維新竹取物語〜土方歳三とかぐや姫の物語〜

柳井梁

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第9章 恋と愛


冬はつとめて。

かの清少納言は冬の季節感をそう評したが、

薫は冬の夜明け前ほど憎むべきものはない。

井戸に水を汲みに行くにも、竈に火をつけるにも手がかじかんで時間がかかる。

ただでさえ、量の多い食事を捌くのに時間がかかるというのに、

単純作業で時間を取られるのはたまらない。

お手伝い衆に起床前の作業をお願いするのは憚られていつも一人でこなすのだが、

あまりの寒さに今日は半べそかきながら朝飯を作っていた。



井戸から水を運ぶ途中、土間の入り口から聞き慣れぬ男の声がした。

「この量をお一人で賄われておるのか。」

近藤が引き連れてきた新しく入って来た隊士の一人だろうか。



「これが仕事ですから。」

そう答えると薫が両手でうんしょ、うんしょと運んでいる水がいっぱいに入った手桶を

男は軽々と片手で持ち去るとかまどの傍まで持って行ってくれた。



「あ、ありがとうございます。」

「礼には及ばぬ。」

薫は男の顔を見上げた。

薄暗くてよく見えなかったが、どこか気品のあるお武家さんといった様子である。

「某は三木三郎。」

「東雲薫と申します。」

「兄上の申しておった『花』とはあなただったのか。」

「兄上…?」

新選組に兄弟で入隊している人は何組かあれども、
薫を「花」と称する男はこの組織の中で一人しか思い浮かばない。

「もしかして伊東先生の弟さんなんですか。」

「兄のように優秀ではないが…血を分けた兄弟だ。」

確かに竈についた火が三木の顔を暗闇に浮かび上がらせたが、
目がぱっちりしている所や鼻筋が綺麗に通っている所は伊東先生にどこか似ている。

「そんな方に水を運ばせてしまって…失礼しました。」

「そんな畏まらなくたって…。

桶を君から取り上げたのは私の意思だ。」

遠くで拍子木の鳴る音がする。

それは隊士の起床を知らせる合図。

これから厳しい朝稽古が始まるのだ。



「私もそろそろ行かねば。薫殿が作る朝餉を糧にひと汗かくとしよう。」

薫はありがとうございました、と頭を下げて道場へ向かう三木を見送った。



伊東道場からやって来た人と話をするのはこれが初めてだった。

土方の傍にばかりいたものだから、彼の伊東を疎む気持ちが移って好意的に見ていなかったが、

向き合ってみると皆いい人なのかもしれないと薫は認識を改めた。



その日の朝食では伊東先生と少しだけ話をする機会があったから、

ちょっと話をしてみたけれど話の端々から教養と気品の良さがにじみ出ていた。



「今日の味噌汁は昆布だしだね。」

「そうです。上方風にしてみました。」

「東の者としては鰹出汁に慣れているけれど、

昆布で丁寧に出汁をとった味噌汁も良いものだな。」

「お気に召していただけて良かったです。」



「味噌汁は鰹に限る、なあ、山南さん。」

「いや、私は…薫君の作る朝餉ならなんでも美味しいよ。」

「この勝負、山南さんに一本だな。」

近藤の執り成しで丸く収まったものの、
土方はこれに限らず常に伊東に対して敵意をむき出しにしているようだった。




その日の晩、思い切って聞いてみることにした。

「副長。」

「なんだ。」

「そんなに伊東先生がお嫌いなんですか。」

「別に嫌いではない。」

「今日の朝ごはん、ちょっと大人げなかったですよ。」

「お前があいつと朝からよろしくやってるからだろう。」

「よろしくって…。世間話をしてただけじゃないですか。」

「あまりあいつと仲良くするな。」

「焼きもちですか。」

バカ、と机に向かったまま話していた土方は薫の方を振り向いた。

「あいつらには気をつけろって意味だよ。」

まったく、とため息をついてまた書類仕事に向き直ったが、耳まで真っ赤にしている。



まったく、素直じゃないんだから。



「そういえば、中村半次郎に会いました。」

土方は筆を止めた。

「何か言ってたか。」

「特には…。でも、中村さんは伊東先生の入隊をご存じでした。」

「ほう。」

「伊東先生は顔が広いみたいですね。」

「そうらしいな。」

「もし、ご公儀がどうしようもないほど腐敗していたら、副長はどうしますか。」

「どうもしねえさ。」

「どうもしないんですか。」

「お上が俺達を必要としている限り、戦い続ける。」



愚問だったか。



「そんなこと言ってねえで、早く寝ろ。」

「嫌です。副長が寝るまで寝ません。」

「最近、憎たらしいな。」

「副長こそ、お疲れなのに、根を詰めすぎても駄目ですよ。」

「今が踏ん張りどきだ。休んでいられるか。」

「副長は年中踏ん張り時なんですね。」

薫は炭が赤く染まった火鉢を土方の傍に寄せた。

「だったら、私もお供しますよ。」

土方は筆を置いて、突然薫を自分の胸元に抱き寄せる。



お互いに何も言わなかったが、お互いの温もりが心地良い。



幕府がどうなろうと構わない。

歳三さんの傍で支えられればそれで充分。

私は貴方の傍にいたい。



今だけは、冬も悪くないと思える。

そんな夜だった。


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