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第11章 過去と未来
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しおりを挟む「がんばれ、あと少しだ。」
険しい坂道が続く。
曲がりくねって先が全然見えない。
一体、この山道はいつまで続くのだろうか。
足が棒になった薫は霞みがかった頭の中で考えた。
ここは天下の険と謳われる、箱根の関である。
現代でこそ、温泉地で名高い観光地だが、薫のいる江戸時代にはそんな場所は一つも見受けられない。
ただひたすらにくねくねとした坂道が続いているばかりである。
「もう、嫌だ…。」
箱根登山鉄道のありがたみを今噛みしめている。
「今日は小田原までだ。
日が暮れる前には山を越えたい。」
「が、頑張ります。」
棒切れを杖替わりによたよたと歩く。
いくら江戸時代にタイムスリップして2年が経とうとも、
車と電車に慣れ切った現代人に一日35キロを歩く江戸時代の人々に脚力が追いつくはずもなく、
既に薫の足は限界を迎えていた。
半べそかきながら、それでも前に前に足を出して坂道を歩く。
「土方さん、先に行っててください。もう、駄目…。」
ついに足が止まった。
豆だらけの足がとうとう悲鳴を上げたのである。
「置いていける訳ねえだろう。ほら、立て。」
「もう、無理。」
「おぶってやるから、立て。」
土方は地面に立膝をついて薫を持ち上げようと手を後ろに回した。
「副長…。」
自分の荷物も持っているのにと、おぶってもらうことに躊躇っていると
土方に変な遠慮してんじゃねえと怒られてしまった。
仕方なく、その大きな背中に身を預けると、ふわりと体が宙に浮いたような感じがした。
暖かい背中。
疲れ果てた身体はその温かさに身を委ねる。
「歳三さん。」
「なんだ。」
「川からの帰りはいつも歳三さんをおぶって帰ってましたね。」
「忘れたな、昔のことなんざ。」
「歳三さんの背中、あったかい。」
「無駄口叩いてねえで、さっさと寝ろ。」
不愛想な土方の声音が背中を通して伝わってくる。
「副長。」
薫の呼びかけに土方は答えなかった。
「山南先生のこと、黙っていてごめんなさい。」
草履が地面を擦る音と木々のざわめきが薫の耳に届く。
「先生が悩み抜いて死を選んだとき、私は無力でした。」
風は止み、土方の歩く音だけが街道中に聞こえた。
「死ぬときは私も連れて行って。」
それだけ言うと、薫は瞼を閉じた。
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