異世界猫カフェでまったりスローライフ 〜根暗令嬢に憑依した動物看護師、癒しの猫パラダイスを築く〜

きよぴの

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第1部 伯爵邸での日々

物語のようなストーリー

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​アイリスが目覚めて三日目の朝、体調が回復したと見なされ、帝国の応接間へ出るよう命じられた。

梓は、婚約者であるアラン・フォン・ハルクロー殿下に呼び出されたのだと理解していた。

​(面倒だけど、顔を見せる義務はある。できるだけ波風を立てず、この伯爵家を出るための算段をつけないと)

​梓は、左手の薬指の婚約指輪に視線を落とした。大粒のダイヤモンドは、前世のアイリスの悲しい記憶を呼び覚ます。


​伯爵家にとって、この地味で根暗な長女に王族との縁談が持ち上がったのは、政略結婚の駒として選ばれたからに他ならない。

​「アイリス嬢。君には、王族の伴侶としての威厳と、伯爵家を支える静穏さを期待する」

​アランの挨拶には、愛も情もなかった。



​梓が重厚な扉を開け、帝国の応接間へ足を踏み入れた瞬間、部屋の隅に控えていた数人のメイドや執事たちの心の声が一斉に、冷たいざわめきとなって梓の耳に届いた。

​(来たぞ、あの顔色の悪いアイリス様が。こんな公的な場に、よく顔を出せるわね)

(あの暗い表情をみろよ。それに比べてセシリア嬢は、いつ見ても心が清らかで美しい)

(殿下の前でまた騒ぎを起こすんじゃないかとヒヤヒヤする。妹様が可哀想だわ)

​梓は、彼らの辛辣な評価に顔色一つ変えず、部屋の中央へ視線を向けた。

​厳格な調度品に囲まれた応接間のソファには、二人の人物が座っていた。輝く金髪と青い瞳を持つ王族、アラン・フォン・ハルクロー殿下。そしてその隣で、彼の腕にそっと寄り添うように座っている、妹のセシリア。

​(セシリアもいる!?)

​梓は、思わず息を飲んだ。アランに呼び出されたはずなのに、なぜ妹が同席しているのか。

​そして、その光景を見た瞬間、梓の脳裏に、強烈なデジャヴが走った。アランの王子様然とした姿、セシリアの可憐な仕草、そしてその間にいる自分……。


​——そうだ、この世界は、前世で私が読んでいた『光の聖女と騎士たちのロマンス』という恋愛小説の世界だ!


​小説では、セシリアは清らかな心で誰からも愛される『主人公』として描かれ、アイリスは、主人公の輝きを引き立てるためだけに存在する『悪役令嬢』だった。

​梓が愕然と立ち尽くす中、セシリアは悲痛な表情で立ち上がった。

​「お姉様!目が覚めたのね!ああ、良かったわ……わたくし、どれほど心配したことか……」

​セシリアは目に涙を浮かべながら、梓の手を取ろうと近づいた。その仕草は、純粋に姉を案じる優しい妹そのものに見える。

​梓の耳には、その言葉とは全く異なる、セシリアの心の声が響いていた。

​(可哀想なお姉様。殿下の気を引きたくてわざと池に落ちるなんて。でも、この場に私を同席させてしまうくらい殿下はわたくしを愛しているの。ただ、愛されているだけでお姉様を傷つけてしまうなんて……私ってなんて可哀想なの。本当に、罪深いヒロインだわ!)

​「……っ!」

​梓は、その声に心底驚愕した。

​(小説では、セシリアは清らかな心の持ち主だと描かれていたのに……本音は、こんなにも自己陶酔で満ちている!?)

​小説の設定と、今聞こえるセシリアの心の声との決定的なズレに、梓は驚愕した。彼女は心から、自分が愛されてしまうが故に苦しむ悲劇のヒロインだと信じ込んでいるのだ。

​梓はセシリアから一歩下がり、その手を避けた。

​セシリアは、梓に拒否されたことに傷つき、アランに視線を送る。

​「殿下……お姉様は、まだわたくしを許してくださらないようです。わたくしが、殿下と心が通じ合ってしまったばかりに、お姉様をこんなにも傷つけてしまった……」

​アランはすぐにセシリアの肩を抱き寄せ、アイリスへと鋭い視線を向けた。彼の心の声が、梓に直接響いてくる。

​(セシリアの心が、また傷ついた。アイリスは、いつまでも陰気で重い存在だ。セシリアは、私を義務から解放してくれる光だというのに……なぜアイリスは、この美しい光を認めようとしない!)

​アランの傲慢で自己中心的な心理に、梓は静かな怒りを覚えた。

​「アイリス」

​アランが、命令的な声で口を開いた。

​「なぜ君は、セシリアを拒絶する?君の行いは、常に周囲に不安と不快感を与える。君が病弱なせいで、セシリアがどれほど心を痛めているか、理解できないのか!君が勝手に池に身を投げた行為も、私への浅はかな嫌がらせだとしか思えない」

​梓は静かにアランを見つめた。

​(主役の引き立て役として、自滅なんて真っ平ごめんよ)

​梓は、この無益な三角関係に巻き込まれることを拒否する。この世界は彼らのもの。ならば、自分は静かに「モブ」として退場し、動物を救うという、自身の本当の夢を追うべきだ。

​「申し訳ありません、殿下」

​梓は、感情を完全に消した声でそう言い、深々と一礼した。左手の指輪を握りしめ、この冷たい結婚から逃れることを心に強く決意した。

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