維新竹取物語〜土方歳三とかぐや姫の物語〜

柳井梁

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第2章 再会と始まり

朝餉の準備が終わる頃には屋敷のどこかから剣術の稽古に励む男達の声が聞こえきた。

武道に無縁の薫だったが、少しだけ興味が湧いて道場を覗いてみた。

そこには現代の世とも変わらぬ胴着を纏い、竹刀や木刀を奮って汗を流す男達の姿があった。

稽古は激しいもので、幾重もの男達が壁に叩きつけられたり床に倒れ込んだりしている。

そして、男達を叩きのめしている張本人は沖田を始めとして、
昨日声をかけてきた永倉、原田そして藤堂であった。



みんな、強いんだな。



それが薫の率直な感想だった。

「剣術に興味がおありですか。」



いつの間にか後ろに誰か立っていたらしく、頭の上から物腰の柔らかな男の人の声がした。

振り向けば微笑を浮かべた知的な男性が立っている。



「あ、ま、賄い方が出過ぎた真似をしました!」

すみません、と謝って台所に戻ろうとしたが、去り際に腕を掴まれ阻止されてしまった。

「そんなことはありませんよ。新選組隊士たる者剣術を疎かにしてはいけません。」

「で、でも、私一度も竹刀を振ったことありません。」

恐る恐る上目遣いで見上げると、男は微笑を崩さぬままの表情でこちらを見ていた。


「それでは、私がお教えしましょう。毎日というわけにはいきませんが、空きを見て声をかけて下さい。」

「ほ、本当ですか!あ、ありがとうございます!」

薫は勢いよく頭を下げた。

やれるかわからないけど、現代にも帰れない今、残された場所はここしかない。

「私は副長山南敬助と申します。」

「あ、東雲薫と申します。以後お見知り置きを!」

「言われずとも、土方君から君のことは聞き及んでいますよ。」


「おい、東雲!油を売ってないで仕事に戻れ!」

道場の中から薫の姿を認めた副長から怒号が飛ぶ。

薫は首をすくめると男に一礼して台所に戻った。



稽古を終えた男達が食事を受け取りに台所へやって来る。

腹を空かせた彼らは我先にと茶碗を奪うようにして薫の渡す茶碗と箸を取っていく。

「おい、俺が先だ!」

「それは俺のもんだよ!返せ!」

「皆の分はちゃんとありますから並んで受け取ってください!」

台所の勝手の方に回って配膳を助ける人が現れた。

「あ、ありがとうございます。」

「勘定方河合耆三郎と申します。剣術の稽古は免れております故、お手伝いさせてください。」

「恩に着ます。ささ、皆さん2列に並んで受け取ってください。」

「薫さーん!」

奥の方から名前を呼ぶ声がする。

忙しい時に何のようだと苛立ちを隠さぬまま返事をすると
沖田の顔が黒山の人だかりに紛れてちらちらと顔を出す。


「いかがされましたか、沖田先生?」

「先生だなんて、やめてくださいよ。気恥ずかしいな。」

「皆さん、沖田先生と呼んでらっしゃるから。」

「そんなことより、土方さんが呼んでます。俺の小姓はいつになったら俺の配膳するんだって駄々捏ねてますよ。」

「そう言われても、ここで皆さんの配膳するので一杯一杯なのに。」

「東雲殿、助太刀致す!」

新選組監察方島田魁、と名乗った大男は顔に似合わず器用な男でお玉を手に取り丁寧に、
しかし素早く茶碗を渡していく。

「副長の小姓でもあるのだろう。そちらへ参られよ。」

「か、かたじけない!」

島田の口調に吊られて武士言葉で謝辞を述べると熱々のお茶を湯呑みに入れて急いで幹部の集う大広間へ急いだ。




大広間には不機嫌な表情の土方が腕組みをして座っていた。

大広間の上座に座る近藤も苦笑を浮かべて朝餉の沢庵を口にしていた。


「土方さん、お連れしましたよ。」

「遅い!」

「は、はい!申し訳ありません!」



ふと、思い出す。

昔も私が傍に座ってご飯をよそってあげないと、薫が横にいないと飯を食わぬと我儘を言っていたことを。



「俺の横ではない。」

土方の横に座るや否や、土方に怒られてしまった。

戸惑いの表情を浮かべると、
局長の後ろに控え皆の配膳に目配りをするのがお前の役割だろうと薫にだけ聞こえるような声で叱責された。

そうか、と局長の後ろに座りお櫃を傍に置く。


「それじゃあ、もう一杯貰おうか。」

近藤は土方とは対照的におおらかな笑顔を浮かべ、薫にからの茶碗を手渡した。

「は、はい!」

そう答えてお櫃の白飯を近藤の大きな茶碗の中に注ぐ。

「薫さん、私もいただきます。」

「俺も!」

「私もいただこうかな。」

「・・・。」


近藤の茶碗を膳の上に置くとすぐに、たくさんの空になった茶碗が薫の前に突き出された。

ただいま、と笑顔を浮かべて白飯をついだが、
皆が席を立つ頃には薫の顔に浮かぶ表情は笑顔ではなく疲れに変わっていた。

土方はやはり何も言わぬまま、席を立った。



そして、大量の食器を残して大広間には誰もいなくなった。





「お手伝いいたしましょう。」

一人の青年が不意に大広間にやってきて配膳を台所まで運ぶのを手伝ってくれた。

横顔は俳優さんのように美しい、まごう事なき美青年である。




「お忙しいのに、すみません。」

「東雲殿こそ、入ったばかりなのに休む間もなく仕事をされておられる。」

「私は皆さんのように巡察に行くのを免除されてますから。」

これぐらいしかできることはないし、と付け加えるととんでもない、と真剣な声で反論された。

「貴方が来られるまでは交代で賄い当番をしていたのです。
死番を終えた後の賄い当番は精神的にも体力的にもしんどいものでした。」

だから貴方はとても大切な御仁なのです、
と整った顔で真っ直ぐ見つめられながら言われると無意識でも頬を赤く染めてしまう。

男と偽っているのに、いかんいかんと頭を振って気持ちを切り替える。



「そう言っていただけて働きがいがあります。」

ふう、とため息をついてそう答えた。


美青年のおかげで何往復もしなければならないと思っていた片付けも一往復で済んだ。

「大変助かりました。ありがとうございました。」

薫は片付けに取り掛かろうと配膳を手に取った。

しかし、青年は台所を去ろうとはしない。

土間に立ち尽くしたまま作業をする薫をじっと見つめている。


「あ、あの、何か。」

「東雲殿は名の通り良き香りが致しまする。」

じりじりと近づいてくる美青年。薫は唖然としたまま、身動きを取ることができない。

首筋に彼の顔が近く。彼が吐き出した息が首筋にかかり、こそばゆい。



「な、なななな。」

「この香りを味わってしまっては副長も離してはおけますまい。」

「そそそそそ、そういう仲では!」

薫の両肩に彼の手がぽんと置かれた。

まだ、彼の顔は薫の首筋に埋もれたままだ。

未経験のことに頭が真っ白になる。

かちんこちんに固まってしまった体は彼のなすがままだ。

気づけば、薫の体は彼の腕の中にすっぽりとはまってしまっている。



「あ、ああの仕事がまだ」

「小十郎です。」

おでこに小十郎の唇が触れた。




キ、キス!!




心臓がバクバクと高鳴り、ますます大きくなっていくばかりだ。

「小十郎ど、殿!お、おやめください。」

「では、私の質問に答えていただけますか?」

ギュッと小十郎の薫を抱く腕の力が強くなる。

「な、なんなりと!」



「副長とはどういうご関係なのですか。」

え、と顔を上げて小十郎を見上げた。

下からのアングルでも切長の瞳と高い鼻筋の美しさは変わらない。

「東雲殿と副長は只ならぬ関係のご様子。」

「ふ、ふふ副長はただの親戚です!こ、ここ小十郎殿が思っているような間柄ではありません!!」

「信じて良いのですか?」

切なげに見つめられ、きゅーと胸の奥を締め付けられた。

「し、信じてください!」

小十郎はふっと笑みを浮かべると、薫の顔にその美しい顔が近づいていく。





キスを知らない薫にも、わかる。

これはキスの距離だと。




薫は目を閉じた。

そして、唇と唇が触れ合う。

そう思ったが、薫の予想に反して降ってきたのは想像を超える言葉であった。

「私は副長をお慕い申し上げてるのです。私の恋路を応援してくださるか?」



ファーストキスだと勘違いして、目まで瞑ってしまった。

何という勘違い野郎なんだ、私は。

顔から火が出るのではないかと思うほど恥ずかしかった。




「あー、えっとその、応援します!私にできることであればなんでも!」

小十郎はほっとしたような笑みを浮かべた。

「それでは、私に副長の動向を逐一教えていただきたいのです。折を見て、思いを告げる所存。」

勘違いの負い目もあって、薫は快諾した。

しかし、その返事が小十郎に伝わることはなかった。

いつになく低い聞き覚えのある声に遮られたからだ。



「やっと尻尾を出したな、楠小十郎。」

その声に顔を上げると小十郎の首筋に鋭い刃が向けられている。

キャッと悲鳴をあげて薫は小十郎から離れた。

小十郎の首筋に刀を当てていたのは、原田であった。



「楠小十郎、長州の間者だな。」

小十郎の甘い美青年の顔は消え、武士の殺気だった顔に変わっていた。



原田の言葉に小十郎は何も答えない。

そして、目にも止まらぬ早さで柄に手をかけたが、
あっという間に小十郎の首筋に原田の刀が刺さり、小十郎は絶命した。

ドサリと重い人形のように小十郎はその場に崩れ落ちる。


瞬く間に濁っていく瞳が彼の死を薫に思い知らせた。

あ、あ・・・という薫の声にならない声が台所に響いた。

そして、配膳を手伝ってくれた島田魁が原田の横に音もなく移動すると、
黙って小十郎の遺体を片付けていく。



さっきまで生きていた人が目の前で殺される。

頬を擦ると生暖かい血で手が濡れた。

鮮やかな赤が目に飛び込んできて、薫の意識はそこで琴切れた。
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