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第17章 生まれと育ち
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あれから、薫は急いで屯所に戻り新選組の夕食の準備もそこそこに、
醒ヶ井にとんぼ返りすると、すぐに四人分の食事の用意に取り掛かった。
「ここは戦場になる」という土方の一言だけを頼りに一心不乱に食事を手掛けた。
私は戦では何の役にも立たない。
でも、「今宵の戦場」は私の腕一つで近藤先生に花を持たせることができる。
薫はできあがった食事を見つめながら思った。
そして、土方の放った言葉の意味を薫が理解したのは日も暮れて空が紫に染め上げられた頃だった。
淡い提灯の明りに照らされて、二人の男が玄関を叩く。
薫が静かに扉を開けた先には伊東とその腹心、篠原の姿があった。
「お待ちしておりました。」
「これは丁重な出迎え感謝いたす。」
仰々しく武家言葉を使って、伊東は頭を下げた。
寸分の隙も無い、伊東の姿に薫は緊張が走った。
これが戦場なのだ。
決して刃を交えることはないが、相手を屈服させ
新選組をわが物にしようとする男が今、近藤と対峙しようとしている。
伊東の手にしていた提灯を受け取ると火を消し、近藤と土方の控える客間へ案内した。
「お招き感謝いたす。」
部屋へ入るや否や、伊東は近藤に頭を下げた。
「堅苦しくならず、酒の席です。気軽に参りましょう。」
薫は二人が部屋に入ったのを見届けるとお膳の支度にかかる。
女中には温めた酒を持って行かせて、温めておいた汁物を茶碗に移した。
西本願寺の方に拝み倒してわけてもらった椎茸出汁のお吸い物。
現代から来た薫には信じられなかったが江戸時代において椎茸は高級食材。
これに銀杏を添えて秋の風情を醸し出す。
主菜は京野菜の天ぷら。
八木家からお裾分けしてもらった野菜たちがお膳を彩る。
「失礼します。」
中からは談笑の声が漏れ聞こえる。
襖を開けてお膳を四人の前に並べて薫は頭を下げて部屋を出ようとした。
「待ちたまえ、薫君。」
薫を呼び止めたのは、伊東であった。
「君にも是非ここにいてもらいたいのだが、構いませんか。局長。」
構いません、と言う近藤を制して土方は駄目だ、と声を荒げた。
「彼は一介の隊士に過ぎない。この場には不要です。」
「そうでしょうか。一介の隊士と言う割に、薫君を傍に置いて離さないようだが。」
見えない火花が二人の間に飛び交う。
「それとこれとは別の話。此度の酒宴にはふさわしくない。」
「では、薫君。こんなに色鮮やかなお膳を用意してくれたのだ。
少しだけ話をしてはくれまいか。」
顔をわずかに上げて近藤を見た。
蝋燭の明りでは彼の顔色を窺うのは難しい。
「教えてくれるかね、薫君。」
「ご説明いたします。」
近藤の優しい声に薫はようやく口を開いた。
「手前にご用意したのは壬生菜のお浸しです。
それからお吸い物は椎茸出汁に西本願寺の境内にあります銀杏を添えました。
主菜の天ぷらは…。」
八畳ばかりの部屋に5人の武士がひしめき合う中、薫は淡々と料理の説明を続けた。
「素晴らしい。今朝の素っ気ない君が作ったとは思えない料理ばかりだ。」
「今朝何かあったのですか、伊東参謀。」
待ってました、とばかりに篠原が伊東の話に乗る。
薫はしまった、と自分の行動を後悔したが、時すでに遅し。
「私の話には季節の話であっても同意しかねる、と言われてしまってね。」
「そ、そういうつもりでは…。」
「では、どういうつもりで、私に言ったのかな。」
伊東という男が本気になれば薫を如何様にも扱えるのだと脅されているようだ。
「それは…。」
薩摩の大久保と手を結び、新選組を尊王攘夷の先駆けにしようと目論んでいると、
伊東は先達て薩摩藩邸で見聞きしたことを薫に言わせようとしているのだ。
そして、自分のペースで議論を進める。
それが伊東の目的。
薫が明らかに土方達の味方であると知っていながら、伊東が議論を進めていく上での駒にしようとしている。
まるで相手に捕られた将棋の駒だ。
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