維新竹取物語〜土方歳三とかぐや姫の物語〜

柳井梁

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第17章 生まれと育ち


朝は毎日のように訪れる。

今日も今日とて薫のこなす仕事は変わらない。

風が変わる、と山南が教えてくれたように、新選組を取り巻く風は段々と厳しい者になりつつあった。

長州討伐の名目で幕府が始めた戦は、士気旺盛な長州軍に返り討ちに遭った挙句、

庶民からは物価の高騰を苦にした打ちこわしや一揆が各地で勃発。

更に、七月に第十四代将軍徳川家茂公が命を落とした。

当初は政権を引き継いだ徳川慶喜も弔い合戦と息巻いていたものの、

小倉城が陥落した知らせを聞くや否や、家茂公死去を口実に兵を引いてしまったのである。

幕府の権威が失墜したことは誰の目にも明らかであった。


朝餉が出来上がると、幹部が集まる大部屋に一膳、一膳朝食を運んでいく。

大部屋には既に伊東の姿があった。

「紅葉が色づく季節になったものだ。」

「秋ですから。」

薫は伊東に目もくれず、黙々と朝食の準備を進める。

「風情がないね。」

「先生のなさることを認めるわけにはいきません。」

「それが、季節の話題であっても?」

伊東の嘲りを含んだ視線が薫のそれと交錯する。

フフフ、と伊東は小さく声を上げて笑った。

「いずれ認めざるを得ない日がやってくる。」

「たとえそうでも、先生のなさっていることは新選組への裏切りです。」

「これは私なりの新選組への忠義だ。

このまま近藤局長や土方君の思想に走っては、新選組は滅ぶ。」

普段は物腰の柔らかな伊東が殺気を纏って薫を睨む。

伊東も北辰一刀流の使い手、隙はない。

それでも薫は攻撃の手を緩めようとはしなかった。

「ご公儀あっての新選組です。

ご公儀に背く薩長と手を結ぶことは裏切り以外の何物でもないと思います。」

「最早ご公儀であるとか薩長などと内輪もめをしている場合ではない。

ご公儀と朝廷、そして諸藩が手を結び一つにまとまらなければ日本は夷敵に乗っ取られる。」

語気を荒くした伊東はお膳に乗った湯飲みに口をつけると一気に飲み干した。

「本当は君だって、気づいているんだろう。」

正義が伊東にあることを。



そうだ。

わかっている。

わかっていてもなお、私は“誠”を貫くと決めたのだから。



「山南先生は誠と正義が並び立たぬ、と苦しんでおられました。」

「故に、脱走という手段を選んだのか。」

伊東の静かな問いかけに薫は恐らくは、と頷いた。

「確かに正義は伊東先生にあるのかもしれません。

でも、だからと言って大事な人が大切にしてきたものを蔑ろにすることは私にはできません。」

「薫君、変わらなければならない時が来ている。」

気づけば、伊東は薫の目の前に腰を下ろしていた。

伊東の薫に向ける眼差しに殺気こそ消えたものの、真剣であることは変わりない。

「此度の戦でご公儀は力を失った。

世は乱れ、民は困窮に喘いでいる。

このままでは良くないということを君だって土方君だってわかっているはずだ。」



薫は言葉に窮した。

これでは、伊東の言っていることを認めているようなものだ。



「その時に新選組は天子様の先兵として忠義を尽くす。

これが我らの“誠”ではないだろうか。」



「私の誠は副長の“誠”です。

副長が伊東先生のご意見に賛同するなら、私は何も言いません。」

「君は土方君に強い影響力がある。

私からこの話をしても聞き入れてはくれないだろう。

だが、君の口から話したらどうだろうか。」



こんなの卑怯だ。

薫は太ももの上に乗せた拳を強く握りしめた。

「伊東先生はそうやって山南先生をそそのかしたんですか。」

「人聞きの悪い言い方はやめたまえ。」

見上げた伊東の顔に動揺が走る。

薫は扇子で口元を隠したままこちらを睨む伊東に一礼すると、大部屋を後にした。

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