維新竹取物語〜土方歳三とかぐや姫の物語〜

柳井梁

文字の大きさ
84 / 156
第13章 馬鹿と馬鹿


薫はそれからすぐに下関を発った。

山口に寄らずそのまま長州を出ることも可能ではあったが、薫は敢えて山口に立ち寄ることにした。

やはり、山口は穏やかな街であった。

しかし、どことなく不穏な空気が漂っている。

一見すれば何も変わらない静かな町であったが、街中で見かける武士の姿は殺気をまとい、

周囲を見渡しながら歩いている。

利助の言っていたことが武士の間に広がり、間者に対する警戒心を強めているようだった。



早くここを出た方が良い。



薫は足早に街を出て長州を出る関所へと向かった。



「薫殿。」

後ろから薫の本名を呼ぶ男の声がした。

この町の人間は薫のことを薫とは呼ばない。

その名前を呼ぶとすれば、味方かあるいは…。

薫は恐る恐る後ろを振り向いた。

行李の影から除く男の顔は見知らぬ武士であった。



「赤根武人にござる。」



赤根武人。

それは、利助から聞いた裏切り者の名前。

利助達から見た裏切り者ということは、薫にとっては仲間ということになる。

しかし、ここでその声に応じることが果たして自分の為になるのかと躊躇われた。

「伊東殿から同志の説得を命じられた。話を伺えぬか。」

じりじりと赤根は薫との距離を詰めてきている。

まだ、振り向いたままの姿勢で何も答えようとしない薫は詰め寄る赤根を睨むばかり。

余りにも素直すぎるその男には密偵など向いているはずもない。

彼は伊東に捨て駒にされたのだ、と薫は悟った。

そして、薫は改めて男に向き直り、軽く会釈した。



「立ち話もなんですから、どこか中へ入りましょう。」

薫は街から外れた場所にある、古ぼけた茶屋の中に入ることにした。

後ろから赤根の引き留める声がしたような気がしたが、薫が歩みを止めることはなかった。



店主の案内で部屋に通され、ようやく薫と赤根は二人きりになった。

赤根は不満そうな顔でこちらを見ている。

「何もこんな店に入らずとも。」

「こんな店でなければできぬ話もあります。」

薫が入った茶屋はただの茶屋ではない、男と女が逢引きで使ういわゆる出会い茶屋という、

現代風に言えばラブホテルである。

普通の旅籠に入れば、客が傍耳を立てている。



こういう店であれば、誰も隣の部屋なんて気にも留めない上に、男女二人で店に入れば誰もそれ以上追及しない。

だから、薫はここを話の場に選んだのである。

「では、改めて。赤根武人にござる。」

彼は至極真面目な男なのだろう。


二人きりの場であっても、足を崩そうともせず、言葉も武士言葉を貫いている。

「東雲薫、と申します。今は、里と名乗っております。」

「新選組参謀、伊東先生のお力添えにより獄に囚われている所を助けていただき、

こうして今長州に入ることができました。」

「貴方のことを詳しく存じ上げないのですが、元は長州の方なのですか。」

「以前は奇兵隊の総督を務めておりました。俗論党が敗れた今、最早私の居場所はここにありませぬ。」

「ならば、どうして…長州に戻ってこられたのですか。」

「私には、こうするしかなかったのです。獄に囚われ、あとは死を待つのみの身でした。

そこに、伊東先生が現れて我々に協力すれば故郷に戻れると。」

「故郷に…。」

目の前に餌をちらつかせ、人の弱さにつけ入るなんて、姑息としか言いようがない。

「私の故郷は長州ではありませぬ。

一通り役目を終えたら、故郷の柱島に帰ろうと思います。」

彼はあまりにも楽観視しすぎている。

薫はそう思った。

「赤根さん。悪いことは申しません、今すぐ故郷に帰った方が良いです。」

「私には行かねばならぬ義理と理由がある。」

「既にあなたが山口にいることは遠くまで知れ渡っています。

裏切り者だと貴方を斬ろうと息巻いている人すらいます。」


「だとしてもだ。」

「伊東には私から貴方は死んだと伝えますから。」

「武士に二言はござらぬ。」

「伊東が貴方に何をしたというのです。

あの人は貴方のことを捨て駒にしか思っていない。」

「ご忠告痛み入る。されど、私も武士の端くれ。

このままでは長州は朝敵の汚名を着せられたまま、ご公儀に取り潰されてしまう。

私なりに、長州の行く末を思っての行動なのです。」



男って、本当に馬鹿ばかり。

死ぬとわかっていてどうして…。

命があれば、いくらだってやり直せる。



「そう、じゃあ勝手にすれば。」

「勝手にいたす。」

「だったら、故郷に帰らないことね。

貴方のお母さまも奥方も悲しむだけだから。」

薫はそれだけ言って、出会い茶屋を飛び出した。

そして、一分も振り返らず、長州を後にした。



感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

局地戦闘機 飛電の栄光と終焉

みにみ
歴史・時代
十四試局戦 後の三菱雷電J2Mとして知られるこの戦闘機は爆撃機用の火星エンジンを搭載したため胴体直径の増加、前方視界不良などが続いたいわば少し残念な機体である この十四試局戦計画に地方の無名メーカーが参加、雷電を超える高性能機が誕生し、零戦の後継として太平洋戦線を駆ける これは設計者、搭乗員の熱く短い6年間を描いた物語だ

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…そして終戦工作 分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦 そしてそこから繋がる新たな近代史へ

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

​『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』

月神世一
SF
​【あらすじ】 ​「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」 ​ 坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。  かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。  背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。 ​ 目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。  鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。 ​ しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。  部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。 ​ (……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?) ​ 現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。  すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。  精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。 ​ これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。