灰被りの聖女

彩峰舞人

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キングスレイヤー②

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(やってしまった……)

 怒りに任せて喧嘩を売った相手はブリュンガルデ王国随一の武人で、厳重警戒の中にあって守備する手練れの兵共々前王を殺害せしめたというキングスレイヤー。
 たとえこのままユアが殺されたとしてもジェミニ侯爵に一切の非はなく、また罰する法も存在しない。

(でもこれはこれでありか)

 信じていた恋人にあっさり裏切られたユアである。
 自ら命を絶つのもキングスレイヤーによって手討ちになるのも同じ死であることには変わりない。むしろ今の状況は都合がいいとさえ思ってしまう。

(さあ私を殺して)
 
 ユアが視線のみで手討ちにするよう促すも、しかし、いくら待ってもジェミニ侯爵は剣を抜こうとしない。

(なぜ手討ちにしないの?……ああ、見つめていたらさすがにやりづらいよね)

 ユアは静かに瞳を閉じる。これで問題ないだろうとその瞬間を待つも、やはり一向に痛みがやってこない。しびれを切らしたユアが薄目を開けると、そこには笑んだジェミニ侯爵の姿があった。

「あの……もう覚悟はできているんですけど」
「あ? 何の覚悟だ?」
「だからその……お手討ちの覚悟が……」
「よくわからんがちゃんと自分の気持ちが言えたじゃないか。あれでいいんだ」
「──ッ⁉」

 ギチギチと首を回していくと、宰相がユアを恐ろしい形相で睨みつけているのが聖輪騎士団の隙間越しに見える。

 またもや勝手に口を開いたユアに対して宰相から未だに叱責が飛んでこないのは、ひとえにジェミニ侯爵の影響が大きいのは疑いようがなかった。

「──カイルよ」

 腹の底から湧き出てくるような低い声にユアが視線を壇上に向ければ、今まで見たことのない恐ろしい形相をしたレガード王がそこにいた。

「今この場で謝罪しろ。さすれば寛大な心をもって数々の暴言を不問に付そう」

「謝罪? 間違ったことは何一つ言ってないのになぜ謝罪を? むしろ謝罪しなければいけないのは王でしょう。無論謝罪は私にではなくこれまで散々な扱いをしてきたこの少女に対してです」

(だからなんでそうなるのよっ!)

 ジェミニ侯爵のとんでも発言に、ユアは開いた口が塞がらなかった。

(王様を無駄に煽っているし。これじゃあ益々私の風当たりが強くなるだけじゃない)

 これから死のうという人間が今さら気にすることかと世人は笑うかもしれない。それでもこれ以上面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだった。

「……貴様には少なくない恩義がある。だからこそ穏便に済まそうという余の心がわからんのか?」
「全くもってわかりませんな」

 ジェミニ侯爵がへらと笑いながら肩を竦ませれば、レガード王が玉座から勢いよく立ち上がる。手に持つ黄金の杖は小刻みに震え、その顔は憤怒の色で染まっていた。

「いくら貴様が強いといっても限度があろう。これだけの近衛兵と聖輪騎士団を前にしてはどうしようもあるまい」

 はっきりと殺意を示したレガード王の発言に対し、ジェミニ侯爵は「ならば試してみましょうか」と、呑気な口調で剣に手をかける。

 サンゼンイン・シズカ以外の全員が緊張を走らせる中で、慌てて壇上に駆け上がった近衛兵士長がレガード王に素早く耳打ちをした。

「……余をたばかろうとしているのではあるまいな?」

 近衛兵士長は視線をジェミニ侯爵に移しながら、

「残念ながら事実です。全てが死兵となってようやく五分と五分かと。それでもとおっしゃられるのであれば即座にご命令を」

 勇猛で知られる近衛兵士長の顔が、今や誰もがわかるくらいには強張っている。聖輪騎士団長のアルフォンスもまた同様だ。
 レガード王はしばらくジェミニ侯爵を睨みつけるも、最後は深い溜息を吐いてドカリと玉座に腰を下ろした。

「──結局貴様は何がしたいのだ?」

「特に何も。最初に言った通りあまりにも胸糞悪いものを見せられたのでついつい口を挟んでしまっただけのことです」

 ジェミニ侯爵の発言を聞き、レガード王は顔を背けながらひらひらと手を振った。

「なら用件は十分に済んだであろう。もはや顔を見るのも不愉快だ。庇い立てしたその娘共々早々に立ち去るがよい」

「だってよ」
「え!? ちょっ!? ええっ!?」

 ユアはわけもわからないまま背中を押される形でジェミニ侯爵と並び歩きながら出口へ向かう。開かれていく大扉を前にして不意に足を止めたジェミニ侯爵は何かを思い出したように振り返り、

「そうそう。顔を見るのも不愉快ということなので、俺はこの元聖女のタイニア行きに同行します」
「同行だと?──それがどういう意味を持つのかわかって言ってるのか?」
「無論承知の上です」
「ちょっと何勝手なこと言ってるんですか。そもそも私は死ぬつもり──」
「いいからいいから。さっさとこんな陰気臭いところはおさらばしようぜ」
「だから押さないで!」

 ユアは押し出されるようにして謁見の間を後にする。

 大扉が閉じられる直前、何かを叩きつけたような音がユアの耳へ届いた。
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