大人の恋愛の始め方

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【第2部】23.不安

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 トモはリカをホテルの一室に呼び出した。随分遅い時間だが仕方がない。
 リカはきっと広田の連絡先を知っている。広田のほうは、スマホの連絡帳をトモに全消去されているので、電話やメッセージのやりとりをしているとは思えない。直接会っている可能性はあるが。
 トモも電話番号を知らないわけではないが、自分の番号から掛けて呼び出すのは辞めておくことにした。自分の番号も消しているので、覚えてなどいないとは思うが。
 その広田はまだ逮捕された様子はない。
 聡子が被害届を出したのだからすぐに拘束されるかと思ったが、広田は雲隠れしているか、単純に被害届を出されたとは知らず、別の女の所にいるか、なのだろう。
(あいつが逮捕される前に、俺が先に見つけ出してやる)
 二人分の宿泊予約をした市内のホテルだ。
 リカはのこのこ現れた。
(こいつ……)
 はらわたが煮えくり返る、とは今の気持ちを言うのだと思った。
 相変わらず下品に着飾り、香水と煙草の混じった匂いを振りまいている。店からそのままやってきたのだろう。
 リカの酒の好みはわからないし、興味はないので、いくつか用意しておいた。
 部屋に用意されていたグラスを持ってくると、テーブルに置く。
「まあ飲めば」
 トモが注いでやろうとしたが、リカは奪い取り自分で注いだ。
「変なもの入れられたら困るし?」
「入れるかよ。俺が入れてなんの得があるんだよ」
「それもそうね? だって眠らされても、そうでなくてもこれからすることは同じだし」
 吐き気がした。
 リカを呼び出した目的を彼女がひとつだと思っているようだ。
「わざわざそっちから呼び出すなんてどういう風の吹き回し? 本気で惚れた彼女のことはいいの? あたしのほうがいいって気付いたとか?」
(ンなわけねえだろ)
 グラスに注いだ酒をぶっかけてやりたい衝動を、ひとまず抑える。
 リカの口から、広田に指示したことをどうにか聞き出そうとトモは考えていた。
「どうかな」
「どうかな、って」
「広田はどうなんだよ」
「前も言ったけど、勝手につきまとってきてるだけ」
「今もか?」
「今もよ。しつこいのよ、あいつ」
 ふうん、とトモは相槌を打った。
(自分に惚れた男に金を渡して聡子を襲わせた、その言質が取れないものか……)
「会ってないのか?」
「会ってないわ」
「つきまとってくるんだろ?」
「最近は見ないわね。二週間くらい前に会ったのが最後かな」
 二週間くらい前、というと聡子が襲われた前後と思われる。襲われる前か、逮捕されて釈放されたあとか……広田のことだ、金で雇われた依頼主リカに《結果報告》をしに行くはずだ。成功報酬を受け取るために会っているのではないだろうか。成功報酬が、金なのか物なのかはわからないし、先払いで受け取っている可能性もある。
 あの時、トモが広田に誰の依頼かと尋ね、リカの名前を出し「金か」と尋ねた時に無言になった。十中八九、報酬が発生しているはずなのだ。
「そうか」
 慎重に慎重に言葉を選ぶ。
 その時の広田がどんな様子だったかを尋ねてしまえば、リカは警戒するはずだ。
 リカは広田が逮捕されたことを知っているかどうかはわからない。広田がその時に話したかどうか、どうなのかもわからない。
 ただ、広田は「聡子を襲った」とリカに報告していることは間違いない。あの現場にトモたちが駆けつけ、広田を返り討ちにしたことはきっとリカには伝えてはいないだろう。依頼内容が具体的にどんなものだったかもわからないトモだが、聡子を襲ったことを「失敗した」などとは言わないだろう。最終目的が、怪我をさせることだったのか、強姦することだったのか……どうであってもトモには許しがたいことではあるが。
「彼女とは別れたの?」
「…………」
「別れたからあたしに声かけてきたの?」
「…………」
「やっと、惜しくなった?」
「さあな」
 この女は聡子が強姦されたことを知っている、そう確信した。
「でもあたしはあなたと付き合う気はないわ」
「付き合うとは言ってない」
「なあんだ、結局遊びってこと?」
 ぐいっ、とリカはグラスをあおった。
「まあいいけど」
 リカはグラスを置くと、ベッドに座っているトモの隣に座り、しなだれかかってきた。
「久しぶりにあなたにに抱かれるの、楽しみね」
 トモの胸をトンと指で押した。
「じゃ、シャワー浴びて来るわ」
「…………」
「お子様より、大人の女のほうがあなたを満足させてあげられるわ」
 ふふっ、と気持ちの悪い笑みを浮かべてリカは浴室へ消えた。
(お子様……聡子のことか?)
 おまえに何がわかる、と思った。
(ん?)
 お子様……、ふと考える。
 聡子のことを言っているのだろう。
 年齢的にはかなり年下なので、リカからすれば「お子様」だろう。
(なんでそんなことわかるんだ……)
 本気で惚れた女の素性は話した覚えはない。
(やっぱり、こいつだ)
 トモは時計を見た。
(そろそろか)
 スマホにメッセージが入る。
 カズからだ。
 その内容に、トモは一人頷いた。
 浴室から、水の流れる音が聞こえる。
 トモは部屋の踏み込みへ行き、部屋照明を消し、身を潜めた。
 暫くすると、ドアがノックされる音が聞こえた。
 スコープから覗けば、待っていた人物が立っており、
(……よし)
 そっとドアを開いた。
 ジャケットのポケットからあるものを取り出し、右手に持った。
「リカ?」
 男が入って来る。
 身体が全て部屋に入ってきた瞬間、トモは背後から男の口を塞ぎ、右手のスタンガンを首筋に当てた。
「ぐっ……! 誰だ……!」
 ある程度の時間スタンガンを当てると、暫くして男は意識を失った。
(おまえが聡子にしたことをしてやったまでだ)
 本当に気を失ったか、と倒れた男──広田を足で転がした。
(気絶したな)
 すぐさまトモは行動に移した。
 照明を付けたあと、広田を担ぐとベッドに転がした。
 急いで服を脱がせ、椅子の上に放り投げる。
 聡子を汚そうとした汚らしいものが見えたが、潰してやりたい衝動を抑え、そのままベッドの奥へ押しやり、布団を被せた。
「……よし」
 この男へのスタンガンの効力はさほどないと思えた。
 すぐに目を覚ますかもしれない、と行動を急いだ。
 トモはカズに《準備完了》というメッセージを送る。
 カズはホテルのロビーに待機している。
 再び照明を落とし、息を殺して踏み込み近くの小さなクローゼットに潜んだ。
 シャワー室からリカが出てきた時には、もうある程度の時間は経っていた。この女はシャワーが長いな、と少しだけ焦った。先に広田が目を覚ましているかもしれない。
「電気消しちゃったんだー」
 嬉々とした声でリカが言った。
 ベッドサイドランプを付け、リカはベッドを覗き込んだ。
「寝たの?」
 バスローブ一枚だったリカは、それを脱ぐと布団に潜り込む。
 そこにいるのがトモだと思って疑ってはいないようだ。
「ねーえ」
 しなだれ込み、
「触っちゃうわよ」
 どうやら広田の大事なものを握ったようだった。
「うっ……」
「大っきくなってきちゃったね」
「うう……」
 広田が目を覚ましそうだ。
「おい……」
「あら」
 ふふっ、とリカが笑う。
 広田は目を覚ましたようで、
「なんだよ……」
 声を漏らした。
 布団を飛ばしたようで、どさっと軽く音がした。
 ベッドの上には裸の男女が密着して転がっている。
「誰だよ……」
「え……」
 広田が声を出すと、リカは動きを止めた。
 身体を起こし、リカを見下ろす。
「トモじゃ……ない……」
「リカ……?」
「なんであんたが」
「それはこっちの台詞だ」
「トモは!? トモじゃない!? なんで」
「うるさい。呼び出したのはおまえだろ」
「知らないわよ!」
 広田は喚きだしたリカを押さえ付けた。
「なんだよ、あの男の名前なんか呼ぶな!」
「うっさいわね、あんたなんか用はないのよ!」
 痴話喧嘩にしか聞こえなかった。
 リカはベッドから下りようと藻掻くが、広田がそれを阻む。
「こないだも言ったけど、おまえの言うとおり、トモの女を痛めつけてやったし、あいつの鼻を折ってやったんだぞ」
「何よ、ヤれとは言ってないわよ、ヤっちゃってもいいわよ、って言っただけでしょ。それに、ちゃんと前払いもしたし、あの時も寝てあげたでしょ」
「オレの女になるって!」
「考えてもいいって言っただけよ!」
「なんだよそれ」
 ちゃんとご褒美にこの前相手してあげたでしょ、とリカは悪びれもなく言った。
 トモはごくりと息を飲んだ。
「ちゃんと考えてくれよ……。リカの言うとおり、トモの女を傷物にしてやっただろ」
 その言い草にカッと頭に血が昇るが、トモは必死で抑えた。
「あたしを抱けるだけありがたいと思いなさいよ。トモとするんだと思ってたのにっ」
 と、リカは苛立ちを隠さなかった。
 広田は腹を立てたらしく、リカに掴みかかった。
「何すんのよ! やめてよ!」
「俺のもんになれよ!」
「いやよ!」
 広田はリカを無理矢理自分のものにしようとしている。リカも抵抗するが、そのうち広田にされるがままになっていた。
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