死にもがいて脚を動かす。
 失礼ながら、その姿はプールの縁でバタ足の練習をしている子供にしか見えない。

「溜め息をつきたくもなりますよ」
「何じゃと!?」
「絶縁状を叩き付けるくらい僕の事が好きなくせに、普段はちっともそんな素振りは見せないし」
「……それは」
「幼い日の天使みたいな僕を見たい、と言うから金髪に染めたのに。何色でも良いがあまり教員を困らせるでないと注意されるし」

 うわぁ……芦屋様の背後にドス黒いオーラが見える。天使みたいな笑顔でものすごーく怒っている。
 対する中堂様は気泡の抜けた炭酸のような、何とも言えない表情を浮かべた。パチ、パチと瞬きをした次の瞬間、林檎のように赤い顔でふらふら後ずさる。

「髪を染めたのは、わらわの為?」
「鈍感でも許されるんですから、姫君という立場は便利ですね」
「貴様……姫様を愚弄するなど許さんぞ!」
「ご老体なんですから、あまり無茶をなさらないで下さい。貴方が暴れると縛り付ける僕が余計な力を消費するので」
「貴様~~っ!!」

 ジタバタと暴れるも爺やさんの拘束は解けない。
 どこか吹っ切れた様子の芦屋様は、爺やさんの小言をしれっと聞き流す。

『………………』

 一方、赤面したままフリーズしていた中堂様。
 私達の視線に気付くとドレスの裾を持ち上げ、猛スピードで試着室に駆け込んだ。

 視線を芦屋様に向けると、揉め事なんて無かったような澄まし顔に戻っている。
 けれど、耳は紅葉のように真っ赤に染まっていて。
 ニヤニヤを堪えつつ、後でこっそり新婦様に教えて差し上げようと企むのだった。
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