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第1部 伯爵邸での日々
鉱山を巡る攻防と、商会の設立
しおりを挟む梓は、バルカスからアラン殿下の「断罪計画」と、婚約の真の目的がローウェル領地の特殊な鉱山にあることを聞き、激しい危機感に襲われた。
(私が動くのが少しでも遅れれば、アイリスの悲しい運命が執行されるところだった。断罪なんて、絶対に許さない!)
梓は、情報料を支払い終えると、すぐに伯爵家へと戻った。興奮した頭を冷やし、まずは状況を整理する必要があった。
翌朝、人目の少ない書庫で、梓はローウェル領地の地質に関する古い文献を引っ張り出した。
(バルカスが言っていた「特殊な鉱石」……これだ!)
文献には、ローウェル領の山地に、魔導具の安定的な稼働に不可欠な、希少な冷却作用を持つ鉱石が埋蔵されていることが記されていた。その採掘権は、伯爵家に代々受け継がれており、ローウェル家の最大の財源でもあった。
(アラン殿下は、この鉱石を手に入れて軍事力を強化し、王位継承戦に勝利するつもりだ。鉱石を渡せば、ローウェル家は殿下の支配下に置かれ、私は用済みとして切り捨てられる)
梓の目的は、鉱石を巡る争いに巻き込まれることなく、婚約を破棄し、安全に伯爵家から離脱することとなった。
(そのためには、まずローウェル家の財源を殿下に渡さないこと。そして、鉱石の価値に代わるだけの、圧倒的な資金を私が稼ぐこと!)
梓は、既に確立した石鹸、ハンドクリーム、消臭スプレーの試作品を、本格的な商品として市場に出す準備を始めた。公然と行えば、すぐに伯爵夫人やアラン殿下に嗅ぎつけられる。
梓は、バルカスから得た裏社会の情報を元に、『銀の鈴』を介した匿名での商会設立を選んだ。
夜が明けきらない早朝、梓は再び『銀の鈴』を訪れた。
「バルカス。商会を設立したい。資金は私が提供し、表向きの代表は、貴方が手配してください。誰にも正体が知られない、匿名性の高い商会を」
バルカスは興味津々といった様子で笑った。
「面白い。婚約破棄どころか、商売に手を出すとは。貴族の姫君にしては、なかなか肝が据わっている。商会の名は?」
「『ノワールの贈り物』。私が保護猫カフェで救いたい、愛する猫の名前よ」
バルカスは肩をすくめた。
(猫?何の冗談だ。しかし、この姫様の瞳は本気だ。しかも、彼女の持ってきた製品の品質は、裏のルートで既に評判になっている。これは、儲かる!)
バルカスは、商会設立の裏側、資金洗浄の方法、そして貴族社会の目を欺くための手法を梓に伝授した。梓は、前世で経理の知識も少々あったため、その複雑な仕組みをすぐに理解した。
商会は、バルカスが用意した架空の商人が代表を務めることになった。商品の製造は、サイモンとガスパーの協力のもと、屋敷の裏側で極秘裏に進められる。
梓は、サイモンとガスパーを呼び出し、商会設立の真の目的を明かした。もちろん、アラン殿下の恐ろしい計画については伏せたまま。
「この製品を売った収益で、私はローウェル家から離縁し、動物を救うための活動に専念します。そして、貴方方には、この商会の秘密の共同経営者として、相応の利益を支払います」
サイモンは、静かに頷いた。
(お嬢様は、本当に動物を救いたいのだ。この製品が成功すれば、お嬢様は自由になれる。私は、そのために力を尽くそう)
ガスパーは、満面の笑みで頷いた。
(素晴らしい!私の油脂が、最高の金を生む!これで、私はもっと良い食材を仕入れ、料理の腕を磨ける!)
こうして、『ノワールの贈り物』は、伯爵家の裏側で静かに、そして確固たる基盤を築き、アラン殿下の計画に対抗するための武器を研ぎ澄まし始めた。
梓は、商会の設立書類にサインをしながら、心の中で誓った。
(私は、ただの婚約者の駒なんかじゃない。必ずこの運命を覆し、ノワールのような、愛する動物たちと幸せに暮らす未来を掴んでみせる!)
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