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第1部 伯爵邸での日々
献上された失敗作と殿下の誤算
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殿下への「献上」
翌日、昼過ぎ。アラン殿下は約束通り伯爵夫人を伴い、アイリスの自室を訪れた。セシリアは、心配そうな顔を装いながら、廊下の陰でその様子をうかがっている。
梓は、既に汚れたドレスに着替え、自らの手で物置小屋から持ってきた「献上品」を、粗末な木箱に入れて机の上に置いていた。
「アイリス。約束の品は用意できたか?」
アランは、高圧的な態度で尋ねた。
「はい、殿下。こちらが、裏で製造していた品、全てでございます」
梓は、深々と頭を下げた。
アランは、鼻で笑いながら木箱の中を覗き込んだ。
中に入っていたのは、水分が抜けきらず、表面が崩れてベトついた失敗作の石鹸の残骸と、温度管理に失敗して油と水が完全に分離し、不快な異臭を放ち始めたハンドクリームの試作品だった。
アランは顔をしかめた。
(なんだ、これは!腐った獣脂のような臭いがするではないか!これほど粗悪なものだったのか?)
「これが、君が裏でこそこそと作っていたものか。見るに堪えない。これが、貴族の娘が作る品か!」
アランは、苛立ちを隠せない。
伯爵夫人は、木箱の中を見て羞恥心に耐えかねたようにハンカチで口を覆った。
(ああ、やはりこの娘は無能で、愚かなのだ!こんなものを殿下に見せて、我が家の名誉が!)
そんなアランの心の声を聞いて、梓は内心ほくそ笑む。
アランは、梓が裏で多額の資金を稼いでいると誤解していたため、この粗悪な献上品に、大きな誤算を覚えた。
「これが全てか?隠しているものはないだろうな」
アランは、梓の顔を覗き込んだ。
「はい、全てでございます。これが、私の浅はかな知識と技術の全てです。製造の記録も、全てここに」
梓は、既に大部分が破棄された、失敗の記録だけを記したノートを差し出した。
アラン殿下が何を期待し、何に失望しているかを正確に理解して、梓は笑みが顔に出ないようにするのに必死だった。
(くそ!裏で多額の資金を稼いでいると思ったが、ただの素人の道楽だったか。これでは、軍事資金にも、ローウェル家の財源を奪う足がかりにもならないではないか!)
アランは、梓の商売が価値のない失敗に終わったと判断した。これで彼女が多額の資金を稼ぐ可能性は消え、後は予定通り、鉱山の採掘権が確保でき次第、速やかに断罪すれば良い。
「二度と、このような下賤な行いをしないと誓えるか、アイリス」
「はい、殿下。二度と、私の身の丈に合わない真似はいたしません」
アランは、満足げに頷いた。
「よろしい。この件は、王室への反逆ではなく、貴族の娘の愚かな悪戯として、不問に付そう。だが、今後はセシリアを見習い、優雅に過ごすように」
アランは、価値のない証拠と判断した木箱とノートを伯爵夫人に片付けさせ、早々に部屋を後にした。廊下で待っていたセシリアも、木箱の中身をみて、「やはりアイリスは愚か者だった」と安堵し、優越感に浸った。
アラン殿下が去り、自室に一人残された梓は、安堵の息を漏らした。
(成功よ。アラン殿下は、私が資金源を失ったと誤解した。これで、彼は私が「脅威ではない」と見なし、しばらくは警戒を解くでしょう)
梓の最も重要な資産、『ノワールの贈り物』の製品と製造ノウハウは、既に安全な裏街の『銀の鈴』に託されている。
梓は、窓から空を見上げた。資金を稼ぐ道は開かれた。
次に必要なのは、離縁のための法的な準備と、裏社会からの情報収集の強化だ。
(アラン殿下の「断罪計画」は、確実に進んでいる。私が動ける時間は、そう長くない。バルカスと連絡を取り、本格的に資金を動かし始める必要があるわ)
梓は、机に向かい、「保護猫カフェ計画」と記されたノートの次のページに、静かに新しい文字を書き込んだ。
『離縁のための弁護士探しと、鉱山に関するさらなる情報収集』
梓の静かな戦いは、ここからが本番だった。
翌日、昼過ぎ。アラン殿下は約束通り伯爵夫人を伴い、アイリスの自室を訪れた。セシリアは、心配そうな顔を装いながら、廊下の陰でその様子をうかがっている。
梓は、既に汚れたドレスに着替え、自らの手で物置小屋から持ってきた「献上品」を、粗末な木箱に入れて机の上に置いていた。
「アイリス。約束の品は用意できたか?」
アランは、高圧的な態度で尋ねた。
「はい、殿下。こちらが、裏で製造していた品、全てでございます」
梓は、深々と頭を下げた。
アランは、鼻で笑いながら木箱の中を覗き込んだ。
中に入っていたのは、水分が抜けきらず、表面が崩れてベトついた失敗作の石鹸の残骸と、温度管理に失敗して油と水が完全に分離し、不快な異臭を放ち始めたハンドクリームの試作品だった。
アランは顔をしかめた。
(なんだ、これは!腐った獣脂のような臭いがするではないか!これほど粗悪なものだったのか?)
「これが、君が裏でこそこそと作っていたものか。見るに堪えない。これが、貴族の娘が作る品か!」
アランは、苛立ちを隠せない。
伯爵夫人は、木箱の中を見て羞恥心に耐えかねたようにハンカチで口を覆った。
(ああ、やはりこの娘は無能で、愚かなのだ!こんなものを殿下に見せて、我が家の名誉が!)
そんなアランの心の声を聞いて、梓は内心ほくそ笑む。
アランは、梓が裏で多額の資金を稼いでいると誤解していたため、この粗悪な献上品に、大きな誤算を覚えた。
「これが全てか?隠しているものはないだろうな」
アランは、梓の顔を覗き込んだ。
「はい、全てでございます。これが、私の浅はかな知識と技術の全てです。製造の記録も、全てここに」
梓は、既に大部分が破棄された、失敗の記録だけを記したノートを差し出した。
アラン殿下が何を期待し、何に失望しているかを正確に理解して、梓は笑みが顔に出ないようにするのに必死だった。
(くそ!裏で多額の資金を稼いでいると思ったが、ただの素人の道楽だったか。これでは、軍事資金にも、ローウェル家の財源を奪う足がかりにもならないではないか!)
アランは、梓の商売が価値のない失敗に終わったと判断した。これで彼女が多額の資金を稼ぐ可能性は消え、後は予定通り、鉱山の採掘権が確保でき次第、速やかに断罪すれば良い。
「二度と、このような下賤な行いをしないと誓えるか、アイリス」
「はい、殿下。二度と、私の身の丈に合わない真似はいたしません」
アランは、満足げに頷いた。
「よろしい。この件は、王室への反逆ではなく、貴族の娘の愚かな悪戯として、不問に付そう。だが、今後はセシリアを見習い、優雅に過ごすように」
アランは、価値のない証拠と判断した木箱とノートを伯爵夫人に片付けさせ、早々に部屋を後にした。廊下で待っていたセシリアも、木箱の中身をみて、「やはりアイリスは愚か者だった」と安堵し、優越感に浸った。
アラン殿下が去り、自室に一人残された梓は、安堵の息を漏らした。
(成功よ。アラン殿下は、私が資金源を失ったと誤解した。これで、彼は私が「脅威ではない」と見なし、しばらくは警戒を解くでしょう)
梓の最も重要な資産、『ノワールの贈り物』の製品と製造ノウハウは、既に安全な裏街の『銀の鈴』に託されている。
梓は、窓から空を見上げた。資金を稼ぐ道は開かれた。
次に必要なのは、離縁のための法的な準備と、裏社会からの情報収集の強化だ。
(アラン殿下の「断罪計画」は、確実に進んでいる。私が動ける時間は、そう長くない。バルカスと連絡を取り、本格的に資金を動かし始める必要があるわ)
梓は、机に向かい、「保護猫カフェ計画」と記されたノートの次のページに、静かに新しい文字を書き込んだ。
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梓の静かな戦いは、ここからが本番だった。
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