維新竹取物語〜土方歳三とかぐや姫の物語〜

柳井梁

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第18章 幸せの定義

十二月の暮に帝が亡くなって以来、京の街は静まり返っている。

長州が攻めてきたときでさえ、焼け残った花街では三味線の音が鳴りまなかったというのに。

島原の大通りは閑散としていて、人の姿もまばらだ。

伊東ら三人は島原でも有数の揚屋である、角屋にいた。

土方の使いで来た、と言伝を頼めば、店の若衆が座敷まで案内してくれた。



「君でしたか。」

座敷に上がるなり、伊東は杯に目を向けたまま言った。

島原の揚屋だというのに、傍に女を侍らせている様子はない。

豪華なお膳とたくさんの徳利が並べられているだけだ。

「帰ってこなければ切腹だ、と副長がおっしゃっています。」

言われた通りの文言を薫が口にすると、伊東は声を上げて笑う。

「時勢が大きく変わろうとしているのに、何故それに気づかん。」



先達ての宴のときのように、伊東は殺気立っている。

きっとこの“居続け”には何か意味があるのだろう。

土方を突き動かす、あるいは新選組を突き動かすための何かが。

そのために永倉と齋藤を“人質”に取った。



「伊東先生は新選組を変えるためにこんな無茶をされているんですか。」

酔っているのか、伊東は再び笑い声を上げた。

「笑わせるな…。

この際だから言っておく。私は新選組を見限ったのだ。」

「見限った…って。」

「腐敗しきったご公儀に欧米列強から日本を守ることは不可能である。

帝を中心に力のある者が集まり、欧米と対等に渡り合える国を造る。

それが私の目指す国の在り方だ。」

「永倉先生と齋藤先生もそれに賛同されたんですか。」

座敷の横で黙って酒を飲む二人に薫は視線をやった。

齋藤はいつもと変わらない様子で、黙って杯を傾けている。

「俺は腕っぷし一つでやって来た身だから、難しい話はわからん。

だが、もう身内での諍いは御免だ。」

「ここで皆さんを許せば、山南先生の死を無駄にすることになります。」

「薫、もう充分だろう。

今まで何人の隊士が法度で死んでいった。」

永倉の真剣な表情と薫の苦悶が交錯した。

「河合だってそうだろう。」

永倉は畳みかけるように続けた。



今でも鮮明に思い出す。

河合の命をこの手で終わらせた瞬間を。

「山南さんも河合もこれ以上身内で身内を死なせることを望んじゃいないはずだ。」



薫は傍に置いていた刀を抜いて伊東の前に立ちはだかった。

伊東は抜身の薫を気にするわけでもなく、淡々と杯に満たされた酒を口へ運ぶ。



「屯所に帰らないというなら、ここで斬ります。」

「君に私が斬れるのか。」

「返り討ちにあっても、私は本望です。」

ふん、と伊東は鼻で笑う。

「実に美しい主従関係だ。」

伊東は脇差を抜いて、刀の切っ先を薫の首に添えた。

「私はまだ死ぬわけにはいかぬ。

君が望むなら山南君の元へ送り届けて差し上げよう。」



伊東の目は本気だ。


薫は背筋に冷汗が伝うのを実感しながらも、構えを崩すことはない。


「もういいでしょう。」

物静かな齋藤が珍しく声を張り上げた。

「伊藤先生はお帰りになる。刀を納めろ。」

齋藤の言葉に薫は刀を鞘へと納め、数歩後ろに下がって座った。




「酒もなくなったようですし、頃合いかと。」

「…籠を呼びたまえ。」

重い腰を上げる伊東を見届けて、薫は黙って座敷を後にした。

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