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一話
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いつも美術室の窓際でキャンバス向かう姿。
何も特別な趣味を持たず、時間を消費するだけの毎日を繰り返していた俺は、依馬先輩の描く絵に惹かれて先輩に惚れた。
職員室前、普段なら立ち止まるどころか、教師の説教を回避するために速足で通り抜けたいところだ。しかし俺は、そんな場所で足を止めていた。
職員室の廊下の壁は掲示板になっている。今そこには、何かの大会にエントリーした美術部の作品が三枚ほど飾ってあり、俺はその一枚の絵から目を離せないでいた。額縁に収まっている絵には空を飛ぶ鳥と木や花、それだけならよくある風景画だろう。しかし問題はその色だった。
ピンク、紫色、黄色、黄緑……散りばめた花、一体何種類の色を使っているのだろう。とにかくカラフルだった。発光しているわけではないのに、まるでその絵だけ妙に明るく存在感を放っている。そんな絵がシンプルな額縁に収まっている事にも、どこか違和感があった。周囲を囲む絵は落ち着いた色味をしていたから、その色使いが殊更際立つ。
「この間の絵画コンクール、誰も入賞出来なかったねぇ」
廊下の奥から話し声が聞こえて、俺は慌ててその場から離れると近くの階段を下りて身を隠した。
今まで美術にはまったく興味がなく、絵をみている姿を誰かに見られるのが恥ずかしかったからだ。
しかしその場を去れば良いのに、つい美術部員と思わしき女子生徒の会話に聞き耳を立てていた。
「まぁね。前は部長が賞の常連だったけど、私達が受賞するのは稀だもん」
「部長も最近の画風じゃ賞は難しいのかなぁ。可愛いのになぁ」
「もっと部員が多ければ入賞の可能性も増えるかもしれないけどね」
二人の女子生徒の足音は職員室前でとまる。どうやら例の絵について話しているようだった。
あの絵を書いたのは美術部の部長らしい。可愛い色を多く使っているから、やはり女子だろうか。
勝手な想像を膨らませていると、ポケットの中でスマホが震えた。
ブーブーとなり続けるスマホに焦って階段を下りた。早く出ないと身を隠して盗み聞きしているのがばれてしまうかもしれない。
『悠真、今、何してんの? 暇なら今から駅前のカラオケ来いよー』
昇降口について通話のボタンをタップすると、まだ自分は一言も発していないのに、緩い声が用件を話し始めた。相手はいつもつるんでいる友人だった。
すぐに「行く」と一言返したが、内心、階段を慌てて降りた足音でかえって不審に思われたんじゃないかと気が気じゃなかった。
急いで電話をきった俺は下駄箱から靴を取り出して、そそくさと昇降口から離れた。
美術部員の女子生徒達にはばれていないと思いたい。
学校の門を出てカラオケまでの道のりを歩きながら、さっきまでの自分の行動にため息がでた。人の会話に聞き耳を立てるなんて、気持ち悪い。
「何やってんだろ……」
カラオケにつくと、先に入っていた男女半々くらいの面子が楽しそうに騒いでいる。顔の広い人間が声をかけて集まった集団の中には、他校の人間もいた。
適当に輪の中へ混ざり、近くにいる人と話す。そこから仲良くなる人もいれば、そのまま二度と会わない人もいる。連絡先のリストに人の名前は増えていくが、よく話しているのはその中の一握りだ。俺に限らず、みんなそんなもんだろう。
学校では授業中に睡魔と戦って、休み時間や昼休みにはクラスの人と中身があるのか無いのかわからないような会話をして、ただ放課後を待つ。目的もなくついているテレビを見るように、毎日を消費していた。
ふと、あの派手な絵が頭に浮かぶ。何か夢中になれる人の過ごす毎日は、一体どんな景色だろう。時間も目まぐるしく過ぎていくのだろうか。
「絹笠くん、聞いてるー?」
「え、何?」
隣からの声かけに慌てて答えた。遊んでいる最中にうわの空になるなんて、今日は何か変だ。
きっと何回か声をかけてくれたのだろう。隣にいた女子は拗ねたように口をとがらせている。
「連絡先交換しよ」
気を取り直すように笑いかけてくれる相手。
ただの放課後のカラオケにも、高校生活やイベントを楽しむきっかけを求めてくる人もいる。連絡先の交換に抵抗なんかなかったから普段ならすぐに応じていただろう。しかし今日はなぜか気が乗らなかった。
「ごめん、スマホ充電切れてて……」
片手をあげて謝ると、女子はつまらなそうに冷めた目でこちらを見ると隣から去った。
せっかくきたのに気分が乗らずに上の空では誘ってくれた友人にも悪い。しかし今日は、遊びにも集中できる気がしなかった。
俺は退出までの残り少ない時間をトイレでつぶすことにした。
特別な事もないけど、悪い事もない、そんなありふれた高校生活。
あんな絵を描いている人の目には、毎日がどんなふう写っているんだろう。
楽しそうな趣味をもつ人達に憧れて、夢中になれる事はないかと探してみても、結局特別に打ち込めるものは見つからなかった。
退室の時間が近くなり部屋へ戻ると、もうみんなは帰り支度を始めていた。自分も荷物を持つと、中心になっていた友人にお金を渡して部屋を出た。
ふと前を見ると、さっきの女子が別の男子と歩いている。歩いていた女子は俺に気がついたのか振り返ったが、すぐに前を向きなおして隣の男子と仲良さげに歩いていった。
何も特別な趣味を持たず、時間を消費するだけの毎日を繰り返していた俺は、依馬先輩の描く絵に惹かれて先輩に惚れた。
職員室前、普段なら立ち止まるどころか、教師の説教を回避するために速足で通り抜けたいところだ。しかし俺は、そんな場所で足を止めていた。
職員室の廊下の壁は掲示板になっている。今そこには、何かの大会にエントリーした美術部の作品が三枚ほど飾ってあり、俺はその一枚の絵から目を離せないでいた。額縁に収まっている絵には空を飛ぶ鳥と木や花、それだけならよくある風景画だろう。しかし問題はその色だった。
ピンク、紫色、黄色、黄緑……散りばめた花、一体何種類の色を使っているのだろう。とにかくカラフルだった。発光しているわけではないのに、まるでその絵だけ妙に明るく存在感を放っている。そんな絵がシンプルな額縁に収まっている事にも、どこか違和感があった。周囲を囲む絵は落ち着いた色味をしていたから、その色使いが殊更際立つ。
「この間の絵画コンクール、誰も入賞出来なかったねぇ」
廊下の奥から話し声が聞こえて、俺は慌ててその場から離れると近くの階段を下りて身を隠した。
今まで美術にはまったく興味がなく、絵をみている姿を誰かに見られるのが恥ずかしかったからだ。
しかしその場を去れば良いのに、つい美術部員と思わしき女子生徒の会話に聞き耳を立てていた。
「まぁね。前は部長が賞の常連だったけど、私達が受賞するのは稀だもん」
「部長も最近の画風じゃ賞は難しいのかなぁ。可愛いのになぁ」
「もっと部員が多ければ入賞の可能性も増えるかもしれないけどね」
二人の女子生徒の足音は職員室前でとまる。どうやら例の絵について話しているようだった。
あの絵を書いたのは美術部の部長らしい。可愛い色を多く使っているから、やはり女子だろうか。
勝手な想像を膨らませていると、ポケットの中でスマホが震えた。
ブーブーとなり続けるスマホに焦って階段を下りた。早く出ないと身を隠して盗み聞きしているのがばれてしまうかもしれない。
『悠真、今、何してんの? 暇なら今から駅前のカラオケ来いよー』
昇降口について通話のボタンをタップすると、まだ自分は一言も発していないのに、緩い声が用件を話し始めた。相手はいつもつるんでいる友人だった。
すぐに「行く」と一言返したが、内心、階段を慌てて降りた足音でかえって不審に思われたんじゃないかと気が気じゃなかった。
急いで電話をきった俺は下駄箱から靴を取り出して、そそくさと昇降口から離れた。
美術部員の女子生徒達にはばれていないと思いたい。
学校の門を出てカラオケまでの道のりを歩きながら、さっきまでの自分の行動にため息がでた。人の会話に聞き耳を立てるなんて、気持ち悪い。
「何やってんだろ……」
カラオケにつくと、先に入っていた男女半々くらいの面子が楽しそうに騒いでいる。顔の広い人間が声をかけて集まった集団の中には、他校の人間もいた。
適当に輪の中へ混ざり、近くにいる人と話す。そこから仲良くなる人もいれば、そのまま二度と会わない人もいる。連絡先のリストに人の名前は増えていくが、よく話しているのはその中の一握りだ。俺に限らず、みんなそんなもんだろう。
学校では授業中に睡魔と戦って、休み時間や昼休みにはクラスの人と中身があるのか無いのかわからないような会話をして、ただ放課後を待つ。目的もなくついているテレビを見るように、毎日を消費していた。
ふと、あの派手な絵が頭に浮かぶ。何か夢中になれる人の過ごす毎日は、一体どんな景色だろう。時間も目まぐるしく過ぎていくのだろうか。
「絹笠くん、聞いてるー?」
「え、何?」
隣からの声かけに慌てて答えた。遊んでいる最中にうわの空になるなんて、今日は何か変だ。
きっと何回か声をかけてくれたのだろう。隣にいた女子は拗ねたように口をとがらせている。
「連絡先交換しよ」
気を取り直すように笑いかけてくれる相手。
ただの放課後のカラオケにも、高校生活やイベントを楽しむきっかけを求めてくる人もいる。連絡先の交換に抵抗なんかなかったから普段ならすぐに応じていただろう。しかし今日はなぜか気が乗らなかった。
「ごめん、スマホ充電切れてて……」
片手をあげて謝ると、女子はつまらなそうに冷めた目でこちらを見ると隣から去った。
せっかくきたのに気分が乗らずに上の空では誘ってくれた友人にも悪い。しかし今日は、遊びにも集中できる気がしなかった。
俺は退出までの残り少ない時間をトイレでつぶすことにした。
特別な事もないけど、悪い事もない、そんなありふれた高校生活。
あんな絵を描いている人の目には、毎日がどんなふう写っているんだろう。
楽しそうな趣味をもつ人達に憧れて、夢中になれる事はないかと探してみても、結局特別に打ち込めるものは見つからなかった。
退室の時間が近くなり部屋へ戻ると、もうみんなは帰り支度を始めていた。自分も荷物を持つと、中心になっていた友人にお金を渡して部屋を出た。
ふと前を見ると、さっきの女子が別の男子と歩いている。歩いていた女子は俺に気がついたのか振り返ったが、すぐに前を向きなおして隣の男子と仲良さげに歩いていった。
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