もふもふの国の聖女様

護茶丸夫

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聖女候補 3

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「もこもこもここ?」

 はぁはぁと息遣いも荒いまま、意味の分からない言葉を並べるベロニカ。
 怖い。
 これは危ない人だ。
 町中でこの姿を見れば、一発で警備衛兵を呼ばれるだろう。

「めぇ、め゛ぇぇー」

 危機を察知したのか、悲し気な鳴き声。
 涙目の羊型の聖獣が、いやいやと頭を横に振る。
 それでも怪しげな女性は近づいてくる。
 後ろに下がろうにも、恐怖の為か動かない羊型の聖獣。

「ベロニカ様、そこまでです!」

 凛と張った、男性にしては少し高めな甘い声が響く。
 がしりとベロニカの後頭部を掴み、これ以上進まない様に止めに入る神官。
 怒りのためか、こめかみに青い血管が見える。

 しかし。もこもことつぶやきながら、止まらない痴女の足。
 神官が止めに入った事で持ち直したのか、慌てて立ち上がりすみっこに逃げぷるぷると震える聖獣。

「このままでは嫌われますよ。よろしいのですか?」

 静かに、怒りを抑えた声でたずねる。
 抑えた声も美声。ずるい。
 ベロニカの動きが、ぴたりと止まる。
 ついでに謎のつぶやきも、ようやく止まった。

「お気持ちはよーーくわかります。ですが。ぜひ言葉を、会話を交わしてから行動して下さいませんか?」

 抑えた声から、優しく問いかける声に変わる。
 言い聞かせるには最適な柔らかさ。

 ベロニカの体から強張りが取れ、体の前で構えていた腕がすっと降りる。
 するとドアの方向から、トトトっと小柄な金髪が走ってくる。
 ぷるぷるしている羊の聖獣の前で振り返り、まるで庇う様にしてベロニカの前に立つ。

「ベロニカ様、お話しましょう。聖獣様が怖がってます。可哀想です!」
「マーガレット様、危険です。」

 涙目でプルプルと震えながら、少しだけ両手を広げ立ちふさがる小柄な少女。
 一生懸命に親を庇う子羊の様な姿に、生まれたてかよと突っ込みたくなる、か細い見た目。
 神官が思わず注意したくなるのがわかる。

 いやまて、危険なのか?
 何が危険だと言いたいのだろうか。

 はっと正気に戻る、ベロニカ。
 金の髪が光を受け、目の前の可憐な顔を浮きだたせていて、とても神々しい。
 華奢で小柄な少女が、きゅっと唇をかみ顔を上気させ潤んだ瞳でこちらを見上げている。

 よく見ると、少し下がり気味の瞳の薄い青が、涙をたたえゆらゆらと光が揺れている。
 すっぴんになったはずなのに、控えめなピンク色の唇がぎゅうっと耐える様に歪んでいる。
 先ほどの言葉でいっぱいいっぱいなのだろう、他に説得の言葉が思い浮かばないらしく困っているのがぎゅっと寄ったりへりょりと広がったりと、忙しい眉の動きで良く分かる。
 あどけない顔立ちに、少しだけ大人になりかけの色香が漂う。
 華奢な体つきが年齢よりも少しだけ、幼く見せている原因かもしれない。

 金の光に囲まれた天使が困っている。
 ……尊い。

 ベロニカはあまりの可愛らしさに口に手をあて、胸を押さえ耐える。
 しゃがみ込みたいが、後頭部はがっちりと捕まれていて身動きはとれない。
 女性の後頭部を容赦なく、がっちり鷲掴み。
 緊急措置ではあったが、見た目はとても残念。

 可憐な少女の捨て身の抗議でやっとモフモフの欲望と妄想から、抜けでることができたベロニカ。
 尊い天使からの決死の懇願が無ければ、どうなっていたことか。

 いや、一番は神官が素早く止めてくれたお陰だと思う。

「あっ!ご、ごめんなさい。私っ嬉しくて我を忘れてしまって。」

 素に戻り、涙ぐみ反省の言葉を言い出したベロニカ。
 そろりそろりと、頭をわしづかみにされている現場に近づくマーガレット。

「大丈夫ですか? もう、怖くなっちゃダメですよ?」
「ええ、ええ。ごめんなさいね。憧れの聖獣様に会えるのに興奮してしまって、ごめんなさい。」

 恥ずかしさで両手を顔に当て俯こうとするが、頭部はまだ動かせない。
 中途半端な体勢のまま、なんとか顔だけは覆う事に成功している。

 見た目美人の神官、意外と握力が。
 怒り顔から、ほんのりとした微笑みを浮かべる顔に戻る。
 片手で鷲掴みのままだが。

「ベロニカ様、落ち着いて会話して頂けるのでしたら、手を離しますが。」
「はい、はい! これ以上は興奮しない様に致しますので、放していただけますか?」

 きちんと返事を返すため顔を覆っていた手を外したが、行き場なく意味もなく上下する。
 言葉の響きに怪しいモノがあったが、神官は表情を変えずそっと後頭部から手を離す。
 やっと自由になった頭に、ほっとした心持になる。
 そこへマーガレットが何かに気づいたらしく、そっと手を差し出す。

「宜しかったら、お互い手を握っておきませんか?」
「まぁ! 良いのですか? わたくしとだなんて、お嫌ではありませんか?」

 やっと淑女らしい会話になった様な気がすると、神官はほっとする。
 表情はほんのり微笑んだまま固定されている。

 ぎこちなく手を繋ぎ、どちらからともなく笑顔に。
 お互いの笑顔に安心して、少しだけつないだ手に力が入る。
 二人は揃って、震えていた羊型聖獣に改めてそっと顔を向けた。

 まだプルプルしている羊さんだが、でかい。
 涙目でこちらを見て小さくめぇめぇ鳴いているが、でかい。
 マーガレットは少し怖いのか、ピタリとベロニカにくっついてきた。
 すうっと大きく息を吸い、気持ちを消えり替える。

「聖獣様、怖がらせてしまい申し訳ありませんでした。」
「小さな頃から憧れ続けていた聖獣様に会って、我を忘れてしまいました。」
「本当に申し訳ありません。」

 ペコリとベロニカは聖獣へと頭を下げる。
 丁寧なさげ方ではないが、心からの言葉だとわかる内容だった。

「めぇー」

 それを確認した聖獣はいいのよ、とでも言っているかのような、ちょっと落ち着いた鳴き方に変わる。
 やっとプルプルも止まった。
 神官が手をつなぐ二人の後ろから、聖獣に声をかける。

「聖獣様、この度聖女候補となりました方々です。」
「ベロニカ様、マーガレット様、バーベナ様の三名様ですが、ご確認お願い致します。」

「めぇー」

 わかったと言っている様に頭を小さく縦に振り、部屋のすみっこからゆっくりと立ち上がる。

「ひっ。」

 小さく悲鳴を上げるマーガレット。
 それでも隣にしがみつくことなく、逃げ出すこともなかった。

 見上げるほどに大きな羊さん。
 先ほどまでは体を縮こませてプルプルと震えていたから、怖いより助けたい気持ちが大きかった。
 だが、今まで生き物に触れてこなかったせいか、初めて見る大きな生き物は怖い。
 ぎゅっと目をつぶり、怖いのをやり過ごそうとする。
 不思議な勢いがある彼女と繋いでいる手が頼りだ。
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