聖女様?城にいんだろ。

護茶丸夫

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かあちゃんの飯くいてぇ

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(はぁ、明日か。早く家に帰りてぇなぁ。)

 徴兵後、領主の館でみすぼらしい一本の槍を渡された。
 すぐさま騎士が乗る馬の先導で、国境を目指す。
 昼と夜の二度の休憩以外は、移動の為に一日中歩きっぱなしだ。
 明日には目的地につく、と聞かされた兵達は、安堵の溜息をつく。

 森の中の町から来た男は、今すぐにでも家族の元へ帰りたかった。

(ちゃんと飯、食えてっかな。会いてぇなぁ。)

 無駄口を叩くと、騎士から怒号と面倒くさい説教が飛んでくるので、誰も喋らない。
 しかも馬に合わせて速足で進んでいるので、これ以上は体力は使いたくない。

 もうすぐ昼休憩かと思われたが、後ろから馬車が追い付いてきた。
 騎士が近づき馬車が止まったかと思うと、また進み始めた。

「全員、馬車の速度のあわせ行進。」

(おいおいおい、馬に合わせて移動かよ。)

 馬車は歩きの兵達を気にせず、駆け足で進んでいく。
 気が付けば、走って追いかけている状態だった。

(はや)

 ついて行くだけで精一杯で、何も考えられない。
 誰かが遅れそうになれば、騎士の怒号が聞こえてくる。
 お互いがお互いを引っ張り合いながら、走る。ただ走る。

 休憩無しで、延々走らされ続けた。
 結局、明日到着予定の国境までに、何人もの脱落者を出しながらたどり着いた。
 息も落ち着かないうちに、すぐに隊列を組みなおされる。
 そのまま開けた場所に移動し、そのまま待機だ。

「ふっざけんなよ、ちくしょう。休みなしかよ。ふざけんな。飯もねえのか。ちっくしょう。」

 到着後は苛立ち、ぶつくさつぶやいていたが、しばらくすると気持ちも落ち着き周囲を見る。
 嫌に目の前の見晴らしが良い。

「は? 一番前じゃねぇかよ。俺ら剣も鎧もねえぞ。」
「本気かよ。」
「槍だけって無理だろ。」
「おいおいおい。」

 目視して相手の表情がわかる距離に、敵軍がいる。
 もしかして到着してすぐに戦闘? 意味がわからない。

「なぁ、もう日が暮れるのにひかねえの?」
「飯抜きで、ずーーっと立ちっぱなしで、目が回ってるんだが。」

 結局混乱したまま日暮れになる。
 それでもその場で待機のまま、座り込む。

「傭兵の連中、めっちゃ切れてるぜ。」
「酒が切れたんだろ。」
「やってらんねえ。」
「戦争って、こんなもんなのか?」

 傭兵を見るが、どうやら普通ではないらしい。
 大きな声で周囲へ不満をぶちまけている。
 そこに騎士から咎めるように注意が飛ぶ。

「暗い中で警戒って言われてもなぁ。見えねえよ。」
「交代してもらえるのか? 交代まだか?」
「仕方ねえから、ここで寝ちまおうぜ。」
「野営ぐらいはさせてくれよってな。」

 仕方なく、そのまま地べたに横になる。
 緊張もあるが、周囲がうるさくて眠れない。
 いつ敵襲がくるかもわからない。
 だらだらと過ごしているうちに朝になった。

「あー寝た気がしねえ。はいはいはい、鎧なしで一番前ですね。」
「素直に立ってますよっと。」

 朝食も食べる事が出来ずに、昨日と同じようにその場に立つ。

「お相手の顔も昨日と同じじゃねえか。」
「あいつらも似たような恰好してんな。」
「鎧なし、槍のみ。あっちも無理に兵隊になった口だろうなぁ。」

 昼前にやっと別の部隊が来て、場所を入れ替える。
 後ろへと下がっていくと炊き出しがあり、槍は持ったままそこに並ぶ。
 走ってる間にはぐれた連中とは、そこでやっと会えた。
 どうやら、後から来た他領の軍隊に道中拾って貰って、合流できたそうだ。

「はー。かあちゃんの飯くいてぇなぁ。」

 塩味のくず野菜スープと保存用のガチガチ黒パンが支給される。
 進軍している間に慣れた、いつもの食事内容だった。

 食事の最中、見慣れた中年の傭兵から声がかかる。
 傭兵達は領主のいる天幕の近くで、各自テントを張っているそうだ。

「んー? なんだ? ああ、わかったあとでな。」

 食事後内密に話があるから、近くの林に数人集まって欲しいと。
 その話の内容は、戦闘が始まったらどう動くかの助言だった。

「わかった、敵が近くなったら転ぶわ。あとは、どっか押さえて下がる、だな。」
「騎士の側には寄るな、槍を振って相手が来ない様にするっと。」
「やる気のなさそうな相手と、打ち合うだけにする。」
「んーー相手にやる気がないか、わかるのか?」
「お前やる気ある?」
「全くない。」
「俺もだ。」
「お貴族様と騎士様以外は、やる気ないだろ。」
「あーやる気を忘れてきちまったなぁ。」
「ああー俺は、もともと持ってなかったわ。」

 騎士に見つからない様に隠れながら、こっそり笑いあう男達。
 秘策を伝授した中年の傭兵が、心配そうにやり取りを見ている。

「なあ、いいのか、こんな事俺らに教えて。」
「んーー。なっつったらいいんだ。お前らほおっておけなくてよ。」

 バリバリと頭を掻きながら、困ったように笑う。
 まずくないのか?と質問しても、バレなきゃいいと返される。

「まぁ、死にたくはないから、ありがたいけどよ。」
「ああ、町の奴らにも、こっそり教えてやってくれや。」
「おう。ありがとな。」
「ああ。また何かあれば話にくるぜ。」

 男達はぞろぞろと領軍の集まる場所へ移動し、焚火の周りで雑魚寝する。
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