俺は隠して君は噓をつく

雲巡アキノ

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知られたくなかった一面

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人気のない路地裏にアンドウを連れてくると、自分より背の高い、筋肉質な体を壁に向かって突き飛ばした。

「あいつはノンケの既婚者だ、手を出すな」
「あーあ、せっかくナンパしてたのに。俺がそういうの気にしないって知ってるじゃん」

 楽しくてたまらない様子で笑うアンドウに、はらわたが煮えくくるようだった。
 本当なら俺なんかが無理やり引っ張ったって力で叶わないのを知っている。大人しくついてきたのは、単純に反応を楽しんでいるからだろう。
 そうだとわかっていても、絶対こいつを諒に近寄らせたくなかった。

「それともサトシが相手してくれるの? それでも十分俺は楽しいけど」

 そういいながらキスをしようとするアンドウの顔を思いっきり殴った。乾いた音の後、笑ったままアンドウが俺を見下ろす。正確には笑っているのは口だけで、目は醒めきっていて、笑っていない。

「しつこい、二度と連絡してくるな」
「ツンツンしすぎだろ。そういうシチュエーションも嫌いじゃないけど」

 そういうなりアンドウは自分達の立ち位置を入れ替えて、俺の体を壁に押し付けた。体格に差がある相手にする抵抗は無駄に終わる。身動きも出来なくなった俺にアンドウは唇を押し付けて、口内に強引に入ってくる舌が乱暴に絡まる。

「んんっ」

 キスをしたまま、アンドウの手が下半身に伸びてきて自分のそこを服越しにまさぐった。好きでもない相手にまで反応してしまう自分の体が恨めしい。

「このままホテル行こっか」

 唇を離すなり返事など待たないアンドウに腕をひかれて、俺は電車には乗らずに近くのホテルに向かった。
 部屋に入ってからはアンドウの欲求のままだ。
 嫌な相手でも、自分の体は愛撫を受けて突かれれば反応する。勝手に矯声を発して精液をはく。欲求を晴らしたいだけの人間を相手にするのに、なんて都合の良い体だろう。
 気づけばベッドで眠っていた。隙間から漏れる光で、もう外が朝になったことを知る。気だるい体を起こすと水を飲んで乾ききった喉を潤した。
 
 夜、アンドウに抱かれている途中に何度もスマホが鳴っていた。諒から連絡がきているのは想像出来たが、一切鞄からは出さなかった。内容を確認している隙にアンドウが画面を盗み見るかもしれないからだ。諒の連絡先をあの男の視界に入れたくなかった。
 目を覚ましたのか、隣で眠っていたアンドウの腕が後ろから伸びてきて体に絡みつく。

「触るな、もういいだろ」
「あのイケメン君、サトシの片思いの相手?」
「お前には関係ない」
「なぁ、今からもう一回相手してくれたらもう手ぇ出さないって約束するよ。どうする?」

 アンドウはそう耳元で囁いた後、首筋に口づけを落とした。絡みつく腕に力が入ると裸同士の体が密着する。ハナからやらずに開放する気などないくせに。
 これが好きな相手だったら、諒に抱かれてこんな朝を迎えられたらどれだけ幸せだろう。アンドウが相手では苛立ちしか湧いてこなかった。口約束を守るような男ではないとわかっていたが、もう抵抗する気も起きなかった。

 帰り際に「もう連絡がきても出ない」とアンドウを突っぱねると、ホテルから出てそのまま電車に乗った。駅から電車が発車してスマホを取り出すと、画面には昨晩スルーし続けた諒からの着信とメッセージがずらっと並んでいる。

『返事出来なくて悪い。あれから飲んで、そのまま潰れてた』

 諒宛に嘘の言い訳を書いて送信すると、そのまま設定画面でアンドウをブロックした。
 以前も同じようにしたのだ。それなのに機種を変えたのか知らないが、また電話がかかってくるようになった。あえて名前を登録していたのは間違えて出ないようにするためだった。
 疲労のせいか、体が重く、だるい。
 それでも帰ったら仕事が待っていると思うと、ついため息がでてしまう。俺は最寄り駅までの十数分の間、電車の揺れに身を任せて仮眠をとった。



 あの日から二か月が経った。雑誌の撮影も順調に進んでいる。連載が載っている雑誌の販売も始まり、読者からの反応が出版社にも届き始めたようだ。企画の担当から好感触と連絡が来て、心の底からほっとした。自分が携わっている企画で良い結果が出るのは、やはり嬉しい。
 この通り仕事は順調だが、私生活は別だった。
 あの日から諒と会っていない。
 何度も連絡は来ている。しかしそのたびに俺が理由をつけてはぐらかしているからだ。あの晩何もなかったのか聞く内容もあったから、恐らく諒は、送ったメールが嘘だと勘づいている。
 一度会ってしっかり話した方が良いのはわかっているが、気が進まなかった。それに、あのBarがアンドウの行動範囲である事もわかってしまった。
 どうしようかと考えている間に、ついに二か月も経ってしまったのだ。
 そして今、またスマホの画面に諒からメッセージの通知がきた。前回断ってから三日ぶりだろうか。諒のマメな性格には感心する。とても俺には真似できない。
 メッセージを開いて返事を書いていると、突然画面が着信に切り替わる。突然の事に驚いて思わず滑った指が通話ボタンに触れてしまい、渋々スマホを耳に充てる。

「……もしもし」
「セノお疲れー。久しぶり。今日の夜、何時なら空いてる?」

 質問の仕方が、会う前提だ。これは相当しびれを切らしているに違いない。
だからといって会えるかどうかは別の話で、少し間を置いた後、俺は言葉を濁した。

「どうだろう、日付が変わるかもしれない」
「あぁ、良いよ。俺、明日休みだから何時でも大丈夫」

 この場にいないのに、笑顔で圧をかけてくる諒の姿が目の前に浮かぶようだ。恐らく俺が会うというまでこの電話は終わらないだろう。

「嘘、夕方には終わる」

 電話の向こうで小さく笑った気配がした。俺は駆け引きで諒に勝てる気がしない。
 時計を見ると、待ち合わせの時間までもう少し余裕があった。
 電話を切った後シャワーを浴びながら、諒にあの日の事を聞かれたらどうしようかと考えを巡らせるが、シミュレーションどころじゃなかった。同性、しかも付き合ってもいない相手と体の関係を持っていると知ったら、諒はどんな顔をするだろう。
 どれだけ考えても悪い方に想像が膨らみ、一向に冷静にはなれなかった。

「あー行きたくねえ……」

 ため息が止まらず、俺はシャワーに打たれたまま壁に項垂れた。
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