維新竹取物語〜土方歳三とかぐや姫の物語〜

柳井梁

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第20章 不安と胸騒ぎ

薫が監察方の任務に従事している間に、沖田は近藤の私宅に移されていた。
「お孝ちゃん。ありがとう。」
「いいの、いいの。お勇も首が座ったし、手もかからなくなってきたから。」
いくら現代人で結核に対する知識があるといっても、感染症に対する免疫は江戸時代の人とはそう変わらない。
それでもお孝はマスクに清酒で作ったアルコールの消毒液で甲斐甲斐しく沖田の面倒を見てくれていた。

沖田の部屋は日当たりのよい、障子戸から外が見える場所に用意されていた。
「沖田先生、薫です。」
部屋の奥からどうぞ、という声が聞こえてきた。
ゆっくり障子戸を開けると、布団から起き上がり肩に半纏を掛けて、刀を手入れする沖田の姿があった。
「お帰りなさい。」
「無事戻りました。」
「首尾はいかがでしたか。」
「私自身は大したお役に立てませんでしたけど、どうやら上手くいったみたいです。」
「それは何よりです。」
屯所から離れたことで身体をゆっくり休めているのか、薫が屯所を離れるときよりも顔色は良い。
「体調良さそうで安心しました。」
「土方さんが帰ってくる前に元気にならないと、薫さんが詰め腹を切らされるかもしれませんからね。」
確かに、土方には沖田を頼むと託されたが、沖田の体調が悪くなって薫に責めを負わせるようなことは…しないと言い切れない。
「沖田先生、冗談に聞こえないです。」
「ふふふ、土方さんのところにも薩摩挙兵の噂が聞こえているらしく、飛んで帰ってくるそうですよ。」
「あと1,2ヵ月は江戸でゆっくりしてもらった方が、私には好都合なんですけどね。」
「本当は寂しいくせに。」
開け放たれた障子戸から差し込む太陽の光が沖田の刀に反射してきらめく。
刀の手入れに満足がいったのか、沖田は刀紋を見つめて鞘に納めた。
「寂しくありませんよ。むしろ、清々します。」
「土方さんも薫さんも似たもの同士ですね。」
「あんな偏屈な人に似たくないです。」
「本当に天邪鬼なんだから。」
ふふふ、と沖田は咳交じりに笑う。
「ほら、調子が良いからって用心しないと。」
薫は沖田の傍に立つと、半纏を肩の上から掛けなおす。
「詰め腹だけは御免ですからね。」
忙しなく過ぎていく日々の中で、沖田といる時間だけは穏やかに感じられた。

沖田がすやすやと寝息を立てたのを見届けると、音を立てないよう沖田の部屋を後にする。
既に日は落ち、空は紫紺に彩られていた。
「薫さん。」
帰ろうとする薫の前に、お孝がお勇を抱えて現れた。
お勇はお孝の腕の中ですやすやと寝息を立てて眠っている。
「勇さんがお話ししているのを聞いたんですけど、もうすぐ将軍様が政権を返上するとかって。歴史とか全然興味なくて覚えてないけど、幕府はなくなるんですよね。」
お孝は不安そうに薫に尋ねた。
「うん、私もそんなに歴史は詳しくないけど、大政奉還がなされて幕府はなくなる。」
「そしたら、勇さんは、新選組はどうなるんですか。お勇は?私は?」
未来から来たからこその底知れぬ不安をお孝は薫にぶつけた。
「戦争になる。ほら、上野の彰義隊とか聞いたことあるでしょう。」
戦争、という言葉を口にした薫にもやがて訪れる未来が明るいものではないのだ、と影を落とす。
「知らない。わかんない。ねえ、薫さん。勇さんは死んじゃうの。私たち、どうしたらいいの。」
お孝の声にお勇が目を覚ましてしまい、おぎゃあおぎゃあと声を上げて泣き始めた。

そんなこと、私だってわからないよ。
薫は心の中でそう思ったが、まだ年端もゆかぬお孝に心の声をそのまま伝えるわけにはいかなかった。
彼女は現代でいえば、まだ高校生なのだ。
それなのに、子供を授かり女の身で必死に生きている。
今の薫に求められているのは、お孝に希望を与える言葉だ。
「大丈夫。お孝ちゃんが危険にさらされるようなことには絶対にならないし、近藤先生がお孝ちゃんを危険にさらすようなことをするはずがないでしょ。」
お孝は薫の励ましに何度もうなづきながら、お勇をあやす。
「大丈夫、大丈夫だから。」
薫自身の心につきまとう不安を吹き飛ばすように、薫はお勇が再び眠りにつくまでなめらかな頬を撫で続けた。
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