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第11章 過去と未来
1
壬生寺の桜が満開に咲き誇る今日、薫達新選組は壬生村を去る。
名残を惜しむように沖田と薫は八木家の庭で子供たちと戯れていた。
「ほんまに行ってまうん。」
「土方さんはああ見えてとても優しい人ですからね。」
「本当に優しい人だったら、こんな無茶な日程で引っ越ししないですよ。」
「この屋敷に居ればいるほど山南さんとの思い出が甦ってしまいますからね。」
八木家の軒先で采配を振るう、その男を見た。
「本当に素直じゃないんだから。」
鬼の副長として皆に恐れられる彼は悲しみや寂しさを表情の裏にひた隠し、
ひたすらに孤独に耐えているのだろう。
「薫、総司、油を売っている暇があったら荷物をさっさと運べ!」
「はい、はい。さっさと引っ越し終わらせて、ぜんざいでも食べに行きましょう。」
「それはいい考えですね。そうと決まれば、土方さんの荷物を取ってきます!」
沖田と薫は土方からの冷たい視線を浴びながら、致し方なく荷物を運ぶことにした。
大八車に荷物を載せて、壬生村から少し行ったところにある西本願寺まで運ぶ。
距離で言えば、そんなに遠くに引っ越したわけではなかったが、
都心近くの西本願寺と田舎の壬生寺では新選組の存在感はまるで違う。
「私たちのお働きが認められたということなんですかね。」
大きなお堂を見上げながら沖田は目を細めて言った。
「これから新選組はもっともっと大きくなって、いつかは…」
日本一にしてみせる。
それが土方の口癖だったが、未来を知っている薫にはその先を口にすることができなかった。
「なんだか薫さん、土方さんに似てきましたね。」
「私、天邪鬼ですか。」
沖田はその言葉にお腹を抱えて笑った。
「それ、土方さんが聞いたら切腹ものですね。」
「土方さんには内緒ですよ。」
二人顔を見合わせて笑った。
今頃、土方は屯所でくしゃみをしていることだろう。
「そこの御仁、貴方は確か…山南殿と一緒にいはった方どすな。」
社務所の方から刀を差した男がこちらに向かって歩いている。
以前山南と挨拶に来た折、会った侍臣の西村であった。
「これは西村殿。これからお世話になります。」
「よろしゅうお頼もうします。それより、山南はんはどこにいはるやろか。」
「その…山南先生は…」
「先日、腹を召されました。」
薫が顔を曇らせてもごもごとしているうちに、隣に居合わせた沖田がはっきりと口にした。
「何故、腹を召されたんどす。」
「詳しくは申せませぬが、立派な最期でした。」
あっけらかんと言った風に沖田が告げるものだから、西村は呆気に取られている。
「そ、そういえば、山南先生がおっしゃっていた飛雲閣を見せてはいただけないでしょうか。」
暗雲立ち込める雰囲気を変えようと薫は以前山南が見たがっていた西本願寺の史跡について尋ねることにした。
「そうどすな・・・。ご案内しまひょ。」
顔から血の気が引いた様子の西村だったが、
飛雲閣に足を進めながら西本願寺の中を説明しているうちに、元の西村に戻ったようだった。
沖田を引き連れて、西本願寺の境内を散策する。
山南の言う通り、幾多の戦乱を乗り越え戦国時代に作られた数々の建物があちこちにそびえ立っていた。
「本当に奥ゆかしい建物ばかりですね。」
「これが、山南はんが言ってはった飛雲閣どす。」
山南先生がご存命であれば、一緒に歩きながら色々教えてくれたのだろうか。
池の水面には飛雲閣の姿が風に揺らめいて映っている。
「水鏡…。」
沖田がぽつりと呟いた。
え、と薫が聞き返すと、歌を口ずさむように沖田は言った。
「差し向かう 心は清き 水鏡。土方さんの詠んだ句ですよ。」
「副長は句を詠まれるんですか。知らなかった…。」
「時折、ずっと部屋から出てこないことがあるでしょう。
あれは句を読むのに熱中しているんですよ。」
「そうなんですか。隊士は副長の穴籠りと呼んで恐ろしがっているというのに。」
「その実、歌を詠んでいるなんて知られたら鬼副長の名も形無しですね。」
ざわり、と飛雲閣に一陣の風が舞う。
「土方さんにとって山南さんは水鏡だったのではないでしょうか。」
まるで対照的な存在だった二人。
温厚で知性溢れる山南に対し、冷徹で何かあれば武に訴える土方。
だからこそ、互いに意見を交わし時には声を荒げることも厭わなかったのだろう。
そうして、二人は近藤勇のために尽くしてきた。
「薫さん、これまで以上に新選組は騒がしくなりますよ。」
沖田は眩いほどに青い空を見上げて言った。
名残を惜しむように沖田と薫は八木家の庭で子供たちと戯れていた。
「ほんまに行ってまうん。」
「土方さんはああ見えてとても優しい人ですからね。」
「本当に優しい人だったら、こんな無茶な日程で引っ越ししないですよ。」
「この屋敷に居ればいるほど山南さんとの思い出が甦ってしまいますからね。」
八木家の軒先で采配を振るう、その男を見た。
「本当に素直じゃないんだから。」
鬼の副長として皆に恐れられる彼は悲しみや寂しさを表情の裏にひた隠し、
ひたすらに孤独に耐えているのだろう。
「薫、総司、油を売っている暇があったら荷物をさっさと運べ!」
「はい、はい。さっさと引っ越し終わらせて、ぜんざいでも食べに行きましょう。」
「それはいい考えですね。そうと決まれば、土方さんの荷物を取ってきます!」
沖田と薫は土方からの冷たい視線を浴びながら、致し方なく荷物を運ぶことにした。
大八車に荷物を載せて、壬生村から少し行ったところにある西本願寺まで運ぶ。
距離で言えば、そんなに遠くに引っ越したわけではなかったが、
都心近くの西本願寺と田舎の壬生寺では新選組の存在感はまるで違う。
「私たちのお働きが認められたということなんですかね。」
大きなお堂を見上げながら沖田は目を細めて言った。
「これから新選組はもっともっと大きくなって、いつかは…」
日本一にしてみせる。
それが土方の口癖だったが、未来を知っている薫にはその先を口にすることができなかった。
「なんだか薫さん、土方さんに似てきましたね。」
「私、天邪鬼ですか。」
沖田はその言葉にお腹を抱えて笑った。
「それ、土方さんが聞いたら切腹ものですね。」
「土方さんには内緒ですよ。」
二人顔を見合わせて笑った。
今頃、土方は屯所でくしゃみをしていることだろう。
「そこの御仁、貴方は確か…山南殿と一緒にいはった方どすな。」
社務所の方から刀を差した男がこちらに向かって歩いている。
以前山南と挨拶に来た折、会った侍臣の西村であった。
「これは西村殿。これからお世話になります。」
「よろしゅうお頼もうします。それより、山南はんはどこにいはるやろか。」
「その…山南先生は…」
「先日、腹を召されました。」
薫が顔を曇らせてもごもごとしているうちに、隣に居合わせた沖田がはっきりと口にした。
「何故、腹を召されたんどす。」
「詳しくは申せませぬが、立派な最期でした。」
あっけらかんと言った風に沖田が告げるものだから、西村は呆気に取られている。
「そ、そういえば、山南先生がおっしゃっていた飛雲閣を見せてはいただけないでしょうか。」
暗雲立ち込める雰囲気を変えようと薫は以前山南が見たがっていた西本願寺の史跡について尋ねることにした。
「そうどすな・・・。ご案内しまひょ。」
顔から血の気が引いた様子の西村だったが、
飛雲閣に足を進めながら西本願寺の中を説明しているうちに、元の西村に戻ったようだった。
沖田を引き連れて、西本願寺の境内を散策する。
山南の言う通り、幾多の戦乱を乗り越え戦国時代に作られた数々の建物があちこちにそびえ立っていた。
「本当に奥ゆかしい建物ばかりですね。」
「これが、山南はんが言ってはった飛雲閣どす。」
山南先生がご存命であれば、一緒に歩きながら色々教えてくれたのだろうか。
池の水面には飛雲閣の姿が風に揺らめいて映っている。
「水鏡…。」
沖田がぽつりと呟いた。
え、と薫が聞き返すと、歌を口ずさむように沖田は言った。
「差し向かう 心は清き 水鏡。土方さんの詠んだ句ですよ。」
「副長は句を詠まれるんですか。知らなかった…。」
「時折、ずっと部屋から出てこないことがあるでしょう。
あれは句を読むのに熱中しているんですよ。」
「そうなんですか。隊士は副長の穴籠りと呼んで恐ろしがっているというのに。」
「その実、歌を詠んでいるなんて知られたら鬼副長の名も形無しですね。」
ざわり、と飛雲閣に一陣の風が舞う。
「土方さんにとって山南さんは水鏡だったのではないでしょうか。」
まるで対照的な存在だった二人。
温厚で知性溢れる山南に対し、冷徹で何かあれば武に訴える土方。
だからこそ、互いに意見を交わし時には声を荒げることも厭わなかったのだろう。
そうして、二人は近藤勇のために尽くしてきた。
「薫さん、これまで以上に新選組は騒がしくなりますよ。」
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