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【第3部】祐策編
19.誕生日の夜の終わりに
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最高の誕生日だった。
真穂子と結ばれたこと余韻がまだ残っている。
どうにかこうにか真穂子のアパートから出て、少々浮き足立ちながら、彼女に洗濯してもらった衣類を持って、コインランドリーに寄って帰った。居候をしている会長宅にも乾燥機はあるが、夜に音を立てるのは申し訳ない気がしたのだ。同居人達はきっと、遠慮しなくていいのに、と言うのだろうけれど。
邸宅に戻ると、トモ以外の二人、三原浩輔と市川和宏がリビングにいた。テレビを見ているようだ。会長も先程まではいたらしいが、先に就寝すると言って部屋に行ったらしい。
にやけそうな顔を隠して声をかける。
「ただいま」
「おかえり」
「おかえりなさい」
二人が声をかけてくれた。
「雨まだ降ってた?」
浩輔が尋ねた。
「いや、今は降ってなかったな」
「ならよかったですね。八時くらいだったか、急に土砂降りになってたんで」
和宏がほっとしたような表情で言った。
「おー……あれか。あれにはやられた」
祐策は、悲しげな表情で応えた。
「ん? もしかしてそれで着替えたんですか? 朝スウェットじゃなかった気がしたんで」
和宏は気づいたらしい。
「ん。彼女に借りた」
手元のビニール袋に視線が行き、それが濡れた洗濯物だと察したようだ。
「洗濯しますか」
「いや、大丈夫。コインランドリー寄ってきたから。もう洗って乾いてる」
「そうなんですね。家で洗えばよかったのに」
「もう遅いから乾燥機かけたらうるさいかと思って」
そう言うと、
「気にしなくていいのにさ。今日は土曜で俺ら夜更かしするんだし」
やはりそう言われた。
同居して、彼らの言動の想像がつくようになっている証拠だ。
「うん、そうだけどさ。洗濯機より乾燥機のほうが音でかいし」
「はは、気遣わなくてもいいのにな?」
「そうですよ。会長もそんな気にされませんよ」
浩輔と祐策は同じ年で、和宏は二歳年下だ。同世代だし、かなり気楽な仲だ。時々言い争いをすることはあるが、辛辣なことを言ったり、暴力に発展するようなことはない。悪かったな、と一言で元に戻れるありがたい存在だ。
じゃあ、と一旦部屋に戻ろうとした祐策に、
「祐策、ちょっと待って」
と浩輔が声をかけた。
「これ、朝渡せなかったから」
彼は紙袋を持ち出した。
「俺ら三人から誕プレ」
「え?」
その紙袋は、名の知れたアパレル店のロゴが入っている。
三人というのは、
「トモさんと、カズと俺な」
ということらしい。
がさごそと早速封を開けさせてもらった。
「え、すごいんだけど」
「新しいデニム。祐策はデニム好きだろ。バイク乗るしさ、何本あってもいいかなあって」
「マジで……嬉しいんだけど……」
毎年お互いの誕生日には、ささやかなケーキを買って皆で祝い合ったりはしている。それだけだった。
ここまで高価なものは初めてだった。
「彼女と美味いもん食ってるだろうなあって思ったから、食べるもはやめた。実用的なもんにしたってわけだ」
浩輔は得意げに言った。
「ありがとう……」
「ま、実際、おまえの好みがなんなのか誰も知らなくて、デニム一択だったんだけど」
好みがわからないとか言いながら、祐策の好きなデニムを贈ってくれるなんてなかなかだと思った。
「大事に履くわ……」
「おう、気に入ってもえたらみんなも嬉しい」
「気に入ったに決まってるだろ」
泣きそうだわ、と祐策は笑った。
「こうやってみんなの誕生日、いつまで一緒に祝えるかわかんねえからさ。一緒にいる間は、楽しくやろうぜ」
あと一年弱で……縛りから解放される。
浩輔は暗にそれを言っているのだろう。
「もちろんだ。ありがとな」
──今日は本当に最高の誕生日だ。
幸せとはこういうことを言うんだと感じだ。
真穂子と結ばれたこと余韻がまだ残っている。
どうにかこうにか真穂子のアパートから出て、少々浮き足立ちながら、彼女に洗濯してもらった衣類を持って、コインランドリーに寄って帰った。居候をしている会長宅にも乾燥機はあるが、夜に音を立てるのは申し訳ない気がしたのだ。同居人達はきっと、遠慮しなくていいのに、と言うのだろうけれど。
邸宅に戻ると、トモ以外の二人、三原浩輔と市川和宏がリビングにいた。テレビを見ているようだ。会長も先程まではいたらしいが、先に就寝すると言って部屋に行ったらしい。
にやけそうな顔を隠して声をかける。
「ただいま」
「おかえり」
「おかえりなさい」
二人が声をかけてくれた。
「雨まだ降ってた?」
浩輔が尋ねた。
「いや、今は降ってなかったな」
「ならよかったですね。八時くらいだったか、急に土砂降りになってたんで」
和宏がほっとしたような表情で言った。
「おー……あれか。あれにはやられた」
祐策は、悲しげな表情で応えた。
「ん? もしかしてそれで着替えたんですか? 朝スウェットじゃなかった気がしたんで」
和宏は気づいたらしい。
「ん。彼女に借りた」
手元のビニール袋に視線が行き、それが濡れた洗濯物だと察したようだ。
「洗濯しますか」
「いや、大丈夫。コインランドリー寄ってきたから。もう洗って乾いてる」
「そうなんですね。家で洗えばよかったのに」
「もう遅いから乾燥機かけたらうるさいかと思って」
そう言うと、
「気にしなくていいのにさ。今日は土曜で俺ら夜更かしするんだし」
やはりそう言われた。
同居して、彼らの言動の想像がつくようになっている証拠だ。
「うん、そうだけどさ。洗濯機より乾燥機のほうが音でかいし」
「はは、気遣わなくてもいいのにな?」
「そうですよ。会長もそんな気にされませんよ」
浩輔と祐策は同じ年で、和宏は二歳年下だ。同世代だし、かなり気楽な仲だ。時々言い争いをすることはあるが、辛辣なことを言ったり、暴力に発展するようなことはない。悪かったな、と一言で元に戻れるありがたい存在だ。
じゃあ、と一旦部屋に戻ろうとした祐策に、
「祐策、ちょっと待って」
と浩輔が声をかけた。
「これ、朝渡せなかったから」
彼は紙袋を持ち出した。
「俺ら三人から誕プレ」
「え?」
その紙袋は、名の知れたアパレル店のロゴが入っている。
三人というのは、
「トモさんと、カズと俺な」
ということらしい。
がさごそと早速封を開けさせてもらった。
「え、すごいんだけど」
「新しいデニム。祐策はデニム好きだろ。バイク乗るしさ、何本あってもいいかなあって」
「マジで……嬉しいんだけど……」
毎年お互いの誕生日には、ささやかなケーキを買って皆で祝い合ったりはしている。それだけだった。
ここまで高価なものは初めてだった。
「彼女と美味いもん食ってるだろうなあって思ったから、食べるもはやめた。実用的なもんにしたってわけだ」
浩輔は得意げに言った。
「ありがとう……」
「ま、実際、おまえの好みがなんなのか誰も知らなくて、デニム一択だったんだけど」
好みがわからないとか言いながら、祐策の好きなデニムを贈ってくれるなんてなかなかだと思った。
「大事に履くわ……」
「おう、気に入ってもえたらみんなも嬉しい」
「気に入ったに決まってるだろ」
泣きそうだわ、と祐策は笑った。
「こうやってみんなの誕生日、いつまで一緒に祝えるかわかんねえからさ。一緒にいる間は、楽しくやろうぜ」
あと一年弱で……縛りから解放される。
浩輔は暗にそれを言っているのだろう。
「もちろんだ。ありがとな」
──今日は本当に最高の誕生日だ。
幸せとはこういうことを言うんだと感じだ。
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