89 / 156
第14章 誠と正義と
5
土方宛に山崎から早飛脚が届いた。
恐らくは長州の動向に関する大事な手紙だろう。
薫は急ぎ土方の部屋に赴いたが、姿は見えず。
近くを通りかかった沖田に薫は土方の行方を尋ねた。
「土方さんなら今頃島原でしょう。」
「昼間から女の所にいるんですか?」
今までの勤勉な土方の姿からは想像のつかない居所であった。
「そう言っておあげなさんな。
あの人は存外弱い人なんですから、お酒でも飲まないとやってられないんですよ。」
「そういうものでしょうか。」
土方の脆いところは知っているけれど、
それでも隊士たちが汗水垂らしている間に悪所通いをしているなんて信じたくはなかった。
しかし、屯所のどこを探しても土方の姿が見えないので、薫は諦めて島原へ足を運んだのである。
街は、先の戦による戦火を逃れ、昔ながらの街並みが相変わらず広がっている。
人通りも変わらずで、昼間だというのに賑やかだ。
島原に来たはいいものの、土方の馴染の店など知る由もなく、薫は路頭に迷っていた。
花君太夫のところだろうか。
そう思って、薫はかつて自分がお世話になった置屋へと足を向けたときだった。
「おおい!お里さんやないかえ!」
道の真ん中でこちらに向かって手を勢いよく振っている男が薫に話しかけたのである。
しかも、長州で使った偽名で。
今は男のなりをしているから、「お里」だと認識する手立てはないはずなのに。
これが、坂本龍馬の凄さとでも言うのだろうか。
「ひ、人違いです。お、女子と見間違うとは無礼ではありませんか!」
「そうは言うてものう…。どこからどう見たって、お里さんじゃき…。」
「お里さんなんて人、知りません。し、失礼します。」
急いでその場を去ろうとしたが、坂本に腕を掴まれ勢いそのままに、
薫の体は坂本の腕の中にすっぽりと納まってしまった。
まるで、後ろから抱きすくめられた状態になっていたのである。
「わしは気に入った女子の顔を間違えたことは一度もないぜよ。」
耳元でそう呟かれた。
本来なら、じたばたと暴れるべきなのだが、薫にはそれができなかった。
何故なのかは自分でもわからない。
「そいつから離れろ。」
薫の正面に探し求めていた男が現れた。
静かにしかし、殺気を含めた声色で、土方は言った。
ようやく坂本は薫から離れ、薫の体は解放された。
「おお、おまんの知り合いやったがか。悪かったのう。」
薫は土方を見上げたが、殺気に押されて近づくことさえできない。
「何者だ。」
「名乗るほどのものではないぜよ。」
「名乗れ、と言っている。」
「怖いのう。」
ポリポリと頭をかいて、坂本は飄々と答えた。
「十津川郷士、才谷梅太郎。」
「こいつには二度と近づくな。次近づけば、斬る。」
坂本はその言葉に笑って言い返した。
「怖いのう。あんまり、怖いと女子に嫌われるぜよ。」
そう言って、坂本は薫に手を振ると人ごみの中に消えて行った。
たくさん人がいるはずなのに、薫には土方と二人だけの世界のように感じられた。
人を殺しかねない雰囲気を纏って、土方は無言で薫の腕を引っ張った。
「ふ、副長!」
痛い。
そう訴えても、土方は引っ張って前を歩くのを止めてはくれなかった。
気づけば屯所の中を過ぎ、そして薫がようやく解き放たれたのは土方の部屋に入ってからだった。
今まで引っ張られていた腕を離され、薫は部屋の畳に倒れこんだ。
そして、次の瞬間。
薫の唇に土方の唇が重ねられた。
優しさのない、野獣のようなキスだった。
土方の衝動を止めようと胸を何度か叩いたら、今度は腕を絡めとられた。
薫にとってその行為は恐怖でしかなかった。
ようやく唇が離れたと思えば、、今度は土方の長い指が懐の中を蠢く。
「嫌です。やめて…!」
そう言ったが、土方の恐ろしいほどに冷たい目が薫に降り注がれて、
薫はそれ以上何も言えず、抵抗すらできなくなった。
土方の指が体中をはい回る。
本当は愛を確かめ合うための行為のはずなのに、
そこには愛の入る余地などなく、あるのは欲望だけだった。
何が土方をそうさせているのか、薫にはわからなかった。
ただ、苦しさと恐怖と悲しさがぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。
どうして。
私はこんなことのために歳三さんの傍に居たわけじゃないのに。
薫の目から涙がこぼれた。
土方の手が止まった。
そして、体から土方の指が離れた。
「泣いているのか。」
「…泣いてません。」
「泣いてるだろう。」
「泣いてませんってば!」
薫ははだけた胸元も直さずに、土方の部屋を飛び出した。
一人、日の落ちた暗がりの部屋に土方は取り残された。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
局地戦闘機 飛電の栄光と終焉
みにみ
歴史・時代
十四試局戦 後の三菱雷電J2Mとして知られるこの戦闘機は爆撃機用の火星エンジンを搭載したため胴体直径の増加、前方視界不良などが続いたいわば少し残念な機体である この十四試局戦計画に地方の無名メーカーが参加、雷電を超える高性能機が誕生し、零戦の後継として太平洋戦線を駆ける これは設計者、搭乗員の熱く短い6年間を描いた物語だ
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
If太平洋戦争 日本が懸命な判断をしていたら
みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら?
国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。
真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…そして終戦工作 分水嶺で下された「if」の決断。
破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦
そしてそこから繋がる新たな近代史へ
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』
月神世一
SF
【あらすじ】
「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」
坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。
かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。
背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。