上 下
6 / 10
少年篇

3

しおりを挟む
「ただいま、母さん!遅くなった!!」

「お帰り、クルト。丁度ボクスティが焼けたところだ。手を洗ってきな。」

「はぁい!やったー!!僕ソースはグレイビーソースがいい!」

「はいはい、分かったから行っておいで。」

 

 芋で出来たすこし甘いパンは肉汁のソースととても相性がいい。今朝、母さんが収穫した野菜たちを尻目に手を良く洗い、急いで母さんの元へ戻る。

 

「いっただきまーす!」

 

 もちもちとした触感で、弾力があるボクスティは食べ応え十分だ。ソースをたっぷりつけて、肉汁のうまみとパンの甘味の調和を楽しむ。母さんが用意してくれた紅茶で流し込みながらあっという間に食べ終える。

 

「今日は、リオと話しながら洗濯をしていたんだ。」

「あぁ、あの炭鉱所の坊ちゃん」

「そうそう!なんでも、炭鉱所で事件があったみたいなんだ。」

 

 一連の流れを、オヤジさん、リオ、犯人、その娘の役に分けて演じる。時に大げさに、時に涙を誘うように。母さんはいつも、この寸劇を楽しそうに笑顔で見守ってくれる。そして最後には、盛大な拍手をくれるのだ。

 

「あの子も、そろそろ卒業の歳だろう?今のうちに沢山話しておくんだよ」

 

 そういわれて、どきっとする。確かに、炭鉱所で働けるのは、身体が小さいうちだけだ。欲しいのはダイナマイトの運び手であり、鉱物を運ぶ大人手は、もっと大きく屈強な身体が出来てからでないと難しい。だから、その間のしばらくは、親元で力をつけるか、街に出て学を得て仕事を得るかなのだが…。リオには親がいない。今よりもずっと小さい頃、この村に捨てられ、たまたま今の炭鉱所のオヤジさんに拾われ、仕事をしているだけだ。きっと、リオは街に出る選択をするのだろう。

 

「ご馳走様でした…。」

「お粗末様でした。」

口の周りについた茶色いソースを名残惜しく舌で舐めとり、足早に席を立つ。白い肌触りのよい器を、母のものと共に丁寧に重ね、水のはった盥に沈める。あと、どれくらいリオはこの村に居られるのだろう。仕事が出来なくても、オヤジさんの家に置いてもらえるのだろうか。…いや、きっとリオの方から出ていくに決まっている。リオは、自分をオヤジさんの子どもだとは思っていない。仕事だって、オヤジさんの本当の子ども達はしていない。リオだって、危険だからやらせられないってオヤジさんと大喧嘩したらしい。けれども頑固者のリオは、こっそりダイナマイトを片手に仕事場にいき、一人で火薬の量から、力の掛かり方まで計算し、鉱脈を広げたんだ。そんなリオのことだ。働けないのにお世話になるなんて、プライドが許さないだろう。肩に温かさを感じ、視線を上にあげる。よっぽど僕はくらい顔をしていたのだろう。心配した母が、いつの間にか隣にいた。

 

「クルト。覚えておきな。「別れ」っていうのは辛いだけじゃない。ある人にとっては希望。始まりでもあるんだ。だから、その時は。友達の旅立ちの日は、一番親しかった者が一番笑顔で送り出してやるんだよ。」

 

 そう遠くない未来。リオの旅立ちの日。晴天の中、アイツは屈託ない笑顔で村を後にするのだろう。まるで、空を征く渡り鳥のように。オヤジさん、号泣するんだろうなぁ。そしたら、僕は、その分笑顔で見送ってあげないと。

炭鉱所なんて、元々事故の多い場所だ。爆風に巻き込まれて痛い目にあった下の子の話もリオから沢山聞いた。だから、そこから卒業できるのはとってもめでたいことなのだ。僕が一番喜ぼう。僕が一番祝ってやろう。そして僕も…。

 

「母さん、今日の野菜たち、売ってくるね!」

 

急ぎ足で街の市場に向かう。僕も、いつか、自分の力で生きていくんだ。何者になれるかは分からないけれど、何者かになれる様に。そのために、沢山考えて、今できることをやろう。母がよく言っていた。『一番大切なことは、考えること』だと。いま、僕が考えるべきは…。

 「どうやったら、この野菜達が全部売れるか…だよな。」
しおりを挟む

処理中です...