もふもふの国の聖女様

護茶丸夫

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聖女選定 2

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「もっふもふ!もっふもふ!」

 ベロニカは興奮で声が抑えらず、小さな声でつぶやいてしまう。
 小さな頃から憧れていた聖獣様と、ようやく会える。
 どの聖獣様でも構わない、撫でさせて欲しい。

「もっふもふ!もっふもふ!」

 もう恥ずかしいほど、欲望駄々漏れである。

 不安そうな二人の令嬢にはお構いなしに、神官の後についてずんずん進む。
 制定の間からいくばくか歩いた後、広い間隔でドアが並んでいる廊下へ到着。

「こちらで身支度をお願い致します。後ほどお迎えに参りますので。」

 一番手前にあるドアの前で、神官が振り向きニコリと笑顔を見せ告げた。
 そのあとドアを開け、部屋の中のへと三人を案内する。

 部屋の中には頭まで隠れる衝立がいくつかあり、十人程の侍女達が整列して待機していた。
 神官はそのうちの一人へ声をかけ、引継ぎを頼んでいる。
 すぐにモフモフに会えると思っていた気持ちがしぼんでいく。

「お仕度が終わりましたら、また案内をいたします。私は外でお待ちしております。」
「お嬢様方、こちらへどうぞ。」

 神官がドアの外に出るのを見届けた後、引継ぎを受けた年かさの侍女が前に出る。
 その侍女に促され、三人は一人ずつ衝立の中へ。
 それぞれ数人の侍女が手伝い、服を着替える。
 装飾もすべて取り外し、シンプルな生成りのロングワンピースだけとなった。

「聖女様は皆様この服が基本となります。本来ならば湯あみも必要になりますが、本日は『顔合わせ』だけですので省きました。」
「あと次回からお化粧はなさらないでくださいませ。」

 年かさの侍女がにっこりと微笑みながら、怖い事を言ってきた。
 令嬢三人は目を丸くして驚く。

 化粧なしで人前に出るとか、拷問ですか?

「ドレスとアクセサリーは後ほどお部屋の方に届けておきますので、ご確認くださいませ。」

 キョロキョロと見回すと侍女達はすっぴん美人が多い。
 これは間違いなく拷問に違いない。

「宜しいでしょうか? では、神官様をお呼びいたします。」

 ベロニカはあとで他の二人と相談しようと、心に決めて神官を待つ。



「こちらの部屋で聖獣様と会って頂くのですが。」

 そう前置きをして、四人の人影が部屋へのドアの前に立つ。
 着替え終わったご令嬢三人を引き連れて、選定の間から案内役となっている神官が、長い髪をふわりとなびかせ振り向いた。

「聖獣様はとても身体が大きいので、とても驚かれると思います。」

「あ、あのっ。どのくらい大きいのですか?」

 金の髪に青い瞳の令嬢がたずねる。
 神官は美しく涼しげな目元を緩め、丁寧にお辞儀をする。

「バーベナ様、ご質問ありがとうございます。そうですね、本日来て頂いた聖獣様は、私と同じくらいの目の高さですね。比較的小柄な方に来て頂きました。」
「小柄……。」
「うそ、大きい」
「もふもふ。」

 ベロニカの欲望が口に出たが、神官は気にせずに答えた。

「ベロニカ様。もふもふと言うよりモコモコですね。羊型の聖獣様で、とてものんびりした性格の方です。」

 神官は、もう一人の金の髪の薄い青の瞳の、小柄で華奢な令嬢に優しく訊ねる。

「マーガレット様は何かご質問はありますか?」

 もじもじと迷っていた令嬢は、小さな声で聞いた。

「あ、あの。噛まれませんか?」
「……。噛みません。聖獣様は基本的に人に噛みつきません。」

 すっと顔の表情を無くした神官は、遠くを見つめながら答える。

「他に、ございますでしょうか?」
「あのっ、何か気をつける事はありますか?」

 バーベナは勢いが付いたのか、両手を胸の前で組み神官へ近づく。
 生成りのワンピースの胸元が、一気に盛り上がる。

 おおきい。
 マーガレットは片手でそっと自分の胸元を押さえる。
 羨ましい。
 なにが羨ましいって?
 思っても口には出さないし、出せない。

 落ち込むマーガレットと、我関せずなベロニカを横に。
 表情を変えず丁寧な言葉だけはそのままで、盛り上がりを無視する神官。

「聖獣様は人語を理解していらっしゃいます。乱暴な言葉は避けて下さい。大きな声も苦手ですので、ご注意ください。」
「あとはおっとりしたお方なので、急な行動はおやめください。宜しいでしょうか?」

「はいっ!」
「ぁ、はい。」
「もふ。」

 三人ともそれぞれに返事をした後、ノックの後にドアが静かに開かれ中へ入る。
 ベランダに出るための大きな掃き出し用のガラス戸が、広い部屋いっぱいに光を取り入れている。
 その真ん中に、真っ白でもこもこした塊が、でろりと長細く横たわっていた。

「聖獣様、聖女候補様がお越しになりました。」
「め?」

 モコモコの中からひょいと羊の頭が上がる。
 目の前でポテポテと長めの尻尾が揺れ動く。

「めぇ?」

 ぬぅっと上半身だけ起こし、こちらを振り向く大きな羊。
 怖くないよ? アピールだろうか、首を傾げ小さくめぇめぇ言っている。

 大きな瞳と長いまつげの羊さんだ。
 瞳孔は、外よりは暗いせいか楕円形で、きっちりとした横長ではない。

 可愛さがハンパない。
 優し気な顔で小首をかしげ、ぱちぱちと瞬きをする白いモコモコ
 ちっちゃく口を開けて「めぇ」と、これまた小さく声を出す。
 離れているせいで、大きさはあまり実感できない分、可愛らしさが天元突破だ。

 神官へ勢いよく、ベロニカはたずねる。

「もこもこ!もこもふもふ?」

「ベロニカ様、仰っている事はわかりませんが、ゆっくり近づいて頂いて大丈夫ですよ。」

「もこもこ?もふもふ?」

「ええ、その後に触れて良いか、聖獣様にお聞きしてからお願いします。」

「もこもこ!」

 真面目に答える神官に、真面目に頷くベロニカ。
 「もふもこ」としか発しなくなったベロニカの言葉が、綺麗に通じているのは何故なのか、誰か突っ込んで差し上げて?
 他の候補の二人は、動物といえば遠目に馬ぐらいしか見た事がない。
 未知の生物を見た事で硬直し、驚き恐怖しているのがわかる。

 そんな二人を置き去りにして、そっとゆっくりと近づいていくベロニカ。
 が。
 その両手は掴みかかるように前に突き出され、その指先は小刻みに動いている。
 口は半開きで笑顔とも言えない笑みを浮かべ、鼻息は荒く顔は赤い。
 おまけにいまだに「もこもこ」と小さくつぶやき続け、ゆっくりとじわじわと近づいている。

 まるで変態が獲物にじわじわと迫っている様だ。

 先ほどまで友好的な雰囲気で瞬きをしていた聖獣は、恐怖を感じたのか目を見開き震え始めた。
 羊型の聖獣の耳がぺたりと下がり、元気に振られていた尻尾は、きゅっときつく股の間に挟まっている。

 聖獣様逃げて! 今すぐ逃げて!

 大きさに驚いて固まっていた聖女候補二人は、我に返った心の中で叫んだ。
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