52 / 156
第9章 恋と愛
3
薫は珍しく京の街並みを歩いていた。
賄い方として料理の食材を仕入れるためである。
「それではいつものお野菜とお米を屯所まで届けてください。」
「へえ。まいどおおきに。」
贔屓にしている八百屋と魚屋、それから諸々買い出しを済ませて、屯所に戻る。
しかし、と薫は考えた。
久しぶりのお出かけだし、副長からちょっとお小遣いももらったことだし、
どこか寄り道して帰ろう。
どこがいいかな。
甘味屋?団子屋?それとも…。
ふと、色とりどりの簪が目に留まった。
貝殻が掘られた鼈甲色の櫛。
可愛らしいというよりも、美しい代物に思わず手に取ってそれを眺めた。
「お侍はん、お目が高い!」
店頭に立つ店の人が薫に声をかけた。
「これは今女子衆に人気の品どしてなぁ。」
買ったところでつける機会もないのだから、と薫はその櫛を棚に戻す。
「すまないな、今は手元がないのだ。」
「それは残念。また、御贔屓に。」
上方の人は現金なもので、金がないとわかると途端に冷たくあしらわれてしまう。
買ったところでつける機会もないのだからいいのだけれど、と悔し紛れに心の中で思いながら、また歩き出した。
「東雲どんではごわはんか。」
聞き慣れた薩摩言葉。
声のする方を見ると薩摩屋敷で会った中村がいた。
「中村さん、ご無沙汰しております。」
山南に話をしたいと持ち掛け、更に土方が警戒する相手だ。
薫は中村から目を離さず、会釈程度に頭を下げた。
「土方どんはあの本、受け取っていただけもしたか。」
「え、ええ。まあ。」
「山南どんにも文を送りもしたどん、返事がなくて…。」
「そうですか。」
中村はじっと薫を見たまま、機嫌よさげにそう言った。
中々食えない男だと薫は思った。
土方の所に報告に来る監察方の山崎の話によれば、
薩摩は今長州征伐に乗り気ではなく、
家老連中の首を差し出すことで手打ちにしようと画策しているという話であった。
西郷の腹心として、京に留まるこの男も何かしらの動きをしているのだろう、と薫は踏んだ。
恐らく今もこうして薫を揺さぶることで何か情報を得ようとしている。
「そういえば、西郷先生はお元気ですか。」
「西郷先生は相変わらずでごわす。」
「それは何よりです。では、私は仕事に戻らねばなりませんので。」
「山南どんによろしくお伝えやったもんせ。」
それでは、と中村は軽くお辞儀をすると薫の横をすたすたと過ぎようとした。
「山南先生は、お会いにはなりませんよ。」
薫の言葉に中村は足を止めた。
こちらを振り向かず、しかし体中に殺気が込められている。
薫も負けじといつでも抜けるように臨戦態勢を取った。
「先生が新選組と意を異にすることはありません。」
薫が中村にゆっくりと近づき、そして中村の真横で止まり、彼の方に向き直った。
「そういえば、伊東大蔵どんが京に上ったち、聞きもした。」
伊東大蔵、と聞いて薫は誰のことだろうと考えたが、すぐに先日入隊した伊東甲子太郎のことだと思い至った。
「耳が早いですね。」
「伊東どんと言えば、神道無念流と北辰一刀流を修めた剣豪。
それに尊王攘夷の志篤く、一角の人物とも聞き及んじょいもす。」
ようやく中村は薫の方を向いた。
中村は身長が高く、薫は見下ろされる形になった。
「伊東どんは腐りきった公儀の現状を知って、どげん思うでしょうな。」
揺さぶられている。
そして、乗ってはならぬ。
心臓がバクバクと音を立てる中、薫は高らかに笑い声を上げた。
「尊王攘夷の志に篤いのは近藤局長も土方副長も同じこと。
現状を知ったのならば猶の事、ご公儀の為に働かなければならないと思うはずです。
それとも、中村さんは腐りきったものはいかがすべしとお考えですか。」
中村の体から不意に殺気が消えた。
そして、今度は中村が豪快な笑い声を上げる。
「お前さあは、ほんのこて面白か。」
未だ心臓の音はひどく大きく聞こえたままだ。
「東雲どんを敵には回したくなか。」
ニヤリ、と笑う中村はどこか涼しげで好青年のそれであった。
「あ、会津と薩摩が共に御所をお守りする限り、
私が中村さんの敵になることはありませんよ。」
「共にご公儀のため力を尽くしもんそ。
そいでは。」
いずれは、中村さんと刃を交える日が来るかもしれない。
それがいつになるかはわからないけれど。
薫は彼の姿が人ごみに紛れて見えなくなるまで、彼の後姿を見つめていた。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
局地戦闘機 飛電の栄光と終焉
みにみ
歴史・時代
十四試局戦 後の三菱雷電J2Mとして知られるこの戦闘機は爆撃機用の火星エンジンを搭載したため胴体直径の増加、前方視界不良などが続いたいわば少し残念な機体である この十四試局戦計画に地方の無名メーカーが参加、雷電を超える高性能機が誕生し、零戦の後継として太平洋戦線を駆ける これは設計者、搭乗員の熱く短い6年間を描いた物語だ
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
If太平洋戦争 日本が懸命な判断をしていたら
みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら?
国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。
真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…そして終戦工作 分水嶺で下された「if」の決断。
破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦
そしてそこから繋がる新たな近代史へ
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』
月神世一
SF
【あらすじ】
「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」
坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。
かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。
背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。