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第10章 誠か正義か
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しおりを挟む小さな堀に囲まれたその寺はまるでお城のように壮大で荘厳であった。
「大きい…。」
寺の中心部に建てられた御影堂と阿弥陀堂を前に薫は圧倒されていた。
先般の戦火の被害を免れ、江戸時代初頭の姿を今もなお残している歴史的建造物である。
「薫君、驚くのはまだ早いよ。
この奥にある書院は安土桃山の当時そのままの造りが残されている。」
「あ、安土桃山って…戦国時代!」
薫の驚き様に山南は笑った。
「その通りだ。無論、京都には平安の頃から残っているものもあるから、彼らからしたら新参者の部類に入るのだろ
う。」
薫は門主への手土産を抱きかかえながら、きょろきょろと周囲を見渡す。
遠くから見ることはあっても、中に入るのは始めてだ。
内装も豪華そのもので、昔の人の極楽浄土に縋る気持ちがわかるような気がした。
「これは新選組の山南敬助殿とお見受けいたす。」
書院造の部屋に案内されて少し経った頃、
京都訛りで武家言葉を使う男が山南達の目の前に現れた。
丁寧に頭を下げ、男は西本願寺侍臣、西村兼文と名乗った。
西村は気を許さぬといった気構えで山南の前に座った。
「門主光如は生憎風邪のため、
お会いになること叶わず私がことを引き受けることに相成り申した。」
「お会いできぬは残念至極にござる。」
山南先生の武家言葉。
山南先生ってこういう時、すこぶるかっこいい。
「此度は西本願寺御厄介になります故、手土産をお持ちいたした。」
「かたじけのうござる。門主光如本復の折、必ずお渡しいたす。」
薫の手に会った紫の包みを山南に渡すとそのまま、西村の手に渡った。
「飛雲閣、誠に素晴らしき造りにござる。」
山南がふと語り出した言葉に西村は大きく反応を示した。
「ご覧にならはったんどすな。」
空気が柔らかくなった。
西村が山南に向けていた殺気が消えた瞬間であった。
「田舎者故、京に上ってからというもの、お西さんには足繁く通っておりました。
この立派な敷地に傷一つつけさせますまい。
この山南が誓って申し上げる。」
「壬生狼がうっとこに来ると皆戦々恐々としておりましたが、
山南殿のような聡明なお方もいはるんどすな。」
「その名を久しぶりに聞きました。
京の治安を守るのが我らの役目。
日々修養し、腕を鍛えておりまする。」
西村は山南の言葉に何度も頷いた。
「貴方にお会いできてよかった。
春が深まった頃には皆さんが越せるよう手はずを整えまひょ。」
「ご配慮痛み入ります。それでは我々はこれにて。」
二人は西本願寺を後にした。
こうして、山南の手腕により長州びいきの西本願寺に首を縦に振らせたのである。
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