維新竹取物語〜土方歳三とかぐや姫の物語〜

柳井梁

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第13章 馬鹿と馬鹿

薫は薬売りに精を出しながら、あちこちに足を延ばした。

山口の店々は勿論、三田尻さらには下関まで。

各地で薬を売りながら得られた情報は高杉が三田尻にいるだとか、

尊王攘夷の過激派が長州に潜伏しているとかいうものばかりで、

「長州は幕府との戦支度を進めている」という確たる証拠に繋がるほどのものは何も得られずにいた。

近藤一派は京を出発し、広島に到着したころだろうか。



急がなければ。

薫は焦っていた。



近藤が命を張って敵陣に乗り込もうとしているのだ。

手ぶらで京に帰らせるわけには行かない。



「洗濯するときも怖い顔じゃのう、お里さんは。」

男の声で我に返って、顔を上げると目の前に男の大きな顔があった。

「う、うわあああ!」

驚きのあまり、薫は洗濯物が詰め込まれた桶ごと後ろにひっくり返った。

全身水浸しな上に、尻もちをついてしまったせいでお尻が痺れるように痛い。

「お、お、お里さん!大丈夫かえ?」

薫の偽名である「お里」の名前を呼びながら男は薫の肩を抱きあげた。

「い、痛い。寒い。」


季節は既に冬を迎えている。

そんな中で全身水浸しになれば、凍えるのも無理はない。


薫は歯をガタガタ震わせながら両腕で自分の体を抱きしめた。

「すまんかった、お里さん。今わしが部屋まで運ぶき!」

「え、あちょっと!よしてください!」

男は軽々と薫を持ち上げると、薫の住まう部屋まで運んでくれた。



この土佐訛りの男の名は、石川誠之助である。

詳しい話は聞いていないが、どうやら土佐藩を出奔して尊王攘夷の志を遂げるべく長州で活動しているらしい。



「お忙しいのに、こんなことをさせてすみません。」

薫は敷かれた布団の上で小さく頭を下げた。

「ええんじゃ、わしこそひどいことをしてもうた。

あんまりお里さんが険しい顔して洗濯してたき、思わず声をかけたくなったんじゃ。」

石川がほほ笑んだ。

その笑顔はどこか現代人のようなはにかみ笑顔で、少しだけ薫の胸が高鳴る。

いかんいかん、と薫は少し咳払いをして、再び石川に目をやった。



「この調子じゃ、下関での行商は難しいかも…。」

二日後に下関にいる利助に会いに行く約束がある。

利助は三田尻に潜伏する高杉の手足。

この時期に利助が下関にいるということは、下関で何か企んでいる可能性も高い。

無理をしてでも、下関に行かなければ。



「だめぜよ、だめぜよ!そんな体で下関まで行けば、歩けなくなることだって・・。」

「それでも、行かなきゃダメなんです。」

薫の強い眼差しに石川は言葉を止めた。

そして、深いため息を一つついて、静かに薫に尋ねたのである。


「下関に何があるぜよ。」

「え?」

「利助さんから全部聞いちゅう。最愛の人を失ったことも、ここにいる理由も。」

薫の心臓から血が引いていくような感覚に襲われた。

ここにいる理由?

一体利助はこの男に何を吹き込んだのだろうか。

まさか正体がバレているとでもいうのか。

「死んだ者を追ってもどこにもおらんぜよ。」

「私が稔麿さんを追って長州にいるとでも。」

「違うがか。」



違う。

もう、私は迷ったりしないって決めたから。

私の信じる道は一つしかない。



「違います。私は今を生きるためにここにいるんです。」

石川は先ほどのため息とは打って変わって、どこか諦めのようなものを感じさせるため息をついた。


「そうかえ。」

「そうです。だから…。」

起き上がろうとする薫を制し、石川は無理やり薫の体を横たわらせた。



「お前ひとりでは行かせられん。わしも行こう。」

「そんなこと…。」

「女子が一人で重たいもんを背負おうとしとるんじゃ。

わしにも手伝わしとうせ。」

差し伸べられた手を拒めるほど薫は冷酷になれなかった。



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