異世界猫カフェでまったりスローライフ 〜根暗令嬢に憑依した動物看護師、癒しの猫パラダイスを築く〜

きよぴの

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第1部 伯爵邸での日々

ノワールの贈り物と危険な観察者

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​商会『ノワールの贈り物』が世に送り出した製品は、瞬く間に裏市場の話題をさらった。その評判は、王都の貴族街へも水面下で広がり始めていた。

​特に、メイドや洗濯係などの水仕事に携わる人々からの需要が圧倒的だった。彼らにとって、手荒れは職業病だったが、『ノワールの贈り物』のハンドクリームと石鹸は、その苦痛を劇的に緩和した。

​「この石鹸、本当に手が荒れない!洗い上がりもさっぱりしているのに、獣脂の臭いがない!」

​「ハンドクリームもすごい。一晩でひび割れが治ってきたわ!」

​製品の評判は、口コミで貴族の屋敷の裏側からじわじわと広がり、ついには貴族の婦人たちの耳にも届き始めた。非公式なルートを通じても価格は高騰し始め、梓が稼ぎ出す資金は、順調に積み重なっていった。



​一方、伯爵家の「表」で優雅な生活を送るセシリアは、最近起きたいくつかの小さな変化に、拭いきれない違和感を覚えていた。

​一つは、アイリスの専属メイドであるハンナの雰囲気だ。以前は、アイリスのドレスを洗う手間が増えたと露骨に不満を漏らしていた彼女が、最近は愚痴が減り、どこか穏やかになっている。

​さらに、屋敷の裏側から、以前の獣臭ではなく、清々しいハーブの香りが微かに漂ってくることがあった。それは、セシリアが纏う薔薇の香水とは違うが、上品で心地よいものだった。 

​決定的なのは、ハンナの手を見たときだった。

​ハンナはアイリスの専属メイドであり、最もアイリスの世話に手を焼いているはずだ。ある日、セシリアが何気なくハンナの手元に目をやったとき、その手の甲が驚くほど滑らかになっていることに気づいた。

​「ハンナ。その手……どうしたの。まるで貴婦人のように荒れていないわ」 

​ハンナは、一瞬たじろぎ、すぐにドレスの裾で手を隠した。

​「い、いえ、気のせいでございます。アイリス様のドレスが汚れる頻度が減りましたので……」

​(アイリスお姉様のドレスが汚れる頻度は変わっていないはずだわ。それに、お湯での手入れだけで、これまでの長年の水仕事で荒れた手が治るはずがないわよね)

​セシリアは、心の中で不審に思った。あの、地味で愚鈍、常に手荒れしているはずのアイリスのメイドが、なぜ突然美しくなっているのか?



​セシリアは、自分のシナリオと違う展開に焦りを感じた。彼女のシナリオでは、アイリスは孤立し、自分(セシリア)が献身的に家族を守る健気なヒロインであるはずだった。

​セシリアは、優雅に微笑んだ。

​「そう。ならいいのよ、ハンナ。でも、最近お姉様の様子がおかしいと思わない?裏庭で、サイモンやガスパーと秘密裏に何かをしているのではないかしら」

​ハンナは、顔を引きつらせて否定した。

​「い、いえ、全く。何もございません」

​その顔は、動揺を隠しきれていなかった。セシリアは、ハンナの動揺を見逃さなかった。

​(この様子……確実に何かを隠しているわね。お姉様が、裏で何か良からぬことを企んでいるとしたら、ローウェル家の名誉を傷つけることになる。私が心を鬼にして、それを暴かなければならない)

​セシリアのプライドと、優越感を守りたいという傲慢さが、彼女を突き動かした。

​「ハンナ。あなたは私に忠誠を誓っているはずよ。もし、お姉様が何か怪しい取引をしているのを見たら、すぐに私に報告なさい。これは、家族の危機なのだから」

​セシリアは、アイリスの行動を全て把握し、殿下に報告することを決意した。

​(お姉様。貴女が何を始めたのか知らないけれど、貴女の卑しい企みは、この完璧なヒロインである私が、必ず暴いてみせるわ)

​こうして、梓が裏側で始めたビジネスは、最も危険な監視者を引き寄せてしまったのだった。

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