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夜の鉢合わせ
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「……結婚祝いと式? 行けなくて悪かった」
「ん? 気にしないで。セノは来ないと思ってた。なんとなく」
「そっか」
盛り上がっていた会話も落ち着き、そろそろ帰ろうかという雰囲気になった頃、会ってからずっと引っかかっていたことを諒に謝った。隣の諒の表情をうかがうと、本当に気にしていないようでほっとした。
諒はグラスに残った酒を飲みほした後、ゆっくり言葉を続けた。
「うん。そんな事は気にしないからさ。セノとまた、こうやって話したいな」
「それは……」
今までの雰囲気に流されてつい頷きそうになったが、俺の理性が言葉を詰まらせた。
そんな事をしたら、きっといつか気持ちを抑えきれなくなる。そんな不安が俺の口をふさいだ。もう、会わない、そんな意図をもった、相手を傷つけない優しい表現を探したが、俺にはそんな言葉を見つけることが出来ない。
重たい口を開こうとすると、まるでそれを遮るようにカウンターに置いていた自分のスマホが震えた。
はっとして画面を見ると、画面には着信画面、ブーブーとなる振動は一度や二度で終わらず、連続でなり続けている。
「電話? 気にしないから出なよ」
「いや、後にする。多分、急ぎじゃないから」
着信の画面に出ていた『アンドウ』の名前。今、この場で話したくない相手だった。留守電のアイコンをタップして、バイブレーションをとめる。
グラスが空になったタイミングで帰ることにした俺達は、店を出た。
「セノは明日も朝から仕事?」
「あぁ。でも編集作業だから、しばらく家からでなくなる」
「そっか、俺も基本リモートだから似た感じ」
俺は諒の言葉に疑問を抱いた。
「あれ、単身赴任って言ってなかったか」
深入りするつもりはないのだからそのまま流せばいいものの、気になってつい聞いてしまった。
「あー……うん。リモートは本業。副業もしていて、そっちで用があって都内に来てる」
そういう諒は少し動揺していて、何かを隠していると勘づくには十分だった。しかし、俺は何も聞かずに「なるほどな」と返事をした。
駅まで歩いている途中で、またスマホが鞄の中で震える。切れては震えて何度も同じ振動を繰り返すのはアンドウからの着信だった。
「悪い。俺、電話出てから電車に乗るわ。ここで解散でもいい?」
「いいよ。それじゃまた」
「お疲れ」
互いに手を振るが、俺は「また」とは返せなかった。さっきの話もはっきり返事を出来ずに終わってしまった。ただでさえ、モヤモヤしていて気が重いのに、着信は一向に鳴りやまない。人ごみに混ざっていく諒の背中を見送ると、俺は鳴り続ける電話に出た。
「しつこい、何の用だよ?」
『相変わらず愛想ねぇな。さっきの男、彼氏?』
どうやら諒と二人でいるところをアンドウに見つかったようだ。電話の向こうで面白そうに笑っているのが声の調子から想像できる。悪い予感しかしない。
「違う」
『へぇ。人嫌いなお前にしちゃ随分和んでたじゃん。あれ、酒で酔っていただけじゃないだろ』
「……人といるって知ってんのに電話をかけてきた用件は?」
『そんなに怒るなよ。今からどう?』
アンドウは偶然同じバーに来ていたようだ。諒との会話に夢中で気がつかなかった。不覚だ。
この男、アンドウとは、所謂体だけの関係だった。都内に出て、専門学校で新しい人との出会いはたくさんあった。女性から告白を受けることもあったが、その時初めて異性にまるで興味を持てない自分に気がついた。もしかしたら自分の恋愛対象は完全に同性なのかと、試しに何人かの男性と付き合った。
初めて関係を持った時も緊張はしたが不快感はなく、やっぱり男性が好きなのだと素直に受け入れた。しかしどれだけ付き合っても、諒を忘れて夢中になれるほどの相手とは出会えなかった。結局、元から人付き合いに消極的な俺は、誰かと体を合わせたい時だけ一回きりの相手を探すようになった。
一回きり、もう二度と会わない、終わったら互いに忘れて、たとえどこかですれ違っても干渉しない。そんな後腐れのない関係の相手と互いの一時的な欲求だけを解消する方が楽だった。
しかしこのアンドウだけが違った。一回関係を持っただけで終わる条件を破り、その後も何度も電話をかけてくる。おまけに毎回しつこい。こちらが会うと折れるまで電話を鳴らし続ける。
「悪いけど今日はそんな気分じゃない。他、あたって」
『連れないな。あぁ、そうそう。今、外にいてさ、さっきのイケメン君、目の前に歩いてんだよね。声かけてみるかな』
アンドウの言葉に血の気がひいた。よりによって諒に手を出そうとするなんて。
『それじゃあ、また』と電話は切れてしまった。
俺は急いで諒が歩いていった方向に走った。その姿を探すがなかなか見つからない。
田舎では目立つからすぐわかる諒の姿も、人がひしめき合う都内で探すのは流石に難しい。十分ほど探してようやく涼を見つけたが、既にアンドウが話かけていた。
近づきながら二人の様子を見ると、諒はいつもの調子で相手が不快にならないように断ろうとしている。まだ話しているだけのようでほっとしたが、案の定アンドウはしつこく、諒から離れない。おまけにその手が馴れ馴れしく肩まで抱こうとしている。
俺は二人に近寄って、諒の肩を抱こうとしているアンドウの腕を掴んだ。
「おい、待ち合わせ相手間違えるなよ」
「セノ?」
「あれ、サトシ今日無理になったんじゃ?」
アンドウは驚いている諒の横で、とぼけた後、にやにやと笑っている。わかっているくせに面白がっているのだ。諒に近づこうとするアンドウの態度に苛立ちが止まらず、俺はそのへらへらとした顔を睨みつけた。
「用はなくなった。良いからこっちこいよ」
怒りのせいでつい口調が荒くなりながら、アンドウの腕を自分の元へひき寄せる。
そして諒には「気をつけて帰れよ」と名前は出さずに声をかけて、その場を離れた。諒が何か言っていた気がするが、気にしている余裕はなかった。
「ん? 気にしないで。セノは来ないと思ってた。なんとなく」
「そっか」
盛り上がっていた会話も落ち着き、そろそろ帰ろうかという雰囲気になった頃、会ってからずっと引っかかっていたことを諒に謝った。隣の諒の表情をうかがうと、本当に気にしていないようでほっとした。
諒はグラスに残った酒を飲みほした後、ゆっくり言葉を続けた。
「うん。そんな事は気にしないからさ。セノとまた、こうやって話したいな」
「それは……」
今までの雰囲気に流されてつい頷きそうになったが、俺の理性が言葉を詰まらせた。
そんな事をしたら、きっといつか気持ちを抑えきれなくなる。そんな不安が俺の口をふさいだ。もう、会わない、そんな意図をもった、相手を傷つけない優しい表現を探したが、俺にはそんな言葉を見つけることが出来ない。
重たい口を開こうとすると、まるでそれを遮るようにカウンターに置いていた自分のスマホが震えた。
はっとして画面を見ると、画面には着信画面、ブーブーとなる振動は一度や二度で終わらず、連続でなり続けている。
「電話? 気にしないから出なよ」
「いや、後にする。多分、急ぎじゃないから」
着信の画面に出ていた『アンドウ』の名前。今、この場で話したくない相手だった。留守電のアイコンをタップして、バイブレーションをとめる。
グラスが空になったタイミングで帰ることにした俺達は、店を出た。
「セノは明日も朝から仕事?」
「あぁ。でも編集作業だから、しばらく家からでなくなる」
「そっか、俺も基本リモートだから似た感じ」
俺は諒の言葉に疑問を抱いた。
「あれ、単身赴任って言ってなかったか」
深入りするつもりはないのだからそのまま流せばいいものの、気になってつい聞いてしまった。
「あー……うん。リモートは本業。副業もしていて、そっちで用があって都内に来てる」
そういう諒は少し動揺していて、何かを隠していると勘づくには十分だった。しかし、俺は何も聞かずに「なるほどな」と返事をした。
駅まで歩いている途中で、またスマホが鞄の中で震える。切れては震えて何度も同じ振動を繰り返すのはアンドウからの着信だった。
「悪い。俺、電話出てから電車に乗るわ。ここで解散でもいい?」
「いいよ。それじゃまた」
「お疲れ」
互いに手を振るが、俺は「また」とは返せなかった。さっきの話もはっきり返事を出来ずに終わってしまった。ただでさえ、モヤモヤしていて気が重いのに、着信は一向に鳴りやまない。人ごみに混ざっていく諒の背中を見送ると、俺は鳴り続ける電話に出た。
「しつこい、何の用だよ?」
『相変わらず愛想ねぇな。さっきの男、彼氏?』
どうやら諒と二人でいるところをアンドウに見つかったようだ。電話の向こうで面白そうに笑っているのが声の調子から想像できる。悪い予感しかしない。
「違う」
『へぇ。人嫌いなお前にしちゃ随分和んでたじゃん。あれ、酒で酔っていただけじゃないだろ』
「……人といるって知ってんのに電話をかけてきた用件は?」
『そんなに怒るなよ。今からどう?』
アンドウは偶然同じバーに来ていたようだ。諒との会話に夢中で気がつかなかった。不覚だ。
この男、アンドウとは、所謂体だけの関係だった。都内に出て、専門学校で新しい人との出会いはたくさんあった。女性から告白を受けることもあったが、その時初めて異性にまるで興味を持てない自分に気がついた。もしかしたら自分の恋愛対象は完全に同性なのかと、試しに何人かの男性と付き合った。
初めて関係を持った時も緊張はしたが不快感はなく、やっぱり男性が好きなのだと素直に受け入れた。しかしどれだけ付き合っても、諒を忘れて夢中になれるほどの相手とは出会えなかった。結局、元から人付き合いに消極的な俺は、誰かと体を合わせたい時だけ一回きりの相手を探すようになった。
一回きり、もう二度と会わない、終わったら互いに忘れて、たとえどこかですれ違っても干渉しない。そんな後腐れのない関係の相手と互いの一時的な欲求だけを解消する方が楽だった。
しかしこのアンドウだけが違った。一回関係を持っただけで終わる条件を破り、その後も何度も電話をかけてくる。おまけに毎回しつこい。こちらが会うと折れるまで電話を鳴らし続ける。
「悪いけど今日はそんな気分じゃない。他、あたって」
『連れないな。あぁ、そうそう。今、外にいてさ、さっきのイケメン君、目の前に歩いてんだよね。声かけてみるかな』
アンドウの言葉に血の気がひいた。よりによって諒に手を出そうとするなんて。
『それじゃあ、また』と電話は切れてしまった。
俺は急いで諒が歩いていった方向に走った。その姿を探すがなかなか見つからない。
田舎では目立つからすぐわかる諒の姿も、人がひしめき合う都内で探すのは流石に難しい。十分ほど探してようやく涼を見つけたが、既にアンドウが話かけていた。
近づきながら二人の様子を見ると、諒はいつもの調子で相手が不快にならないように断ろうとしている。まだ話しているだけのようでほっとしたが、案の定アンドウはしつこく、諒から離れない。おまけにその手が馴れ馴れしく肩まで抱こうとしている。
俺は二人に近寄って、諒の肩を抱こうとしているアンドウの腕を掴んだ。
「おい、待ち合わせ相手間違えるなよ」
「セノ?」
「あれ、サトシ今日無理になったんじゃ?」
アンドウは驚いている諒の横で、とぼけた後、にやにやと笑っている。わかっているくせに面白がっているのだ。諒に近づこうとするアンドウの態度に苛立ちが止まらず、俺はそのへらへらとした顔を睨みつけた。
「用はなくなった。良いからこっちこいよ」
怒りのせいでつい口調が荒くなりながら、アンドウの腕を自分の元へひき寄せる。
そして諒には「気をつけて帰れよ」と名前は出さずに声をかけて、その場を離れた。諒が何か言っていた気がするが、気にしている余裕はなかった。
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